CAR LOVE LETTER 「i Love Open」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:MAZDA EUNOS ROADSTER(NA6C),HONDA S2000(AP2)>
電話が鳴っている。
おかしいな。目覚ましのメロディはこの曲じゃないし。
って事は、これは着信か・・・。
ヤバイ。またやっちまった!
俺は布団から飛び起き、電話を掴む。
もしもし。枯れた声を悟られない様に、低く、短く、落ち着いて電話に出る。
しかしそんな努力をよそに、「今起きたでしょお。」、と全てを見透かし彼女は言った。
「いや、あの、今出る所。」全くのウソだ。
「ふ〜ん。ま、いいわ。お昼は二八庵の海老天付きね。」
待ち合わせから20分も過ぎた時刻の電話だった。
俺は速攻で身支度を済ませ、ロードスターに飛び乗った。
家から駅までの道のりは、この手塩に掛けて育てたロードスターでも10分は掛る。今日も大幅遅刻確定だ。
彼女とは冬のある日の交通事故が元で知り合った。その時からもうしばらく経つかな。俺の行動や性格は、大分彼女に見透かされている。
寝坊を治そうと目覚ましを3つも掛け、ベッドからも遠い所に置いているのだが、一向に改善が見られない。
ならば、待たせている彼女の所に早く辿り着ければいいのではないか。
「午後からさ、ちょっと行きたい所があるんだけど。」
ザル2枚と天ぷら盛り合わせをやっつけて、ご満悦の表情でお腹をさする彼女に、俺はそう提案した。
俺のロードスターも、学生の頃から乗り続け、かれこれ10年以上の付き合いだ。色んなところにガタも来ているし、最近の車と比べたら、やはり速さは一歩譲る。
ランエボ、RX-7、インプレッサ、スカイライン、スープラ・・・いろんな車が頭の中を巡るが、俺としてはやはり屋根が開かない車は物足りない。
屋根が開いて、かっこ良くて、そして速い車。
もう答はひとつだけ。ホンダのS2000だ。
試乗車が置いてある店は少ないんだが、長野ではひとつだけ存在する。
俺達はドライブも兼ねて、ホンダのお店に向かった。
お店では、人の良さそうな中年営業マンが俺達を出迎えてくれた。
ミニバンや小型車の試乗車が店頭に並ぶが、S2000は工場の裏だと言う。
「乗りに来る人は珍しいですよ。」と言いながら、営業マンは試乗車を取りに行く。
「せっかく天気も良いし、お二人ですから、しばらくぐるっと走って来てもらって良いですよ。」と彼は名刺を俺によこし「ごゆっくり、でも何かあったらすぐ連絡ください。」と言った。
俺達は遠慮しながら、S2000に乗り込んだ。
革張りのインテリアにデジタルメーター。高級感とスポーティの最強タッグだ。
キーを差し込み、エンジンスタートのボタンを押す。すると高精度高性能のホンダエンジンが、速やか且つ猛々しく目を覚ます。
少年時代をホンダのF1最盛期と共に歩んだ俺にとって、エンジン始動ひとつで脳幹が刺激される。
がっしりとしたクラッチを踏み込み、どしっとしたシフトレバーを1速に押し込む。いつもの感覚でアクセルを踏むと、予想以上に回転が上がる。
こりゃあすごい・・・俺はぞくぞくと武者震いするのを覚えた。
市街地から少しの所の白樺並木のワインディングにS2000を連れて行く。
軽い加速に剛性たっぷりのハンドリング。気付けばメーターは三桁の表示になっている。なのに全く不安感がない。
クルージングではフルオープンでもジャズのハイハットが聴こえる程で、まるでオープンであることを忘れてしまう。
しかしひとたびアクセルを踏み込めば、VTECエンジンの強烈な咆哮が響き渡り、ジャズクラブから鈴鹿のホームストレートへ、その雰囲気は一変する。
俺にとっても彼女にとっても異次元のオープンスポーツ体験。彼女は「何かすごいね」としきりに上気した表情を見せる。
こいつはかなりヤバイ。俺も久しぶりの本物感に酔いしれた。
しばしの官能に触れ、俺達は現実の世界へと舞い戻った。
なんとすばらしい車だろうか。
安い車ではないが、数百万円でこの車のオーナーになれるのだから、日本人として生まれた事に感謝してしまう。S2000はそんな車だった。
「よければ、見積もりを作りますよ。あのロードスターは、下取査定させてもらっていいですかね?」
その営業マンの言葉にはっと我に帰る。
下取査定。俺のロードスターが引き取られ、誰かに売られて行く。
車を乗り換えるのだから当然なのだが、その言葉の響きが、俺の心にずしりと重くのしかかった。
同時に、俺とロードスターの記憶が鮮やかに蘇る。
大学時代の友達と、夜を徹して峠を走ったこと、自分でクラッチ交換に挑戦したが、作業が難航し、どんどん辺りが暗くなって焦りに焦った事、そして彼女と出逢った冬の日の夜中に、フルオープンで高速を名古屋まで飛ばした事・・・。
ロードスターは俺にとって、ただの車という存在だけではなくなっていた。
駐車場を振り返ると、なんとなくロードスターがうつむいているような気がした。
「あの、すみません。俺・・・。」
何故か言葉が出なくなってしまった。
営業マンはそんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、優しく微笑み「そうですね、じゃあ、こちらをお持ち下さい。」と封筒を手渡してくれた。
中には価格表が入っていない、カタログだけが収められていた。
営業マンに見送られ、ロードスターに戻る俺達。こいつは何も変わらず、俺達を出迎える。
「ねぇ、何であの車を見に来たの?」
彼女が少し意地悪そうな表情で俺の目を覗く。
そ、それは・・・、と答えを考えている矢先、彼女が間髪入れずこう言った。
「速い車に換えるよりも、早起きだとか、解決する方法はいっぱいあるんじゃないの〜?」
やっぱり、見透かされてたか。
だが、そう言う彼女が、左手の薬指をさすっていたのを、俺は見逃さなかった。
なるほど、そう言う解決策もあるか。俺はちょっとだけ、そんな意識をした。
「ね、今度はアイを見に行こうよ。私もそろそろ車が欲しいなと思ってるの。」
「よぉし!じゃあ、今から見に行こうか!」
俺達はドライブがてら、三菱のお店に向かう事にした。
ロードスターの屋根を開け、彼女に聞こえない様に、風切り音に乗せて口の中で「アイしてるよ」と呟く。
でもそんな事も見透かしているかのように、彼女は助手席でふわりとした笑みを浮かべていた。
本作品は、CAR LOVE LETTER 「Open traffic」の続編に位置します。
同作も併せて読んでいただければ、更にお楽しみいただけると思います。