赤城山北面 4
ウォーキートーキーでこのような会話をするのはまず不可能?
いえまったく仰る通りです。かといって現実に即した使い方をするとなかなか淡白な事務報告のようになってしまったり、混信で打ち消されたりと良いことがないので、このような形になりました。
そも、旧車が無限に走っているトンデモ世界観でリアリティとはなんぞや。
「わざわざドライブで全国チェーン店ってどうなのさ」
「別にいいんじゃねえか?うちらの方にはねえ店だしよ」
「いや、市街地に向かって少し下ればあるぞ。お前らが行かねえだけだ」
「じゃあ尚更なんで寄ったのさ」
「カレーがそこにあったからだ」
たぶん日本一有名なカレー専門のチェーン店で一息。一息というか、ユウが寄りたいと駄々をこねたのでそういうことになった。財布の中身が心許ない事を伝えた上で「奢ってやるから寄らせてくれ」とまで言われてしまえば、もうそれ以上の反論はない。
個人的には全くもって特筆することの無いカレーを食べつつ、思ったより市街地広がる沼田へと向かう国道120号を見やる。
「鈴原先輩にとってはいつもの通学路って事ですよね」
「そうねぇ。正直なところを言えば、なんでわざわざ北面を通るのか理解できないくらいよ」
「まぁ、目的地の無いドライブですから。真面目に考えたらガソリンと時間の浪費だけですよね」
「流石にそこまでは言ってないわよ」
チキンカレーを食べつつ、鈴原先輩はやはり不安げだ。
「ねぇ、代車手配、本当に明日朝イチ?」
「持ってくったら持ってくっすよ。朝4時に起きればなんとかなるッスから」
「大丈夫です、ユウの奴、今までに何回もこんなことやってますから。こう見えて予定に遅れたりとかしたことは無いんです」
「客商売ッスからね。厳密には従業員じゃないけど、だからといって適当な事抜かさないっスわ」
「ま。予定に遅れたことはないが、道端の故障車を救護して予定すっぽかした事はあるな」
ソラが茶々をいれて笑う。ユウは「余計なことまで言うんじゃねえよ」とやや赤面だ。
「なるほどね」
鈴原先輩は納得いったといったふうに笑う。
「そ、だから信用できる奴なんです」
「いいえ、そっちじゃないわよ」
「何がです?」
「ドライブよ」
チキンカレーの最後の一口を食べて、鈴原先輩はほぅ、とため息をつきつつ言った。
「こんな仲間なら、一緒に走るのも楽しいでしょう?そりゃ、大回りして遠回りして、うんと引き伸ばしてから帰りたくもなるわよ」
おまけにあんなクルマ達じゃね、と笑う。
ええ、そうなんです。......なんて返すのはちょっと気恥ずかしくて、ええ、まぁ、なんて曖昧な返事をしてしまったけど、確かにそれはそうなのだ。一緒にバカみたいなガソリンの浪費が出来る友達というのは、確かにかけがえのない物なのだろう。
「なら、先輩も一緒にどうスか?」
不意に飛び出したユウの一言に、僕らはちょっとびっくりしてしまった。まさかこんな内輪の部活に、いきなり勧誘するなんて思ってもみなかったから。
「ありがとう、でも、ごめんなさいね。ウチのことが結構忙しくて」
先輩は頬を染めて笑いつつも、困ったように天井を見やる。
「送ってもらうから何れバレてしまうのだけど、私、独り暮らしだから」
「あぁ、だから代車が」
ユウ、そこじゃないだろ。代車が必要なのもそこはあるけど、そうじゃないだろ!
「えぇ。田舎は何するにもクルマクルマだから」
「その、鈴原先輩、」
「キョウでいいわよ。うやうやしい、の恭。鈴原 恭」
「恭先輩は、学生で独り暮らしなんですね」
「ええ。色々あって」
「大変ですね」
「そうでもないわよ。縛るものとか、何もないし」
何もかも自分でやらなきゃだけどね、そう言って笑う鈴原先輩。
「さて、それじゃ信頼できるユウ君に送ってもらわなきゃ」
誰ともなく出立のムードを出した頃合い、会計を済ませて、皆それぞれのクルマへと向かい出す。
「ああ、それと、参加はできないかもだけど......」
別れ際、鈴原先輩は振り返って言う。
「時々、部室にでもお邪魔してもいいかしら」
「ええ」「モチロン」
ソラと僕の声が重なる。
「ユウ君も」
「やだな、断らないっスよ」
ユウは照れ臭いのか、斜め上を見ながら言った。
「......俺にとっちゃ二つの意味でお客さんですし」
その反応が満足だったのか、鈴原先輩はまたクスリと笑った。
国道120号はクランクのように左、右と折れ曲がる。周囲の光景は、店じまいしてシャッターの降りた商店街。電話で親父と話つけるし、キョウ先輩と打ち合わせもあるし、お前らは先行けよ、とユウが言っていた。だから、今はソラと僕の二人で二台。
やがて橋を渡って左折すれば、国道17号、沼田バイパスだ。すっかり日も暮れた川沿いの道、ゆるやかに曲がるワインディングを法定速度。帰路につく車達で交通量は多くても、信号がないからスイスイと気楽な道のりだ。しばらく走れば、もつ煮で有名な食堂がある。まだ夕暮れの時間に店じまいしてしまうので、もう電気も消えて駐車場はがらんどうだ。
「いつか来たいよね」
「あぁ、近いはずなのにやけに遠いんだよなあそこは。営業時間中はいっつも混んでやがるし」
「それなんだよねぇ」
そんなことを言いつつ、国道17号は渋川市。道の駅こもちや、榛名山へと続く分岐路を越え、渋川伊香保IC。見知った景色に、戻ってくるいつもの日常。
ちょっとした冒険はもうおしまい。いよいよ空ッ欠なガソリンタンクを抱えて、いよいよ見えたのは前橋市を示す標識だ。
「そろそろ降りるぞ。言うまでもねぇけど」
「そうだね」
17号を降りてやや行けば我が家だ。ソラの家も徒歩圏内で同じく。
なんでだろうか、ひどく寂しい気になってしまった。
「じゃ、また明日」
「おう」
街灯の灯りが僕達を照らし、また流れていく。
赤城山北面 県道251号線
所要時間3時間12分 走行距離71km
後半は駆け足でしたね。といっても、国道バイパスというものはさっさと目的地に着くための道ということで、トラック運転手さんの休憩どころやご飯どころがある程度でして、まぁなかなか書きづらい道であったりするわけです。じゃあなぜ選んだって話ですが、群馬県前橋市周辺が舞台だと切っても切れない道なんですよね。17号。なんもないですけど。
因みに17号にある群馬トップクラスの知名度を誇るもつ煮屋さんなんですが、現在は世にも珍しいもつ煮の自販機なるものが設置されているそうです。ロケハン時には気づきもしませんでしたが、いつか寄ってみたいですね。その折にはエピソード化したいとも思います。さて、この遅筆家はいつそれを書くのやら......