赤城山北面 2
現実世界寄りにロケハンだのなんだのとしているんですが、正直なところ、山道と田んぼに畑ばかりなので、あまり活かせているとは思えませんね。代わり映えのない田舎道を走るのは風情あって好きなんですが、日常系とはいえ、物語に絡めて書くのは難しいものです。精進精進。
「さァてと、いよいよだな」
ブルーバードの鍵を指先でクルクルやりつつ、ソラはルーフをぺしんと叩いた。ブルーバード過保護な親父の時雨さんに怒られるぞ。
「ロードトリップ部初ドライブ、目標は県道251号線の走破。推定距離は合計で70km」
「改めて聞くと、結構距離あるよねぇ」
免許取りたての僕にとっては長丁場ドライブになりそうなのだが、既に慣れている組は全然だろといった表情。僕も将来こうなるのだろうか。
「大したことないだろ。あ、そうそうこれ」
今思い出したといったふう、ユウはジムニーからプラスチックのケースを取り出す。なんだろう。ユウが箱が開けると、握りこぶしくらいの黒い物体が3つ、顔を覗かせた。超小型のラジオに、電話機のプッシュボタンが着いたような外見。飛び出したアンテナ、電卓みたいな小さな液晶、オレンジ色のいかにも押してくれという感じのボタン。これ、映画で見たことあるやつだ。
「トランシーバー?」
「凄く厳密に言えばウォーキートーキーだな。まぁトランシーバーとも言うが」
その後語ったユウ曰く、英語圏ではトランシーバーは据え置きまで含めての無線機を指しているらしい。携帯型はウォーキートーキーなんだって言うけれど、あまり詳しいとこまでは興味が湧かなかった。
「プッシュトゥトークの通常型。電波法には引っ掛からない、免許不要タイプな」
「要するに、押してる間だけ喋れるってやつ?」
「そう」
「どしたの、こんなの」
確かに皆で会話できるのは魅力的だけど、高校生が気軽においそれと調達できる品じゃなさそうだ。少なくとも、ガソリン代でヒィコラ言っている僕には買えない。
「親父のクロカン道具から拝借してきた。一応許可はとったぞ」
「そうか、親父さん、クロカン好きなんだっけ」
「おうよ、今度乗っけてやるよ」
あっ、やべ。四駆馬鹿に連行の口実を与えてしまった......
「そ、そのうちね?」
「今でもいいぞ」
「駄目に決まってンだろ」
予定を狂わすんじゃねえ、とソラがごもっともな突っ込みを入れる。ユウはまたちえーと唇を尖らせつつ、空になったプラスチックケースをジムニーに仕舞いこむ。
「んじゃ、そろそろ暖気しようぜ。それとも初出陣を記念して円陣でも組むか?」
「円陣いいねぇ。でもスポ根っぽくならね?」
もともとスポ根から逃げてきた僕らだ。あまり”いかにも”という暑苦しさは出したくない。けど、じゃあ各自乗り込んだな、はい出発。......では味気ないというのも、正直わかる。これからやるのは普段と違うロードトリップなのだ。気持ちの切り替えはやっぱり欲しい。
「締まりがあるのは重要だよ。じゃあハイタッチとかどう?」
「おっ、それいい」
「掛け声はどうする?」
「安全運転ッ!......とか」
「絞まらねえなぁ......」
ハイタッチには乗ってきたくせして、ソラは腕組み、もっとあるだろという表情。
「うるさいうるさい!安全運転!!」
「イェーイ安全運転!」
それでも僕がハイタッチを強行すると、以外にもユウはノリノリでついてきた。
「おま......安全運転!!」
釈然としない顔のソラは、なんだかんだ吹っ切れたらしい。結局同じ台詞を叫ぶ。
パン、パン、パァン。ちょっと手がジンジンするくらいの強いハイタッチを交わして、僕達は車に乗り込んでいく。三者三様のエンジン始動音がして、しばらくの間は暖気タイム。
「......先に暖気しときゃよかったかもね」
ウォーキー......もとい、トランシーバーで溢すと、ガガッと雑音の後、ソラの声。
「異音チェックは重要だろ」
「お前らが過保護なだけだ。別にたまにやるだけで良いんだぜ。暖気してるだけ御の字だよ」
これはユウ。整備屋が言うんだから間違いはないんだろうけど。
「るせ、黙れ黙れ。チェックさせろ」
人間の習慣、そう変わるもんじゃない。結局今日もしばらく無言。
「暖気OK。そっちは?」
水温計の針がピクリと来たのを確認して、トランシーバー越しに声を掛ける。すぐに二人からの返答。
「もうちょいかかるな。まぁ、異音はねぇだろ」
「やっぱり早いな。ジムニーはオーバークールだから全然だ」
ソラはもうちょいらしい。普段の時間から察するにそうだろうなとは思っていたけど。
「ユウは結構かかるの?」
「気にしなくていい。元々、クロカンの超微速状態でエンジンカチ回しても冷やせるような設計だからな。無理矢理にでもあっためねえと、永遠に(水温)ロワーのままなんだよ」
もう出ていいくらいだ、というユウ。それと入れ替わりに、針動いたぜ、とソラ。
「じゃあ出よう」
先頭のブルーバードが動き出す。初心者だから僕は真ん中。必然的に最後尾がユウ。
時刻は16時半、トリップメーターはゼロ。
赤城大沼を左手に流しつつ、湖畔道路を大きく左回り。そのうち沼田方面なんて標識が出てくれば、251号線のはじまりだ。
左折して、やっぱり湖畔を大回り。
「こっちの方って、よっぽど来ないよねぇ」
「学校帰りに沼田に用事がー、なんてこたァまず無えからな」
「おまけに冬季は閉鎖でスノーアタックにも微妙と来た」
「......お前本当に四駆しか頭にねえのな」
「それが俺のアイデンティティだ」
そんな事を話しつつの251号線、路肩には、異様なまでに見かけるバイク注意の警告看板。
「そんなにバイク走ってるのかな、アレ」
「走ってるらしいぞ。ローリング族は一般車の多い南面より北面の方を好むんだそうだ」
「へぇぇ」
ユウの返事に相槌打ちつつ走っていると、フォンというエンジン音だけ残し、一瞬ですれ違う走り屋バイク。赤色のフルカウルは、つややかな緑に囲まれた中で、一際の存在感を放っていた。
「今の見たか!?」
思わずバックミラーで追っていると、突然、ユウの上擦った声。
「NRナナハンだったよな?ウソだろ!?」
「あの一瞬でよくわかんな」
「ごめん、僕は詳しくない」
バイクにも詳しいユウと違い、僕達はバイクに明るくない。けれど、よっぽどすごいバイクなのだろうとは思った。少なくとも存在感は並大抵ではない。
「あークソ、まじかーNRかぁーやべぇなぁ。畜生、お前らもわかれよ......」
「そこは本当にごめん、全ッ然わかんない」
「殺すぞ!!」
ユウはちょっとした怒りからか、フォグランプをパカパカと点滅させてぶーたれた。今頃車内で唇を尖らせている事だろう。勾配を下りつつ右左、それぞれのクルマがワインディングを抜けていく。
「ヒカリゴケ駐車場だってさ。変わった名前」
「駐車場の名前で苔ってのもネーミングセンスどうかと思うな」
不意に左手に現れた駐車場に、思わずアサヒが反応する。それ自体は大したこと無い山あいの駐車場に、ぽつんと佇むように乳白色の軽自動車が停車している。
ふと気づけば、ボンネットが開いているのが目についた。
「あれ、故障車か」
「そうとわかったら見過ごせないよな」
通りすぎる寸前でウインカーを焚いて減速。駐車場に入ると、助けを求めてか、軽自動車のドアが急に開いて、小柄な人影が飛び出してくる。
現実世界でNR750に乗るのは修羅の道と聞きました。そうでしょうね。部品供給がありませんから。でも折角なので物語の世界くらいは、気ままに走ってもらいました。チョイ役ですけど()