赤城山北面 1
2ndシーズン、ようやく始まりました。諸々語りたいところですが要略いたしまして、旧車ドライブは楽しいものです。そんな空気を伝えられたらなぁ......などと思っております。
「さァて、いよいよ部活動開始ってな訳だが」
部長の霜月ソラが、畳の上のちゃぶ台に身を乗り出した。ここは県立赤城高原高校の宿直室改部室、我らがロードトリップ部の本拠地である。主な活動は自動車を用いた日本各地の歴史、産業、文化の体験、それを通しての知見獲得。有り体に言うとドライブと観光だ。今日はそのプランニングである。
日ノ出アサヒ、つまり僕の通う県立赤城高原高校は、自動車通学が許可されている。理由は単純、山の上にあるから車がないと命に関わるレベルでキツいのだ。二輪、四輪合わせて自動車通学率100%。要するに全員。スクールバスなんてものは出ていない。ド田舎というのは都会人の想像以上に住居がバラけているものなのだ。例えばだけど、3ヘクタールで米農家をしている人は、色々あって純粋な年収を考えると、200万円くらいだっていう。農地を倍にすれば、まぁ一筋縄には行かないけど、極めて単純に計算しても400万円だ。ようやく一世帯の収入にギリギリ追い付く。ところがこの年収400万円である6ヘクタールという数字、東京ドームが3.5ヘクタールと考えれば、それの二倍近い数字でもある。都会というか、東京にお住まいの人には少しくらい通じただろうか?それをここいらの人は専業農家が多い、なんて言えば、結構気持ちも察せられるんじゃないだろうか。おまけに農家の人の話題はユンボ(※ショベルカー)を買っただのコンバイン(※安くて時価1000万円相当)を買っただのというので締められるレベルであるからして、そんな面積を一人一人を一台のバスで拾おうなんて考えたら、どうやっても半日仕事なのだ。来るのが半日なら帰りも半日。ブラック企業も真っ青だ。公共交通機関なんてものもやはり、ド田舎の山の上までは走っていない。我が母校ながら、学校としての立地を完全に間違えている。それでも通うのは、少子化にあえぐ田舎で数少ない公立高校でもあるし、旧車法と呼ばれる法案や免許取得年齢の引き下げのおかげで、昔よりも自動車が身近であるからでもある。今や人の体の一部である自動車、先人たちの努力の結晶を余すこと無く体感しよう!と言えば聞こえはいいが、要するにスポ根な自動車部がめんどくさくて、ユルい部活として設立されたのがこのロードトリップ部だ。とはいえ目論見から何から何まで先生達にはバレバレで、設立2日目にして通称「ドライ部」なんてあだ名をつけられてしまった程だが。
『わかっていると思うが、旅費は出してやれんぞ』とは、書類に受理の判子を押しつつの担任の談である。
「知っての通り、予算がねぇ。ガソリン代もたかが知れてる」
「主に僕がね」
まだインプレッサが納車1週間の僕は、10年来の貯金の一切を使い果たしてしまって、正直とても厳しい。どれくらい厳しいかというと、あまりにもお金が無さすぎて、自分の車を車庫に置き去り、ソラに学校への送迎をお願いするくらいだ。タクシー代代わりに1日1回昼飯を奢ってなお黒字が出るくらいには、僕のインプレッサは燃費が悪い。それでも2回ほどはイジで(意地、あるいは維持で)学校にインプレッサを持ってきた。代償として僕の財布はもっと軽くなった。いくら旧車法でも、部品代やガソリン代まで安くはならない。
「つまり行き先ァ近場以外無理ってこった」
「ロードトリップが聞いて呆れるよな」
ねっころがって漫画を読みつつ、会議に参加する気があるのかないのか怪しいのは戯ユウだ。実家が整備屋で自営業なので高校生卒業と同時に整備屋修行に入る予定だ。だからこんな部活で内申点を稼がなくていいのだが、成り行きで参加を申し出た。
「いっそ3人乗り合って赤城の林道でもどうだ?」
......そして根っからの四駆馬鹿でもある。事あるごとにクロカンクロカン林道林道、悪路悪路四駆四駆だ。
「魅力的だけど、それじゃクロカン部だよ」
「メンバーのうち一人しかクロカン(車)持ってないクロカン部ってのもおかしな話だな」
「いいじゃねえかよ、簡単じゃん。全員ジムニー買えば」『却下』
ちえーと唇を尖らせるユウ。もう幾度と無く繰り広げられたお決まりの光景だ。
「おめぇら聞け。そんなわけで、財布へのダメージが少ないルートから始めようと思う訳だ」
「そんなとこあるのかよ」
「発想の転換って奴だ」
ソラはふふんと鼻を鳴らす。
「俺らの登下校路と真逆。赤城北面、県道251号線」
「......なるほど、ドライブには違いない」
二人はピンと来たみたいだが、僕にはあまりピンと来ない。
「それって、草木(桐生市)の方抜けてっちゃうんじゃないっけ?」
「そいつは62号への連絡線だな。いいか、こうだ」
ソラは地図をちゃぶ台の上にバサリと広げ、指でなぞる。
「こいつが赤城大沼。その南に走ってるのが県道4号、通称赤城南面だ」
地図の水色をトントンと叩き、それから南側へ。いつもの登下校路である山道を地図に直すと、予想以上にカーブが多く、実距離以上に走っているのだなぁと今更思う。
「俺らが言っているのはこっち、冬季は閉鎖の北面。それを抜けてこの交差路を東に向かえば草木。アサヒのいってる奴だな。そこを西に向かうと......」
「なぁるほど、国道120号を経由して17号に出られるんだ」
「そういうことだ」
国道17号といえば、南は東京、北は新潟まで繋がっている文字通り日本の大動脈だ。群馬県を南北に貫通しているその17号は、僕たちのふるさとである赤城の麓を通過し、新潟に向かっていく。ということは必然、17号に出られて、方角さえ間違わないなら、”走ればおのずと家に着く”道路なのである。もちろん真逆に向かってしまえば北は新潟南は東京に着いてから絶望の海に叩き込まれる訳だが、そこは道路標識で察しない方がおかしいのだ。仮に新潟から群馬に向かっているはずなのに《ここから埼玉県 深谷市》と書かれていて、引き返さない人は居ない。
......因みに元運送屋である僕の知り合いは、新卒で入社したての時、国道17号のバイパスに乗ったつもりで旧道に乗り、群馬県太田市の車庫に戻るつもりで埼玉県熊谷市まで突っ込んだらしい。アホかと思う。直線距離で30kmくらい違うわ。
「つまるところ、普段はJの字を描く通学路を、Oの字書いて戻るわけだな」
ユウが言う。
「大正解」
ソラである。
「それくらいなら、なんとかなるかも」
僕だって、ガソリン代が持つなら不満はない。
「そんな訳だ。やるぞおめぇら」
ソラと同じく、そんな訳だ。僕らの初めての旅が始まる。ロードトリップ部の、初活動が。
「っていっても、僕、今日インプレッサ乗ってきてないから。明日でもいい?」
「元ッからそのつもりだけどよ」
.....明日から、だけど。