54 マッドドッグ
「待て!」
俺の後ろから声がする。
一瞬嫌な感じが俺の全身を走る。
面倒なことになったのか?
そう思いながら振り向く。
・・・
なるほど、面倒なやつだな。
マッチョの重武装をした大柄の男が軽く笑いながら俺を見ていた。
もしかして、わざとこいつが俺の刀に当てたのかもしれない。
まぁ、それはどうでもいい。
俺は男の方を向いて、もう1度謝罪する。
「すみません、いい匂いがしていたもので不注意でした。 私の刀が触れてしまったようですね」
俺がそういうと、マッチョの男がうなずきながら言う。
「うむ、素直に謝るのはいいことだ。 だが、武具を粗末に扱っておるのではないか? 貴殿の持つ細い剣とはいえ、貴殿の命を守ってくれるものであろう」
マッチョの男はまともなことを言う。
もっともだ。
俺もそれは完全に同意だ。
「はい、おっしゃる通りです。 俺もこの武具に助けられております。 今後はもっと注意して扱ってゆきます。 では、失礼」
俺がそう言ってその場を離れようとすると、マッチョが少し声を大きくして言葉を出す。
「待たれい! まだ話は終わっておらぬ。 貴殿は見たところ冒険者のようだが、その横の婦人とのペアなのだろうか? もし2人だけの冒険者ならワシのような防御も攻撃力もある戦士を仲間に加える気はないか?」
俺には何を言っているのかわからなかった。
このおっさん、いきなり自分を売りにきたのか?
その後、このおっさんの演説が少し続く。
・・・
聞いていると、どうも変な感じがした。
ルナが目当てなのが見え見えだった。
なるほど、それでわざと俺に声を掛けて迫ってきたわけか。
何と言うか、むっつりスケベなおっさんだな。
横を見ると、ルナがあくびをしていた。
そして言葉を出す。
「貴様、無駄な時間を使わせるな。 ワシらは2人で間に合っておる。 去れ!」
ルナは一言告げると、クルッと背中を向けて歩き出そうとする。
マッチョのおっさんが少し焦ったように一歩踏み出していた。
「い、いや待たれい! ワシを仲間にしないと申すか。 何故だ?」
ルナが背中越しに答える。
「お主、聞こえなかったのか? 間に合っておると言ったであろう」
「ワ、ワシはこれでもAランク冒険者だ。 そのワシが仲間になろうというのだ。 何の不満がある」
マッチョのおっさんは焦っているようだった。
「臭いのだ。 お主のような輩は匂うのだ。 それにお主ではワシの連れの足元にも及ばぬ」
ルナが平気で言う。
・・・
あのねルナさん。
相手を煽ってどうするんですか?
俺は内心ヤレヤレだ。
相手は当然の反応をする。
「な、何を無礼な! A級冒険者のワシよりも、そんなヒョロッとした男が強いと申すか!」
マッチョのおっさんが仁王立ち風な格好で言う。
俺たちが騒いでいると、ギャラリーが増えてきていた。
いろんな言葉が飛び交っている。
「・・おい、見ろよ、またあのおっさんだ」
「あぁ、あのおっさん力はあるんだが、暑苦しいんだよな」
「・・そうそう、前のパーティでも仕事は完璧にするらしいが、余計な一言が多いらしい・・」
「・・あ、それ、俺も聞いたことあるぞ」
「それに私も聞いたことあるわよ。 夜中にパーティの女の子の胸をそっと触ったりとか・・」
「・・マジかよ、気持ち悪いな」
「・・だが、絡まれたあのおっさんも気の毒だよな」
・・・
・・
そんないろんな言葉が飛び交っていた。
マッチョのおっさんが顔を赤くして俺を睨む。
「お主の方が、ワシよりも強いと言うのか。 そんなバカなことがあるか! それにそんな触れれば折れそうな剣で何ができる」
!!
俺は少しだけカチンときた。
飛燕は関係ないだろ。
それにこの刀は単なる武器じゃない、相棒だ。
「おっさん! 言葉に気をつけろよ。 俺の事は別にどう評価をしてもいい。 だが、お前に何がわかる。 俺の相棒をバカにするな」
俺は飛燕を左手で持ち、俺の前に突き出した。
ルナは俺の後ろでニヤニヤしているようだ。
この女、もしかして楽しんでないか?
「ガハハハ・・何を言いだすかと思えば、そんな武器を相棒だと? お主正気か? 相棒というのならワシのドラゴンヘッド、このミスリルの斧のことを言うのだ」
マッチョのおっさんがそう言って、自分の前面に斧を突き立てる。
ドーーーン!
地面が揺れたような感じがする。
ギャラリーたちが少しざわついていた。
「・・聞いたか? ドラゴンヘッドだってよ・・」
「あぁ、あのおっさんがマッドドッグか・・」
「まるでバーサーカーのように戦場を駆け巡るという戦士・・」
・・・
・・
今まで興味本位で見ていたギャラリーの雰囲気が変化した。
真剣な顔つきの連中が増えたようだ。
マッチョのおっさんはその言葉を聞きながらニヤニヤしている。
なるほど、自分の評価がうれしいのだろう。
俺にはどうでもいい。
ただ、飛燕をバカにされたのが許せない。
「おっさん、その斧がどういったものか知らないが、人それぞれの適性武器がある。 相手を見た目で評価しない方がいいだろう」
俺がそう言うと、マッチョのおっさんがうなずきながら言う。
「お主の言うことはもっともだ。 お主ではワシのドラゴンヘッドは持つことすらできまい。 さて、話を戻そう、ワシを仲間にすればよい」
俺はその言葉を聞きながら軽く笑った。
「何がおかしい」
マッチョのおっさんは言う。
俺はゆっくりと前に歩きながら、マッチョのおっさんの斧に触れる。
「お主、ワシの武器に触れるな・・」
マッチョのおっさんがそこまで言葉を言うと、俺が片腕でその斧を軽々と持ち上げる。
マッチョのおっさんは斧を持っていた手を素直に離したようだった。
「な、バカな!」
俺は持った斧を軽く振り回してみた。
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