16 ヴァール
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
感謝です。
俺はメイドに連れられて、ヘルヘイムの屋敷を後にしていた。
メイドが屋敷横の草原へと案内してくれる。
おとなしい魔物を放牧しており、ミルクなどを提供してくれるそうだ。
はちみつみたいなものもあるという。
完全な農場だな。
しかも、景観もいい。
その牧場のところで、小さな子供たちが走り回っていた。
凛よりも小さい感じだ。
その子供たちから少し離れたところで、親だろうか。
5人程が一緒に集まって子供たちを見ている。
その中で、真っ白な服を着て、髪の毛がプラチナブロンドというか、白く輝く髪をゆっくりとなびかせている女の人がいた。
腕には同じ髪の色をした赤ちゃんを抱いている。
メイドが近づいて行くと、親たち全員がメイドに挨拶をしていた。
「これはこれは、イズン様。 ようこそお越しくださいました」
プラチナブロンドの女の人もにっこりとして挨拶をする。
「もう、こちらの暮らしには慣れましたか?」
イズンが聞く。
「はい、ありがとうございます。 皆さま本当によくしてくださいます。 それにこの子も安心しているのか、よく眠ってくれます」
「それは何よりです」
イズンがそう答えながら、女の人の視線を見て説明する。
「この方はテツ様という方で、ヘルヘイム様の客人です」
イズンの説明を受けると、大人の女たちは目を少し大きくして驚いたようだったが、すぐに笑顔になり挨拶してくれた。
「そうですか、ヘルヘイム様の・・よろしくお願い致します」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
俺はペコペコと頭を下げてしまった。
条件反射というやつだろうか。
どうもゆったりと振舞えない。
せっかちすぎるのかな?
「ではテツ様、私はこれで・・」
イズンはそういうと、屋敷の方へ帰って行く。
俺はイズンを少し見送って、プラチナブロンドの女の人を見た。
他の大人たちは挨拶をすると、子供たちの方へとゆっくりと歩いて行く。
プラチナブロンドの女の人は笑顔で俺を見る。
「テツ様・・とおっしゃいましたね。 何か不思議な感じを受けます」
「そ、そうですか。 あの・・あなたはもしかして光の巫女様の・・」
俺がそう言うと、驚くこともなく笑顔のまま答えてくれる。
「えぇ、母親ですわ。 ヴァールと申します。 よろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
な、なんで俺が焦らなきゃいけないんだ。
ただ、しゃべってるだけだぞ。
俺はそう思うが、性分なのだろう仕方がない。
あたふたしているのだろう、俺のそんな雰囲気を見てヴァールが話してくる。
「テツ様は何か緊張されているのでしょうか? それに私のことを知っておいでのようでしたが・・」
ヴァールがそういうので、俺は正直に話してみた。
こちらの世界に転移させられたこと。
神殿国家の神官長から捜索依頼を受けていること。
俺が神殿騎士なるものに任命されていることなど。
・・・・
・・・
「なるほど・・そうでしたか、それは大変な苦労をされますね。 それでテツ様は、私たちを連れて帰ろうと思われているのですか?」
ヴァールが聞いて来る。
「まさか・・今までの話を聞いておかしいと思いました。 神官職の連中がどうも信用できませんね」
俺の返答にヴァールが笑いながら答える。
「うふふ・・テツ様は素直な方ですね。 もしかしたら、我々がテツ様を騙しているのかもしれませんよ」
「え?」
俺は驚いてしまった。
「冗談です、テツ様」
ヴァールが笑顔で言う。
俺には言葉がない。
「そうですねぇ・神官職の方々は私たちには本当に親切にしてくださいます。 ですが、どうも選別思想があるようでして・・こんな状態が長いこと続いておりますね。 ただ、問題が起こるほどではないのです。 だからこそ誰もが動くことがないのでしょうけれど・・おっと、これは余計なことでしたね」
ヴァールが口を押えながら言う。
俺にはそんな政治的なことはわからないし、わかりたくもない。
「そうなんですか・・」
取りあえずそんな言葉で俺は返す。
「それにテツ様、神殿騎士のライセンスカードをお持ちですよね?」
ヴァールが言うので俺はライセンスカードを取り出して見せてみた。
「そのカードですが、神殿の管理下に置かれておりまして、情報はすべて筒抜けですよ。 位置までわかります。 あ、この場所では結界で覆われておりますので、最後に確認された場所から動いていない感じになっていると思いますが」
ヴァールが説明してくれた。
俺はライセンスカードを見ながら、このまま破り捨ててやろうかなと思った。
「なるほど・・」
俺がカードを二つにしようとすると、ヴァールが止める。
「あ、テツ様。 それはそのまま持っている方がいいかもしれません。 テツ様の行動を敢えて教えておくことで、相手が余計な警戒をしなくなります。 むしろそのカードを有効利用する方がいいかもしれませんね」
ヴァールが微笑みながら言う。
この女の人、策略家か?
なんかちょっと怖いぞ。
間違いなく俺より頭はいいな。
俺はそう思って、ライセンスカードを懐にしまう。
「ヴァールさん・・あなたの笑顔を見てこの場所が良いところなのは間違いないと思います。 それに俺も地上へ帰るためにいろんな場所を訪れないといけないようです。 とりあえずは、あなたたちの無事が確認できたことで安心しました」
俺がそう言うと、ヴァールが真剣な眼差しで俺を見つめて来る。
「なるほど・・やはり光の神があなたを召喚なさったのかもしれませんね。 いえ、光の神だけではなく、この世界の意思によるのかもしれません。 テツ様、よろしくお願いします」
ヴァールが深々と頭を下げる。
「ヴァ、ヴァールさん。 頭を上げてください。 別に俺にできることなんてあまりありませんよ。 ま、まぁ、無事が確認できたので、俺もヘルヘイムさんの屋敷に戻りますね。 あ、ありがとうございました」
俺は意味もなく慌てながら、ヴァールのところを後にした。
しばらくヴァールが見送ってくれていたようだ。
なんで終始こちらが焦らなければいけないのだろうかと、俺は思っていた。
おそらく、落ち着いた雰囲気で話してくる女の人に対する免疫がないのだろうな。
美人だし。
はぁ・・情けない。
ヘルヘイムの屋敷に戻って来た。
屋敷が近づいてくると、入り口の外でヘルヘイムとルナ、それにメイドたちが集まっている。
何やら魔法を見せたりしているようだ。
ワイワイと楽しそうな雰囲気だ。
メイドたちの何人かは、座っているのか倒れているのかわからないが、地面で横になっているものもいた。
俺が近づいて行くと、ルナが片手を上げる。
「ようテツ。 どうだった、光の巫女は?」
「えぇ、元気で快適そうでしたよ」
俺がそう答えるとルナはうなずく。
「それよりもどうしたのですか、これは・・」
やはりメイドたちは座っているというより、倒れているようなので俺は聞いてみた。
「うむ、実はな、ワシの力を感じたいと言ってな・・」
聞けば、夜の王のルナの魔力を直に感じたいということらしかった。
ルナは1/10の分身体なので、大したこともできないと言っていたのだが、それでもいいとまとわりついて来たそうだ。
髭をたくわえたメイドというか執事さんが、肩で息をしていた。
「ありがとうございました、ルナ様。 我々もこんな機会はめったにございません。 光栄の限りです・・ふぅ・・ですが、さすがですな。 我々では触れることすらできないのですから」
しっかりと礼節を持って話しているが、苦しそうだ。
それにしても1/10のルナに触れられないって、ルナさんあんたどれだけ凄いんだ!
すると、ルナが余計なことを言う。
「そうか・・それはなにより。 それよりもこの地球人のテツだが、今のワシよりも遥かに強いぞ」
・・・・
ヘルヘイム以下、メイドたちが全員凍りついたように感じた。
いや、凍りついたんじゃなく、俺を凝視してるんだ。
アホですか、ルナさん!!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
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