104 吸収
俺はそっと右手を差し出す。
アイテムボックスにはまだシュークリームは残っている。
ただ、やたら食べだすと本当になくなってしまうので、ルナには少なく言っていた。
「ル、ルナさん。 後ほんの少しですけど、残っていました。 とりあえずこれで落ち着いてください」
俺の右手をルナが見つめ、電光石火の速さで俺から奪う。
!!
い、今、動きが見えなかったぞ。
マジか?
これがルナの本気の速度なのか?
1/10の分身体だろう。
それが今の俺のレベルでも見えないのか?
俺は妙に背中が寒くなる。
今まではどれも本気ではなかったのか?
そんな疑問が浮かぶがどうしようもない。
ルナは袋を開け、おいしそうにシュークリームを食べている。
月明かりの中、シュークリームを食べていたが少し顔を空に向ける。
「テツよ、迎えが来たようだぞ」
ルナが言う。
ルナの視線の先に、1隻の飛行船が迫ってくる。
・・・
!!
「あ、そうだった。 俺たち転移してたんだ。 いったいどれくらいの時間が経過したのだろう? 大丈夫か?」
俺はブツブツつぶやいてしまった。
ルナはゆっくりとシュークリームを味わっている。
そうだよ。
あのヘルヘイムやヴァヴェルのところでかなりの時間過ごしたぞ。
どれくらい経過した?
半年?
1年?
わからないな。
・・・
俺がいろいろ考えている間に飛行船が俺たちの前に到着。
入り口が開き、ウベールがまず見えた。
続いてアニム王、そしてルナの本体が現れる。
後は政務官たちだろう。
ん?
あ、あれは美人の神聖術師だ。
俺がそんな目利きをしていると、ウベールが駆け寄ってくる。
俺の前に来ると、いきなり片膝をつき謝罪から始まった。
「テツ殿! 本当に申し訳ありませんでした。 私がついておりながら、テツ殿にご不便をおかけいたしました。 ただ、ご無事のご帰還を迎え、本当に心よりうれしく思っております」
ウベールが声を大きくして言う。
・・・
いやいやウベール。
俺は普通の人間だから。
そんなに仰々しく挨拶されても困るし。
それに、飛ばされて案外楽しかったかもしれない。
俺が対応に困っていると、アニム王が後ろから声を掛けてくる。
「ウベール、テツが困っているではないか」
アニム王の言葉でウベールはゆっくりと立ち上がり、アニム王の後ろへ下がる。
「テツ、無事の帰還、お疲れ様」
アニム王が微笑みながら言う。
「い、いえ、こちらこそわざわざお迎えいただき、ありがとうございます」
俺は取りあえず挨拶を返すだけだ。
まさか王が俺みたいな一般人のために出迎えてくれているのだ。
ありえないだろう。
そんな俺を見ながらアニム王が言う。
「それにしてもテツ、随分早い帰還だね」
「え?」
俺は言葉を失う。
一体何?
早いってどういうこと?
そういえば、どれくらいの時間が経過していたのだろう。
ルナのシュークリーム案件でそんな疑問が吹き飛んでいた。
俺が呆けた顔をしていたのだろう、アニム王が言葉を続ける。
「どうやら時間の感覚が違ったようだね。 テツが飛ばされてから3日も経過していないのだよ」
俺はその言葉を聞き、なおさら言葉を失う。
は?
その疑問符のまま、俺と一緒に行動をしたルナの方を向く。
すると、ルナの本体が俺と一緒に行動していたルナに近づいていた。
2人が向かい合うと、ルナの本体が左手を前にゆっくりと出す。
分身体のルナが黒い霧のようになり、本体に吸収される。
・・・
俺は言葉すら出せずに見入っていた。
そりゃ、分身体だから本体が吸収するのは当然だろうが、あまりにも自然に行うので何ともいえない。
俺にとっては一緒に旅をした唯一の理解者だからな。
分身体はあっさりと吸収されてしまった。
吸収したルナがニヤッと笑う。
「フフ・・あっはははは・・これはいい。 なるほどな・・」
その場にいた全員がルナの笑い声に驚いたようだ。
ルナの方を向く。
「そういえばルナ、分身体は子供のような感じだったのでは? 今のは子供ではなかったようですし・・」
アニム王も気づいたようだ。
ウベールたちもそういえばそうだったなとか言っている。
みんなあまり気にしてなかったんだな。
「うむ。 アニムよ、分身体だがな、転移先でいろいろとエネルギーを得たらしい」
ルナがそういうとみんなに緊張が走る。
ルナはヴァンパイアだ。
忘れていたわけではない。
だが、あまりにも友好的なので警戒心が解かれていたのは事実だ。
そんな緊張をルナは感じたのだろう。
ルナが微笑みながら説明を始める。
「フフ・・驚くようなことではない。 転移先でダンジョンをクリアして管理者になったりしたようだぞ」
ルナがそう言うとみんなホッとしたようだ。
俺はそれを聞きながら言葉を出す。
「ル、ルナさん、それ・・」
俺がそこまで言うと、ゆっくりとルナが片手を挙げて俺に向ける。
「テツよ、わかっておる。 お主も苦労したようだな」
ルナが笑いながら言う。
俺は黙ってうなずいた。
・・・
・・
ルナは俺からライフドレインをしたことは言わず、転移先でのことを簡単に説明していた。
皆もそれを聞きながら、なるほど・・と納得していたようだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
よろしければ、ブックマークなど応援お願いします。




