第3話 ①
第3話です。
新キャラがごっそり増えて、少々騒がしくなっております。
そして少し長いです。
人間は無力なものである。
いくら否定したくとも、それをなかったことにはできないし、時間を止めることも戻すこともできない。
とはいうが、何のことはない。締め切りの話である。
五月末日に定められる原稿の締め切りが、間近に迫っているのだ。そのため、五月最終週の県立赤嶋高校漫画研究部――漫研部の活動は、従来の週三日から特別に増やして、週五日行われる。元準備室を宛がった小さな部室で、他の部とは共用していないからこそ、このような無理を利かせることが出来るのである。
ところで、その締め切りというのは、一体どこに提出する締め切りなのか。
それは――生徒会である。
「だから、何で生徒会に提出しなきゃなんないんですか? 顧問の先生に提出して、学校の許可もらって、印刷かけてもらえば済む話でしょう?」
今年度から入部した宮古珠里が、釈然としない思いを露にしている。
「仕方ないんだよー。それもこれも先々代の部長のせいさ。といっても、彼は悪くない。悪いのは、先々代の生徒会だね」
先々代――つまり、金ヶ崎偲が一年生だった頃の話を語る。当時の漫研部の部長は、真面目だが意固地な男で、自分が正しいと思ったことを押し通さずにはいられないたちだった。そのせいで当時、生徒会長を務めていた男子生徒と激しい対立を起こしていた。
現在にまで続くような災難のきっかけは、文化祭で漫研部用の展示スペースを設けて欲しいと求めたことだった。それまでは、趣味のサークルに近いような水準でしか活動をしていなかったことを理由に、漫研部は部活として文化祭に参加することは許可されていなかった。正確にいうと一時期だけそれが認められていた期間もあったのだが、その後、実績があり外部にもアピールできるような、他の精力的な文化部に時間場所経費を使いたいという学校の方針転換があったのだ。
そのことに当時の部長は憤慨し、まずは生徒会に嘆願書を提出した。学校側が各部の活躍の場を与えないことには、部員のモチベーションも上がらず、部としての質も落ちる一方だと思ったのだ。しかし、生徒会はそれを一掃してあしらった。
そこで彼は、教師に直談判をしに行った。嘆願書と過去の部誌を持参し、その数年前から文化祭での展示がなくなったことを皮切りに、作品の質が低下していることを訴えた。更には、他校の漫研部の活動例も数例資料にまとめて、我が校の漫研部の扱いは不当であり、教師サイドの良識も問われると、問題意識を煽った。その結果、幸いにも学校は彼の声に反応し、その年の文化祭から、小規模ではあるものの展示スペースと文化祭用の部誌の発行を活動として認めたのであった。
ところが、それが面白くなかったのは当時の生徒会長である。自分達が軽く扱っていた部活及びその生徒が、自分達の意図しない形で教師達を動かし、権利を得たことが気に食わないという、実に独善的でくだらない恨みであるが、それをきっかけに生徒会は漫研部に、学校を巻き込んでの嫌がらせを始めたのである。
この検閲制度はその一つの名残である。
当時の生徒会は、各文化部へ対してこんな規則を提案した。各部活動の自主性を重んじ、それぞれの作品を生徒自身が自由に表現できるよう奨励する。但しそれは赤嶋高校の品位を損なうものであってはならなしとし、各部が校内外へ発信及び展示する作品に関しては、生徒会が適切か否かを判断し、適切なもののみを学校責任者に上げ、発行、発表及び展示を認めてもらうという規則。
要するに「先生に提出したり、みんなの前で発表したりする前に、それでいいかどうか生徒会がチェックするからね」ということである。
ただこちらは、規則といっても正式に学校を通したものではない、いわば暗黙の了解程度の拘束力なのだが、これは漫研部へ嫌がらせをするために当時の生徒会長が定めたもの。このルールを振りかざして、部誌の発行前には生徒会が部室を訪れ、各生徒の作品に対して正当なものからそうでないものまでいちゃもんをつけていく。
なお、当然ながら他の文化部はそんな暗黙の了解などお構いなしにこれまで通りの活動を続けているし、生徒会も完全にスルーしている。したがって、これは漫研部に圧力をかけるためだけの、非常にはた迷惑なルールだった。
そして、何故かその代からこれまで、生徒会と漫研部の因縁は続いている。恐らく、生徒会のなかでは漫研部にはストレス解消がてらに嫌がらせをしてもいい部活、漫研部のなかでは生徒会は自分達に嫌がらせをしてくるクソみたいな組織、というよろしくない空気が固定してしまったせいだと思われる。
「いや、だってそれ、本当にクソじゃないですか生徒会」
「本当です。そんなの生徒会じゃない。ただのクソ集団です。全国の生徒会の名に恥じる話です」
中学で生徒会に所属していたという経験を持つ珠里と、その後輩の久慈雪奈が、偲の語る事情を聞いて、更に憤慨した。
「だよねー。おかしいと思うもん、うちらだって」
それに同意したのは山田律子だった。彼女が机で作業しながら言い、その隣と向かいから、前沢桐矢と平泉倫も頷いた。
「でも去年の先輩方も私達も、他人に対して強く出られるタイプがいなかったから、この問題をここまでずるずる引き伸ばしちゃってんだよね」
「そんなの、引き伸ばす問題じゃない。生徒会が来たらはっきりいってやる」
珠里の怒りは収まらず、自在ぼうきを片手に仁王立ちをしていた。
今日は締め切り三日前である。
進捗が順調なら、各自そろそろ仕上げの段階に差し掛かる頃である。だが、全員がそうであるとも限らず、部員達の間にはいつになく緊張した空気が走っていた。
ちなみに今回の部誌で提出するものは、偲と律子が漫画を八ページ、倫と雪奈がイラストを四枚である。更に、倫は表紙も担当する。新入生の雪奈の提出は任意だったが、本人が是非というので、今回の部誌でも描いてもらうことにしたのだった。
この段階になると、桐矢は、実はほぼすることがない。テーマやストーリー、構成について考案・修正する段階はとっくに終わっており、絵を仕上げる上で彼にできる助言はないのである。
それにもかかわらず部室に顔を出さなくてはと思って、律儀に毎日活動に参加するのが桐矢だ。席に座って静かにし、時折テンパる部員達をとりあえず励ます。
そういう意味では、珠里もほぼ同様の状況である。彼女は絵に対して助言や提案もできるが、やはりこの期間では時間的に間に合わないということで、細かな修正以外は控えるようにしている。彼女もやはり桐矢と同じように、席に座って部員達を見守る活動に徹している。
そうして、いつもより口数を控えめにしながら、各自の作業に取り組んでいた午後五時。
日が傾きかけた部室の扉を、一人の生徒が叩いた。
背が高く筋肉質な印象を与える男子生徒だった。短い髪の毛を少し逆立て目立つのと、眉間に皺を寄せたような顔つきが少々他人を緊張させる。
彼は生徒会会計の一関恭介という、二年生の生徒だった。
「来たか、生徒会……!」
彼の顔を見るなり立ち上がり、珠里は自在ぼうきを手に取った。親の仇でも討つような形相をして。
しかし、そんな彼女に慌てて近寄り、諫めるのは倫だった。
「待ってください、珠里さん。彼は違います……!」
その一言で珠里が掲げた自在ぼうきを下ろすのを確認した後、倫は一関へ向き直った。
「お疲れ様です、キョウ君。どうしたんですか?」
相手をニックネームで呼び、親しさを感じさせる振る舞いの倫。彼らは同じクラスの友人同士なのである。
そういった背景もあるので、偲も気軽に近寄っていく。
「一関君、おつー」
「お疲れ様です。お忙しいなか来てしまってすみません」
きっちり角度をつけて頭を下げる様子は、硬さを感じさせるものがあるが、丁寧ではある。
「その――原稿の締め切り前に本当に申し訳ないんですが、うちの三年生達が……」
「……うん?」
「――うちの三年生達が、これからこの部室に来ます」
「「 えー!? 」」
席に座ったまま、桐矢と律子が不満の声を上げ、それは見事に重なった。
雪奈も原稿を描く手を止めて、怪訝な顔をしている。
「ちょっと待ってよ、締め切りはまだでしょ。何で今日このタイミングで生徒会が来ちゃうのさ」
偲も非常に困惑している様子だった。
一関は目を伏せながら、言いづらそうに説明する。
「その……うちの会長が気まぐれに『急に漫研部に行きたくなっちゃった』といい出して、俺もやめるように一応いったんですけど、副会長と書記も同調して聞いてくれないし、結局止められず……本当に申し訳ないです」
「キョウ君のせいじゃないですよ。あほの三年生が全部悪いです」
自分を責める一関を庇う倫。
偲も同意し、彼に寄り添う。
「そうだよ、一関君。あいつらをまともに相手なんてしない方がいい。その代わりに君は、予め俺らに教えに来てくれたんだね」
一関はそれでもなお項垂れていた。
漫研部にとって天敵の生徒会でも、彼だけは例外というのが、偲や桐矢達など以前から所属している部員の共通認識である。何を隠そう彼は、件の先々代の漫研部部長である一関零壱の弟なのだ。
彼は、兄が招いた負の因縁に本来何の責任もないというのに心を痛めており、それを断ち切るべく生徒会へ所属したほどで、少々暑苦しいが、義理堅いといえば義理堅い男なのである。
「みんな。一回作業はやめて、原稿を片付けて。奴らに悪戯されないように」
偲の指示で、桐矢、律子、倫はそそくさと、机の上のものをキャビネットや自分の鞄に適宜移した。
珠里と雪奈も戸惑ってはいたが、皆の動きに倣う。
ついでにいうと、偲は「難癖つけられるから」といって、ヘッドホンも外した。そのくらい神経を使う相手なのである。
そうして、紙や資料、ペン類を全て避難させたところで、ノックもなく三人の客がやってきた。
「失礼するわ!」
高らかにわざとらしく宣言しているのは、生徒会長の大船渡舞火である。肩を超えるハーフアップの黒髪が、彼女の動きに合わせてしなやかに靡く。均整の取れた理想的なシルエットであり、目鼻立ちのくっきりした誰の目にも美人と評価できる容貌の女子生徒だ。
実際この彼女の容姿は、男子の憧れ、女子の理想として称賛されている。加えて、表面上は成績優秀で人当たりの良い優等生を演じているので、生徒達の支持率は高い。だが当然ながら、漫研部の人間からすると「容姿だけ」なのである。
「漫研部の皆さん、進捗はいかがかしら?」
「貴女方のおかげでストップしています。非常に迷惑なので是非とも帰れください」
と、その前に立ちはだかって、毒気のある口調で答えているのは倫である。
倫が他人に対してここまで敵意を剥き出しにするのは珍しいのだが、彼は過去に発行した部誌の自分の原稿を大船渡に却下されたという理由で、彼女のことを毛嫌いしている。
ちなみに、その時却下された原稿というのは、オリジナルの美少女キャラクターのイラストだったのだが、却下された理由は「露出が多く、学校で発行する内容としてふさわしくない」というもの。といっても、裸の人物を描いたとかそういうことではなく、きちんとセーラー服を着用した健全なイラストのつもりで提出したのだが、スカート丈が短くニーハイソックスを穿いて、尚且つやや下側からのアングルで描いたために、生徒会の検閲を通過できなかったのである。その時に、倫は「ニーハイソックス自体に性的な意味はないし、アングルはそれを着用した脚をより魅力的に見せるためのものである。そして問題になるようなものは見えていないのだからセーフ」という旨を主張したのだが、結局取り合ってもらえず、描き直しを余儀なくされ、スカート丈は膝程度、ソックスはハイソックスに変更する羽目になったのである。
これは脚フェチの倫にとって屈辱であり、絵を描く意味すら見失い兼ねないような精神的ダメージを与えるものだった。
倫と大船渡の因縁は、そういうものである。
「だって締め切り三日前だっていのに、あんた達が全然進捗を報告しに来ないから、こっちから心配してわざわざ見に来てやったんじゃない」
「余裕でーす大丈夫でーすマジ余裕過ぎて鼻くそほじりながら描いてまーす」
大船渡の煽りは、倫のキャラが崩壊するほどに癇に障るものがある。彼女自身もわざとそうしている部分も勿論あるのだろうが、根底から滲み出る高慢さがその原因だろう。
「お前、ちょっと先輩に対して生意気じゃないの?」
「本当だな。舞火さんに謝罪しろ」
倫と大船渡の間に、二人の男子生徒が割って入る。
一人は生徒会副会長の雫石漱太。愛嬌のあるたれ目で一見柔らかい印象を与えるので油断しがちだが、彼もまた、漫研部への嫌がらせに加担している人物の一人だ。
もう一人は生徒会書記の普代丹。長身で、端正な顔立ちに眼鏡をかけており、乱れのない服装で漫画に出てくるような優等生らしい風貌をしているが、その実際の姿は、大船渡や雫石と同様である。
「こら金ヶ崎。後輩の躾はちゃんとしろ!」
普代は倫を睨んだ後、席に座っている偲の方へ向かって叱責した。
呼ばれた偲は、面倒臭そうな顔をしながら彼らのもとへ寄り、弁明する。
「……うちの子らの教育は、褒めて伸ばす方針なんで」
「褒めて伸ばす名のもとの放任は、問題視されるんだぞ!」
そこについて話し出すと難しいことになりそうだったので、普代の言い分は敢えて聞き流す。
「ていうか、金ヶ崎。今年の新入部員はどんな子かしら? まだ私達に紹介してないでしょ」
「何で君達に紹介しなきゃいけないのさ」
ねちねちと絡む大船渡を、心底不快な目で見ながら偲は言う。
だが、彼女は許可もされないうちに部室の奥へと進み、作業スペースの机まわりをうろうろしつつ、部員一人ひとりの顔を確認した。
大船渡のこの行為は、生徒会が部室を訪れる度に行われる。言いがかりをつける相手や材料を探しているのである。
桐矢は反射的に顔を下へ向け、彼女と目を合わせないように自衛した。といっても、どうせ大抵最後には全員に対して嫌みを言っていくのだが。
とりあえず今のところ桐矢はスルーされ、まずは珠里と雪奈について、大船渡は言及する。
「今年の新入部員は女子だったのね。まあまあ可愛いじゃない」
一見持ち上げるようなことを言っているが、彼女の本当の標的は――
「残念だったわね、あんた」
「私?」
大船渡の話の振り方に驚き、律子が間の抜けた声で聞き返した。
流れからすると珠里と雪奈に矛先が向きそうだったので、彼女達も意外な顔をしながら首を傾げている。
大船渡は、底意地の悪い笑みを浮かべながら、律子に顔を近づけて言う。
「去年まで女子はあんた一人だったし、オタクどもにちやほやされてお姫様気取りだったでしょうに。自分以外の女子生徒が入って、さぞや面白くない思いをしているんじゃないかと思ったのよ」
「はあ!?」
滅相もないという面持ちで抗議の声を上げる律子。だが、大船渡に盾突くのは怖いのか、それ以上は言葉を飲み込み、顔を伏せながら歯噛みしている。
そんな律子に代わって、雪奈が物申す。
「律子先輩はそんなこと思うような人じゃないですし、わざと不和を招くようないい方をしないでください」
「うんうん、そうなるわよね。そこでこのブスを庇うのが、印象いいものね。結構あざといところあるじゃないの」
「はあ!?」
雪奈も、律子同様の声を上げた。
心ない中傷を受ける彼女達が居たたまれず、桐矢もそろそろ何か言わなくてはならないと焦っていたが、それよりも早く動いたのは珠里だった。彼女は大船渡の前に素早く立ち、壁際に追いつめてその胸ぐらを掴んだのだ。
「――――ふざけるな……!」
いつになく低く響く彼女のその声には抑えきれない怒気が籠っていた。
珠里の反応に多少本気で驚いているのだろう。
大船渡は、一瞬びくんと震えたのち、取り巻きの人間に向けて助けを求めるべくアピールを始める。
「……いや……お願い、やめてよ! 怖い! 苦しい!」
誰が聞いても演技と分かるような泣き真似ほど、神経を逆なでされるものはない。しかも、元々相手から吹っかけてきた喧嘩である。
珠里は容赦しなかった。その手を離さず、大船渡へ更に凄む。
「――――こんな低レベルな苛めみたいなことして、恥を知れ」
それがまずかった。
他の部員達が気づいた時には既に遅く、珠里は雫石に後ろを取られ、羽交い絞めにされるのだった。更に、そうやって動きを封じられた彼女を大船渡から引き離し、普代が前に回り込む。
珠里がはっとしたのは束の間のこと。
その次の瞬間。
――――ぱんっ!
という、乾いた音が室内に響き渡った。
何が起きたのか理解する思考が止まる珠里と、信じられないものを見る目の部員達。
そんななか最初の一言を発したのは、それまで経緯を見守るしかなかった一関だった。
「先輩! それはやり過ぎです!」
彼が非難するのは、宮古の顔を平手で叩いた普代の行為である。
「お前は今何を見ていたんだ一関。そもそもは、この生徒が舞火さんに暴力を振るおうとしたからだ。これは正当防衛だ」
一関が張り詰めた声で咎めたのを、普代はあくまでも自分達の正当性を主張して、一掃する。
そこが日頃の力関係なのか、普代に反駁されると、一関は大きな体を萎縮させ、その後の言葉を噤むしかなかった。
「ちょっと! 二人がかりで女子を殴るなんて最低!」
「気持ち悪くなるほどの屑野郎どもですね。前から知っていましたけども……!」
律子と倫は怒りを露に、それぞれ吐き捨てるように言った。
雪奈はショックで涙ぐんでいるし、偲は言葉こそ発しないものの、彼らへの敵意を視線に宿している。
そして、桐矢は――
「宮古……宮古、大丈夫……?」
ぼんやりする頭で珠里の傍へ寄り、その手を引いて少し後ろへと下がった。とにかく、彼女を普代達から引き離さなくてはと思ったのだ。
そんな桐矢の行動を、連中は当然快く思わずに睨みを利かせているのは感じたが、今はそれどころではない。
というよりも、桐矢自身も目の前で起きたことに対し、茫然自失に近い状態だったのだ。
心拍数が上がって胸が締め付けられ、眩暈のような浮遊感だけは自覚できた。
それが自分の怒りだと気づいたのは、連中が勝ち誇った顔を浮かべ、都合よく退散を決め込もうとしているのに気づいた頃である。
「ところで皆さん? 部誌の締め切りは三日後よ。原稿を落としてごらんなさい。部活動として機能しないとみなして活動停止にしてやるんだから」
そもそも生徒会にそんな権限があるのか甚だ疑問であるが、大船渡はそんな言葉で脅しをかける。
我々が原稿を落とすわけなどないだろう、といいたいところではあるが、実をいうと漫研部、過去に一度、偲が期日までに原稿を提出できずに部誌の発行を遅らせた前科がある。生徒会に強く出られないのには、ちゃんとわけがあるのである。大声でいうことではないが。
「そうだ。締め切りまでの間、君らがさぼらずに原稿進めているか、俺達毎日見に来てやるよ。行き詰っているようなら多少応援くらいするし」
「それ、邪魔以外の何物でもない」
今思いついたかのような提案をする雫石に、顔をしかめる偲。
そこへ普代が追い打ちをかける。
「文句いえた立場じゃないだろう、金ヶ崎。俺達はお前がいちばん心配なんだよ」
心配しているとは口で言いつつ、奴らの目的は、詰まるところ妨害と嫌がらせなのだろう。
とにかく、締め切りまでの間今日のように連中が部室にくるとなると、その度に作業が中断することは目に見えている。そうすると、その分の進捗は遅れる。非常に迷惑で、憂鬱な話である。
だから、是非とも期間中の来訪はお控えいただきたいところだが、そんな交渉ができる相手でもない。
結局偲も部員達も承諾しないうちに、雰囲気が出来上がってしまい、そのつもりになって大船渡、普代、雫石の三人は、部室を後にした。
彼らの退室から少し間を置いて、一関が深々と、部員達へ向かって頭を下げる。
「――――申し訳ありませんでした!」
「……謝らないで、一関君。俺は、あんな奴らと活動しなくちゃいけない君が気の毒だよ」
偲は、疲れ切った顔でそう言うと、鞄にしまったヘッドホンを再び取り出して着用した。
それでも気が済まないような面持ちで、一関は珠里の方へ向き直り、未だに左の頬を抑えて茫然としている彼女を案じる。
「宮古さん……怪我はしていない?」
「あ……うん。大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから」
一関に声をかけられて我に返った珠里は、叩かれた個所を抑える手を下ろし、気遣うような笑みを浮かべた。
ぎこちなく笑う彼女の顔は、出血や口内の損傷こそなかったものの、今なお赤く腫れ上がり、それ相応の力でぶたれたことは容易に確認できる。
痛かっただろうに。
桐矢は率直に思った。
珠里があの場で大船渡に掴みかかったのは、漫研部が不当な扱いを受けていることだけでなく、律子や雪奈が直接侮辱されたからだ。友人や親しい後輩が傷つけられるのを、彼女は放っておけなかったのである。
そんな真っ当なことも分からず、暴力で抑え込んだ普代と雫石、延いては大船渡に、桐矢は憎悪に近いような感情を覚えた。
「部長、俺――」
「ああ、桐矢君……もう大丈夫だよ。怖い思いをしたよね」
桐矢が絞り出すように声を出すと、偲は気持ちを推し量ろうと、そんな言葉で答えた。
日頃の桐矢は、強い力を振りかざす相手は本当に苦手で、可能な限り対峙を避けていた。口も利かず、目も合わせずやり過ごせるなら、それに越したことはないとさえ思っている。そんな彼を、偲も知っているからそう言ったのだろう。
だが、今回だけは違った。
桐矢は、ゆっくりと頭を振ってからぽつりと言う。
「――――俺、彼らを絶対に許しません」