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まんばな!~漫研部が漫画を描いたり描かなかったりする話~  作者: 伊東いろはす
第13話 漫画を描いたり描かなかったりする漫研部
54/66

第13話 ③

 前回の続きです。

 部長と副部長の会話+αなパートです。

 作中に登場したあの絵本、幼少期の私は巻末チェックリストで投げ出しています。


****


【山田律子】


 ――――やってしまった。


 ある程度は覚悟していたものの、見るからに「ライフ0です」と言わんばかりの空気を纏って机に突っ伏している偲を改めて見ると、どうしても罪悪感が湧いてくる律子だった。

 (くだん)の一幕があったのち、生徒会の雫石と普代の手をそのまま借りて、部室まで偲を連れてきてもらったわけだが、当の偲は憔悴しきって、ふらふらと倒れ込むのではないかというような挙動で机に伏せたきり、一言も言葉を発していない。

 雫石達に丁重に礼を言って別れた後、律子は、ひとまず偲のことは置いておいて、窓を開けたり扇風機のスイッチを入れたりして室内の環境を整える。

 普段は紙類が風で飛ぶのが煩わしくて、扇風機の風量はできる限り「中」にしているのだが、前日の雨が上がって日差しが照る今日は、気温も湿度も上昇して如何ともしがたいので、律子は自己判断で「強」にした。今日の集まりはそもそも作業を行うためではないのだ。

 ぶーん、という音とともに首を振る扇風機が、こもった空気を少しずつ逃がしていく。


「部長……すいませんってば」


 一段落したところでとりあえず隣の席に座って、律子は声をかける。


「本当は私だって、ここまでしたくなかったんです。でも、全員集合するためにはこうするしかなくて……」


 ここ数日の部内で起きている悶着を解決の方向に持ち込むため、律子は、とにかく一度は全員集まって、各々が気持ちや意見を言葉にして交わさなくてはならないと見込んでいた。現時点で珠里と北上もそれに賛同してくれている。

 そのために、グループラインで臨時の集合をかけたわけだが、案の定ほとんどの部員からは既読がついただけで反応はなかった。

 そこまでは事前に想定できていたので、対象の部員のところへは、それぞれ出向いて直接説得の上部室まで連れてくる計画は立てていた。しかし、漫研部内だけでそれを実行しようとするには人手と力不足が否めず、前日のうちに律子達は生徒会のメンバーに協力を頼み込んだのだった。

 会長の大船渡は当然経緯を尋ねてきたが、律子が「ちょっと揉め事を起こして部内だけでは解決が難しくて」とぼんやりとした説明をすると、何となく察したのかそれ以上の深追いはせず、淡々と申し出を受け入れてくれた。会長が承諾したことで、他の生徒会の面々も同意するに至り、そして先刻、例の『金ヶ崎偲捕獲作戦 (仮)』が実行されたのである。

 予定の筋書きとしては、偲のクラスメイトでもある大船渡に教室で足止めをしてもらい、律子が直接迎えに行って部室まで同行するというものだった。しかし、機嫌を損ねた偲は実に面倒で、律子の呼びかけにも応じない可能性があったため、その場合は大船渡にも助太刀してもらう二段構えにしていた。

 しかし、大船渡は律子以上に偲の行動パターンを深読みして、彼が逃亡を試みる可能性を想定おり、最終的には強引に連行する必要が出るのではないかと危惧した。そこで、昇降口までの経路の途中に雫石と普代が控え、いざという時は二人がかりで捕まえることを提案された次第である。

 律子としては、そのやり方はほぼ拉致で、宛らこちらが偲を苛めるような構図になってしまうため非常に抵抗感があった。できればその手段はとりたくなかったのだが、保険感覚で計画に組み込んだところ、結局実行することになってしまい大変居たたまれない心境なのである。


「部長、顔上げてくださいってば……もー」

「…………律子ちゃんの鬼畜、ドS」

「げーっ! 流石に人聞き悪い!」


 行いに対しての謝罪はするが、こちらが喜々としてそれをしていたと思われるのは心外だったので、律子は思わず間抜けな声で抗議した。

 そのトーンが上手い具合にツボに入ったのか、偲が机に置いた腕を壁代わりに、半分だけがこちらに見えるように顔を上げてくれた。


「はあぁぁ……俺が悪かったから、もう許してよぅ……」


 甘えるように許しを請う先輩の姿は何とも情けなく、こんな人がよく今まで部を仕切っていたものだと、律子は振り返る。三年生が一人しかいないから必然的に役割が回ってきたわけだが、偲はマイペースな性格なので、横並びで部員達と仲よくすることはできるが、有事の際にリーダーシップを執るといった動きは、元来どちらかといえば不得手なのである。

 だが、だからこそ成り立っていた漫研部が、律子は好きだった。


「別に許すも許さないもないですよ。それに私、そんなに怒ってないですし」


 裏を返せば少しは腹を立てたわけだが。


「――それよりも部長。大船渡会長が言ったこと、その通りだと思いますよ、私」


 怪訝そうな目をしている偲に、律子は告げる。


「部長は、私達後輩のために尽くしてくれていたし、漫研部を盛り上げてくれていた。部長がいなかったら、ここまで楽しい部活になることなかったと思います。部活っていうものには中学校から入っていたけど、私、今がいちばん楽しいです。他のどこの部活よりも部員同士仲いいんじゃないかって、心のなかで勝手に思うくらい、自分の部が好きです。ぶっちゃけ今は誰がどう見ても揉めてる状況ですけど、その気持ちに嘘はないです。ちょっとくらい嫌なことあっても楽しいって気持ちが全然なくならないから、本当に好きなんです」

「……俺、今告白されたよね?」

「話の主語と目的語をちゃんと確かめてください!」


 こちらが真面目に話しているのに偲が茶化すので、律子は少し憤った。加えて、偲には何故か律子の恋愛事情を諸々把握されているようなので、知っている上でのその冗談は配慮に欠ける、と二重に不服な思いが募る。


 律子が少しきつく突っ込むと、偲は苦笑しつつ潔く退()いた。


「……あははっ。ごめんごめん」


 目だけでこちらを見ていた顔を上げ、机に伏していた身体も起こして偲は続ける。


「律子ちゃんがそんな風に漫研部のことを思っていて、俺を評価してくれるなら、これほど嬉しいことはないよ……でも、本当の俺はそんな器じゃなかった。ごめんね?」


 そう言う偲の笑みは本当に気まずそうな苦々しいものだったが、ここ数日終始陰っていた彼の目に、本来の人懐こさが戻ったように律子には見えた。


「でも言い訳させて欲しいんだけど、俺、最初からこんな風にしたかったわけじゃないんだよ。みんなにとって居心地のいい場所を作りたかったのも、本当なんだよ……まあ結局、一人だけ三年生なのもあって、後輩達に部長部長って慕ってもらえるのが気分よくて、俺が自分の支配欲を満たしていたみたいな形になっちゃったけどさ……」


 欲の内容が思いの外穏やかではなくて、律子は多少胸中がざわつく一方、どうにかして寄り添うことはできないものか、フォローの手がかりを模索する。


「……ラスボスみたいで格好いいですね」

「駄目だよ律子ちゃん、引いたなら引いたってちゃんと言わないと」


 絞り出した称賛があまりにも大味だったため、偲の突きは鋭いが、表情は困惑交じりの笑みだった。律子達下級生が、他愛ないことで騒いでいるのを眺めながら、「仕方ないなあ」などと溜息をつく時の、見慣れた彼の顔である。


「まあ……徹底してラスボスらしくできたなら、それはそれで立派だったんだけどさ。俺、そういうのとも違って、結局ただの独りよがりだったからなあ。恥ずかしいだけの奴だったね、残念ながら」

「いやいや、世のラスボスなんてみんな、掘り下げていけば大体結局独りよがりですよ。だから、部長も素質はばっちりあるんじゃないですかね」

「そっち方面でよいしょされたいわけじゃないんだよ」


 少々調子に乗って律子が両手の親指を立ててみせると、偲に手を添えられ、そっと下ろされた。

 今までも幾度となく交わしてきた部員同士のじゃれ合いだったが、何となく懐かしいものに感じてしまう。


「――冗談はさておき、私、部長が独りよがりだなんて思ってないですよ」


 今度はフォローではなく、本心で思っていることを律子は伝える。


「部長なかには色々あるのかもしれませんけど、部長がみんなのために安心できる環境を作ってくれていたこと、私は本当だと思います。全然独りよがりなんかじゃない」


 律子は、『絵の上手下手に関係なく、仲良く楽しく』という、偲が打ち立てた部活方針の成り立ちを知っている。部の主導役が、前部長の先輩から現部長の偲に移って、格段の違いで居心地がよくなったことを律子は実感している。

 その上で、偲が意固地になり過ぎて、少々突っ走った振る舞いはあったかもしれないが、決して悪意からのものでないことは十分に承知しているので、彼が必要以上に自分を責めることがなければいいと思っている。


「あー……もう、律子ちゃん、どんだけいい人なのさ。俺は、君が思うより全然駄目な先輩だよ? 正直俺、上の先輩達のこと大嫌いでさ、あいつらみたいにはなりたくないってずっと思ってたけど、結局いつの間にか大差なくなってた。五十歩百歩っていうか、下手したら俺が百歩の方っていうか」

「とりあえず、先代の先輩達のことは一端置いておきましょうか」


 偲にとっては引っかかる要素なのかもしれないが、そこに触れるには自分では力不足と感じ、律子は話を今現在の本題へ近づける。


「部長は駄目な先輩なんかじゃないですよ。おかげで部員同士、仲良くやれてました。でも、ちょっとばかり仲良過ぎて、お互い言いたいこと言わずに来ちゃってましたね。傷つけたり傷ついたりするのが怖くて。で、結果、もやもやを引きずって拗らせちゃったりして」


 部員のなかに、悪気のあった人間は一人としていない。だが、どこかで齟齬が生じた上に全員が立ち回りをしくじった結果、少々ごたつく羽目になったのだと律子は思っている。誰も悪者はいないが全員上が手くできなかった、ただそれだけのこと。


「でも今回のことはいい機会でした。何せ私達の課題が見えた。やっぱり思っていることは適度に言葉にしないと駄目です。今日はそのために全員集合しようと思いました」

「…………全員集合して思っていることを言葉にしたら、俺が真っ先に責められるよね。もう鬱でしかないんだけど」


 偲が気まずそうに目を泳がせ、天を仰いだ。そのまま深い呼吸を繰り返したのち、今度は少し俯き加減になる。


「でもまあ……あんまり逃げてちゃ、また大船渡さんに怒られるね」


 偲の呟きが神妙で、律子は、教室や階段で行われていた彼らのやりとりを思い出す。

 大船渡に依頼したのは飽くまでも偲の足止めだったが、彼女は自ら思うことを伝え、諭したり説得したりしてくれた。その甲斐あって、偲の心が大きく動いたように、律子には見えていた。

 そういえば、律子自身も大船渡にはきちんと礼が言えていなかった。後日菓子折り付きで生徒会室に伺った方がいいかもしれない、と何となく背筋を正す。


「だけど、そもそもみんな集まる気あるの? 今のところ二人しかいないじゃん」

「心配には及びません。残り五人、間違いなくここに来ますから」


 半信半疑の偲に、律子ははっきりと言い切った。そのために事前に作戦を計画し、協力してくれる者が今方々で動いているところだ。

 廊下の方から足音が近づく音がする。


「ほら部長、誰か来ますよ」


 律子は少し得意になって、まるで自分の手柄のように胸を張り、偲に呼びかけた。

 足音は途絶えることなく律子達がいる部室まで届いた。

 が。


「――――えっと、律子ちゃん。残り五人のなかに、彼は含まれているのかな……?」


 偲が困惑の声を上げた。

 律子は、自分の眉と口元が渋く歪んでいくのを自覚する。


「え、ちょっとなになに? 感じ悪いなもうやだー」


 足音とともに現れた人物――前沢(まえさわ)永司(えいじ)が、律子達の間に漂う雰囲気に異変を感じたのか、にやにやしながら首を傾げる。


「…………ぶっちゃけ今登場しないで欲しかった」

「わーお。俺、結構辛辣なこと言われてる」


 律子がストレートに嫌味をぶつけても然程動じることもなく、永司は室内に入り込んで、いちばん入り口に近い席に無遠慮な動作で腰を下ろした。

 永司に関していえば、彼の意思は本当に読み取りづらく、どう扱っていいか分からない、というのが律子の正直な気持ちだった。

 本人曰く、漫研部への入部を検討しているとのことで、ここ数日体験目的に部室に通っていたのだが、永司の言動によって部員達が掻き回されている面もある。よって、律子は彼のことを素直に歓迎できないのだった。ただ、珠里や北上が表しているほどの嫌悪感も、律子は持っていなかった。分からないから様子を窺う、という具合のスタンスである。


「……永司くん、今日も体験しに来たの?」

「んー、そうだといえばそうだし、違うといえば違うかな」


 永司との会話は、要領を得ないこともしばしばだ。

 粘っても仕方がないので、律子は質問に対する答えは諦め、自分の要求を率直に伝える。


「何でもいいけど、邪魔はしないでちょうだい」


 平素の律子は、他人相手にきつい言葉を発することに抵抗を感じる方だが、永司相手には却ってはっきり言わないと伝わらないことが多いので、このような物言いになってしまう。

 ただ、永司は良くも悪くも、他人の言葉をのらりくらりと交わすのが基本の姿勢なので、こちらが多少強い言い方をしても、怒ったり傷ついたりするたちではないのだった。


「何を以て邪魔と言うのかは引っかかるけども――」


 相変わらず薄ら笑いを崩さぬまま、永司は言う。


「俺、この段階になったら、あとは特に興味もないんだよね。面白さのピークは完全に通り越したって感じ。だから邪魔も何も、もうやることない。でもまあ、結末くらい見届けようかと思って。ほら、終盤勢い落ちて興ざめする漫画も、中途半端なところで切るのもなんだし完結まで読んでやるかって気持ちになるでしょ?」

「……よし。何を言っているかよく分からないから、あとは静かに座っているように」

「本は読んでてもいい?」


 律子が指示すると、永司は食い下がるようなポーズを示しながら、自分のトートバッグのなかから一冊の絵本を取り出して見せてきた。人がこれでもかというくらい密集した絵のなかから特定の人物を探す、有名なあの絵本である。ちなみに、シリーズの第三作品であることが、表紙の色合いから律子にも確認できた。永司の視覚探索能力がどれほどかは不明だが、巻末のチェックリストまで取り組むなら、ある程度の時間は黙って過ごせるだろう。

 一体何しに部室に来たんだと突っ込みたい気持ちは山々だが、ここで深追いしてはいけないと、律子は勘で察した。

永司の動きに気を取られると本来の目的が迷子になることを、大なり小なり経験済みだからである。



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