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まんばな!~漫研部が漫画を描いたり描かなかったりする話~  作者: 伊東いろはす
第13話 漫画を描いたり描かなかったりする漫研部
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第13話 ②

 前回の続きです。

 ひとまず部長のターンは終了です。


「部長!?」

「こら金ヶ崎! 逃げるな!」


 驚く律子の声にも、叱責する大船渡の声にも振り返らない。

 多くの生徒が散り散りに動く間を掻き分けるように、長い廊下を偲は走る。手荷物も何もかも置き去りにしたままだ。

 とにかく今は彼女達の目から逃れたい。これ以上煮え湯を飲まされるような窮状に耐えられない。


「部長、待ってください……!」


 律子の声が、少し離れた背後から追ってくる。


 ――もう、許して。


 呼吸が上擦るのを(こら)えつつ、人を避けながらじぐざぐに廊下の最奥まで行くその手前の階段を、一心不乱に(くだ)る偲。

 しかし、律子の足は思ったよりも速く、偲を呼ぶ声が段々近づいて、より一層掻き乱される。

 自分はただ、誰にとっても居心地がよくて楽しく過ごせる場を作りたかった――その上で、ほんの少しだけ欲張った。「いい先輩」でいたくて、格好つけていたくて、つい出しゃばり過ぎた。


 ――分かったから。俺が悪かったから、もう責めないで……!


 心のなかで懇願しながら、偲はひとまず一階を目指す。逃げる先は全く考えていなかったが、とりあえず一階ならば建物の外に出られる。玄関からでなくてもいい。上履きのままでもいい。

 まるで災害でも起きたかのように身一つで必死に逃げ惑う自分のことを、滑稽だと思わないわけではない。ただ、場に止まって大船渡や律子から、部室に行けば後輩達から、非難の目に晒されることの方が耐え難いのだった。

 下へ、とにかく下へ。

 時折踏み外しそうなほど余る勢いで、偲は階段を下りていく。

 ようやく一階の廊下が見えた。そこは一年生の教室が並ぶ廊下だが、突っ切って曲がった先には昇降口がある。外へ出て場所が広くなれば、更に勢いをつけて走れるだけの体力は残っている。建物の陰や死角を利用して動けば、上手く撒けるかもしれない。

 そう見込んだところで。


「――――部長、ごめんなさい! 私、絶対絶対、全員集まって話し合いがしたいの!」


 はち切れそうに切迫した律子の声が響いた。


「お願いします、先輩方!!」


 先輩方……?

 ふと疑問に思ったことで、階段を踏む足の勢いが落ちる。

 そんな偲を階下で待ち受けていたのは――


「ウェーイ! 任せろ!」

「金ヶ崎。お前いつも、どれだけ後輩に迷惑かけたら気が済むんだ」


 楽しげに手を広げている生徒会副会長の雫石(しずくいし)(そう)()と、腕を組んで溜息をついている書記の普代(ふだい)(あかし)だった。二人横並びに立ち、偲の進路を塞いでいる。

 このまま下りたら、間違いなく捕らえられてしまうだろう。しかし、上からは律子が追いかけてきている。

 二進も三進もいかない位置取りであることを悟って、偲はその場で足を止めた。一階まであと五段残したところである。


「……部長」


 追いついた律子が、偲の一つ下の段に立って声をかけてきたが、応えるだけの精神力は全て削がれていた。


「はいはい。とりあえず、金ヶ崎捕獲ねー」


 雫石が下からやってきて後ろに回り込み、羽交い絞めにするとも抱き締めるともとれるような形で、偲の両腕を取り押さえた。不本意だし、悔しくて、情けなくて仕方なかったが、最早抵抗する気も起らない。

 偲は一気に脱力し、項垂れるより他なかった。


「……まあ詳しいことは知らんが、あまり意地張るなよ、金ヶ崎。つらくなるぞ」


 普代も近づいてきてそんなことを言うが、偲からしたら、もう手遅れといってもいいほどつらかった。


「で、山田ちゃん。こいつ、どうしたらいい? このまま、部室に連行でいいのかな」

「……すみません、お願いします」


 軽い口調の雫石に、律子は恐縮した様子で頭を下げる。その有様を、偲は身柄を捕らえられた罪人のような気分で見ていた。

 普代も近寄ってきて、偲の右側の腕を掴んだ。雫石は一度手を離して姿勢を変え、改めて左側を引き受ける。

 故意にそうしているのか分からなかったが、普代も雫石も、掴んだ腕を肩に担いで偲の身体を支えるような体勢を取るので、傍から見ると怪我人を介助しているような絵面になっていることだろう。

 無論どこも怪我はしていないわけだが、もうこれでいいや、と偲は酷く投げやりな気持ちになった。もはや自力で歩くことすらも面倒臭くなったのだ。


「じゃあ、上、だな」


 普代が階上を指さす。漫研部の部室がある校舎との間は、二階の渡り廊下で行き来するようになっているのだ。


「よし金ヶ崎、回れ右ー」


 おどけた調子の雫石に指図されることに腹を立てる余力もない。手が離れて腕が下ろされたので、偲が素直に上の階の方へ身体の正面を向けると、そのまま彼らも向きを変え、先程までとは左右が入れ替わった形で再び身体を支えられる。


「あ……」


 視線が上に向くと自ずと階段の踊り場が目に入り、そこに立つ大船渡の存在に偲は気づいた。

 彼女は教室に置き去りにしていた偲の荷物の入ったリュックを手に持ち、冷ややかな目でこちらを見ている。


「――結局、最後の手段を使う羽目になったわけね」


 文脈からして言葉は、偲ではなく律子に向けられたもののように聞こえる。しかし大船渡の眼差しは確かに偲を捉えていたし、位置取りにしても状況にしても、見下ろされていることがありありと伝わり、針の筵にいるような気持ちになる。


「往生際悪く逃げたりしなければ、そんな思いもしなくて済んだでしょうにね」


 今度の言葉は、恐らく偲に言っているのだろう。内心を見透かすように突き刺され、より一層惨めな思いが募る。

 往生際が悪いという大船渡の言葉は実に的を射ていて、実際に偲は今でもなお、小さな小さな見栄を張らずにはいられないのだった。二人がかりで支えられないと歩く気力もなく、回れ右だろうと何だろうと言われるがままに動くしかない、憔悴したといっても過言ではない状態でありながら、大船渡の姿を見ると、無様と知りつつも偲の引き攣る顔が笑みを作った。


「…………ははっ、大船渡さん。俺のこと笑いたいなら、笑ったっていいんだよ?」

「その程度で、私を笑わせられると思わないで欲しいわね。馬鹿にするのも大概にしなさい」


 けんもほろろに言うと大船渡は、どさっと乱暴な音を立てながら、偲の荷物を足元に下ろし、踵を返して背中を向けた。

 まともに相手にしてもらえるとは見込んでいなかったが、これほど興味がなさそうにされると、正直応える。ただでさえ所謂“痛い人”に成り下がっているというのに、そんな反応をされたら自分が滑ったようで居たたまれない。

 いっそのこと泣いてしまえば楽にもなるのだろうがそれもできず、偲はただ力なく、(くう)に向かって結局笑うしかなかった。

 律子が気を利かせて駆け上がり、投げ置かれた偲のリュックを拾った。代わりに持つつもりでいるのか、ショルダーストラップの部分を二本まとめて、片方の肩に引っ掛けている。

 大船渡は相変わらず背中を向けたままだった。しかし、彼女が少しだけ顔を傾けて、再びこちらに目線を寄越していることに偲は気づく。


「――――そういえば金ヶ崎、さっき、言い忘れていたことがあったわ」


 偲が言葉を返す余地は与えられなかったが、淡々とした声で、彼女は続けた。


「――――私、前からあんたが羨ましいと思っていたのよ。後輩のために尽くすことができて、小さい部活だけど大事にして盛り上げて。まあ締め切り守れないのはどうかと思うけど……それでも何だかんだでみんなフォローしてくれるくらい、あんたは慕われていた。それが羨ましかったのよ。私は……自分のせいとはいえ、後輩とそんな関係が築けなかったから」


 少しだけ迷うような素振りが気配から感じられたが、一呼吸置いて、大船渡は顔を背けてつっけんどんに告げる。


「だからあんたが悪いんだったら、漫研部の後輩達(仲間)にさっさと頭下げて謝りなさいよ……そんなことで、今更幻滅したりしないわよ、私は」


 言い終えるや否や、大船渡は足早に階段を駆け上がって立ち去った。

 あまりにも颯爽とした彼女の挙動に偲の反応は追いつかず、言い残された言葉がただ胸のなかで反芻する。

 鋭く刺すような彼女の言葉のなかに、温度があったことに気づいたのは、暫く時間を置いたのちのことであった。



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