第2話 ①
漫研部待望の新入生がやってきました。
今回のお話から、一話を何回かに分割して投稿しようと思います。
県立赤嶋高校漫画研究部――漫研部は基本的に皆、人見知りか面倒臭がりである。だから、部員を増やさなくてはならない、勧誘しなくてはならないと口でいう割に、動きが伴わない。
先日学校全体の集会形式で行った部活動紹介で、部長の金ヶ崎偲と副部長の山田律子が、活動内容と勧誘の辞を口頭発表したものの、それ以上積極的な呼びかけは行っていない。知らない人と話すのが怖くて声をかけられない(桐矢・倫)、勧誘行為をする時間があるなら絵を描いていたい(律子)、やらなきゃとは思っていたが何となく先延ばしにしたら忘れてしまった(偲)と、諸般の理由による。
毎年そんな調子だから廃部危機にまで瀕しているのではと思われる向きもあろうが、全くその通りで、ぐうの音も出ない話である。
その状況下での宮古珠里の入部は、漫研部にとってまさに棚から牡丹餅のような、奇跡に近いような偶然だったといえる。
そして、その珠里は、人見知りでも面倒臭がりでもない。
「いい加減に新入生、勧誘しましょうよ」
四月末、ゴールデンウィークを目前とした日のことである。
一向に動きを見せない部員達に向かって、珠里が切り出した。
ちなみに部員総勢五名、今日の活動も部誌の作成だが、井戸端会議へのシフトはデフォルトのように起こっている。
原稿や画材を机の上に広げるだけ広げ、「転生先としてぎりぎり受け入れられる世界とは」などというテーマについて語り合っていた矢先のことである。
「あー、勧誘な……一応、する?」
実は既に、珠里に何度かせっつかれた後だったのだが、漸く反応したのは前沢桐矢だった。
「一応って何だよ。というか、何でみんなそんなに呑気なの?」
半ば呆れた顔の珠里。
「僕達も決して呑気にしているわけではないんですよ」
平泉倫が、黒縁の眼鏡の奥から然も切実な眼差しで訴える。
「ただ、新入生や知らない生徒に声をかけるのが嫌だなあってだけで」
「いちばん嫌がっちゃいけないところだよね、そこ」
と、珠里は言うが、倫にしても、そして桐矢や律子にしても、所謂「コミュ障」の気があるので仕方がない。
この場で唯一頼れそうなのは偲だが。
「勧誘? まあ、しろっていうならするけど。でも俺、最後は北上君でいいやって半分諦めてたからさ」
「それだけは絶対に嫌です。先週までの話は何だったんですか。何で諦めてるんですか」
漫研部には、北上稔貴という部外の男子生徒が日常的に出入りしている。その理由は、珠里に対する私怨による付き纏い行為である。そして彼は、珠里に付き纏うためだけに漫研部への入部を希望している。部員達が断っても断っても、足繁く漫研部を訪れる。非常に気持ちが悪い。
そして偲は、北上のその独特かつ執拗な熱意に負けそうになっている。初めこそ彼の入部を断固拒否していたものの、その姿勢も徐々に緩んでいる始末だ。初志貫徹できないタイプである。
「北上を入れるのは、俺も無理です、部長」
桐矢は珠里の肩を持った。
何しろ、桐矢はとにかく北上が苦手だった。初めはただ尖った雰囲気が怖いという漠然としたものだったが、先日実際に話して、相手を威圧しつつ距離を詰めてくる感じが桐矢に精神的ダメージを与えたのだ。
「でもさ、入部拒否したって北上君どうせ毎日のようにここに来るし、部員と何が違うのってくらいに入り浸るからさ、何かもういいかって思い始めてるんだよ」
「そ、それはそうかもしれないですけど……許しちゃいけない一線ってものがあります」
偲の言う通り、北上はもはや部員と同じように熱心に部室に顔を出しており、結局それならいっそのこと部員として名前を登録してもらった方が合理的なのでは、と思うところもあるのだが、桐矢も珠里も、そこは譲りたくなかった。
「分かりました。じゃあ、私、知り合いの後輩に声かけていいですか? 漫画描くのが趣味の生徒知っているので」
「マジか、宮古。入部してくれそうな新入生なの?」
珠里からの情報を耳寄りに思い、桐矢は期待で声を弾ませた。
「多分ね。でも、ちょっと癖が強い奴なんだよな」
「えー、ちょっとそれ心配」
へらへらと、冗談なのか本気なのか分かり兼ねる口調で言う偲に、珠里はぴしゃりと言った。
「それでも北上を入部させるよりは、ずっとましです」
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宣言通り、珠里は行動に移していた。
大型連休を終えた直後の活動日、彼女は一年生の女子生徒とともに部室へやってきた。
黒髪をおかっぱにした小柄な女子生徒だった。女子の平均身長を下回っている珠里よりも、更に小さい。丸顔にはまだ幼さを残しているが、それに反比例するように体型は豊満である。
本当に新入生を連れてきてくれたことはありがたいと感じ、桐矢はそれまでの作業を止めて立ち上がり、たどたどしい態度ながらも彼女を歓迎した。
「わっ、嬉しい……いらっしゃい」
「彼女が同じ中学の後輩、雪奈」
「初めまして!」
珠里に紹介された彼女は、声を張って名乗る。
「珠里先輩の後輩の、久慈雪奈です! 楽しいことと萌えを食って生きてます!」
「……なるほど。確かに、ちょっと癖が強い」
「だろ?」
桐矢が小声で言うと、珠里がさらりと頷いた。
「うんうん、萌えで腹を膨らます気持ち、よく分かる。俺もよくやるよ」
偲も後方の席からやってきて、輪のなかにさりげなく混ざり、名乗る。
「初めまして。三年の金ヶ崎だよ。よろしくね、久慈さん」
「あ、この間の部活紹介で喋ってた部長さんですね。初めまして、久慈雪奈です。でも、雪奈のことは是非とも雪奈と呼んでください、オナシャス!」
非常に独特なノリではあるが、珠里の紹介であるし、悪い奴ではないのだろうというのが、雪奈に対する部員達の認識である。
「まあ立ち話もなんだから、あっちに座ってお茶でも飲みつつ話そうか」
偲が指さす先には、律子と倫がいて、窓に近い席から手を振っていた。
そちらへ向かって、珠里が雪奈を誘導する。
自分も席につこうと思った矢先、桐矢ははっとした。
「そうだ、部長……一応今は鍵かけといた方がいいですかね?」
「あー、うん。そうしよう」
偲の同意が得られたので、桐矢はそそくさと入り口を施錠して席についた。
「何で鍵かけるんです?」
雪奈が怪訝な顔をした。当然の疑問である。
だが、その問いに上手い説明ができる者はおらず、やむなく桐矢が一言で片づける。
「――――安全のため」