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第11話 ②

 前回の続きです。

 はい、まさかの顎クイですか。


 このあたりから、またしてもシリアス展開が続きます。

 ジャンル「コメディ」なのに大変恐縮です。

 


 しん、という音がしそうなほどの固く冷たい静寂が少しの間流れ、やがて北上によって破られる。


「何だあいつ、感っじ悪いなあ、おい!」

「本当だよ! うちの部が機能してないっていうなら、他にもっとアウトな部あるのに!」


 地団駄を踏む北上に喚起された律子も憤慨して、ついでに他所の部活に対する苦言を表明する。


「生物部とか、酷いもんだよ。在籍している部員は十人だけど、実質活動してるの二人だからね、二人。後はみんな幽霊部員で、活動にも来ないんだって。なのに、うちよりたくさん活動費もらってるの」


 律子の怒りの内容は二戸の趣旨とずれているような気もするが、彼女は日頃から溜め込む性格で、何かの拍子に思い出し怒りやまとめ怒りをする傾向があるので、致し方ない。


「というか、うちの部が機能していないなんて言われる筋合いはない」


 珠里が静かに、しかし迷いのない口調で言う。


「それに、みんなそれぞれの役割で活動しているんだから、活動していない部員なんてうちにはいない。そうですよね、部長」

「……そうだね。少なくとも俺は、そうだと思ってるんだけどさ――」


 珠里に話を振られた偲は、俯いたまま答えた。

 そののち、少し間を空けて顔を上げた彼の視線が捉えていたのは、珠里ではなく桐矢だった。

 偲が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「――何でそれが言えなかったかなあ、桐矢くん。君には君の役割があるのに、どうしてはっきり説明しなかったんだい?」


 この気配に心覚えはある。それほど遠くない記憶のもの――夏休み明け間近の、あの夜の一幕が甦る。

 またしても、まずい流れになった。

 そう察したのも束の間、偲は荒っぽい所作で桐矢の顎を掴んだ。通常話すよりも近い距離で顔を寄せられ、驚きたじろぐ。


「本当に部員としての自覚はあるのかな、桐矢くんは。今まで、どういうつもりでここにいたんだろうね」


 あの日のように、偲は口元で笑いながら、目で牽制するように桐矢を見据えていた。

 やはりその視線に怯み息を詰まらせるが、桐矢は、腹を括って偲の身体を押して突き放し、正直に言葉を紡ぐ。


「…………どういうつもりって、俺が知りたいくらいです」


 以前偲と対峙した時は、その気迫に気圧(けお)されて桐矢自身の本当の思いは告げることなく、その場でなかったことにして取り繕った。その場を逃れるべく、自分でそうしたのだが。

 しかし、今こうして再びなじられると、隠してきた思いが、まるで穴の開いた容器から漏れ出すように滲み出る。


「何で俺がこの部にいるのか、俺だって分からないんです。元々数合わせで入部して、編集担当って立場を与えてもらって、在籍させてもらっている。何だかんだで楽しいですよ、部活。でも、もらってばっかりで、自分が何かそれに見合うだけの貢献をしてるかっていうと、実感がない。漫画を描くわけでもないし、宮古や北上と違ってはっきりした強みもないし、活動もせず意味もなく在籍してるって言われても仕方ないんですよ、俺は」

「そんなことない」


 偲に向けて発したつもりの言葉だったが、異議を唱えたのは珠里だった。


「物の見方や捉え方は人それぞれだし、桐矢にしか分からない視点だっていっぱいある。在籍する部員全員が戦力なんだよ。桐矢も例外じゃない」


 それは偲がいつか言っていた言葉だ。珠里も言われていたし、桐矢自身も言われたことがある言葉。それは彼女のなかにしっかりと根づいたようで、その声色には迷いがなく、本気でそう信じているのだということが嫌でも伝わってくる。

 珠里は本当に立派だと、桐矢は思う。桐矢よりも後に入部していながら、漫研部のなかで、部員としての自負とその拠り所を確実に見つけている。


「ごめん宮古……俺は、とてもそう思えないんだ」

「何でかなあ……そんな悲しいこと言わないでよ、桐矢くん」


 今度は珠里に対して言ったことに対して、偲が反応する。


「うちの部はさ、部員数も少ないし、楽しくやれればそれでいいような部だよ? 絵を描かなくたって、漫画が好きならそれでいいじゃん。在籍することに、意味とか求めちゃう?」

「――――そんなの、俺の勝手じゃないですか」


 さっきから――なんなら先日から、何なんですか一体。


「部長はそれでいいかもしれませんが、俺はそうじゃないんです」


 桐矢は別に部員の誰かを責めているわけではないし、現在の漫研部のあり方に異議があるわけでもない。これは桐矢自身の問題だ。自分で勝手に肩身が狭いと感じているだけ、そんなことは百も承知である。

 だが偲は、それすらも――桐矢が感じることすらも、許さないらしい。そうなると、どんなものでも受け入れる偲の優しさも包容力も、桐矢にとっては、もはや束縛と紙一重だった。

 まだその日の活動も始まっていない。

 部室に来た時から開いていない通学用のショルダーバッグをそのまま持ち上げ、開放されている扉の方へと向かい、桐矢は歩き出す。


「――――すいません。今日はお先に失礼します……まあ場合によっては、()()()、というか……」


 誰にというわけでもなく独り言のように呟いて、部室を後にする。


「ちょっと待って、桐矢……!」


 廊下に一歩出たタイミングで、後を追ってきた珠里に腕を掴まれたが、その手も払った。何の非もない彼女には申し訳ないとは思う。

 あまり長くその場に留まっていると、自分がろくなことを考えないことを、桐矢は経験上理解していた。逃げ出したい癖に、一方で引き止めて欲しいなどと浅ましいことを考え出すのだ。

 そんな自分が嫌なので、感情が湧く前に振り切るべく、桐矢は柄にもなく全力で走り去った。その姿を珠里がどんな目で見ていたか、確認もしていない。


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