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第7話 ②

 前回の続きです。

 カフェにやって来ました。

 お茶を飲む場面よりも、選ぶ場面の方に気合を入れてしまい申した……

 自分も高校生の時は、ダージリンとアッサムの区別もついていませんでした 笑


~~~~


 ではどこへ行こうとなると、それはそれで決まらないのだった。珠里も桐矢も、互いに「どこでもいいよ」と譲り合ったためである。

 結局暫く二人で思案した末、最終的に、珠里の提案でカフェに行くことになった。

 学校から、自転車で十分弱ほど西へ向かったところにある『カキツバタ』という名前のカフェ。以前、律子に教えてもらった店だった。スイーツとランチ、両方を扱っており、それらとセットで提供される紅茶の種類が豊富なのだという。

 何となく名前から和風な店構えを想像していたが、実際には、木製のテーブルや椅子、それに北欧風の柄のクロスやマットをバランスよく取り入れた、ナチュラルなコンセプトを感じさせる店内だった。

 ホール部分には四人掛けの席と二人掛けの席がそれぞれ四つずつあり、昼時というのもあってほぼ満席の状態だった。そこへ珠里達は、入り口で人数を伝えて十分ほど待ってから、窓際の二人掛けの席に案内される。

 客層は大人が多い。所謂若者といわれる客もいるが、彼らもせいぜい大学生くらいだろう。高校の制服で入店した珠里と桐矢の方が、この場では少々異質に見える。

 だからなのか、周囲から一瞬だけ怪訝な視線を感じた。とはいえ、向こうもこちらをいつまでも注目しているほど暇ではないので、すぐに各個人の飲食やグループの会話に興じている。


「あはは……何かえらいお洒落な店に来ちゃったかも」


 ファミレスやファストフード店に入るのとはまた違う雰囲気がむず痒くて、珠里は思わず苦笑した。


「ね。俺もちょっと緊張しちゃう」


 桐矢もどうしたらいいのか分からない様子で目を泳がせているが、やがて珠里と同じように笑う。


「で、でも、自分じゃこういう店行かないから、たまにはいいかも」

「私も、律子に教えてもらって初めて知った店なんだ。普段は、チェーン店ばっかり行ってる」

「分かる。俺も」


 桐矢が何度も首を縦に振って、同調する。そして、さりげなくメニュー表を開き、珠里の方から文字が見やすいように置いてくれた。

 それぞれのメニューを単品で頼むと、高校生の小遣いでは少々二の足を踏むような金額になるのだが、ランチのセットにすると九百円で食事と飲み物がついてくるのだという。

 とりあえず、二人ともランチセットの一択となった。

 ただ、その中身はいくつかの選択肢があり、珠里はトマトクリームのパスタ、桐矢はミックスサンドを選んだ。

 迷ったのがセットのドリンクだった。


「律子が言っていたけど、本当に紅茶の種類がすごいね」


 紅茶だけでざっと二十種類ほど。セットには含まれない単品注文のみのものも含めると、三十種類近くのメニューが提供されるようだ。それ以外にもコーヒーやジュースといった飲み物もあるが、あくまでも店の売りは紅茶であることが、言われなくても分かるようなラインナップである。


「山田には部室でよく飲ませてもらってたけどさ、俺、実は紅茶の違いがよく分からないんだよね」


 ずらりと並ぶドリンクメニューを見て、桐矢が困ったように言う。


「どれにしたらいいか、全然分からない。アールグレイ以外だというのは確かなんだけど」


 彼はアールグレイ独特の柑橘系の香りが苦手なのだという。


「『アップル』とか『ストロベリー』とかいうのは、そのままだから分かるんだけどさ。この辺のやつの区別がつかない」


 桐矢がメニュー表の上で差す指を動かす。その辺りには「ダージリン」「アッサム」「ウバ」「ディンブラ」といった名前が並んでいた。


「多分何の匂いも着けていない普通の紅茶なんだろうけど、どれがどんな味なんだか、思い出せない。いくつかは飲んだはずなんだけど」

「私も、名前は聞き覚えがあるんだけど……」


 律子は紅茶が好きで、部室で淹れたのを他の部員達にも振る舞っている。おかげで珠里も色々な味のものを飲んだわけだが、特に律子からそれらについて説明があるのでもなく、ただの飲み物として飲んでいたので、美味しかったという記憶しか残っていないのだった。茶と名前が一致しないのである。

 そのうえで何を選択しようという話だったが、少し迷った末に、珠里はダージリンを選んだ。違いはよく分からないものの、いちばん耳馴染みのある名前だったからという理由である。

 桐矢は、曖昧なものを選ぶことに抵抗があったようで、ピーチティーを選んでいた。「まあ、どうあれピーチはピーチだろうから」という理屈らしい。要は、大体味の想像がつくからということだった。

 もう少しくらい遊び感覚があってもいいのではとも思うが、冒険を避けるのは彼らしい選択の仕方でもある。

 失敗を嫌うというのは臆病というマイナスイメージがつくが、その分慎重で思慮深い。そんなところが、好ましい。


「あ、でも……俺がピーチティーって変? ピーチって、何か女子っぽくなっちゃう?」


 思慮深いあまり、自意識過剰気味なのも、呆れるくらいに好ましい。

飲食物に性別などあるわけがないし、誰が何を飲み食いしようと、けちをつけられる筋合いはないのに。

本当に、そういうところが。


「――可愛いね、桐矢」


 珠里が口に出すと、桐矢は泣き出しそうな、いかにも切ない表情で反応した。


「…………引いてる?」

「褒めてるんだよ。そういう気にしいなところ、私は好き」


 おだてているわけではなく、素直にそう思う珠里だった。

 それを告げると、桐矢は困ったように笑い、頭を抱えて言った。


「俺には、宮古の趣味が分からないよ……」


 嫌がられたのかと危惧したが、そうとも判断し兼ねる何ともいえない表情だ。

 ただ、以前から桐矢は時々こんな反応をする。珠里が彼のことを褒めた時に、そういうことがある。

 謙遜のようにもとれるが、それにしても回りくどく卑屈だ。却って、相手に気を遣わせるので困る。

 だが、珠里がそれ以上に困るのは、そういう面倒臭いところまでも可愛いと思ってしまうことだった。

 これでは確かに、自分でも自分の趣味が分からないな。

 心のなかで思い巡らせた末に出てきた結論に、珠里もただただ苦笑するより他なかったのだった。


~~~~


 ランチのセットドリンクの紅茶は、ポットではなく大きめのマグカップに注がれて提供された。

 初めて茶と名前を意識して、珠里はダージリンを飲んだ。

 紅茶の違いは分からないとばかり思っていたが、そのなかでも、感じられる特徴は捉えてみようと思ったのだ。せっかくの機会なので。

 これまで飲んできた紅茶といっても、律子に淹れてもらったのを漫然と飲んでいただけだったが、その記憶の味と比較すると、飲んだダージリンは鼻に抜ける香りがユニークだと思った。ナッツ類のような香ばしさと果実のような甘さを足して二で割ったような香り。飲み下す時には、喉の奥にやや渋みを感じたが、嫌いな味ではなかった。

 向かいの席からは、桐矢の頼んだフレーバーティーの桃の香りもふわりと漂っていた。

 少しもったりとした甘さが、桃そのものよりはお菓子のような香りとして感じられる。

 フレーバーのイメージなのか、桐矢に運ばれてきた紅茶のマグカップは、パステルピンクの磁器に白いレースをイメージした模様が描かれていた。それを見た瞬間に、珠里は「可愛い」と口走り、桐矢は「女子力……」とジェンダーバイアス的な感想を呟いていた。


「……何か恥ずかしいな。こんなことなら、俺も宮古と同じやつにしておけばよかった」


 紅茶自体については「美味しい」と言いつつも、桐矢は暫くもじもじとした態度を引きずっていた。


「周りの人もめっちゃ見てる気がする……絶対変だと思われてる……」

「そんなわけない」


 テーブル同士の間隔は人が通るよりも更に余裕を持ってとってある。他人の注文したメニューやその食器など、わざわざ確認しようがないだろう。

 もっと身も蓋もないことをいえば、見ず知らずの人間の食事内容など、誰も興味がないのである。

 ただ。

 桐矢の「周りの人が見ている」という訴えそのものについては、珠里も無視できないと密かに思っていた。

 視線そのものは、珠里も何とはなしに感じていたのである。

 とはいえ、一体誰の視線なのかは確認できないし、そもそも本当にこちらが見られているのかどうかさえもはっきりとは分からない。

 周りをさっと見回すと、グループ席には、友人同士と見える女性が三、四人でそれぞれ座っている。年齢は二十代くらいのグループもあれば、年配のグループもあり、比較的幅広い。

 ペア席の方は、珠里達と、三十代前後の男女のペアの他、仕事の休憩中と思われるクールビズのスーツ姿の女性、同じくスーツ姿の男性がそれぞれ一人ずつ掛けていた。

 やはり高校の制服で入店したのは目立ったかもしれないとか、話す声がやや大きくなってしまったのかもしれないとか、他の客に注目される思い当たる理由を考えてはみたものの、実際には誰もこちらを見てはいないし、いまひとつすっきりしない。

 それを桐矢に伝えるのは躊躇われて、珠里は何事もなかったかのように振る舞った。

 誰かの視線を感じるなどと言ったら、彼は絶対自分のせいだと思って落ち込むに決まっている。そういう奴なのである。


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