第4話 ④
前回の続きです。
雪奈と倫と偲の三人組のチームです。腐女子とオタクが騒いでとっ散らかっております。
第4話はこれでおしまいです。
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【チーム3 倫 & 偲 & 雪奈】
最後の一組が三人のグループである時点で、これは無駄なターンなのではと、倫は切に思った。
本来の目的に立ち返れば、雪奈がラブコメのネタを探すために提案した肝試し企画である。三人組では、その趣旨から外れているのではないのか。
しかも、肝心の雪奈本人がその三人グループに組み込まれてしまうという間の悪さだ。
くじ引きなどという完全なランダムではなく、もう少し気を遣ってチーム分けをしてもよかったのではないかと、今更ながら思う。
企画自体が開始して既に三十分以上経過しており、六月とはいえだいぶ日も暮れてきて、それらしい雰囲気にはなっているが、グループが三人であることがどうにも引っかかる倫である。
「雪奈さん、これ以上続けても、多分もう取れ高がないと思います。ラブコメ要素を求めているのに、三人で肝試ししてどうするんですか?」
「倫君、簡単に諦めるのはよくないよ」
一階の廊下を巡回し、美術室を過ぎたあたりで、後ろからついてくる雪奈に話しかけたつもりが、横を歩く偲から窘められる。
「ラブコメとはいえ、そうそういつも二人きりというのも都合良過ぎだし、この際だから、第三者も含めた上でのラブコメ的なシチュエーションを想定してみようじゃないか」
そう考えると確かに、偲のいうことも一理ある。一見目的と結びつかないような状況でも、別の機会にネタとなるかもしれないし、安易に切り捨てるのは感心しないといわれれば、その通りである。
後ろの方から、雪奈も言う。
「そうですよ、倫先輩。それに、雪奈的にはこの組合せ、大当たりです」
その様子はもじもじそわそわと、どうにも不審さが滲み出ていたが、わざわざこちらから尋ねずとも、雪奈は言葉を続けた。
「だって、偲部長と倫先輩がペアなんて、もうこれは狙ったようなものですよ。もう存分にいちゃついてください。雪奈、邪魔しないで後ろから見守っていますので」
「ペアじゃなくてグループだし、三人のシチュエーションで考えるっていったでしょ」
雪奈の腐女子的発言に対して、狼狽えることなく毅然と切り返す偲。そういうところは頼もしい。
「例えばだけど、倫君が主人公、雪奈ちゃんがヒロイン、俺が主人公の友人、みたいな感じね」
「なるほどです。主人公と友人は十年来の幼馴染で、頼りない主人公のことを友人はいつも見守っていたけれど、いともたやすく主人公の心を掴んで剰え恋仲になったヒロインに対して激しく嫉妬するんですね? それで、イベントと称して夜の学校に二人を誘い出した上でヒロインを始末し、主人公を自分だけのものにしようとするわけですね?」
「あー……ごめん。そこまで具体的なことは考えてなかった」
「ていうか、それだと雪奈さんが始末されることになりますけど、いいんですか?」
偲の提案を自分の世界で広げる雪奈に対し、倫が懸念事項を伝えるが、雪奈は力強く答えた。
「雪奈、お二人が幸せになれるなら命だって懸けられます!」
「命を懸けるものが間違ってますよ」
倫が突っ込んでも、聞いている素振りがない。
偲は偲で、「そうか。友人じゃなくて、悪役っていうパターンもあるか……」と呟きながら、思案する様子。どうやら、第三者としての自分の役どころのバリエーションを探っているようだ。
このように、各々が自分の世界に浸る様を見て、倫はもはやギブアップを宣言したくなったが、それすら聞いてもらえそうな気配はなかった。
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偲がこの学校の怪談話にやたら詳しく、雪奈と倫は該当する地点で立ち止まっては、彼からその話を聞かされる形で、巡回を進めていた。
技術室、東側階段の一階から二階の間、そして三階の女子トイレ、といったところにその類のものが出ると噂があるようで、偲がその仔細を語っていた。
とはいっても、いずれのケースも、不幸な事故や事件が昔あったという内容から始まり、どうにも不謹慎な印象が拭えない噂話だったので、倫はあまり深入りしたくなかった。雪奈の方はどう感じていたのか真意は不明だが、彼女も「うわ、怖いですねー」と通り一遍の反応は示したものの然程騒ぐ様子は見られなかったので、興味が持てなかったのかもしれない。
そんな調子で、表面的とはいえ肝試しらしい会話をしながら巡回を終え、ゴールの地学室前で写真を撮る。その時も、偲が「万が一何か写っちゃったら、トリミングしようね」と、怪談と前のグループの桐矢の発言を持ち出して、茶化しながらシャッターを切った。
それで、念のために撮れた写真を確認したが、別段問題となるものは写っていなかったので、あとは部室に帰るだけだと、踵を返そうとしたところで――
「どこに行くんだい、倫君?」
背後から、偲が呼びかけた。
倫が振り返ると、彼は地学室の前で雪奈を羽交い絞めにして、こちらを見据えていた。
「は? 何してるんですか?」
偲の行動の意図が分からず、つい間の抜けた声で尋ねる倫。
それでもとりあえず、雪奈のことは助けなくてはいけないと思い、戻ろうとするが牽制をかけられる。
「おっと、変な真似はしないでくれよ。君が妙な真似をしたら、雪奈ちゃんの命は保証できないからね」
悪役を意識したように声を低めて、そんなことをいう偲。
もしかしたら、先程から悩んでいた自分のポジションが決まったのかもしれない。そもそも倫が主人公、雪奈がヒロインという配役も、今一つしっくりきてはいないのだが。
いずれにしても、遊びのノリであることは確かだが、何を想定しているのかは汲み取ることができないので、倫は直接問いかける。
「今何のポジションなんですか、部長?」
「分かった!」
偲が答える前に、雪奈が叫ぶ。捕らえられている状況で、彼女のその顔は喜々と輝いている。
「やっぱり部長、雪奈に嫉妬して始末しようという企みですね! でも安心してください! 雪奈は、ヒロインとしての立ち位置には全く興味ありません! お二人が結ばれることを心から願っている腐女子です! 故にお二人の味方です!」
「そんな一方的にカプ要素押し付けてくる人は、少なくとも僕の味方ではないです」
「あと、前々から思っていたけど雪奈ちゃんさ、身近な人で勝手にカップリング想定しておおっぴらに発信するの、一応マナー違反だから気をつけてね」
雪奈の発言に多少苛つきつつ、倫がばっさりと否定する。その直後に、流石に偲からも警告の言葉があり、少しほっとする次第だった。
「善処します」
今一つ反省の色は薄いが、雪奈からそんな言葉が返ってきたところで、再び向き直る偲。
「さて、少し中断してしまったけど倫君、続けようじゃないか。雪奈ちゃんを解放して欲しいなら、君は大人しく俺のいうことを聞くんだ」
「駄目です、倫先輩! 雪奈に構わず、逃げて下さい!」
結局偲は、この場では悪役ポジションを選んだようだが、それを面白がって雪奈まで即興劇感覚で乗っていた。
ちなみに、偲も雪奈も、オタクの性のせいか演技はかなりアニメ染みている。特に、雪奈の声が急に甲高いアニメ声になり、パフォーマンスに熱を感じる。
そんな二人の気迫に負け、面倒臭いと思いつつも、倫もその流れに乗っかるより他なかった。
「……やめてください、部長! 雪奈さんが自由になるなら、僕は何でもしますから!」
演技とはいえ、いや、演技としてこの台詞運びは如何なものかと、倫は自問自答する。流石にこの段階での「何でもします」は安直すぎる気がする。が、即興劇はそのまま続く。
「いい判断だね、倫君」
口調はほぼ普段通りの偲なのだが、低音と歪んだ笑みを浮かべた表情が、悪役らしさを醸し出していて、倫も妙に緊張感を覚えるのだった。まあ、直前に口走った、何でもするという言葉が自分の首を絞めているような感じもするが。
図らずも後退りする倫に、偲は、雪奈をひとまず放した上でにじり寄ってくる。
「君は俺のもとで、自分の可能性を追求するべきなんだ」
「……どういうことですか……!」
壁際まで追い詰められて、倫は漸く台詞らしい台詞を言うことができた。
傍らで経緯を見守る雪奈が、「ほら! ほら、やっぱりそういうことなんじゃないですか!」と、演技を放棄して悶えているが、それは無視する。
偲は、少し間を置いてから、やがてにやりと笑って言った。
「――――絵を描いてもらうんだよ」
「…………はい?」
偲のいうことがあまりに予想外で、倫は思わず素の反応を示すが、彼は更に続けた。
「君のところのツンデレヒロイン・彩月ちゃんの絵をね」
「はあ……このタイミングで、絵のリクエストですか。まぁ、絵くらい描きますけど」
「何いってるのさ、倫君」
何気なく承諾した倫に対し、偲は含みのある間を置いてから、言う。
「描くのはエロ絵だよ。そうだな、まずはおっぱいあたりから」
「な……!」
偲のいう「彩月ちゃん」とは、倫のオリジナルキャラクターの一人のことだった。
倫の作品に登場するヒロインで、ツインテールのツンデレ美少女である。美脚の持ち主で、ニーハイソックスがよく似合うのだが、かつて生徒会の検閲制度で会長の大船渡に難癖をつけられ、強引に衣装変更を余儀なくされた苦い思い出のあるキャラクターだったりする。
「ちょっと部長、ふざけないでください! うちの彩月は、そうホイホイ脱ぐ娘じゃないんですからね!」
好んで描く作風が美少女ものなので誤解されやすいのだが、あくまでも好きなジャンルは純愛物やコメディーであって、所謂作品中のエロについては慎重に扱いたい倫だった。水着やパンチラ程度のお色気は描くが、何かと制限がかかりそうなショットは、彩月に限らずどんなキャラクターでも描いたことがない。自分の可愛いオリキャラの脚ならばいくらでも見せたいところだが、明らかに性的な描写と判断されるような絵はとてもハードルが高くて描けないし、倫の作風には合わないのだ。おっぱいもNGである。
逆に偲は、部誌として提出することこそないが、趣味で結構際どい絵も平気で描くので、その手のハードルが低いのだろう。だからなのか、他人のオリキャラに対しても「脱いだ絵が見たい」「エロ絵が見たい」などと、簡単に要求するのだった。
「ていうか、散々考えた末の芝居がそれですか!?」
「だって即興劇なんて慣れてないし、倫君を脅迫してまで思い通りにしてどうするかといえば、俺にはこのくらいしか思いつかなかったんだよ。根底にあるオタクの煩悩が前面に出ちゃったね」
「ろくでもない!」
偲の方もいつものトーンに戻り、悪びれる様子もなく笑うので、倫はとりあえず一喝してやった。
そこへ、雪奈も駆けつけ、割って入る。
「部長! 期待したのに何てざまですか!」
雪奈は憤慨していたが、一息ついた後で続ける。
「……でも雪奈も、倫先輩が描くエッチな絵見たいです!」
「だから、描きませんって!」
だが何よりも問題なのは、こんな薄暗い校舎でわざわざ肝試しをしているというのに、会話の内容がまるで部室と変わらないこの有様である。
下手をすると、巡回を終えたどのチームよりも酷い。何がとはいい難いが、酷い。挙句の果てに、ラブコメ要素も完全に迷子だし。
この調子で部室に帰っても、まともな成果が報告できない。尤も、雪奈自身が本来の目的を忘れている節があるのでそれでいいのではという向きもあるのだが、それでは納得いかないのが倫の妙な意地だった。
「――部長、雪奈さん。提案があります」
ひとまず仕切り直すつもりで、倫は切り出す。
「今更感がありますが、部室に帰るまでの間、少しだけちゃんと、ラブコメを意識して歩いてみませんか?」
「どういうこと?」
偲が首を傾げるので、倫は、雪奈の右手を取ってみせた。
「部長は反対側を」
「ああ、そういうこと」
その意図を察するが早いか、偲が、倫に言われた通りに雪奈の左手を取る。
唐突に両手を二人の男子に握られたことに少々面食らっている雪奈に、倫は言った。
「三人でも、確かにラブコメっぽくはなりますね。二人の男に同時に言い寄られるヒロイン、なんてシチュエーションは、いかがですか?」
「さあ、雪奈ちゃん。倫君と俺、どっちを選ぶ?」
偲も楽しげなテンションで畳みかける。
勿論これも飽くまで遊びであり、芝居である。だが、ネタとしては十分に活かす価値がありそうだと思い、持ちかけてみたのだ。
雪奈は、少しの間きょとんとした後、身を捩るように笑い出した。
誰もいない校舎に彼女の爆笑する声だけが響き、やがてそれがすっと止んだ頃に、やっと言葉が返ってくる。
「――――いやあ、腐女子としてお二人のカップリングは魅力的なんですけど、自分の相手と考えると正直ちょっと……」
目の端に涙を浮かべつつ、未だに可笑しそうに笑っている雪奈。
途切れた言葉の続きはなかったが。
何だか酷く失礼なことを言われた気がする……
倫は気がついた。
それは偲も同じだったようで、男子二人、大変に不本意な思いを顔に滲ませて目を合わせる。
その後二人同時に頷いたのを合図に、即座に計画は変更となり、握っていた手を離す代わりに雪奈の両脇を抱えるようにホールドした。
「――じゃあ戻りますかね、部長」
「そうだね、倫君」
そして、雪奈の口を挟む隙を与えることなく、小さな彼女を、宛ら連行される宇宙人のごとく引きずりながら歩き出したのだった。
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その連行スタイルのまま雪奈を部室に連れ帰ると、当然ながら、残っていた部員達から驚きの、更に少々引き気味の反応が返ってきた。
「うわっ、どうしたの?」
「雪奈が帰りたくねえとか、駄々でもこねたか?」
律子と北上が入り口までわざわざ駆け寄って、口々に尋ねる。
経緯を説明するのも面倒だと倫が思っていると、代わりに雪奈本人が、少々興奮気味に答えた。
「雪奈、あんなにずるずる引きずられて歩いたの、初めてでした! まるで漫画みたいで面白かったです!」
「……そりゃよかったな」
何の情報も伝わっていなそうだが、とりあえず北上が相槌を打っている。
少し遅れて桐矢と珠里も席を立って、戻ってきた倫達のもとへ寄ってきた。
「念のために聞くけど、何かラブコメっぽいことはあった……?」
「あったら、こんなことになってないです」
遠慮がちに尋ねる桐矢に倫が即答すると、彼は少々申し訳なさそうに項垂れた。
「ですよねー……」
「でも、ちゃんと漫画のネタはありましたよ」
雪奈が意味ありげに笑い、指でピースサインを作っている。
「ネームができたらお見せしますね」
彼女はそう言うが、漫画のネタになりそうな場面などあっただろうかと、倫は疑問に思う。
エロ絵を描くの描かないのと揉めた話が、そのままネタになるとも思えない。というか、あれはくだらな過ぎて、ネタにしてはいけないとさえ思う。
まさか、その前の主人公を巡ってヒロインに嫉妬する友人云々の話でもあるまいし。
嫌な想像をしそうになって、慌てて頭を振る倫。
何か気を紛らわす術を、と思っていたところに、ちょうど偲がスマホを取り出し、地学室前で撮った写真を皆に披露した。
偶然にもそれは、中央に雪奈、右に倫、左に偲、と帰ってきた時と同じ立ち位置で撮影されていた。
雪奈と偲が見るからに満面の笑みなのに対し、倫一人が困ったような顔で笑っているのが、妙に可笑しかった。
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雪奈のいいところは有言実行できることで、それから数日後の活動日には、本当に原案 (ネーム)を完成させて、桐矢や他の部員達に見せてきた。
肝試しの企画当初はラブコメを想定していたのだが、実際に彼女が描いた漫画は、家族をテーマにした少ししんみりとした短編だった。幼い子どもを亡くした夫婦のもとに、ある夏の日、幽霊となって魂を取り戻したその子が姿を現し、親子三人でひとときを過ごす――といった内容だった。
特に、夫婦の間にその子を挟んで三人で手を繋いでいる場面に、桐矢は何だか気持ちがほっこりとし、雪奈のネームを高く評価した。
「いいね、久慈。今度の部誌、これで出そうよ」
他の部員達の反応も概ね上々で、雪奈もこれを部誌の作品として仕上げることはやぶさかではない様子だった。
ただ、何故か倫だけは、
「いや、何でこうなったんですか……まぁ、別にいいんですけど」
と、どこか煮え切らないようなリアクションを示していたが、最終的には、
「……いい話だとは思います。描きましょう」
と言って、他の部員同様に彼女を支持していた。
倫といえば、彼は肝試しの日以降、少々偲に対する当たりがきつくなったと桐矢は感じていた。ただ、その時は大体、偲が何やら倫に頼みごとをしている様子で、それを撥ねつけているといった感じのことが多いので、恐らく原因は偲にあるのだろうと思っている。彼のことなので、きっとしょうもないことを頼んでは、倫を困らせているのだろう。
ただの遊びに過ぎないと思っていたイベントだったが、あの日以降、少々様子が変わった部員は他にもいた。
珠里もその一人で、彼女はあれほど怪談話を怖がっていたというのに、何故か時々桐矢のところへそういった類のネタを持ち込んでは、それに対する見解を聞きたがるようになった。その頻度は、もはや逆にオカルト好きになってしまったのではと思ってしまいそうなほどである。彼女が聞きたいというから桐矢も喋るが、気をつけないと度を越して喋り過ぎてしまうので、時々一人で気まずくなってしまう。
更に、何がきっかけだったのか分からないが、肝試しの次の日から、律子のスマホのロック画面の画像が変わっていた。
彼女はそれをわざわざ桐矢に見せて、「これ、どう思う?」などと反応を覗ってきたのである。
植物のような緑色の背景に、大きな種のような黒い粒が規則正しく同心円状に並んでいる。蓮の実の画像だった。
何故彼女が敢えてそんな画像を選んだのか、その意図が全く理解できずに、桐矢は、
「蓮が好きなら、お花の方にしたら?」
と、何だか的外れな返答をしてしまった。その画像があまり好ましいと思えなかったのが、正直なところである。
気を悪くしたかと心配したが、律子は予想に反して満足そうに頷いて、その日以降妙に機嫌がいい。
ただ、桐矢にはその理由が、本当に考えても考えても分からず、少しばかりもやもやしていたのだった。




