第4話 ①
第4話、始まりました。
作中では夏至間近の時期ですが、肝試しやっちゃいます。
あと、さらっと部員が増えます。
久慈雪奈は、ご存知の通り描くタイプのオタクである。しかもかなり熱心な描き手だ。
彼女のような人間は往々にして、日常におけるイベントを、大小にかかわらずネタとして捉える傾向がある。だから、何か面白いことを思いついた時、そしてそれを行動に移す時に、しばしば「ネタのために」という口実をつける。
実際、雪奈がネタ集めに余念がないのは事実だが、彼女はその目的と手段の主従関係を間違えることも多く、時折ただ自分が楽しみたいがためにそれを理由にすることも間々ある。
今もその一環だと思われる。
「偲部長、肝試しがしたいです!」
県立赤嶋高校漫画研究部――漫研部のその日の活動も佳境に入り始めた午後六時。衣替えも完了し、夏至が近づく六月中旬。空はまだ明るいが、日の傾きも感じる時間のことだった。
雪奈が唐突に、部長の金ヶ崎偲にそんなことを申し立てた。
「雪奈、夜の誰もいない学校で、ラブコメチックなときめきを探したいです! もしくは、そういった類の経験をした人から、お話を伺いたいです! ネタにするんです!」
最後には「ネタにする」といえば通ると思っているのか、雪奈は取って付けたように言った。
「そんな食い気味の姿勢の人は、仮に夜の学校で肝試ししたところで、ときめきとか感じられないと思うんだな」
偲は、相変わらずヘッドホンを着用したまま、自分の手元にあるネーム用の原稿に書き込みを入れる手を止めることなく、淡々と返した。
「でも確かに、漫画とかでありがちなシチュエーションだけど、実際に体験したことはなかったね」
「北第二校舎とか、ちょっとやばそうですよね。生物室とか地学室とかある辺りの廊下、如何にも出そうな感じで」
山田律子と平泉倫は、やや乗り気味だった。彼らも描き手だからなのかもしれない。
一方、絵を描かない漫研部員――編集担当の宮古珠里は、異議を唱える。
「そんなことしたら、何時まで学校にいなきゃいけないと思ってるの。これから暗くなるまで待つってことだろ」
「まあ夜の学校っていっても、せいぜい運動部の活動が終わらないうちじゃないと」
漫画的シチュエーションによくある、本当に誰もいない夜の学校には、実際に入ることはできないだろう。安全管理上、不可能である。
偲がそんな現実的なことを口にした。
それは尤もなのだが、前沢桐矢(絵を描かない漫研部員)にはある懸念事項があった。
「あんまり暗くなってから学校にいるの嫌なんだよな。夜の校舎って、昼に見ないような虫とか出て」
暗いところを歩くのも肝試しそのものも、桐矢は少々気味が悪いと思う程度で、大して恐怖を感じない。が、虫だけはどうしても嫌なのだ。特に蛾。夏場に部活で作業をしていて遅くなったりすると、室内や廊下でよく遭遇するのである。
「情けないですね、桐矢先輩。逃げるつもりですか」
雪奈が桐矢の座る席まできて、仁王立ちで凄むが、桐矢には確固たる主張があった。
「誰か俺の代わりに虫を退治してくれるなら、参加してもいい」
絶対に虫は触らないという、条件である。
雪奈をはじめとした他の部員達が、何やら渋い顔をしてこちらを見ているが、そんなことはどうでもよかった。
「……そうまでして参加するものでもないと思うけどね」
偲はやや呆れた様相で告げた後、視線を桐矢から別の生徒へ移した。
「北上君はどう思う?」
入り口にいちばん近い席に座って、過去の部誌を読んでいた北上稔貴は、突然名指しで話を振られたのが意外なようで、少々面食らっていた。
「まあ……別に好きにすりゃいいんじゃないですか」
他人事のような返事だが、偲としては彼の参加の可否を尋ねていたようだ。
「あれ、やる気ない? 北上君って、心霊系駄目だったっけ?」
「いや、別に平気ですよ」
北上は平然と答える。
「なんなら、今から『かごめかごめ』でも歌いつつ、女子トイレの全個室ノックして、幽霊の所在を確認しに行ける度胸はあるつもりです」
「それは度胸云々ではなくて、がさつというものだよ、北上君」
「ていうか、女子トイレに入っちゃ駄目でしょ」
北上の表明に、偲と律子から突っ込みが飛んだ。
その上で。
「じゃあ、やるかー」
偲はけだるげに言いつつ、手元のノートを一枚破り、それを七つに切っていた。
「大体七時くらいになったら始めよう。この時期だから大して暗くもないけど、それ以上遅くなったら運動部もぼちぼち帰っちゃうから。とりあえず、ペアはくじ引きで決めようね」
と言いつつ、七つの紙にそれぞれ、ペンで番号を振る。「1」と「2」は二つずつ、「3」は三つになった。
その何とも微妙な数のくじを見て、桐矢は少々怖気づく気持ちで偲に尋ねる。
「部長……くじを七つ作ってますけど、これ、北上の分も入ってますよね」
「入ってるけど、それがどうしたの」
「あの……北上は部員じゃないんだから、こういうことに巻き込むのはどうかと思うんですけど」
北上はあくまでも帰宅部である。
彼は珠里を私怨で追い回しているという事情があり、そのためだけに漫研部への入部を希望していたが、拒否されていた。その後も入部届を提出するべく、部室に足繁く通い続けているのだが、彼もまた目的を忘れてしまうタイプなのか、部員達と雑談に興じたり作業を手伝ったりすることに熱心になり、今では入部届も出さずに部室に入り浸っているのだ。
そして、更に問題なのは、そのことに部員の誰もが異議を唱えずにここまできたことである。正確にいうと、珠里だけは、毎回あからさまに嫌そうな顔はしていたのだが、何せ他に誰も何もいわないので、彼女も強く主張することはなかった。
それで、今現在、北上は正式な届も出していないのに、部員と同等の立ち位置にいるのであった。
「え……北上君、まだ入部届出してなかったんだっけ?」
「……ええ、まあ」
きょとんとする偲と、あっさりとした返事の北上。
だが、それを傍から見ている桐矢をはじめとした部員達は、偲に対してある疑いを禁じ得なかった。
この部長。
さては、北上のことを既に部員だと思っていたのでは……?
とにかく忘れっぽくて、大らかで、何かにつけてぐだぐだな偲のことだ。恐らく、当初北上の入部を巡って、あれこれ揉めていたことすら忘れている可能性がある。北上の前に立ち塞がり、他の部員達を守るべく断固として入部を拒否したという偲自身の行為も、然もなかったかのようになっているのだろう。
桐矢達が冷や冷やしながら経緯を見守っている思いも知らずに、偲はすくっと立ち上がり、過去の部誌や書類を管理しているキャビネットの方へ向かったかと思うと、そのなかに立てているファイルから紙を一枚取り出して、北上へ差し出す。
「何で今まで出してなかったのさ、入部届。早く書いて出してよ」
案の定とは思っていたが、本当に過去の自分や周りの出来事を、ここまできれいさっぱり忘れられるものかと思うと、桐矢は何だか頭がくらくらしてきた。
律子と倫も桐矢と同じ思いなのか、頭を抱えて溜息をついているし、雪奈は苦笑している。
珠里はというと、「最悪……」と低く呟いて、ただただ天を仰いでいた。
そして、北上自身もすぐには事情が呑み込めない様子で、差し出された用紙と偲と部員達を順繰りに見てから、やがて困ったように眉を潜めて呟いた。
「書いた方がいいのか、これ……?」
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かくして、北上は済し崩しともいえる状況で入部届を書いて提出し、急遽この場で正式な漫研部員となったのであった。
入部を巡って紆余曲折を経た結末が、これである。酷い。
大きな試練を共に乗り越えて、改めて歓迎するということでもなく。
入部を阻止しようとする部員達との激しいバトルの末に、互いに分かり合うということでもなく。
三ヶ月ほど雰囲気で入り浸っていたら、入部に反対していたことを部長が忘れ、いつの間にか部員としてカウントされていたという、何とも締まらない話だった。
流石の北上も、それには感じるところがあるようで、入部届を提出する前に、「いいのかよ。本当に俺、入部するけどいいのかよ」と、部員一人ひとりの顔色を覗う始末だった。
桐矢は、相変わらず北上のことは苦手だが、それでも初対面の時ほどの恐怖感は薄れている。それも結局、これまで顔を合わせてきて慣れた部分が大きい。珠里にちょっかいをかけられるのは容認しがたいが、それさえなければ今更入部を断る意義も感じなかったので、彼の入部については、一言「どうぞ」と言って承諾した。律子、倫、雪奈も、そんな感じのリアクションだった。
珠里は、やはり彼との因縁もあるので、かなり不満そうな面持ちではあったが、自分一人が反対するのは気が引けたのか、「入りたいなら入ればいいだろ」と、渋々入部を認めた次第だった。
それで、入部届を提出するに至ったのだが、北上から改めて、よろしくとも何とも挨拶らしき言葉はなかったし、部員達も別段歓迎の言葉をかけることもなく、非常にぼんやりとした気まずい流れのなかで、彼の入部は決定したのであった。
これに関しては、北上にとっても気の毒だと桐矢は思った。そもそも偲がこれまでの経緯を忘れ、然も北上が部員であるかのように扱い出したから、元からいた部員達は勿論、北上本人もどう振る舞ったらいいか、かなり戸惑ったはずである。まぁ、偲のそういう変わり身の早さには、これまでも度々悩まされているのだが。
しかし、肝心の偲は、自分の言動がそんな事態を引き起こしたことなど意にも介さない様子で、再び七つのくじを手にして言う。
「それで改めて、部員みんなで肝試しをしようと思うよ。ネタ作りのためにね。雪奈ちゃんがラブコメ的な要素をご所望のようだから、ペアを作ろうと思ったんだけど、奇数だから三人のグループができちゃうんだよね。ていうか、七人って何するにも割りづらい人数だよね」
「……悪かったな。こんなタイミングで入部届出しちまってよ」
偲の余計な一言に、舌打ちをしながらばつが悪そうにしている北上。
「いや、これは流石に部長が悪いと思うよ」
居たたまれずに思わずフォローする桐矢。北上を庇ったのは、初めてのことかもしれない。ふと目を向けると、斜め向かいの席で倫も頷いているのを確認したので、桐矢は自分の選択に確信を持つことができた。
「しかし、ラブコメとかいわれちゃうと、何かドキドキしちゃうね」
律子が浮足立つように言った。彼女には少女漫画脳な面があり、雪奈が今回提案したような「ラブコメ」「夜の学校」「ペア」といったワードに反応するのだった。
「別にドキドキはしねえだろ。メンバー見ろ」
北上の水を差すような言い方は気になるが、桐矢としてもどちらかといえば彼に寄った意見だった。
ネタ探しをしている雪奈には申し訳ないが、取って付けたようなシチュエーションだけ用意されても、ただ遊んで終わりで、活動が終了する可能性がある。
「ペ、ペア次第では、ドキドキするかもしれないじゃん……!」
「どのペアならドキドキするってんだ? ん?」
必死に楽しみを見出そうとしている律子に対する北上の挑発は、ややしつこかった。
そこに介入するように、珠里が故意のような溜息をついて言った。
「ペアなんかどうでもいいよ、相手が北上以外なら」
「はあ? そんなこというなら、倫とかでもいいのかよ」
「何で僕を外れくじみたいにいうんですか、失礼な」
巻き込み事故のように不当な扱いを受けた倫が、静かに憤慨した。
それぞれの言い分を聞いた上で、偲が説明を始める。
「それじゃあ、開始は七時。場所は北第二校舎で、一階から三階まで一通りの廊下を探索してね。別にそれ以上何をするというルールもないけど、とりあえず三階の地学室の前まで行ったら、そこで写真撮ることにしようか」
こんな具合の、非常に緩やかな肝試しである。しかも暗くない。
言い出しっぺの雪奈はそれで満足なのかと思い、桐矢はその顔色を覗ったが、心配を他所に彼女は元気よく敬礼をして、偲のいうことに返事をしていた。
ちなみに、今いる部室があるのが北第一校舎の三階。目的の北第二校舎とは、二階部分が廊下で繋がっている。従って、偲の指示だと、まずは二階まで下りて校舎間を移動し、第二校舎の一階まで一端下り、階段を上りながら三階まで校舎を巡回するということである。地学室は三階の最奥にあるので、そこがゴールということなのだろう。所要時間は一つのチームにつき、十五分弱といったところか。
全員がルールを確認したところで、偲が細長く折った紙を七つ、手にして言う。
「なら、これからそのペアを決めようじゃないか。さあ、個々人の願いなり思惑なりを込めて、くじを引いてくれ」




