第3話 ③
前回の続きです。
桐矢の弟が登場します。
変な人ですけど、どうぞよろしくね☆
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幸い、弟が帰宅する前に連絡がついたので、桐矢は状況を簡単に説明し、漫研部の部室まで来て欲しいと頼んだ。
部室の扉が開かれたのは、その十分ほど後のことだった。
「こんにちはー」
そんな声とともに、スクールバッグを持った一人の生徒が部屋に立ち入る。
彼こそが桐矢の双子の弟――前沢永司である。
双子とはいっても桐矢と永司は二卵性双生児であり、似ているとはいっても一般的なきょうだいの範囲で、区別がつかないということはまずない。顔のパーツ自体は似ているといわれることが多いが、桐矢だけ歯並びに癖があり、八重歯になっている。体格も少々違って、桐矢が痩せ気味の体格なのに対して、永司は中肉中背である。ついでにいうと、身長も永司の方が二センチばかり高い。
「やあやあ、桐矢君の弟君だね。永司君だっけ? 俺は三年の金ヶ崎偲」
自分の救世主かもしれないこの男子生徒を歓迎すべく、その手を取る偲。
永司はにこやかに笑う。
「初めまして。桐矢の弟の前沢永司です。この度は、お誕生日おめでとうございます」
「――――はい?」
何だか非常に噛み合わない言葉を聞き返す偲の声は、間抜けに響いた。
永司は更に続ける。
「え? そうですか。もう十歳になったんですね。本当に大きくなって」
そんなことを言いつつ、鞄のなかからバインダーを取り出して、偲に手渡す。
「これ、つまらないものですけど、よかったらどうぞ」
勢いで受け取ってしまっている、偲の持つそのバインダーの隅に目をやると、「図書室」と記されていた。それが借りてきたものなのか、無断で持ち出したものなのか定かではないが、偲は恐怖の限界を訴える。
「ちょっと、桐矢君! 何この子、怖い!」
「ですよね。俺もそう思います」
きょうだいとは思えない他人事のように答えるが、桐矢にもそのくらいしか言えることはないのである。
昔から永司は他人をからかうのが好きで、よく冗談を言っていたのだが、最近その冗談の癖が甚だしくなり、何がとはいい難いが聞く者をぞっとさせるような、そんな言動が目立つようになってきたのである。
「永司。みんなびっくりするから、程々にしてくれ。それに今は、すぐにでも原稿に取り掛かって欲しいんだ」
「えへへ、そうだね。俺ってば、うっかりうっかり」
桐矢が窘めると、ぺろりと舌を出しておどけたような仕草をする永司。
なお、その様子を見ている珠里や雪奈が「あいつ、大丈夫なの?」「色んな意味でぎりぎりアウトの人じゃないですか?」等話している。それに対して倫や律子が「クラスでもあんな感じですけど、悪気はないので」「意外とまともな話も通じるから」と、フォローにならないようなフォローを入れていた。
「それで偲先輩、桐矢から聞いてはいるんですが、俺に原稿を手伝って欲しいって話ですか?」
「そうそう。締め切りが三日後なんだけどね、提出できなかったら活動停止にするって、生徒会がどやしつけるんだよ」
被害者感情たっぷりに、偲が訴えているが、どやしつけられる原因は彼自身にもあるのである。
「ああ、生徒会ですか。どうもいけ好かない連中らしいですね。桐矢や倫君から聞いていますし、キョウ君も大変な思いしてるみたいですし」
永司の理解は早かった。
「で、俺は何をすればいいんです?」
「今から俺が原稿のベースをペンで描いていくから、出来次第それに、トーン貼りを中心としたグラフィックを入れて欲しいんだ」
「ふむふむ。トーンってのは聞いたことありますけど、実際触ったことはないですね。ちょっと見せてもらうことできます?」
そう言われて、偲は、キャビネットから適当なスクリーントーンのパッケージを一枚取り出し、手元の原稿と合わせて永司に提示した。
永司はそれを受け取ると、偲に断って、袋からトーンの現物を出して軽く触ってみている。
「これを原稿に合わせて切るわけですね。はさみで切るんじゃないですよね、これって」
「絵の上からカッターで切るんだけど」
「あー、なるほど。慣れるまで、力加減はちょっと難しそうですね」
漫画制作自体は未経験の永司だが、趣味の工作で色々な素材や道具に触れてきた感覚は身についているので、何となく予測がつくのだろう。
桐矢も以前偲の原稿を手伝った際に経験しているのだが、原稿の上でトーンをカットする時、力が弱すぎるとトーンを切り離すことができず、逆に強すぎると用紙ごと切ってしまうため、微調整が求められるのである。当然ながらカットする部分が細かければ細かいほど、その力加減は更に容易ではなくなる。
参考までに桐矢は、過去の部誌を持ち出して、偲の作品の完成イメージを永司に見せた。
「これ、結構細かいね」
それを見た永司の率直な感想だった。
偲の絵は、線が太めで力強さを感じる画風だが描き込みが多い。それに加えてトーンで表現する部分が多く、結果として全体的に賑やかな印象を与える。だが、それ故に作業工程が多いのも事実でありながら、その癖本人の計画性が機能を果たさないため、常に締め切り前には泣く羽目になるのである。
「永司。これ、いけそう……?」
念のために、桐矢は尋ねてみた。
永司は、顎に手を当てたのち、至って軽い口調で答える。
「まあいけるっしょ。余裕余裕」
まだペン入れもまともにできていない段階だが、彼のその様子は頼もしい限りだった。
とりわけそれを強く感じたのは偲で、切羽詰まった状況下で現れた思わぬ救世主に、テンションをバグらせている。
「うわ……! 素敵、永司君……ありがとう……! 俺、永司君になら一晩抱かれたっていい」
「そうですか、そうですか。では抱いて差し上げましょうとも。場所はうちの台所とかでもいいですか」
「永司君が選ぶ場所なら、どこでもいい……!」
「やめてよ。俺が嫌だよ」
偲はそんな調子だし、永司は悪乗りするので、耐え兼ねて桐矢が突っ込みを入れた次第である。
何はともあれ、偲の原稿に携わる戦力を増やせたのは非常に幸いだった。
その後、その日は夜の七時を回るまで部室で作業したが、偲の原稿はペン入れとベタ塗で殆どの時間を費やし、永司がトーン貼り作業を行ったのはほんの申し訳程度である。せっかく来てもらったのに何もすることがないまま帰すのもなんだと、偲が気を回して頼んだ作業だった。
結局、偲は自宅で原稿にペン入れをして持参すると約束し、明日と明後日も部室に来てほしいと永司に依頼していた。
永司がそれを承諾したので付き合わないわけにはいかないというのと、微力ながら自分も手伝うつもりで、桐矢も、明日以降も偲達とともに部室で作業することを申し出た。
ちなみに、帰る前に雪奈も部室で作業すると言い出した。別にその判断自体はどちらでもよいのだが、理由を尋ねると、「部長と永司先輩の絡む様を見ていたいから」と答えた。
彼女はいつでも楽しそうである。




