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第1話 ①

 漫画研究部を舞台とした日常系コメディーです。

 投稿は初めてですが、どうぞよろしくお願いいたします。


※当初は一話丸ごと投稿していましたが、2020年8月31日にパートを分割して投稿し直しています。内容は変更ありません。

挿絵(By みてみん)


 (まえ)(さわ)(きり)()は、彼女に話しかけられたことを意外に思い、内心驚いていた。

 彼女とは、クラスメイトの(みや)()(じゅ)()である。二年生になってから同じクラスになった女子生徒だ。まだ四月の半ばということもあって、桐矢は彼女と直接会話したことはなかった。彼女は女子のなかでは誰とでも話す割に、特定のグループには入らないような独特の立ち位置の生徒だった。だからといって、別に他の生徒から嫌われているわけでもなく、本人が何となく控えめで一人が好きなタイプなのだろうと、桐矢は勝手に解釈していたのだが。

 それ故に、思いもかけずに名指しで声をかけられたことに、少々戸惑う思いもあったりもする。


「前沢って、漫研部の所属だったよな」

 

長い髪の毛に小柄で可愛らしい外見と平素の大人しさにはあまり見合わないような、さばさばとした話し方は意外だったが、然程刺々しい印象もなかった。

 珠里の言う通り、桐矢は漫研部――漫画研究部に所属していた。だが、桐矢自身は漫画を描かないし、絵も苦手だ。では何故所属しているのかというと、そもそもは廃部を免れるための人数合わせだった。桐矢と中学時代から同じクラスの女子生徒――(やま)()(りつ)()の頼みが断れずそうなったのである。


「所属っていっても、いるだけみたいなポジションになってるけど……俺、絵描けないし」


 数合わせの部員として所属するのはいいが、何もしないのも気が引けるだろうという部長の発案で、編集担当という立場が一応桐矢には与えられている。部員たちの作品の相談に乗ったり、原稿をチェックして校正に協力したりする役割だが、自分では正直いてもいなくてもいいのではと思うこともしばしばだ。


「でも、前沢は編集担当なんだよな」


珠里は言う。


「編集……うん、まあ……ていうか、知ってたんだ」


 せっかく与えられている役割に対してなんであるが、桐矢は自分が漫研部の編集担当であることを、積極的に部外の人間に話したことはなかった。自慢できるような実績もないし、他人に深入りされて事情を説明するのがいたたまれないと思っていたからだ。隔月で発行している部誌に名前は載るが、それもペンネームなので、大半の生徒はそれが桐矢のことだとは知らないはずである。


「あ、あの、前に山田と喋ってるのが聞こえてきて……ごめん、盗み聞きみたいで気持ち悪いよね」

「あ、い、いやいや……」


 珠里が気まずそうにしているのを察して、桐矢もつい挙動不審になってしまう。

 彼女がそのことを知っているからといって気持ち悪いとは思わないし、自分達の会話が耳に入ったことを盗み聞きだとも思わない。律子とは今も同じクラスなので、教室のなかで何気なく部活の話をしたこともあったのだろうから。


「それはいいんだけどさ、宮古、もしかして編集に興味あるの?」


 桐矢が確かめると、珠里は少し目を逸らしながら首を縦に振った。はにかんでいるような仕草にも見える。


「私も自分で絵は描けないんだけど、イラストとか漫画は好き。だからそういう形で漫研部に入部できるんだったら、ちょっと興味あるなあって思って」

「あー……そういうことだったら、歓迎するよ。うちの部、今年部員が入らなかったら廃部するかもってところだし、助かる」


 桐矢としても、勝手に部として返事をするのは少し気が引けたが、廃部危機の部員数であることは事実だし、何しろ自分ですら在籍しているのだからという後ろめたさを感じて、珠里の申し出を受け入れざるを得なかった。


「今日は活動日だから、よかったら放課後見学に来る?」


 と誘いかけると、珠里は緊張気味に、しかし微笑んで答える。


「うん、行く」


~~~~


 桐矢が通う県立(あか)(しま)高校の漫研部の現在の部員は、三年生が一人、二年生が三人。学校規定の五名を下回る人数で活動している。新入生の入部を待っているところだったが、今のところ音沙汰はない。

 活動日は週三日。隔月で発行する部誌の作成が主な活動だが、文化祭シーズンにはイラストの展示も行う。

 部室は北側の校舎の三階の最奥にある。元々は準備室か何かだったのか、部屋の中央に長机を二つくっつけて、それを囲んで活動するにはやや狭く感じるが、部員数自体も少ないので文句は言えない次第である。そのため、作業スペースの他の備品は非常に少なく、部誌や資料、各種物品を管理するキャビネットが二つと小さめのホワイトボードが一つあるだけである。


「やあ。君が宮古珠里ちゃんだね。桐矢君からラインで連絡があったよ。あ、俺は三年の金ヶ崎。よろしく」


 桐矢が珠里を部室に連れていくと、最前で待っていたのは、小動物のようなどこか忙しない雰囲気を持つ部長――金ヶ崎(かねがさき)(しのぶ)だった。桐矢に編集担当の座を与えたのも彼である。


「初めまして、宮古です。よろしくお願いします」

 

かなり強張った表情で珠里が頭を下げるので、堪らなくなって桐矢が間に入って説明する。


「部長、宮古は絵描かないそうなんですけど、編集がしたくて漫研部に入りたいっていうんです。別にいいですよね?」

「本人がそれでも入りたいっていうなら、いいよ。正直廃部回避のために、誰でもいいから名前だけでも貸してくれないかなとか思っていたくらいだから」


 その辺のことを平気で口走るところが、偲である。ざっくばらんといえばざっくばらん、大らかといえば大らかなのである。

 ちなみにこの偲、授業中など禁止されている場所以外では、大体ヘッドホンを着用している。本人曰く「その方が落ち着くから」とのことだ。ごく小さな音で使用しているため会話ができないなどの不都合はないので、部員達は誰も彼のヘッドホンについてそれ以上の追及はしていない。

 だが、その見た目と大雑把な振る舞いが時として誤解を与え、相手に対して真面目に取り合っていないように見えたりもするのだ。

 それを先回りして、桐矢が補う。


「大丈夫、宮古。部長はちゃんと歓迎してるから」

「う、うん」

「部長だけじゃないよ、私もちゃんと歓迎してるからね」


 偲がいるよりも奥の窓際に近い席から、律子が手を振っている。先に部室に来て、既に作業を始めようと原稿類を机に広げている。

 彼女は桐矢や珠里とは同じクラスなので、予め事情を話しておいたのだった。


「私、珠里ちゃんと話してみたいなあって思っていてね、でもなかなか教室じゃ何話していいか分からなくて、尻込みしてたんだよ。でも、まさか漫研部に来てくれるなんて本当にびっくり」


 律子は立ち上がって珠里の近くへ寄ると、手を取って中に引き入れるような動作をする。フレンドリーに絡むのは、恐らく嬉しいからだろう。イケメンの男子や可愛い女子など見た目のいい人間相手に話す際、律子は何となく機嫌がよくなる。

 そういう律子自身はどうなのかというと、第一印象だと至って平均的な顔立ちの女子生徒。肩より長い髪を結ばず下ろしている様は少々野暮ったく見える。ただ、色白で細身なのでそれを好みだという者はいるだろう。加えて、よく見ると目がくりくりとしていて愛嬌がある。


「でも折角なら、もっと前に言ってくれればよかったのに」

「気にはなってたんだけど、言い出す勇気がなくて……」


 何気なく言う律子の言葉に、どことなく照れくさそうな雰囲気で答える珠里。


「私、漫画は好きだけど絵が描けないから、漫研部に入るのは申し訳ないと思ってて。でも、前沢が編集担当として漫研部にいるんだって知って、それなら私も入っていいのかなって思ったから、声かけてみたんだよ」

「分かるよ、それ。俺も山田に誘われて漫研部に入った時は、最初すごく居づらかったもん」

 

桐矢は珠里の言うことに同意した。

 そもそも、一般的に考えて、絵を描かないのに漫研部に在籍するという方がレアなケースといえよう。部員数の確保のために入部したものの、桐矢の性格上幽霊部員になって割り切ることもできず、当時は、律儀に部室に通いながら非常に肩身が狭い思いをしていた。編集という立場は、そんな桐矢のために偲の機転でできた後付けのようなポジションだった。


「自分から編集担当を申し出る人がいるとは思わなかったけど、それはそれで助かるよ。実際俺らも桐矢君に原稿チェックしてもらうと、描き手じゃ思い至らない不備とか矛盾が見つかったりしてね。描き手視線と読み手視線の違いっていうのかな。そういう目が増えるんだと思うと、みんなの作品のクオリティも上がるんじゃないかと期待するよ」


 ヘッドホンは相変わらず外さないが、人好きのする笑顔で言う偲。彼はそうやって、この部に入りたい、居たいと思う者を温かく受け入れようとする。


「私なんかでも役に立つかな」

「同じものの捉え方をする人なんか一人もいないんだから、みんなが戦力だよ」

「そうだよ、宮古。よかったら俺と一緒に編集やろう」

「そうそう。それに珠里ちゃんなら漫画が描けなくても、眼福の癒し担当になってもらうんだから」


 まだ少し尻込みする珠里を、偲、桐矢、律子がそれぞれ励ます。律子は些か私欲が入っているようにも思うが。

 そのような後押しがあって、結局珠里は即入部を決めた。部自体の概要や活動内容は予め桐矢が説明していたし、見学するような活動風景でもないのでそこは気持ち一つだったのだろう。

 何にせよ、珠里の入部は漫研部にとってありがたい話だった。

 話がまとまったので、荷物を適当な場所へ置いて、珠里も混ぜて机を囲む。珠里にはその場で入部届を書いてもらい、偲が受け取った。その入部届は律子が預かって、後で顧問教師に提出することになっている。本来は偲が提出するべきなのだが、どうにも彼は物の管理が苦手で紛失の恐れがあるため、その類の事務手続きは副部長でもある律子が行っている。

 その後は、各々が作業をしつつお喋りをしつつ、といった光景だ。偲と律子は漫画原稿の下書きをし、桐矢は既にできている分の下書きのチェック、珠里は過去の部誌を借りて読んでいる。

 そうしていると、もう一人生徒がやってきた。黒縁の眼鏡をかけた小柄な男子である。二年生の(ひら)(いずみ)(ひとし)だった。


「お疲れ様です、遅くなりました」


 倫は軽く頭を下げながら入室し、机に座っている珠里を見て言う。


「あ、もう来ていましたね。僕、二年五組の平泉倫です」


 事前に、桐矢が漫研部のグループラインで珠里のことを話していたため、彼も既に状況を承知しているのである。


「一組の宮古珠里……です。よろしくお願いします」


 年上の人間に敬語で話すのは当然だが、倫の場合は誰に対してもそのように話す。ふざけているわけではなく、それが彼の自然な話し方なのだという。

だからなのか、珠里は彼に話しかけられてやや戸惑う様相が見られた。桐矢は一応、そんな彼女に「平泉の敬語は気にしなくていいから」と耳打ちしておいた。


「それで、入部されるんですか?」


 自分の荷物を脇に寄せたのち、倫も席につき、珠里に尋ねた。


「もう入部届もらったよ」


 律子が横から代わりに答え、珠里も頷いている。


「そうですか。それは嬉しいです」


倫の声のトーンが、少し上がった。


「ということは部員が五人になったから、廃部は免れますね」

「あー残念、倫君。それだと今年はいいかもしれないけど、来年また同じような危機がくるんだな」


 倫がぬか喜びしたのは、珠里の入部で部員が規定数に達したと思ったからなのであろうが、三年生の偲は秋の文化祭を終えたら引退することになっている。もしこれ以上部員が増えないまま、偲が引退・卒業となれば結局部員数は再び規定数を下回り、廃部の危機からは抜け出せない。


「せめてあと一人部員が欲しいところだよなぁ。そうすれば、少なくとも今年と来年は確実に部として活動できる」


 桐矢は率直な思いを口にした。


「まあでも、まだ四月じゃん。これから新入生だって入ってくるかもしれないし、さすがにこのまま増えないってことはないでしょ」

「それはそうですね。これから、ですよね」


 楽観的な律子に、考えを寄せる倫。

 桐矢自身も口ほどには深刻に考えていなかった。恐らく、偲も然程先のことは心配していないだろう。

 それよりも今は、珠里という新しい仲間が一人加わったこと、そちらの方が単純に嬉しかったのだった。



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