69話 前門のトロール、後門のゴーレム
「いつの間にロックゴーレムが、後ろに湧いたんだ!」
月影は突然後ろからロックゴーレムが迫って来たことに気付いて、一時的に混乱するがすぐに体勢を立て直す。
スギハラが後方のロックゴーレムに戦力を向けようと指示を出そうとした時、リーベの命令がようやくトロールに届いて、拠点から複数体出撃してくる。
「何!?」
前衛部隊は、そのまま拠点を出てきたトロール達と交戦状態に入った。
「よし、やっと命令が届き始めたようね!」
リーベはさらにトロールに指示を出すため、薙刀を高く掲げながら前進しようとすると、彼女の顔を目掛けてオーラアローが飛んでくる。
「!?」
だが、リーベはそのオーラアローを咄嗟に薙刀で切り払う。
そのオーラアローは、イーグルアイでリーベを見つけたノエミの放ったものだった。
「ロックゴーレムの後方に、仮面の黒い女戦士発見……。 “竜の牙”を壊滅させた者と同一人物だと思われます……」
「例の黒い女魔戦士か、こんな時に!」
スギハラはトロールと戦いながら、その報告を受ける。
(シオンが遭遇して、窮地に追い込まれた相手ね……)
トロールと戦いながら、クリスはリーベの動きを警戒することにした。
「こうなったら仕方ない。トロールはアレぐらいでいいか」
リーベは矢の届かない後方まで退くと、新型ゴーレムを創るため魔法陣に魔力を注ぐ。
「トロールで手一杯で、ロックゴーレムに割く戦力がない。どうしたら……」
「わたしがいくよ!」
クリスが悩んでいると、格闘少女アフラがそう言って単身ロックゴーレムに向けて、元気に走り出す。
「待ちなさい、アフラ!? 一人では駄目よ!!」
「時間ぐらい稼げるよ!」
クリスの制止を聞かずに、アフラはロックゴーレムに立ち向かう。
アフラは、ロックゴーレムの攻撃をその俊敏な動きで回避し、隙きがあれば打撃を入れる。
「おーら・ぱんち! やあぁ!」
オーラパンチを打ち込むが、すぐさまロックゴーレムの反撃を受けてしまう。
「うわぁ~!?」
考えるより先に体が反応して、何とかバックステップで後方に回避する。
(ソフィーちゃんがいないから、その分はわたしが頑張らないと!)
アフラがそう決意して、ロックゴーレムと奮戦していたその頃、そのソフィーはというと…
「このカップケーキはアナタが作ったの? シオン・アマカワ!」
「そうだよ、気分転換にお菓子を作ったんだ~。いつも練習に付き合って貰っているから、その御礼にソフィーちゃんもどうぞ。勿論、みんなの分もあるよ」
(まあ、これも簡単料理レシピサイトで、覚えたやつだけど)
紫音は気分転換にお菓子を作ったと言ったが嘘である。
ソフィーへの感謝の気持ちは本当であるが、実は最近ミリアがソフィーと仲良くしていて、危機感を覚えた彼女がお菓子でミリアを餌付け、もとい彼女の好感度を上げよう、さらにリズやソフィーの年下達の好感度も上げてしまおうという作戦であった。
前の世界では年下に頼られたい、憧れられたいという感情などなかったのだが、この世界に来てからは何故かそう思われたくなってしまっていた。
(異世界というのは、新しい自分を発見する何かがあるのかも知れない……。もしくは、元の世界では、妹の音羽でその欲求が自然に満たされていたのかも知れない。音羽……、元気にしているといいけど……)
妹のことを思い出し、不意に切なくなる紫音。
「美味しい……」
(シオン・アマカワ、私よりも女子力高いかも……)
ソフィーはそう思いながら紫音を見ると、彼女がその視線に気付き笑顔で答える。
(はうぅぅ、なっ、何よ! あの素敵な笑顔は! 反則じゃない……)
ソフィーは顔を赤くして、反射的に紫音から顔を背けてしまう。
(ガーン、餌付け、もとい好感度上げ作戦失敗だ……)
彼女にそっぽ向かれた感じになった紫音はがっかりする。
再び場面は”月影”へ戻るが、戦況は芳しくない。
多数のトロールとの戦闘で戦場は膠着状態であり、一人時間を稼ぐアフラへの応援は未だ送れずにいた。
そこに、ついにクナーベン・リーベが新型ゴーレムを創るための、魔法陣への魔力注入を終える。
「いでよ、アイアンゴーレム!」
大きな魔法陣が黒く輝き出すと、その中から全身を鉄で構成されたアイアンゴーレムが現れた。
「なん…… だと……」
スギハラがアイアンゴーレムを見て、思わずこの台詞を呟いてしまう。
「魔力を回復しないと……」
リーベは、アイアンゴーレムを造り出すのに膨大なMPを消費して、命令さえ出来ないでいた。
リーベがMP回復のため、魔法回復薬を飲んでいる間にアフラが天性の勘で、危険を感じ取りロックゴーレムを先に倒す判断をし、そのための切り札を出す。
アフラは全てのオーラを右手に集めると、ロックゴーレムに向かって突進する。
ロックゴーレムの右腕による拳の打ち下ろしを、軽快にジャンプして回避するとそのまま振り下ろされた右腕に着地して、その上を走って肘のあたりから胸のあたりまでジャンプして、ハイパーオーラパンチを岩でできた胸に叩き込む。
「うりゃぁー! はいぱーおーらーぱーーんち!!!」
ハイパーオーラパンチが胸に当たった瞬間、爆音とともにロックゴーレムの半身が消し飛ぶ。
ハイパーオーラパンチは破壊力抜群であるが、オーラを使い切ってしまうため使用者は技を放った後、動けなくなってしまう。
それは戦いの場では死を意味する。
そのため、実戦で使う者はほとんどいない。
現にオーラを使い切ったアフラはそのまま地面に落ちてしまう。
「オーラ回復薬を、早く飲まな……」
アフラは力尽きて、オーラ回復薬を鞄から取り出そうとしたところで意識を失ってしまう。
彼女の計算では、回復できる見込みであったがやはり無理であった。
その彼女に、魔力回復を終えたリーベの命令を受けたアイアンゴーレムが、地鳴りをあげながら迫る。
「邪魔するんじゃねぇ!」
その様子を見て、アフラを救出に向かおうとするスギハラだが、トロールに阻まれてしまう。
「アフラ!!」
クリスが遠くから大声で、彼女を起こそうとするが起きる気配はない。
次回予告
窮地に陥ったアフラの前に現れし来訪者は、悪魔か女神かおかしな仮面か?




