03.5話 異世界到着
その主要街道まで辿り着くと行き先を示す立て看板が立っていたが、まずはその後ろの景色に目を奪われてしまう。
目の前に広がる平原に存在する、いくつものクレーター群。
多数の隕石が落ちたのか、これが魔物との戦いの跡なのかは分からなかったが、異世界の危険性を改めて認識する思いだった。
紫音は心が不安で折れる前に、気持ちを切り替えて立て看板に目を移す。
すると、一つ目に【北・グリース村】、二つ目に【南・王都フェミース】と書かれていたので、北と南を見てみる。
北には何も見えなかったが、南には遠くに立派な城と城下町が見えた。
(あれが王都フェミース… )
そう思いながら、三つ目を確認する。
【西・聖墓(立入禁止)】と書いてあった。
紫音はその看板の文字を見て、一瞬にして血の気が引いて青ざめる。
転送されたとはいえ、【聖墓(立入禁止)】に入ったことがばれてしまえば、不法侵入の罪で法律次第では最悪『死刑』になってしまうかも知れない。
彼女は<立入禁止>の文字を見なかったことにして、一人言い訳のようにこう発言する。
「私のような田舎育ちには、いきなり都会の王都は怖いから、北のグリース村に行こう!」
紫音は逃げるように早足で、その場を離れてグリース村に歩き出す。
街道の道幅は広いが、元の世界のように路面は舗装されておらず、土や砂利が露出している。
だが、踏みしめられているため、田舎育ちの紫音には歩きにくいことはなく、快適とはいかないが順調に歩みを進めることが出来た。
大きな街道に出て、村の方角も知ることができ犯行現場からも離れた紫音は、少し心に余裕が出た事もあって、腰についている鞄の中身の確認とその中に入っているフェミニースのくれたガイドブックを読みながら歩くことにする。
「でもこの鞄、そんなに大きくないけど収納大丈夫かな。まあ戦闘には、邪魔にならないけど」
鞄を開けるとその中には、目薬ぐらいの大きさの三種類の薬瓶がそれぞれ五本、小さな財布が一つ、とても小さな寝袋のようなものが一つ、そして小さな冊子が入っていた。
(この小さな冊子がガイドブック? 文字が小さくて読みにくそう…)
そう思いながら、指で摘んで鞄から取り出す。
すると鞄から出た途端、小さな冊子が普通のサイズのガイドブックになった。
どうやら、不思議な力で鞄に収めたものは小さくなるらしい。
「ということは、この目薬も寝袋も袋も取り出すとちゃんとした大きさになるんだ」
紫音は気分を入れ変えて、さっそくガイドブックを読み始める。
「えーと、“まずこのガイドブックが入っていた鞄は【女神の小鞄】といって、鞄の入り口に入る大きさの物なら、生物以外は小さくして収納することができます。但し重さは変わらないので気をつけるように。続いて財布にはこの世界のお金が20万ミース入っています、1ミース1円なので計画的に使ってください”」
紫音がガイドブックをそこまで読むと、前から複数の馬の歩く音と馬車の走る音が聴こえてきた。
「馬車だ! 始めてみたよ!」
流石に田舎育ちの紫音とはいえ、馬車を見るのは初めてであり、馬車での移動を見た彼女は、ここが異世界である事を改めて実感する。
紫音が邪魔にならないように道から少し離れて歩いていると、前から白馬に乗った騎士を先頭に豪華な馬車が近づいてきた。
先頭を歩く白馬に乗った騎士が、紫音に気づき声を掛けてくる。
「道を開けてくれて感謝する」
そう礼儀正しく、一礼して通り過ぎていった。
騎士への返礼に頭を下げた紫音がちらっとその騎士を見ると、金髪で少し長髪の誠実そうな爽やかイケメンだ。
(すごいイケメン…、それに声もすごく格好良かった。アキちゃんが勧めてくれたゲームに出てきそうな人だったな……)
イケメンで一度痛い目を見ている紫音は、それ以上の思考をストップして、再びガイドブックに目を移し少し早足で歩き始める。
少し早足なのは、先程の一団に【聖墓(立入禁止)】の件を知られたら不味いという、後ろめたさであった。
「隊長、先程何故わざわざあの者に声をかけたのですか?」
しばらく進んだところで、先程の白馬に乗った騎士に馬車を操っている騎士が質問してくる。
「あの少年には、なにか運命じみたものを感じたからかな……」
(あの黒い髪と瞳、それに腰につけていた東方国の武器【刀】、アイツと同郷かもしれないからな)
隊長と呼ばれた騎士は親友の事を思い出しながらそう答えた。
紫音が男の子に間違われたのも仕方がない。
ポニーテールは男性もするし、服装は丈夫さ優先の体のラインの出ない冒険者服、下も動きやすい半ズボンにタイツ、お洒落のかけらもない機能性重視のブーツとすね当て、紫音自慢のAAサイズも鉄の胸当てで見えないという、フェミニース様の活躍する女性コーデだったからである。
あと紫音が声を出さなかったのも原因だ。
男の子と間違えられた紫音は、そんな事も露知らずにガイドブックを見ながら、街道を歩いていた。
紫音は少しでもこの世界の情報を得るために、ガイドブックをさらに読み進める。
「三種類の薬は赤が回復薬・黄がオーラ回復薬・緑は万能治療薬です、危なくなったら使いなさい。その寝袋は【女神の寝袋】で広げればさらに大きくなり、あらゆる環境下で安眠を約束してくれます」
(女神シリーズ高性能過ぎる!)
と思いながら続きを読む。
「この世界の魔物は、倒すと魔石という石に変わります。強い魔物であればあるほど、高純度な魔石を多く落とします。それを回収し教会に売ることで収入を得るといいでしょう」
なるほど、そうやって稼いでいくシステムなのかと感心しつつ次を読む。
「そうやって集められた魔石は、各町にあるフェミニース教会にある【女神の炉】で【魔石電気】という、あなたの世界で言えば電気に近いものに変えられ、各家庭に送られ人々の生活を助けます」
「この世界にも電気みたいなものがあるんだ―― 電気あるの!?」
紫音は異世界らしからぬ設定に、ひとり突っ込んだが
「楽ができるならいいか、えーと続き続きと… 」
家電製品に囲まれて暮らしてきた彼女には、むしろ喜ばしい情報なのでよしとした。
「旅をする時はできるだけ大きな道を歩きなさい、魔物に襲われにくくなります。あと、女の子の一人旅は危険です、男の子のふりをしなさい。もっと知りたければ、自分で調べなさい。それもまた、あなたが目指す<できる女性>になるためです。最後にあなたの未来に祝福がありますように。 フェミニース」
「フェミニース様……、ありがとうございます」
ガイドブックを胸に当て、眼を瞑り胸の中で再び感謝する紫音であった。
そして目を開けた時、自分がガイドブックを読むのに夢中で街道を大きく逸れて森の近くまで来ていた事に気付く。