21.5話 運命の任務(2)
「では、シオン君。今日は私の屋敷に泊まり、明日私と共に早朝から【冒険者育成学校】に行くとしよう」
ミレーヌは自分の後ろで、アイアンクローから解放され頭を擦りがら、涙ぐむエルフィを無視して気にせずそう言ってきた。
話し合いが終わった紫音とミレーヌは、馬車でミレーヌの屋敷に向かうことになる。
今日一泊屋敷で過ごしてから、明日一緒に【冒険者育成学校】に行くことになったからだ。
ミレーヌの屋敷は、さすが領主の屋敷だけあってとても大きく庭もとても広い。
「すごく広い屋敷ですね」
紫音が感想を述べると、ミレーヌがこう返してきた。
「あの裏にある山も敷地内だから、山篭りがしたければしても構わないぞ」
「せっかくですけど、明日の任務に支障がでそうなので、今回は遠慮しておきます。」
先程の秘書さんの悲惨な光景を目にした紫音は、失礼が無いように丁重に断る。
屋敷の中に入ると、メイドさんが数人出迎えてくれた。
中の調度品は古くて高そうなものはあるが、こういう大きな屋敷にありそうな金色に輝くような調度品は意外と少ない。
「中は意外と派手な調度品がないなと、言いたそうな顔だな、シオン君」
「いえ、そんなことは……」
私って結構顔に出るタイプなのだなと思い慌てる紫音。
機嫌を損ねてしまえば、アイアンクローを受けるかも知れないからだ。
だが、ミレーヌはこう言葉を返してくる。
「領民の血税を、そんな無駄なことに使うわけにはいかんのでな」
その答えを聞いた紫音の、ミレーヌへの恐怖心が消えていく。
領民を大事に思っている人が、酷い事をするはずがない……
きっと、さっき見た秘書さんへの攻撃は幻だったのかも知れないと思ったからだ。
否、思いたかっと言う方が正しい。でなければ、明日失敗した時にアイアンクローの犠牲者に― もっと酷い目に遭うのは自分だからである。
(※悲しい現実です)
紫音はミレーヌの屋敷で晩ご飯をご馳走になり、与えられた部屋のベッドに入った。
ベッドの中で紫音は、【冒険者育成学校】ってどんな所なのだろうと考える。
アリシアの話だと【冒険者育成高等学校】は、かなり厳しいところらしい。
ということは、【冒険者育成学校】もそれなりに厳しいところかも知れない。そんな事を考えていたら少し緊張してきた。
(明日の為に、早く寝ないと…)
そう思い紫音は眠りにつく……
翌朝、紫音はミレーヌと共に【冒険者育成学校】に向かう。
【冒険者育成学校】に到着すると紫音は、案内係から共同の宿舎らしきところに通された。
すると、突然「全員整列!」と掛け声がかかる。
そして、周りを見ると知らない人達が、急いで整列して立っていく。
「シオンさん、こっちです!」
声のする方を見ると、何故かエレナが列の一番端に立っていたので、紫音は彼女の方に行くと、その隣に立ち一番端に立つ。
紫音がエレナに質問しようとした時、聞き慣れた声が聴こえてくる。
それは、深緑色の軍服とヘルメットを着用したアリシアであった。
「私が今日からお前達を、訓練するアリシマン軍曹だ! 話しかけられた時以外喋るな! 喋る時は前と後ろに”サー”と言え!」
「「「 サー、イエッサー! 」」」
「さー、いえっさー?」
紫音もみんなに遅れて言葉を発したが、状況が飲み込めていない。
アリシマン軍曹は、歩きながら訓示を語り始める。
だが、それは訓示と言うより罵声に近い。
その姿は、まるで幼馴染のアキが見ていた某戦争映画の某鬼軍曹を彷彿とさせた。
「お前達は、今は虫けらだ! 分かったか、てんとう虫!」
「「「 サー、イエッサー! 」」」
そして、エレナの前に立つとアリシマン軍曹は、このように話しかける。
「貴様、名前は!?」
「エレナです!」
「本日より貴様を“無個性”と呼ぶ! いい名前だろう?」
「サー、イエッサー」
アリシマン軍曹の命名に、死んだ魚みたいな目で答えるエレナ。
(やめてあげて、アリシマン軍曹! エレナさんのキャラが薄いからって、そんな渾名をつけてあげないで! 本人もきっと気にしているから!!)
紫音は心の中で、鬼軍曹に突っ込む。
アリシマン軍曹は、歩いて来た方向とは逆に歩きながら、生徒たちに訓示を語る。
「お前達は、厳しい私を嫌う。だが、嫌えばそれだけ学び強くなる!」
「「「 サー、イエッサー! 」」」
「ふざけるな、声が小さい玉落としたか!?」
「「「 サーイエッサー!! 」」」
「サー、はじめから、玉なんて有りません、サー」
紫音は思わずそう突っ込んでしまう。
ツッコミ属性キャラの悲しい性である。
「誰だ!? 今ふざけたことを言った奴は!!」
当然アリシマン軍曹は、怒りを顕にして声のした方向、つまり紫音の方に近づいてきた。
「サー、私であります、サー!」
紫音は他の者の迷惑にならないように、勇気を振り絞って自分だと名乗り出る。
その言葉を聞くと、アリシマン軍曹は紫音に近づいてきて、容赦ない罵声を浴びせてきた。
「貴様か!? このおふざけ生徒! 今日から” おふざけ娘”と呼んでやる!」
「サー、ルビがおかしいです、サー!」
紫音の物怖じしないツッコミに、更にこのような罵声を浴びせる。
「いい度胸だ、気に入った。夜に私の部屋に来い、かわいがってやる! というか、かわいがって!!」
「サー、嫌です、サー!!」
「さー、やめてください、さー、ムニャムニャ……」
お約束の夢オチだった。




