21話 運命の任務(2)
とても重要な任務だと思っていたのに、まさかの身内の落第問題に紫音が困惑していると、ミレーヌが紫音に質問してきた。
「ところで一つ聞きたいのだが、紹介状には君の名はシオン・テンカワとなっているが、先の程の自己紹介で君はシオン・アマカワと言ったがどういうことかな?」
(はわっ、しまった!? 緊張のあまり本名を言ってしまったよ……。どうしよう、明らかに私のことを不審な目で見ている。というか、あの右手をワシワシしているのは何? その手の動きを見て、秘書の人が怯えているのは何故だろう…。返答次第で私は何をされてしまうのだろう……)
紫音の勘が”あの手は危険だ! 正直に話せ!”と、警告してきた。
それは死線を潜り抜けた者にだけ、備わるという危機察知能力ではなく、ヘタレな彼女の小動物的危険察知能力である。
そのような理由で、彼女は正直に話すことにした。
自分がアマネ様の子孫で、それで色々面倒なことになりそうだと思って偽名を使ったということを説明した。
現にそのことが理由で、愉快な王妹様にロックオンされてしまっているし
「私がアマネ様の子孫ということは、アリシア様やフィオナ様に聞いてもらえれば、証明してくださると思います」
「確かに、直系ではないとは言えアマネ様の子孫だと言えば、嘘つき呼ばわりしてくる者や変な輩が近づいてくるかも知れないな。それなら、あのスギハラが負けたのも合点がいくな」
(しかし、フィオナのやつ…、彼女がアマネ様の関係者だと知っていて黙っていたな……)
ミレーヌが思っていると紫音が、このような事を言ってくる。
「あれは、あの人が手を抜いたからで、私は勝ったなんて思っていません」
その紫音の意見に、ミレーヌはこう答える。
「私は彼のことは、騎士団入隊の頃から知っているが、一対一の近接戦闘で少なくとも互角に戦えるのはそうはいない。最後に手を抜いたとはいえ、途中まででも互角に渡り合った君の腕は相当なものだろう」
彼女はそう紫音に言うと、話を依頼の説明に戻す。
「では、話を戻そうか。君への依頼は【冒険者育成学校】に編入して、ミリアちゃんとPTを組み卒業試験をクリアーすることだ」
ミレーヌはさらに説明を続ける。
「ちなみにミリアちゃんは私の可愛い姪で、凄く可愛くて、とても凄く可愛いくて、それで少し大事に育ててしまったせいか、内気で、気が弱くて、人見知りな性格になってしまったのだ。それで今回も新たなPTを組むことができず、さらに一回目の失敗のせいで怖くなってしまったみたいで、部屋に閉じこもってしまったんだ……」
ミレーヌはそこまで言うと、両手で頭を抱えて絶叫し始める。
「うわあああああ! 今すぐ傷ついたミリアちゃんを、抱きしめて慰めてあげたい! でも、甘やかしてしまって落第したら立派な魔法使いになれないかもしれない! ああ、一体私はどうしたらいいのだ!?」
「落ち着いてくださいミレーヌ様、そのために彼女を呼んだのでは?」
エルフィは、ミレーヌのアイアンクローを警戒しながら提言した。
「いかん、いかん、そうだった。すまなかったシオン君。そこで依頼内容説明の続きだが、まず君は、人見知りのミリアちゃんを部屋から連れ出せねばならない。もちろん力づくなど論外だ。そして、ミリアちゃんを守りつつ試験に合格する以上だ」
紫音はそこまで説明を聞くと、ミレーヌに質問する。
「そもそも、こんな時期に編入なんてできるんですか?」
「【冒険者育成学校】への編入条件の一つに、冒険者ランクSの推薦状がある者というのがある。私はSSだからこの条件は満たしている。とはいえ、確かにこの時期からでは普通は無理だ。だが、大人の世界には色々あるのだよ。そこは君が心配することではない」
そう言ったミレーヌは、さっきまで姪のことで取り乱していた人物とは思えない、できる大人の顔をしていた。
なるほど、私はその自信を失くした女の子を励まして、試験に合格させてあげればいいのか。
私がこの世界に来る時に、自信がない私をフェミニース様が励ましてくれたように今度は私がその子を励ましてあげよう。
「わかりました。私がミリアちゃんを励まして、必ず試験に合格させてみせます!」
「そうか、よろしく頼むぞ、シオン君。ところで、学校に紹介する時、君の名前は本名と偽名どちらですればいいのかな?」
「本名でおねがいします。信頼を築くには、やっぱり嘘はいけないと思うので」
「そうか」
その答えを聞いたミレーヌは穏やかな顔で返事した。
この任務が終わったら、エレナさんやシャーリーさんにも偽名を使っていたことを謝って、本名を伝えよう。
紫音は、最後にこの質問を
「あのー、この任務の結果次第で、総督の職を辞めようと思っていると最初に仰っていましたけど何故ですか?」
「落第して悲しんでいるミリアちゃんを、毎日慰めてあげなきゃいけない。仕事なんてやっていられないではないか」
ミレーヌは真顔で答えた。
「いや、なに真顔でとんでもないこと言っているのですか? ミレーヌ様にはこの街を導くという大事な仕事あるじゃないですか? それに毎日慰めるにしても仕事が終わってからでもいいじゃないですか?」
エルフィは、あっしまったと思ったが既に手遅れであった。
「ミリアちゃんが悲しみに暮れているのに、仕事が手につくはずないだろうが! 私が仕事している間に、悪い子になったミリアちゃんが盗んだ馬で走り出したらどうするつもりだ、このメガネ!!」
ミレーヌはエルフィの頭にいつもの怒りのアイアンクローをしながら言った。
「いたたたたた! スミマセン、スミマセン……」
紫音はその恐ろしい光景を見て震えていた……
(はわわわ…。私の(小動物的)勘は、これを察知していたんだ…)
そう思いながら紫音は、引き受けたのは早まったかも知れないと思った。
何故ななら失敗した時に、同じことかもっと酷い目に会うかもと思ったからである。
「では、シオン君。今日は私の屋敷に泊まり、明日私と共に早朝から【冒険者育成学校】に行くとしよう」
ミレーヌは自分の後ろで、アイアンクローから解放されて涙ぐんでいるエルフィを、気にせずそう言った。
ミレーヌの屋敷は、さすが領主の屋敷だけあってとても大きく庭もとても広かった。
「すごく広い屋敷ですね」
と紫音が感想を述べる。
すると、ミレーヌが
「あの裏にある山も敷地内だから、山篭りがしたければしても構わないぞ」
と返してきたので、紫音は
「せっかくですけど、明日の任務に支障がでそうなので、今回は遠慮しておきます。」
と答えた。
屋敷の中に入ると、メイドさんが数人出迎えてくれた。
中の調度品は古くて高そうなものはあるが、こういう大きな屋敷にありそうな金色に輝くような調度品は意外となかった。
「中は意外と派手な調度品がないなと、言いたそうな顔だな、シオン君」
「いえ、そんなことは……」
私って結構顔に出るタイプなのだなと思って、慌てた紫音だった。
「領民の血税を、そんな無駄なことに使うわけにはいかんのでな」
とミレーヌが答えた。
その答えを聞いた紫音の、ミレーヌへの恐怖心が消えていく。
きっと、さっき見た秘書さんへの攻撃は幻だったのかも知れないと思った。
(※悲しい現実です)
紫音はミレーヌの屋敷で晩ご飯をご馳走になり、与えられた部屋のベッドに入った。
ベッドの中で紫音は、【冒険者育成学校】ってどんな所なのだろうと考えていた。
アリシアの話だと【冒険者育成高等学校】は、かなり厳しいところらしい。
ということは、【冒険者育成学校】それなりに厳しいところかも知れない、そんな事を考えていたら少し緊張してきた。
明日の為に、早く寝ないとそう思い紫音は眠りについた……
翌朝、紫音はミレーヌと供に【冒険者育成学校】に向かった。
紫音は、案内係から共同の宿舎らしきところに通される。
すると、突然
「全員整列!」と掛け声がかかる。
周りを見ると知らない人達が整列して立っていく。
「シオンさんこっちです!」
声のする方をみると何故かエレナが列の一番端に立っていた。
紫音はエレナの方に行くとその隣に立ち一番端に立つことになる。
彼女がエレナに質問しようとした時、聞き慣れた声が聴こえた。
それは深緑色の軍服とヘルメットを着用したアリシアだった。
「私が今日からお前達を、訓練するアリシマン軍曹だ! 話しかけられた時以外喋るな! 喋る時は前と後ろに”サー”と言え!」
「「「 サー、イエッサー! 」」」
「さー、いえっさー?」
紫音もみんなに遅れて言葉を発したが、状況が飲み込めていなかった。
アリシマン軍曹は歩きながらこう言った。
「お前達は、今は虫けらだ! 分かったか、てんとう虫!」
「「「 サー、イエッサー! 」」」
アリシマン軍曹はエレナの前に立つと
「貴様名前は!?」
「エレナです!」
「本日より貴様を無個性と呼ぶ、いい名前だろう?」
「サー、イエッサー」
(やめてあげて、アリシマン軍曹! エレナさんのキャラが薄いからって、そんな渾名をつけてあげないで! 本人もきっと気にしているから!!)
紫音は心の中で、鬼軍曹に突っ込む。
アリシマン軍曹は歩いて来た方向と逆に歩きながら、
「お前達は、厳しい私を嫌う。だが、嫌えばそれだけ学び強くなる!」
「「「 サー、イエッサー! 」」」
「ふざけるな、声が小さい玉落としたか!」
「「「 サーイエッサー!! 」」」
「サー、はじめから、玉なんて有りません、サー」
紫音は思わずそう突っ込んでしまった。
ツッコミ属性キャラの悲しい性であった。
「誰だ! 今ふざけたことを言った奴は!!」
「サー、私であります、サー!」
紫音は他の者の迷惑にならないように、勇気を振り絞って自分だと名乗り出る。
その言葉を聞くと、アリシマン軍曹は紫音に近づき
「貴様か、おふざけ生徒! 今日から” おふざけ娘”と呼んでやる!」
「サー、ルビがおかしいです、サー!」
紫音の物怖じしないツッコミに、このような罵声を浴びせる。
「いい度胸だ、気に入った。夜に私の部屋に来い、かわいがってやる! というか、かわいがって!!」
「サー、嫌です、サー!!」
「さー、やめてください、さー、ムニャムニャ……」
お約束の夢オチだった。