158話 語らう二人
トロール本拠点の探索を一通り終えて、得た情報はトロールを作り出していたと思われる装置の残骸発見だけであった。
とはいえ、今回の作戦目標であるトロール本拠点の攻略と、それに伴うトロールによる侵攻の阻止という目標を一応果たした人間側ではあったが、被害も大きく手放しで喜べる状況でもない。
本拠点侵攻作戦が終了し無事生存した者達が、物資を載せた馬車を待機させていた拠点キャンプに戻ってきた時、空は夕焼けに染まり始めていた。
当初の予定通りここで野営して一晩過ごす事になった参加者達は、テントの設営と夕食の準備に取り掛かる。
紫音達がテントを設営しようと自分達の馬車からテントを降ろしていると、アキの馬車”ハチマルイチ(801)号”に乗ったカリナが近寄ってきて停車させる。
「せんせい~、無事で良かったです~!」
そして、そう言って安堵の表情を浮かべながら、アキに抱きついてきた。
「カリナさん……。ご心配掛けました」
「いえいえ、無事で良かったです~」
涙目で喜ぶカリナに、テントの設営を手伝っていたレイチェルが彼女に声をかける。
「アナタ……、もしかして、カリナ……?」
レイチェルの問いかけに、カリナは跋の悪そうな顔で言葉を返す。
「レ、レイチェル……」
二人はぎこちない感じで会話を始めた。
「久しぶりね、カリナ……。最後に会ったのが魔王との戦いの後だから、三年振りかしら……」
「そうね……」
しかし、すぐに会話が途切れ重い空気が流れる。
「おっ、お二人はお知り合いなんですか?」
その空気に耐えきれずに、紫音が二人に質問する。
「カリナ……、彼女とは冒険者育成学校、冒険者育成高等学校、そして騎士団の同期だったんだ……」
(そうか……、カリナさんは確か戦死してしまって、それで冒険者を引退して編集者になったって言ってたっけ……。3年前の魔王との戦いで、戦死してしまったんだ……)
紫音が前にカリナに聞いた話を思い出していると、アキが横から口を挟む
「今は私の編集を担当して貰っているんです」
「先生は素晴らしい漫画を描くんだから!」
カリナは目を輝かせて、レイチェルに言った。
「カリナがそれ程の高評価をする漫画ということは、BL漫画ということか……。という事はアキ君! 君も腐女子なる者なのか?!」
それを聞いたレイチェルが尋ねると、代わりに紫音が答える。
「いえ、レイチェルさん。アキちゃんは更に上のランクの貴腐人です」
彼女のそれは答えというよりツッコミに近かった。
「そうか! それでアリシア様とシオン君のイチャコラを、あのような飢えた狼みたいな鋭い目つきで見たいたのだな! どうせ、脳内でTS化とやらをして、妄想して楽しんでいたのであろう!」
「アキちゃん! 私とアリシアを、そんな目で見ていたの!? というか、TS化して脳内でどんな妄想して、楽しんでいたの!?」
「そっ…、そんな…、親友とお姫様相手に…、頭の中でTS化させて楽しむなんて真似、するわけないで紫音はん。ホ、ホンマ…、冗談きついで~」
アキは眼鏡をクイッとしながら、紫音から目を背けてしどろもどろしながら答えた。
「明らかに、動揺しているよね!? 妄想して楽しんだよね!?」
紫音が突っ込んだ所で、ジト目でその様子を見ていたリズは、すかさずミリアの手を引く。
「ミリアちゃんには、まだ早い話しッス。向こうで一緒に、カードゲームの話をしようッス」
そして、こう言ながら、彼女をこの場から引き離す。
「アリシア様とシオン君という美少女二人が、キャッキャウフフと絡んでいるからこそ『尊い』のに、それをわざわざ男同士に変換させて楽しむなど……、私には理解出来ないな……」
「私達キャッキャウフフと、絡んだことないですよ?!」
紫音はレイチェルにもツッコミを入れ、流石に連続のツッコミに疲れを感じてきて、ツッコミのエキスパート、ソフィーの帰還を願うのであった。
「アナタこそ相変わらずの百合女子みたいね、レイチェル! 自分こそ女の子同士が仲良くしていると、すぐに百合認定して頭の中で楽しんでいる癖に、よく人の事を言えるわね!」
カリナが反論する。
「私は少なくとも、美少年が絡んでいてもTS化などはしない! 私の興味の対象はあくまで美少女達だけだ!!」
レイチェルも負けじと反論するが、内容はどんぐりの背比べであった。
「あのー、みなさん。そろそろテント設営と夕食の準備をしないと、間に合わなくなってしまいますよ?」
その様子を見かねたエレナが、話し合いに割って入ってくる。
「すまない……。確かに暗くなる前に、作業をしないといけないな」
「すみません、つい熱くなってしまいました……」
レイチェルとカリナは、エレナの意見を聞くと謝罪して作業を再開した。
「ナイス、エレナさん! でも、本来は私の役目なんだよね……」
そうエレナを称賛した紫音であったが、自分の不甲斐なさに落ち込む。
すると、エレナは苦笑して答えた。
「気にすることないですよ。シオンさんには、シオンさんの役目がありますし、それをちゃんと果たしていると私は思います」
「私の役目って何?」
「えーと、それは……。自分が傷つくことを厭わず戦うことでしょうか……」
「それって、役目なのかな……?」
「えー、では、他には……」
今の答えに紫音がお気に召さなかったようなので、エレナは別の答えを考えようとするがいい答えが見つからない。
「そんなことより、さっさとテント設営と夕食の準備をしなさいよ! 非常食と寝袋で過ごしたいの?」
待望のツッコミ役ソフィーが返ってきて、作業に遅れが出ている年上二人の尻を叩く。
「あの戦いの後に、それは避けたいね」
紫音達はソフィーのツッコミを聞くと、慌ててテントの設営を急ぐ。
テントの設営を終え夕食を食べた頃には、辺りはすっかり暗くなり一同はそれぞれの焚き火を囲んで談笑などを行なっていた。
その焚き火の一つにユーウェインとスギハラが、対面で座り酒が飲めない二人はコーヒー片手に話をしている。
「それにしても、魔物を意図的に作り出せるとはな……」
「装置が壊れていたから、あくまで予想だがな……。だが、恐らく遠からずってところだろうな……」
スギハラのこの意見に、ユーウェインはこのように一応補足した。
「まあ、真相がどうであろうと、俺達のやることは変わりないけどな。要塞を堅守して敵の数を減らし、敵戦力の減った本拠点を叩いて、魔物製造機を破壊するか破壊させる、これだけさ」
「言葉では簡単だが、その本拠点一つ攻略するのにこの損害だ。果たしてあと3つの本拠点を攻略する前に、こちらの戦力が持つかどうか……。しかも、次からは恐らくあの3人も出てくるだろうしな……」
ユーウェインは昼間の『仲良し三義姉妹』を思い出し、その戦力に正直どう対抗すべきかと頭を悩ませる。
「だが、こっちも今年冒険者学校を、卒業したルーキー達が成長して戦力が上がってくるだろうし……、シオン君達も成長してきている。まあ、焦らずじっくりいこうぜ。1つ目攻略に、約2年かかったんだ。後の3つも戦力を整えながら数年かかるのを覚悟でやればいいさ」
「そうだな……」
スギハラのやや楽観的な言葉に、ユーウェインは相槌を打つが表情は深刻なままであった。




