88話 主人公、何とか到着
プランBとは味方が不利な状況になっていた場合、ラッキー7号を敵陣地に特攻させ、自分達は直前に紫音の脚力を活かして、アキを抱えてジャンプして脱出する作戦である。
震電改は垂直尾翼がコクピットの真後ろにない為、ジャンプして脱出してもぶつかることはない。
紫音はアキの腰に手を回すと、片膝を突きいつでもジャンプして脱出できるようにする。
「じゃあ、いくよ紫音ちゃん!」
「うん!」
アキは魔法スクロールに魔力を込めて、ジェットの出力を上げさらに加速させるとこう叫んだ。
「人類の未来への水先案内人は、この山川亜季が引き受けた!!」
ラッキー7号は時速300kmに加速していく。
「今だよ、紫音ちゃん!」
アキの合図と同時に紫音は、彼女の腰を抱えたまま力一杯ジャンプする。
二人はうまく脱出することができ、ラッキー7号はヒュドラ目掛けて飛んでいく。
「なんだ、アレは!?」
「化け物か!?」
「ヒュドラに突っ込んでいくぞ!」
兵士たちは突然現れた、轟音を響かせながら超高速で飛ぶ物体に驚く。
「ラッキー7号、これは死ではない……。これは人類が勝利するための……」
アキは空中を落下しながらそう言って、ラッキー7号に最後の命令をする。
ラッキー7号は命令どおり突っ込んで、ヒュドラに見事に命中し首を2本吹き飛ばして、更に胴体部分にもダメージを与えてくれた。
それを見届けたアキはラッキー7号に敬礼する。
そして、ケットさんも「ナー(哀)」と鳴いて、左前脚で敬礼した。
「紫音ちゃん、いつまで私と密着しているの!? 早く、離れてくれないとパラシュートが開けない!」
「え!? あ、えーと!」
紫音は落下の焦りでパニックを起こして、アキの腰を持って密着したままなので、その紫音が邪魔でパラシュートが開けないまま落下している。
「パラシュート! パラシュート!」
「パラシュートって、どう使うの!?」
紫音は完全にパニックに陥っていた……
「ヒモ! ヒモ!」
アキも焦って説明がうまくできなくなっていた。
「ヒモ! ヒモってどれだっけ!?」
「あ~~~~」
二人はそのままパラシュートを、展開することができずに落下した……
―が、運良く要塞前の水堀に落下して九死に一生を得る。
ユーウェインが水堀を魔法で凍らせなかった判断が、紫音達の命を救う結果となった。
「ぶはーー」
二人は水堀から這い上がると、丁度要塞近くで回復していたリズとミリアが近寄ってくる。
「シオンさん!」
すっかりびしょ濡れになった紫音とアキは、二人に連れられ同じくウォータブレスでびしょ濡れになった負傷者を温めるために、急遽焚かれている焚き火で体を乾かすことにした。
体を乾かしながらアキは薬品支給係から、高級魔法回復薬を貰い魔力を回復している。
ヒュドラがまだまだ元気に暴れていて、おそらく自分の出番が来ると思ったからだ。
「話には聞いていたけど、この世界のヒュドラは毒を吐かないんだね……」
「そうみたいだね。さっきから水ばかり吐いているね」
高級魔法回復薬を飲みながら、ヒュドラを観察していたアキが紫音に二人が話をしていると、リズが質問してくる。
「シオンさん、そのお姉さんが会いに行っていた人ッスか?」
「うん、そうだよ。私の親友、アキ・ヤマカワちゃんだよ」
「アキ・ヤマカワって言います、よろしくね。二人の事は紫音ちゃんから聞いているよ。ジト目の銀髪ちゃんがリズちゃんで、大人しそうな魔女っ子がミリアちゃんだね」
そう言いながら、アキは自己紹介しながら二人と握手した。
すると、リズはジト目でアキを見てこのように言ってくる。
「遅れてまで会いに行って連れてきた人なのに、あまり強そうには見えない人ッスね。シオンさんも見た目は強そうには見えない方ッスけど、その人はどうなんッスか?」
「紫音ちゃん、せっかくヒュドラが毒を吐かないのに、かわりにこのジト目ちゃんが毒を吐いてきたよ?」
リズの言葉を聞いたアキが、そのように紫音に毒を吐いてきた。
今の不利な戦況は紫音のせいではないが、彼女が始めからいてくれればという思いで、リズはついにそのような事を言ってしまう。
「チッチッチッ。ジト目ちゃん、人は見た目で判断してはいけないよ?」
アキは人差し指を立てて、左右に振りながらリズにそう答えた。
そして、エメトロッドを掲げて魔力を込めるとゴーレム召喚を始める。
アキの前に巨大な魔法陣が現れ、アキの魔力が注がれていく。
「じゃあ、前線に行ってくるね!」
紫音は体をある程度乾かすとこう言って、紫音は前線に向かって走り出し、その後を追ってリズとミリアも走っていった。
「時間稼ぎよろしくね~」
走り去っていく紫音達に、アキは後ろからそう声をかける。
前線に走っている紫音の目に、倒れているスギハラを回復するエレナと、その傍らに心配そうにしているクリスを発見し近づいて行く。
「エレナさん、クリスさん。スギハラさんは大丈夫ですか?」
紫音のその問いかけに、エレナは彼女の到着に安堵してこう答えた。
「シオンさん、来てくれたのですね! スギハラさんはもう大丈夫です」
「やっと来たのね、シオン。それで、オータム801氏とは会えたの?」
「はい、あそこでロッドを掲げているのがそうです」
そして、アキがゴーレム召喚をしている方を指差して紹介する。
「そう、戦力として連れて来られたのね」
「あっ、あの人がオータム801先生!!」
大ファンの先生が近くにいると知って、興奮するエレナ。
「では、私はこれから前線に行きます!」
「カムラード様が、一人で四天王と戦っているから応援に行ってあげて!」
「わかりました!」
「シオンさん、気をつけてくださいね」
「うん、無理はしないよ」
紫音はエレナの心配にそう答えると、再び走り出す。
「リズちゃんとミリアちゃんも!」
「了解ッス!」
「はい」
二人もそう答えると、紫音の後を追う。
は走りながら両手で大小の刀を抜くと、紫音は両方をオーラブレードで強化する。
そして、頭の上で腕を交差して構えると、そのままバツの字になるように振り降ろして、ナイルの死角からXの字のオーラウェイブを放つ。
だが、ナイルは反応してバックステップで回避する。
そのお陰でユーウェインは、ナイルと距離をとって仕切り直すことが出来た。
「ユーウェインさん! 助太刀します!」
紫音はナイルと対峙するユーウェインに近づくと二刀流で構える。
「シオン君、やっと来てくれたか。気をつけろ、ヤツの攻撃は強力だ」
ユーウェインはそう言って、左手のラウンドシールドを見せると、ナイルの攻撃を受け続けた盾はボロボロになっていた。
「あと、ヒュドラのウォータブレスが、いつ来るか解らないから常に気を配るんだ」
「わかりました!」
「フタリニフエテモ、オレニハカテンゾ!」
ナイルは紫音の参戦にも動じない。
ユーウェインは紫音にナイルの注意を引くことを要請する。
「シオン君、私が魔法剣を溜めている間ヤツの注意を引いてくれ。注意を引くだけで構わない、無理に奴の間合いに入らなくていい」
紫音はユーウェインの要請を受けると、ナイルの間合いギリギリまで近づいて睨み合いを続けた。
紫音が動かなかったのは、四天王ナイルの威圧感に押されて、それ以上踏み込めないだけだ。
先に痺れを切らしたのはナイルであった。
「コッチカライクゾ!」
ナイルは紫音に向かって武器を振り上げながら突進すると、彼女目掛けて力強く振り下ろす。その武器は鉈のような刀身を持った剣で、まともに受ければ人間なら一溜りもないであろう。
紫音は刀でいつも通りに、刀の刃を当て受け流そうとしたが、ナイルのパワーと武器の重さの乗った強力な一撃は、受け止める女神武器は無事でも紫音の腕力では、持ちこたえられないと判断して咄嗟に回避する。
その判断は正しく、回避した時に空を切ったナイルの斬撃の風圧は、ちょっとした突風と感じるほどであり、紫音は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(こっ、怖い……。こんな攻撃まともに受けたら、ミンチより酷いことになっちゃうよ!)
だが、そのおかげで紫音はこの状況をピンチだと感じた為に、女神の秘眼が発動する事に成功する。
女神の秘眼が発動した紫音は、心が強化され冷静さを取り戻すと、脇差を鞘に戻して一刀流に戻し、いつもより強力にオーラブレードで刀を強化して脇構えで構えた。
(ホウ、コノニンゲン、キュウニフンイキガカワッタナ)
それを見たナイルは、紫音の変化に気づき盾を前にして構え直す。
お互い相手の隙きを窺っていると、ヒュドラが紫音に向けてウォータブレスを吐いてきて、
紫音はそれを冷静に回避するが、着地するところをナイルに襲われる。
だが、紫音は刀に強力に溜めておいたオーラを使って、襲ってきたナイルに跳躍中の姿勢からオーラウェイブを放つ。
ナイルは盾でオーラウェイブを防ぐが、予想以上の攻撃力に一瞬足を止めて堪えた為、その間に紫音は、着地して素早くオーラステップでナイルとさらに距離を取り、素早くオーラブレードでオーラを刀に宿らせる。
「さ~て、そろそろ私の出番かな。七回裏、人類側の攻撃。点差は5対3で人類側ピンチってところかな。ここで代打の切り札、山川亜季登場やで!」
その戦闘を、後方からゴーレム召喚をしながら見ていたアキが、エセ関西弁でそう呟きながら、エメトロッドをバットに見立てて、予告ホームランのポーズを取っていた。




