74話 801の正体
ファルの村の馬車停留所に降りた紫音は、この村で飛び抜けて大きな家が遠くに建っているのを見つけ、アレがオータム801の住むエレナの言っていた801御殿(仮)だと当たりをつけ、その大きな家を目指しながら砂利道を歩く。
(これは、小麦かな? 私の村はお米だったなぁ……。そう言えば、お米食べてないなぁ……)
紫音が、道沿いの田園風景を見つつ白米を恋しがって歩いていると、村外れの801御殿(仮)に到着する。
801御殿(仮)は周りの小さな民家に比べると確かに大きい家だが、外見はミレーヌの屋敷と比べるとそれ程豪華な家には見えない。門には表札が掲げられており、それを見ると”801”と書かれていた。
(表札が掲げられているってことは、日本人の可能性が高い。やっぱり、アキちゃんなの……?)
「お邪魔します……」
そう言って、紫音は遠慮がちに門を開けて中に入ると御殿のドアの前までやってくる。
そして、ドアの近くに設置されている呼び出しのベルの紐を、緊張しながら引っ張った。
紐は家の中のベルまで繋がっており、家人に来客を知らせるシステムになっている。
「この世界ってこういう所は、アナログのままだよね」
そう思いながら、待っていると玄関のドアが開いて中から、20代前半ぐらいの少なくとも日本人ではない女性が出てきた。
(アキちゃんじゃない……)
紫音はアキではなかったことに、がっかりしたようなホッとしたような複雑な感情を整理しながら、取り敢えず質問することにする。
「突然すみません。貴方がオータム801先生ですか?」
エレナがオータム801はこの屋敷に一人で住んでいると言っていたので、本人であることは明白なのであるが一応確認を取っておくことにした。
すると、その女性はこう答える。
「いいえ、私はオータム801先生ではありません。担当編集のカリナ・ミュッケと言います」
カリナと名乗った女性は怪訝そうに紫音を見ると
「見たところ冒険者のようですが、先生に何か任務に関係する御用ですか? それとも、只のファンの方ですか? まあ、どちらにしても先生は、人とはあまり会いたがらない方なのです。それに今は原稿で忙しいので申し訳ありませんが、どうぞお引取りください」
そう言って、彼女は扉を閉めようとするが、紫音は咄嗟に扉の間に足を入れて、閉められないようにする。
「待ってください! 先生にどうしても会って、話したいことがあるんです!」
紫音は珍しく強引に食い下がる。
いつもなら、心が折れて大人しく帰ってしまうところであるが、自分でも解らないがここで大人しく帰ってはいけないような気がした。
「アナタ、しつこいわよ! たまにアナタ以外にも熱心なファンが来て会いたがるの、それに一々会っていたら先生が大変でしょう? ファンならその事を考えなさい!」
カリナはしつこい紫音に、苛立ちを覚えながらも冷静に諭す。
「私もこのままでは、引き下がれないんです!」
「いい加減にしなさい! どうしても帰らないと言うなら私も元冒険者。力づくで、帰ってもらうことに……」
さらに食い下がる紫音に、カリナはそこまで言って紫音の武器を確認するため、腰に差している大小の刀に目を向けた。
そして、その刀がとても特殊な形をした立派な刀であることに気付き、彼女は眼を見張る。
(こっ、これって、この剛性を無視した形状ってもしかして女神武器!? ということは、この娘は凄腕冒険者!? とてもそんな風には見えないけど……。そうか先祖から受け継いだ子ね。それなら、なんとか追い返せるかも……。でも、何か凄い達人にも見えてきた……)
カリナはそう思い至った後、紫音に最後の警告をおこなう。
「お、大人しく、かっ、帰るなら……今のうち……ですよ……」
だが、明らかに先程までの勢いはない。
紫音はこのままでは拉致があかないので、ここから聞こえるかどうかはわからないが、大声で叫ぼうと思った。
「先生! オータム801先生! 私と会ってください!」
大声で叫んだが、聞こえていないのかやはり出てこない。
「わかったでしょう? 先生は会わないんです、だから帰ってください」
カリナのすっかり覇気のなくなった声を聞きながら、紫音は続けることにした。
「先生!! オータム801先生!! 私と会ってください!!」
今度は目に入ったベルの紐を何度も引きながら叫ぶ、そのため家の中にベルの音が騒がしく鳴り続けている。
そのベルの音が煩いため、遂にオータム801らしき少女が奥の部屋から出てきた。
オータム801は黒い髪に黒い瞳で、髪型は肩までの長さのボブで今は原稿を書いているためピンで後ろに束ねていて眼鏡をかけており、服装はおとなしめの服を好んで着ている。
「カリナさん、このベルの音は一体何ですか?」
オータム801は玄関で、来訪者の相手をしているであろうカリナを見た。
「やめてください、もう帰ってください! お願いしますから~」
すると、彼女が見たその姿は元冒険者のカリナが涙目で紫音に縋り付きながら、帰るように促している姿である。そして、その担当編集が必死に帰るように促している少女を見ると、その顔は見覚えのある顔であった。
彼女は急ぎ足で玄関の方に歩いていき、その少女の近くまでやって来て顔を近くで確認する。
「紫音……ちゃん? 紫音ちゃんなの!?」
そう言葉を発したオータム801は、信じられないといった表情で紫音を見ていた。
「アキちゃん……。やっぱり、アキちゃんだったんだ……」
二人がそう言って、見つめ合っているのを見たカリナはオータム801に話しかける。
「あの……、先生? 彼女とお知り合いですか?」
アキはカリムの質問に声を詰まらせながら答えた。
「はい……、【親友】です」
二人はその瞬間泣きながら抱き合う。三年ぶりの親友・幼馴染の再会で、二人は暫く涙を流しながら再会の喜びに抱き合ったままでいた。
カリナはもらい泣きしながら、久しぶりの親友の再会に水を差してはいけないと、奥の部屋に引き上げることにする。
二人は暫くしてから、お互い顔を見ながら話し始めた。
「お互い成長したね……」
(久しぶりに会ってこの言葉はないなぁ)
紫音はそう思いながら、次に何を話そうか考える。
「3年ぶりだからね……」
そうこうしている間に、アキから答えが帰ってきた。
「ひさしぶりだね、アキちゃん。会いたかったよ」
「私は会いたくなかったよ。紫音ちゃんとこっちの世界で会うのは、もっと何十年後のほうが良かった……。だって、こっちで会うということは紫音ちゃんが、元の世界で死んでしまったってことでしょう? だから、50年ぐらい経ってからでいいと思っていたのに、たった3年で会いに来るんだもの……」
アキが困ったという感情と会えて嬉しいという感情の混じった顔でそう言うと、紫音も同じ様な顔でこう答える。
「ごめん、アキちゃん。小さな子供を助けようとしたら、こうなってしまったの……」
「紫音ちゃんらしいなぁ……」
彼女達は玄関に置いてある来客用の椅子に移動して座ると、紫音はアキに彼女がいなくなってからの話と、この世界に来てから今までのことを話し始めた。
アキはアリシアとの話を特に興味を持って聞いてくる。
「なるほど、アリシア姫がグイグイ来ると……。使えるわね、強引な王子とそれに仕える友人の真面目な剣士……」
そう呟いたアキの眼は飢えた狼のような目をしていた。
「アキちゃん?」
紫音はそんな物思いに耽っている飢えた狼に声をかける。
「ああ、ごめん少し考え事をしていたの。では、続きを聞かせて貰おうか? クオンとアリーシスの話を……」
「アキちゃん! 私そんな話していないよ!? そもそもクオンとアリーシスって誰?!」
紫音は久しぶりにあった親友の変わらない腐った思考に安堵しそして困惑した。




