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二度目の明日  作者: 霧雨 けいね
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9頁 少し遅れた24時

ああようやく終わりです。

 白い霧に包まれていた。熱くもなく冷たくもなく、まとわりつかれる感じでもなかった。眼の裏の痛みが引いていく。体中の脱力感は日曜日の眠気へと変わっていく。いつの間にか目を開けてた。いつまでが夢だったのか、そんな境目は分からない。額に優しく手を当てられて

「また私が先だね、デニス」

「いーや、僕は70年も前から待ってたぜ。おはようアナスタシア」

「ふふ、やっと思い出してくれたあ」

顔に巻かれた包帯は巻き上がり、夜が明けたような気持になる。

「エリザベータどうするの?」

「直ぐ行ってやらないと、なんせもう70年も待たせてるから」

「うん」

「けれど自信がないんだ。失敗を重ねて、大事な記憶がすっぽ抜けていたような人間だからさ」

「大丈夫、きっと間に合う。デニスならきっと上手くいく。何回でも、何度でも」

「うん」

プレッシャーにはならなかった。純度100%の信頼だった。

「ねえ、ホントに人間に還るの?」

「うん。確かに二人なら地獄も都だろうけど」

「君に地獄は似合わない。なんて言ったって...“僕の天使なんだから”」

「...ん///」

我ながら赤面モノな台詞を言ってしまった。耳まで熱くなるのがわかる。霧は晴れ、谷底へと落ちていく。

「此処の景色もすっかり馴染んできたなぁ」

互いの指を絡ませるように手を繋ぎ滑空する。助走をつけるように息を吸い込んだ。

「デニス...それって!?」

背中には、白鳥に染められたように白い翼が羽ばたいていた。暗いこの世界においてですら、僅かな光を返し輝くように。

「君がくれた翼だ」

大きく一つ羽ばたいて、舞い上がる。霧の雲を突き抜け、どんどんと明るく。

「見ていて、アナスタシア」

「うん!」

 地上はなかなかの荒み方だった。死屍累々とはなっておらず、むしろ人っ子一人いないといった感じだ。しかし、それが今が真夜中だから出歩いていないせいだというわけではないことくらいは、察しがついた。

「あんたが生死の範疇に収まる存在じゃないのだとしたら、余計に地獄を見ることになるね」

「そこは僕の別荘だ。お茶もお菓子もある」

「じゃあとっとと帰れ」

エリザベータの高速接近手刀で首が飛ぶ。訝しむ表情を浮かべている。僕の身体は地面に倒れると同時に霧になって霧散し、彼女の前で体が再構築される。

「ごめんエリザベータ、約束を守れなかったこと本当に悪かったと...」

「今更そんなこと!」

上段蹴りを片手で受ける。互いの足元はひび割れて、ギリギリと力が拮抗する。

「だからせめて、僕が終わらせる」

「余計な...」

姿勢を沈め、足を払ってから瞬く間にパンチを浴びせる。被弾した箇所が弾け飛びながら、吹っ飛ばされるところへ更に両掌から引っ張り出した氷柱を投げつける。

「クソッ」

すぐさま回復して立ち上がってくる。ソニックブームが一つ二つと巻き起こり、彼女の姿は見えなくなる。いやそれはあくまで描写的な話で合って、

「なっ...」

背後からの攻撃にも対応でき、打ち合いになる。空気は赤くなるほど加熱され、市街地は崩れていく。

「死ね」

瞬きか、眼力か?光が弾けた。それよりもほんの少しだけ早く、僕が指を鳴らした瞬間世界は裏返っていく。彼女の光線はすさまじい威力で、辺りを削りながら、僕にあたり四分される。僕の身体すらも蒸発して、光が辺りを包む。それが止んでから、蒸気が立ち昇る中を再び僕が現れる。

「はぁ?」

それどころか景色の一つも欠けていない。

「驚いた?」

「何が?」

それが合図と成り再び、打ち合いが始まる。格闘技術なんかさらさら無視した彼女の戦い方をなんなくいなし、カウンターを決め続ける。その度に四肢や臓腑、頭部までも粉砕された筈なのだが何事もなかったかのようにすっかり再生してしまう。距離をとれたタイミングで、詰めてこようとする彼女に非晶質な飛礫を浴びせる。体のいたるところから血を噴き出しながらも彼女は猛追をやめない。力押しに負けて引きずられていく。返し技で、投げ飛ばして体勢を整える。溢れ出す血を凝固し、歪な剣を振りかざしてくる。刃を受けた僕の肩や太ももから微かに血が滲む。

「私は進化を止めない。この悠久の寿命と共に」

「一つの命はいつかどこかで終わるさ。どんな形であれ」

彼女の満身の斬撃を受けた瞬間、僕の身体は細切れになった。地面に鈍い音を立てて落ちていく各パーツを、ぐちゃりと踏みつぶされる。しかし、右腕だけは不意に浮き上がり彼女の喉を締め上げる。

「っ...無駄...」

ひき剥がそうとした瞬間、背後に僕が霧を帯びながら再現する。右手を振り下ろし

「或いはそれが始まりかも」

エリザベータに脳天から滝の様な雷が浴びせられる。

「あああッ、ああッ」

全身が消し炭になることはなく、必死に耐えている。おぞましい力を放ちながら、雷撃の中で、彼女の背中から羽が溢れ出す。羽ばたきにより、雷光を薙ぎ払い猛進してくる。

「あっ!?」

地面から銀の鎖を繰り出すも、全て避けるか引きちぎられる。一切の小細工なしのフライングストレートは僕に直激し速度を速めていく。死神装束が焼き切れていく。息が詰まる、痛い、苦しい。光速にも届くんじゃないかという程に、一体地球を何周出来るのかもわからないくらい飛ばされている気がする。やがてそのまま、発光するほどの勢いで鏡の境界面を突き破り元の世界に押し戻される。広場のあたりまで隕石の如く落下してきたが、こちらも翼を広げ何とか着地する。けれど、あまりの威力で膝を突き口からは血が滴る。地表にほんのりと張った雪を溶かして、石畳の上に薄く赤い水たまりができる。血の気が引いたおかげで、背後の噴水の音が聞こえてくる。こんな気温でも凍らないなんて、ここは気圧が低いのかもしれない。

「もう私は死の恐怖におびえることも、喪失におびえることもない。お前はそうして永遠にうなだれたまま闇に帰るのに」

「僕は...」

静かに目を瞑る。

「君が一人でも眠れるように励ますだけだよ」

「言ってる意味が分からないね」

血だまりに指を入れる。

「つまり君を殺す死神ってとこさ」

「だから何が...」

イメージしろ。死神の鎌は...

「っ!止めろ」

僕が“それ”を引き出す瞬間に彼女の膝蹴りが顎に入る。しかしもう慣性で、浮かび上がり“それ”は抜けきる。エリザベータの脚を掴み、回転スライディングで手に取る。

「死神の鎌は、魂を狩る武器。その者の“最も強力”で“信頼される”武器」

「だから...」

右手に握られた軍刀を振りかざす。

「君を終わらせて、救う」

「止めろ、あの時と同じ...」

攻撃を全てすれ違いざまに切り返す。

「なんで...再生しないの?」

彼女の切り口からは延々と血が流れ続ける。

「死を恐れるななんて、とてもじゃないけど言えないよ。でも全部終わるわけじゃない。それだけは確かにこの目で学んだことだから」

「ああ...嫌だ、死にたくない」

痛みを感じさせるより、ずっと早く心臓を射抜く。

「ぁ...」

僕に頭を抱きかかえられて虚ろな目を泳がせ、必死に言葉を紡ごうとする。

「いいんだ。何も言えなくたって、何も残らないわけじゃない」

「デニス...」

「うん。そうだよ」

一気に老け込んだように見えた。エリザベータは少し目に涙を溜めて、それでも少女の様に安心した笑顔で

「よかったあ、ちゃんと来てくれた」

白い、軽い灰になって粉雪に舞った。

 弥生さんに軽く別れを告げた後、僕らは電車に乗り込んでいた。

「アナスタシア...君もいなくならないんだよね?」

「勿論。少し姿は見えなくなるけれどあなたと一緒よ」

「そっか、良かった」

どうやら彼女はこの後本当に天使として過ごすらしい。最も天使というのが具体的に何をする存在を指すのか、僕にはよくわからなかったがそれがきっとなくてはならないものだということはわかった気がする。

「デニスはこの後どうするの?」

「うーんそうだな、まずは大学に行きたいな...そしたらその後は本でも描くとするよ」

「素敵ね!ペンネームは?」

「そうだなあ...じゃあ君の名を借りて“デニス・キルヒホッフ”なんていうのはどうかな」

「フフッ、いいと思います」

「でしょ!」

窓ガラスは結露で白くなって、外は真夜中で塗りつぶされていた。

「ああ、そうだちょっと行きたいところがあるのだけれど。寄っていけるかな?」

「うん。勿論!」

 70年前、あの夜の合図で定められた駅へと向かう。明るい汽車から、暗く雪が積もったプラットホームに降り立つ。

「おおー!デニス良かった、生きていて本当に」

「やっと完全勝利って感じだな」

「19時40分これで全員揃ったな」

「無事で何よりだよ」

「皆...無事で...」

ウラジミール、レフ、アイザック、セルゲイ懐かしい顔ぶれを見て感涙にむせび泣きそうになった。

「それにしてもお前どうしたんだ?髪を赤くしちゃって。それに服も」

「ああ、色々あってさ」

「ふーん、まあいいや。取り合えず祝杯を挙げに宿へ行こうぜ!」

「...」

「悪いな、折角皆で集まれたけど僕は行けないんだ」

「ど、どうしてだよ?」

「何か怪我でもしてるのかい?」

「いや違うんだ。でもごめん理由は言えない」

「...そっか、なら仕方ねえな」

「...」

「こうして顔が見れただけでも十分だよ」

「ごめん本当に」

「辞めろよな~、悲しくなるから」

「うん...ありがと」

「それじゃな、また」

「うん...また...」

皆と握手をして僕は再び車内の光に消えていった。

 「はあ~」

アナスタシアが肩に手を置いてくれる。

「そんなに落ち込むことないかもよ?」

「うーん」

薄い封を切るように、朝焼けの手紙読むように景色は少し揺らついた。

小一時間して、現代の駅へ戻った。ゆっくりと伸びをしてドアをへ向かう。

「それじゃ、アナスタシア」

「うん、また」

そう言ってホームへ降りた時...

「おお~ようやく来やがったー」

「いやー待たせるねえ」

「待ちくたびれたぞー」

そうしわがれた声で言うしわくちゃの爺さん達は、いやどれだけ変わったって見間違えるはずもない

「お前が何時来るかと思って、もう70年も毎週皆で集まった甲斐があったわい」

ぴらぴらと黄色く傷んだ日記をかざす。

「いやー、もうアイザックなんか逝っちまったわ。ハハッ」

そう言って写真を見せる。

「なんにせよこうしてもう一度会えてよかった」

「「「お帰りデニス」」」

もう堪えられなかった。電車から一気に飛び込む。

「皆...ただいま!」

 これからきっと僕は本を書く、郊外にいて窓辺に息を吐きながらさ。遠くない未来を描いて、本を書く...



こんな短い話書き終えるのにえらく時間がかかってしまった。

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