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二度目の明日  作者: 霧雨 けいね
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7頁 遅れてきても

やっと投稿できた。

 ここ数日(といっても現実世界と共時しているかはわからないが)よく夢を見る。往々にしてこんな状況下では夢を見ることなく眠りにつくことが常なのだろう。しかし死神になったせいなのか、この空間によるものなのかはたまた別の理由なのかわからないが、どことなく俯瞰した気分でいた。

「新入り君、仕事だぁ」

 弥生さんがそう呼んでくれなければ僕はとうに惰眠を貪っていたところだろう。あと一週間もすれば僕も新入りを脱せられるんだろうか。いや、一年は変わらないか。

「はーい、今行きます」

 小舟を飛び下り水面を浅くスキップするように滑り行く。そういえば、いつもは早起きな先輩はまだ眠っているのだろうか...

 生前の記憶があったとしても確実に見たことのないであろう程の巨大ビル群。ニューヨーク_マンハッタン。ガラス張りの建物、まだ19世紀末期の面影を残した石造りの建物、青銅の巨像もとい自由の女神。これら全てがある程度の高さから一望できた。そのまま2時間程待つ。辺りはもうすっかり暗くなった。待ち合わせの時だ。

 上空150m程度の高さに、黒い影が浮かぶ。それは夕闇の中でさえ異色の黒さだった。先進工業の権化ともいえる摩天楼の風景に交わらないオカルト的存在。他人の子とは言えないか。それは、こちらを視認すると姿を消した。直後背後にもたれかかる果てしない負の感情。魔女狩りの怨念だかなんだったか、この街の発展の影に隠された不条理が押し固められた存在。そんなものがもう果たして“生きながらえている”と表現していいのだろうか?間違いなく存在しているのにもかかわらず、常にその存在を消す、それ以外を消そうとすることだけを考えている。これまでとは違う。目的があるわけでもなく、誰にやれと言われただけでもない。ただそこに“残されただけ”なのだから。終わらせるべきだ、間違いなく。清算すべきだ、死によって。まるで体がブラックホールにでも捕らえられたかのように落下していく。建物の中をすり抜けて、そのままマントルに着きそうだ。イメージする、白い煙を。それだけで僕の身体は抜け出し、怨念の矛先は宙を泳ぐ。しかしそのせいで実体が戻り、ビルの4階からはじき出される。死神は普段は人に視認されることはないが、“その存在が無いわけではない“。歩道に落ちたが幸い誰かを下敷きにすることはなかった。しかしビルの一部がいきなり損壊したことで、悲鳴や混乱が巻き起こる。気を取られることなく怨念を探す。眼で捉える前に感じた、人々に急襲しようとする意志を。飛び出し、満身の力で殴りつける。芯を捉えた感触は無かったが霧散させることには成功した。しかしすぐさま形状を取り戻し、攻めてくる。こんな時にこそ死神の力の出しどころだ、けれど僕はまだその域に達していないのか鉛筆で書いたネオンサインを束ねたような鎌しか出せない。成り行きで怨念と正面からぶつかる。もう完全に地表に来てしまっているので人々からもおどろおどろしい影が見えている。パニックが巻き起こる。車を走らせようとするもの、他人を踏み台にして逃げようとするもの。幸いにして怨念を掴むことが出来た_出来たのはいいがすさまじい力と瘴気の出しようである。本家死神も真っ青な勢いで人が倒れていく。おかげで人の波にゆとりが生まれ始めた。そんな皮肉を言っている間に僕も僕で、その力を抑えるのに必死だった。魂を吸収して肥大化したその影と押し合うだけで、僕の踏む地面は陥没し近くのマンホールから水が溢れ出す。もう一度あの鎌を出そうと念じるも、こんな焦りのある局面ではまず無理だ。邪気が集約されるのが分かった。刹那、解き放たれた力は生命を絶つ凶刃となり受けとめた僕の胸部、腹部、前腕をバッサリと切り裂いた。激しい痛みに襲われるがまだ耐えられる。しかし何より驚いたのが、切断された前腕の断面からは白い霏のようなものが流れ出ているだけだったことだ。確かに死神ともなれば血が通っていないであろうことぐらいは想像がついてたのだが、まさかここまで生物を離れているとは思わなかった。それは腕を切断された恐怖をすっかり上回ってしまうほどの驚きだった。

「う...わっ」

 しかし、流石死神とでもいうべきか。流れ出した霧は直ぐに逆流し切断面に集まる。そしてわずかにプラズマのようなものを発しながら、腕をそっくりそのまま再構築してしまった。

「ははっ...」

 安心するのも束の間、僕はすっかり怨霊に取り込まれてしまった。

 無数の阿鼻叫喚の表情が取り囲む。死神はよくしゃれこうべで怖がられているイメージがあるが、ここではそんなものファンシーな顔にすぎない程だ。あまりの恐怖、苦痛の声が脳髄にまで届き気を失う。

 この時期になると日が昇るのが本当に遅い。冬が朝まで眠らせてしまうから。でも最近僕は早起きをするようになったんだ。勉強だって真面目にやってる。君に言われた本も読み始めたんだ。まだ難しくて読み終えてないないけれど_。とにかく僕は勤勉に生きようって決めたんだ、少なくとも君の前では。君に恥じない人間になるために。君に_。

 少年は雪原を急ぐ。焼きたてのホットケーキが待ちきれないかのように。

「あ、デニス。待ってたわ」

「はぁ、はぁ、いつもより早く起きたんだけど。スノウブーツが重くて」

「お疲れ。これで約束は無しね」

「ま、待ってよ」

「ん~」

「あの、もう一回だけ待ってください!」

「ん~いいわ!」

「よかったあ。急いできたから疲れたよぉ」

「でもおかげでお母さんのマジパンまだホカホカよ」

「やった!」

 そうだ僕は君に会いたくて、早起きをして_。でも君はいつも早起きだから僕がどれだけ頑張ってもすっかり目を覚ましてあの切り株に座っていたんだっけ。

「おっかしいなー、今日なんか4時半に目を覚ましたっていうのにまた負けちゃった」

「これで私の97連勝ね」

「一体何時に起きてんのさ」

「それは_」

「あらー、でもあんた昨日は“デニス君が来るから絶対に起こしてって”言ってたじゃない」

「ええー!ほんとお」

「ち、ちが_。お母さん!」

「フフッ随分ぐっすり眠っていて、この子6時に起きたのよ」

「なんで僕の方が早く起きたのに!」

「デニス、移動時間を考えてないからよ_」

「あー!そっかあ」

 最初に出会った時から君は、

 雪原にはまだ雪が積もっておらず、花々が覆っていた頃。僕は陰鬱とした気持ちで歩いていたらそこに出たんだ。

「うわ_これ」

 見たこともない程鮮やかな花畑。森の真ん中にぽっかりと空いた楽園。

「ねえ、そこ踏まないで」

「あ、ご、ごめん」

「いいわ」

 僕と同じ年の君は、花畑の中心の切り株に座って冠を編んでいたんだっけ。

「暗い顔して、どうしたの?」

「あ、いやなんでもないんだ」

「ふうん」

 そう言って、冠を僕の頭にかけてくれた。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

「_これどうやって作ったの?」

「んー、秘密!」

「えー、いいじゃん教えてくれても」

「あ、ちょっと元気になった?」

「あ_うん」

「じゃあ、明日一番最初にここに来れたら教えてあげる」

「うん!」

 それから僕は何度も負けて、そのたびに君は許してくれたんだっけ。でも_

 熱にうなされた少女はもうすっかり動けなくなっていた。少年に抱えられ、彼女の母親に見守られながら横たわっていた。

「また_私の勝ちねデニス」

「うん_ごめん。もう一回お願い」

「いいわ_じゃあまた明日」

「_いやだよ。もうずっとここにいる」

「そう、じゃあ私もここにいるわ」

「ずっと行ってよ、いなくならないでよ!」

「_ごめんなさい。それは出来ないわ」

「僕は_許さないよ」

「ええ。それでもいいわ」

「ウソ、ウソ、ウソだ!いやだ、僕も一緒に連れて行って!僕、君のために_君がいたから!」

「_じゃあ私からも_ダメ」

「いやだ」

「ダメ_」

「_いやだ」

「_お願い」

「_うん」

「_フフッ、ありがと」

「_でも」

「ん?」

「君の思い出だけで、生きていく。忘れずに生きていく。もし忘れたときは_その時はまた君のそばにいる」

「ええ_楽しみにしているわ」

 じゃなきゃもう君に許してもらえないから。

「好きよデニス」

 ああもうその一言だけで_

「僕もだよ!愛してる_アナスタシア」

 その瞬間僕の意識は翼に抱かれたように舞い上がった。

 鎌を作り出そうとして現れた光の束が、ずっと増え全身を覆う。それらを手に集約させる。

「放せ!」

 地中から放たれた雷撃の閃光は、怨念をかき消すのに十分だった。白い光が街を包み、一瞬で町中の電力が復旧する。電気ショックの様にエネルギーが伝わり倒れていた人たちが息を吹き返す。膨大な量の記憶が蘇ったことで船酔いをしたような気分だった。衣服や体に外傷は残っていないものの、さっきまでにぎわっていた町は怪我人と混乱で嵐が過ぎ去ったかのようだった。いや実際硬いコンクリートジャングルに地割れが走っていることはそれ以上かもしれない。兎にも角にもなんとか今回も任務遂行できたようだ。

 またあの舟の上に戻ってきてぼんやりと考える。死神がいるという以上やはりここは地獄なのだろうか。だとしたら随分居心地がいいな。僕は死神で、存在を消すために放った一撃が奇しくも命を救ったわけだ。いやそれ以上に記憶の中に感じた、淡い感触がまだ僕を酔わせていた。水切りをしたように水面に波紋が走る。

「お疲れ!新いりぃ~。あっ、“デニス”か」

「“新入り”でいいですよ。そっちの方がもう馴染んじゃったので」

「そっか」

 小舟の上で僕たちはぼんやりと桜を眺める。暫くして先輩はまた水面を渡って去っていく。僕はもう一度早く起きられるだろうか。


久しぶりに書いたら文体を忘れかけていました。いかんいかん。

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