3頁 それじゃあ、また
雪、
うつむき加減に笑みをたたえるベクマンに向き直る。再び打ち合う、四肢が傷つこうとまるで怯む様子を見せない。左足を踏み込もうとした瞬間、予想外の行動を取られる。レフを狙った行動を取られたせいで反応が遅れた。身を乗り出して、刺突から守る。鋭い指先から伸びる爪が深々とわき腹に刺さる。思わず痛みにこらえかね倒れこもうとするところを蹴り飛ばされる。
顔をしかめ、傷口を押え止血しようとする。早くなる呼吸を整え、相手を見据える。すると、指先にべっとりと付いた僕の血を果汁をすするかのように舐めた。
「やっぱり凄いなあ、デニス。今までの奴らとは比べ物にならないわ」
何を考えての行動なんだ。しかし、今はそんなことをしている場合ではない武器を拾いに行こうと歩いた瞬間、猛スピードで顔面を殴りつけられる。景色が白くなる、息が出来ない、思考が止まる。直ぐに、思考が再開される。と、同時に追撃を恐れ、パニックに陥る。呼吸は乱れ、わき腹の痛みにえづく。口内に溜まった血が漏れ、斑点模様が描かれる。
「他の生物の能力を糧に私は進化する。さながらトランシルヴァニアの城主 ドラキュラ伯爵の様に」
ああそうか、実験ってそういうことか。ふと朧げな目で横を見やるともうそこにヒトラーの姿はなかった。
「なら、もういいか」
無理をする必要もない。ここからなんとか撤退することだけを考えれば。が、髪を掴まれ、持ち上げられる。顔をぐいと近づけられ、ガンを飛ばされる。
「これだけ見ても、まだわかんない?」
少し気の早い走馬燈が流れ始める。大事なことはワンテンポ遅れてくるものだ。
真夜中の風が流れる、もう日付は変わっただろうか。
「ごめんね、ベク。雪が深かったからそりを出していたんだ」」
嬉しそうに笑いそのまま、手を離す。僕がよろついたところを回し蹴りをかましてくる。身を引き難なく回避する。追撃をカードするも格段に増した力で削られる。反動を膝で作用に替え、潜り込みながら殴る。ものともせず、殴り返してきた左腕を掴み、渾身の力で背負い投げる。倒すと同時に得物を取りに走り出した瞬間、後ろから首を絞められ抱き寄せられる。
「うれしい、デニスとの思い出はちゃんとあるんだなって」
力を強め、おまけに左腕も抑えられる。首筋に爪を立てられる。全身を恐怖が渦巻く。
「もうずっと前から淵に立っていたと思っていたのに、ずっと...怖いんだな、死ぬって」
「死ぬんじゃないよ。デニスの存在が消えるわけじゃないんだから、そんなに心配しないで」
でも、約束を守れなかったのだからこれは当然の仕打ちなのかもしれない。もっともこのまま続行されればの話であるが。心臓が震え、死に攫われかけたその瞬間、猛スピードで走ってくるレフの射撃がベクマンの肩を射抜く。悲鳴を上げ、手を離したすきに距離を取る。
「ありがとな、レフ」
「あー。ただこれで助かったとも限らないけどな」
3人がまだ来ていない、てこづっているのか、負傷したのか。
「なあ、レフ。あっを助けに行ってやってよ」
「正気か?さっきアイツに殺されかけてたのに、一人でやるつもりか」
「言っちゃあなんだけど、レフだって満足に動けないだろ。銃弾ももうないだろうし」
「...一つ言うよ。お前が死んだら皆も一緒に死ぬ。それくらいの覚悟だ」
「お陰で死ぬのがちょっと怖くなくなってきたよ」
「バーカ、俺は怖いよ」
互いに走り寄り、近接戦になる。こちらは怪我の痛みが響くのに加えて、向こうは無尽蔵のパワーだ。とうとうハイキックをカードした左腕は上がらなくなってしまった。右回し蹴りをわき腹にきめるが、びくともしない。大して精度もない連続パンチが顔を狙ってくる。必死にかわしながら、カウンターを打ち込むが弾かれ、逆にパンチをかすりあてられる。後ろに下がった瞬間、剣に躓きよろめいたところを、ノーガードでストレートがめり込む。
吐血したのだろう、壁に当たって膝をついたところで、激痛と共に意識が戻った。口からはねっとりとした血が流れ落ちている。震える手で眼前の件を掴む。がっくりとうなだれた頭を上げ、不敵に笑うベクマンを見据える。肋骨が折れている。背骨がきしむ。膝に力が入らない。
「やっぱり怖いよ、死ぬのは...でもそれは、お前もなんだろうけどさ」
「私は死なない!そのための体だから。そのための、覚悟だから」
目を伏せ、遠い思い出を辿る。白い息を吐きながら、僕の手を引くアナスタシアのことを。跳躍し、右足を引き絞っている。一撃で決めるつもりだ。それが顎を砕かんとする、その瞬間、座ったまま前に飛び出す。踏み込み足を掴み引き倒す。が、吸血鬼の脚力で何とか体制を保とうとするが、立ち上がり際のバネを使い剣を振る。
「それじゃあな」
彼女は眼を見開いたと同時に、首を断ち切られた。
よたつきながら、政館前を走っている。息を切らして、立ち止まる。振り返った時、夜の雪を紅色に染め上げる信号弾が打ち上げられた。撤収の合図だ。出陣前に決めた、駅へ明日の夜8時に集まる。何はともあれ、成功したらしい。大きな満足感と安堵に渦巻かれながら足を引きずり歩いていく。やがてこんな時間だっていうのに、氷も張っていない川に出る。石畳から、雪と霜に覆われた地面に倒れこむ。少しだけ、ここで休もう。起きたらまた、走ればいい。夜空に雪が映っている。
「こんなの見慣れていたはずなのに、随分...きれいだなあ」
揺れる水面には、満月が写っていた。
降りませんね。




