化学エネルギー弾
イ)前提説明
ここに於ける弾薬とは、「戦場において、敵を無力化或いは殺傷することを目的として使用され、火薬或いはその他の手段によって投射され、弾頭の運動エネルギー或いは化学エネルギーによりその目的を達成することを目的に作成されたもの」と定義します。
※調子に乗って書いたらかなり長くなってしまいました。その為運動エネルギー弾と化学エネルギー弾で分けています。「こんなん読まんでも知っとるわ!」という方はお読みにならなくても結構です。
ロ)(前項参照)
ハ)化学エネルギー弾
所謂「砲弾」と、運動エネルギーの項で先述した一部を除くミサイル、及び航空爆弾や機雷等もコレに含みます。
化学エネルギー弾は、その名の通り化学エネルギーを以て敵を殺傷、無力化する事を目的とした弾薬です。
その構造は、弾殻の内部に火薬や焼夷剤、その他弾薬の目的に応じた薬品が充填されており、信管の作動によって充填剤が反応を起こし、効果を発揮します。
化学エネルギー弾の場合、充填剤が火薬だと榴弾、発煙剤だと発煙弾、焼夷剤だと焼夷弾と、様々な種類があるのも大きな特徴ですが、ここでは大きく、「充填剤が火薬か否か」で分類したいと思います。
充填剤が火薬である化学エネルギー弾は、先に述べたとおり一般に「榴弾」と呼ばれます。
コレは「高速で飛翔する爆弾」であり、信管が作動すると充填剤である火薬が炸裂し、その爆風と弾殻の破片により敵を殺傷/無力化します。
通常の榴弾は、一般に軟目標に対して高い効果を発揮します。
軟目標とは、歩兵や装甲化されていない車両等の耐久性の低い目標の事を指します。対して装甲化された目標のことを硬目標と言い、装甲車両や構造物等の耐久性の高い目標のことを指します。
榴弾の信管には大別して3つの種類があり、時限信管、着発信管、レーダー信管に分けられます。
時限信管は、時限爆弾のように発射してから事前に設定した時間の経過を感知して作動します。
これにより、広い範囲に破片をバラ撒いたり、敢えて時間を長めに設定することで目標の内部で炸裂したりといった使い方ができます。
前者では、軟目標に対して高い効果を、後者では硬目標に対する効果を期待できますが、後者の方法で運用する場合、その装甲によって弾かれたり、弾体が潰れて起爆しなくなったりするため、次に述べる着発信管や後述する遅延信管を使用することが一般的です。
前者の方法で使用する場合では、広い範囲に展開する軟目標を効率的にミンチにすることが可能な上、対空目標に対しても使用する事が出来ますが、現代では後述するレーダー信管を用いる事により、信管を設定する手間や、設定のズレによる効果低減を克服しています。
着発信管は、目標や地面に接触(弾着)した衝撃を感知して作動します。
これにより、比較的狭い範囲に対して猛烈な爆風と破片を撒き散らし、ありとあらゆるものを破壊します。
この特徴を活かし、軟目標から硬目標まで、広い範囲の敵に効果があります。
155mm砲等の重砲の場合、戦車に対して着発信管を装着した榴弾を直接照準にて使用することで、戦車を爆風によって押しつぶす事により、硬目標に対しても高い効果を発揮することが出来ますが、戦車は機動するため命中させるのが難しく、余り使われません。
しかし、機動しない建造物に対する効果は高く、地下施設以外なら大体破壊出来、厄介な塹壕も地面ごと掘り返して制圧出来ます。
着発信管の派生として遅延信管というモノがあり、目標に衝突した後、衝突後の時間経過を感知して爆発します。
コレは目標の内部まで弾体が侵入していた場合、目標の内部で爆発するため高い効果が期待できますが、弾体が弾かれたりしていた場合では、弾体が潰れてしまい効果を発揮できません。
コレを逆手に取り、敢えて潰れやすいプラスチック製等の弾体を用い、目標の表面に張り付いて起爆する事で、装甲の内部剥離による乗員殺傷を期待する粘着榴弾というモノがあります。
レーダー信管は、信管に内蔵されたレーダーが目標或いは地面を感知して作動します。
これにより、目標に対して設定した最適な距離で爆発することで、軟目標に対して極めて高い効果を発揮します。
コストのかかる様々な電子機器を使い捨てにするため、人類の英知の全力を以て戦う現代戦を戦うために作られた「ザ・現代兵器」とも言えるブツです。
さて、通常榴弾の次は、成形炸薬弾(HEAT)です。
HEATは、火薬を円錐状にえぐる様に形成し、その内側にライナーと呼ばれる金属製の板を貼り付けています。
この様に形成した火薬が起爆すると、モンロー/ノイマン効果によりユゴニオ弾性限界を超えたライナーが液体として振舞い、猛烈な勢いで噴出します。
その圧力を以って装甲板を侵食し、貫徹を目指します。(金属を熱で溶かすわけでは無いので注意)
同じような原理で装甲の貫通を目指すAPFSDSとの大きな違いは、その弾速です。
自身の運動エネルギーで装甲板に圧力を与えるAPFSDSとは違い、HEATは自身の化学エネルギーで装甲板に圧力を与えるため、極端に言えば弾速がゼロでも効果を発揮します。
そのため、発射時に大量の炸薬を用いることができない歩兵携行対戦車兵器や地雷、APFSDS程高速で飛翔できない誘導弾等、APFSDS弾以外のほぼ全ての対戦車兵器の弾頭がHEATです。
因みに、HEATは充填剤が先述の通り火薬であり、装甲の貫徹にはその30%程度のエネルギーしか活用されないため、残り70%のエネルギーで破片を撒き散らして広範囲の軟目標を制圧する通常榴弾としての使用も可能です。
この特徴を伸ばすために、モンロー/ノイマン効果を阻害しない場所に破片を形成するような鋼球やワイヤーを配置したHEAT―MPという弾があり、現代戦車はコレを主に搭載しています。
しかし、当然ですがその破片効果は純粋な榴弾と比べて劣る(120mmHEAT―MPと105mm榴弾がほぼ同一の威力です)為、市街戦等を想定して純粋な榴弾を配備している軍隊も存在します。(アメリカ海兵隊、ドイツ連邦軍、ロシア連邦軍等)
次は少し特殊な化学エネルギー弾を紹介します。
クラスター弾です。
航空爆弾や榴弾、ロケット砲の弾頭に用いられるこの爆弾は、広範囲を一度に制圧する為に使用されます。
通常の大型爆弾で広範囲を制圧しようとすると、局所的には極めて大きな被害をもたらす事ができるものの、そこ以外では軟目標は兎も角、硬目標に対してはその範囲内に入っていないと効果が見込めません。
これは、爆風の効果は距離の三条の逆に比例する為で、例えば10mの範囲を制圧できる爆弾があったとして、制圧範囲を10倍の100mにしたいと思ったら、炸薬量を1000倍にする必要があるという意味です。(因みに核爆弾でも一緒です)
その為、「小さい爆弾(子弾)を大量に詰めて広範囲に散布した方が強くね?」というすごくかしこい発想(すごく安直とも言う)の下開発されたのがクラスター弾です。
種類にも依りますが、装甲戦闘車両の薄い上面装甲を爆破して内部乗員を殺傷したり、弾着した後に地雷として作用し、足回り(駆動系)を破壊することによって足を止めたり出来ます。
つまり、「広範囲の軟硬目標に効果がある爆弾」であると言えます。
ここまで読んで「エエやん!ワイの作品でも使ったろ!コレで敵軍なんて木っ端微塵や!」と思った貴方、ちょっと待ってください。
確かに敵軍を木っ端微塵に出来ますが、その後始末が物凄く面倒臭くなります。
クラスター弾が不発弾を発生させやすい理由として、大きく二つの事が挙げられます。
まず一つ目、『そもそも地雷として作動するから』。
先に述べましたが、クラスター弾の中には機甲部隊の大規模突撃を停止させる目的で設計されたものもあり、そういったブツは大体地雷として作動する事を想定して作ってあります。
そういったブツが不発弾となる事は、寧ろ設計者が企図した本来目的であると言えます。
二つ目は、『母数が多いので、確率的に不発弾が発生する可能性が高いから』。
クラスター弾は、先に述べた通り、大量の子弾を広範囲にバラ撒きます。
その為、不発弾の発生率が幾ら小さくても、子弾数が多いため、設計者が企図しない形で不発弾が発生してしまいます。
三つ目は、『弾体が小さい為頑丈に設計しにくいから』。
先に述べた通り、クラスター弾は航空爆弾や榴弾、ロケット砲の弾頭に用いられます。
つまり、弾着時に大きな衝撃がかかると言えます。
榴弾や大型爆弾の信管(特に着発信管)では、その様な衝撃に耐えるため、かなり頑丈な設計を施されています。
しかし、子弾は名前の通り小さく、信管を頑丈に設計するのは至難の業である上、弾体が軽い為、弾着時に十分な衝撃が信管に与えられず、不発弾化したりします。
纏めると、「クラスター弾を使うと不発弾が出るよ!」という事です。(結論までが長い)
充填剤が火薬でない化学エネルギー弾は、大きく二つに分類されます。
殺傷性のものと、非殺傷性のものです。
殺傷性の充填剤が火薬でない化学エネルギー弾の一つとして、焼夷弾があります。
皆さん火炎(実際は液体の焼夷剤)をドバーッと吐き出す火炎放射器はご存知だとは思いますが、あの焼夷剤を弾体の中に詰めて敵に投射するものが焼夷弾です。
焼夷剤は、一般にガソリンやナパーム油に増粘剤や酸化剤をブレンドしたモノか、テルミット剤です。(ドイツの変人科学者が三フッ化塩素とかいう強腐食性の薬品を焼夷剤に使用しようとしてたらしいけど化学兵器は大量破壊兵器になるので本項では解説しないよ)
焼夷剤を使用した焼夷兵器としての歴史は火炎放射器の方が先なのですが、第一次世界大戦の後、『爆撃機で戦略爆撃をすれば敵国は死ぬ!(要約)』という思想をジュリオ・ドゥーエさんが、著書『制空』でブチ上げた後、世界中の軍人がこれを信仰した結果、空から敵の都市を火の海にする弾薬の開発が始まりました。
その結果開発されたのが焼夷弾です。
詳しい話はご自身で調べて頂くとして、その効果は絶大であり、以下で述べる様な効果を発揮します。
焼夷効果、窒息効果、延焼効果、心理的効果です。
焼夷効果はとてもシンプルです。『焼く』以上です。
窒息効果とは、焼夷剤が燃焼する際に大量の酸素を必要とする事を利用し、閉所空間(洞窟、地下施設)に立てこもる敵を、窒息させて殺傷する効果です。
延焼効果とは、焼夷効果の副次的効果で、炎上した可燃物から他の可燃物に延焼する事により、更に大きな被害をもたらす効果です。
心理的効果とは、生物として本能的に火を恐れる事や、焼夷効果によって発生した焼死体、焼け落ちた建造物、窒息した人間等により、厭戦効果や士気低下を発生させる効果です。
この様に、焼夷弾は非人道的である一方、広範囲の軟目標や建造物、都市に対して高い効果が期待できる上、生物兵器に汚染された地域、装備を迅速に除染する事が可能です。
燃料気化爆弾は、BLEAVEという現象を利用して空気中に燃料を散布し、それに点火して自由空間蒸気雲爆発を起こし、強烈な爆風を発生させることにより、敵を殺傷する爆弾です。
BLEAVEとは、容器内に封入された高圧の液体が、開放される事によって急速に気化する現象で、火山の水蒸気噴火とほぼ同じ原理です。
燃料気化爆弾では、封入された爆薬で燃料を高圧にし、加圧沸騰させる事でこの現象を引き起こします。
圧力が限界に達した際に圧力弁を開いてやれば、猛烈な速度で気化燃料が噴出し、気化した燃料が蒸気雲を構成するという訳です。
これに点火する事で、気化燃料が燃焼(爆発)するという訳です。
ここで重要なのは、この燃料の燃焼は皆様が想像する燃焼とは形態が異なると言うことです。
通常、液体燃料の燃焼と言えば液面から火が上がっているのを皆様想像されるとは思いますが、この時燃料への酸素供給は液面のみに限られます。
しかし、自由空間蒸気雲爆発の場合、蒸気雲が大量の酸素を瞬間的に取り入れる事が可能であるため、途轍もない速度で燃焼が進み、爆発します。
つまり、蒸気雲が半径30mの球を作るように気化燃料を散布すれば、半径30mの低密度・低威力の爆弾が出現する事となります。
この自由空間蒸気雲爆発は、通常の爆弾の爆発とは違い、爆風が長い間、連続して、全方位から襲い掛かってくるという特性を持ちます。
これは、固体で構成された爆弾に対して燃料気化爆弾の爆轟速度が遅いから、つまり爆風によって発生する大気圧より高い圧力(正圧)の持続時間が通常の爆弾より燃料気化爆弾の方が長い為に発生するものであり、燃料気化爆弾特有のものです。
その為、燃料気化爆弾は、通常の榴弾のように主に破片で人員を殺傷するのでは無く、主に爆風で人員を殺傷する為、ある意味一番爆弾らしい爆弾と言えます。
燃料気化爆弾の危害範囲内に居る人は、急速な気圧変化による内臓破裂や、衝撃波による人体損傷、無気肺や肺充血、酸素が著しく少ない上に大量の一酸化炭素が含まれた空気による呼吸困難により死亡します。
ここで注意しなければならないのは、燃料気化爆弾は焼夷効果ではなく、あくまで猛烈な爆風によって目標を破壊するものであるという点です。
因みにデイジーカッターとかMOABとかは燃料気化爆弾では無く、唯の大型爆弾である為注意が必要です。
尚、これは初版では私も勘違いしていたのですが、燃料気化爆弾とサーモバリック弾は別物です。
サーモバリック弾は、個体の化合物を爆発的に気化させ、その気体が自己分解する化学エネルギーによる爆発と、空気中の酸素と反応する事による爆発を組み合わせる事で、酸素が不足するような環境下でも高い威力を期待できる弾薬です。
特徴として、燃料気化爆弾の様に加圧沸騰させる必要が無く、また固体である為体積あたりの威力が大きく、弾頭を小型化、軽量化する事が出来ます。
その為、燃料気化爆弾と違って歩兵携行武器等に使用されています。
その他には化学兵器に分類される塩素ガスやマスタードガス、生物兵器等がありますが、これらは大量破壊兵器に分類されるため本項では説明しません。
非殺傷性のものの一つに、煙幕弾があります。
発煙弾は、自軍、友軍の隠蔽や、敵の撹拌、視線遮断等を目的に使用されるもので、煙幕を展開します。
その他には催涙弾があり、これは催涙ガスを弾体に充填したもので、暴徒鎮圧や閉所空間に居る敵の炙り出し等に使用されます。
機動隊が運動家相手にポンポン撃つアレです。
後もう一つ、照明弾があります。
これは照明剤が内部に充填されており、その照明剤が発光し、その光で戦場を照らします。
ココで『ん?』と思った方は未だ軍事沼に沈み切っていませんね、楽しいので一緒に沈みましょう。
そうでない貴方、お友達になりましょう。
この違和感の正体は、「照明」という言葉に対する認識の違いです。
一般に照明とは、貴方の頭上で光り輝く蛍光灯や、机の上に設置されたデスクライトを指します。
しかし、軍事に於ける照明とは、活動範囲を全て照らすものや、銃に装着して相手の目を眩ませるフラッシュライト等、凄く光量が大きいです。
照明弾もその例に漏れず、戦場そのものを照らします。
まとめです
イ)この作品に於ける弾薬の定義だよ
ロ) 一個前を見てね
ハ)化学エネルギー弾の説明だよ
榴弾……空飛ぶ爆弾だよ
HEAT……対戦車兵器に良く使われるよ
信管……色々種類があるよ
クラスター弾……強力だけど不発弾が出るよ
焼夷弾……敵を焼くよ
燃料気化爆弾……主に爆風で敵を殺すよ
発煙弾……煙幕を展開する際等に使用よ
照明弾……発光して色々照らすよ