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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
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逃亡

ジャカたちはウォルケンの家を離れ、

シュネールの町の中を駆ける。

今のところ、敵は玄関と裏口にいた連中だけのようだ。

正体はわからないが、彼らが軍の関係者で

シュネールの守備隊も協力しているとすれば脱出は難しいという

ウォルケンの想像は幸いにして外れていたらしい。

敵になっていないとしても、守備隊の面々に

助けを乞うのは無駄であろう。

もともと進取的でない人間ぞろいの上に、

流されて来てすっかり無気力になっている者がほとんどだ。

面倒に巻き込まれるのも首を突っ込むのもまっぴらという

姿勢が全面に出ていて、頼りにならない。

「どうします、ウォルケンさん」

走りながら、グレイが尋ねた。

「ここにいちゃまた狙われるだけだ、

 町を出るしかねえ。

 軍の誰かの差し金に決まってる、

 王都に乗り込んで一人一人問い詰めてやろうじゃねえか!」

「いいですねえ!

 年中無風のシュネールにも飽きてたところだ、

 十数年ぶりの王都観光と洒落込みましょうや」

ウォルケンの言葉を聞いて、最後尾のゼップが

弾んだ声を発した。

この非常事態に好戦的とも思えるやり取りをする

血気盛んな彼らの間に挟まれて、

ジャカはえらいことになったと悲観的な心持ちになっていた。

ルフィカから遠く離れてようやく訪れた平穏は突然崩れ、

再び恐ろしい運命に翻弄されつつある。

幼い頃には王都に行ってみたいと願っていたことがあったが、

今ではそんな気持ちは片隅にも残っていなかった。

「でも、僕たち何も持って来ていませんよ。

 ウォルケンさんたちはどうなんです」

息を切らしつつ問うジャカに、ウォルケンは謎多き襲撃への

怒りが収まらない様子で

「持って来てるわけないだろ。

 家に入ってすぐこうなってるんだぞ」

と切歯扼腕するように答えた。

ではどうするというのだろう。

馬車にも乗れなければ食事もできず、

宿に泊まることもできないではないか。

そんなジャカの懸念を見透かしてか、グレイが声をかけてきた。

「心配するな、こんなこともあろうかと

 常に身に着けている虎の子がある。

 俺たちのような者はそういう備えをしているものさ。

 ねえ、ウォルケンさん、ゼップ」

「…」

「…」

しかし、当の二人は答えない。

それどころか、ほぼ同時に目をそらした。

まさか、とグレイは冷たい視線を送った。

「使ったんですか…しかも二人とも」

「…お…俺は、地元の方々との懇親のために…」

「…オ…オレだって、地元経済の活性化のために…」

「そんな実のある出資なわけあるか、

 ただの飲みしろと買い食いだろ!

 冗談じゃねえ、手持ちは俺の秘蔵の品だけかよ!」

心配するなと言われたジャカだが、どうも安心はできそうにない。

三人の会話を聞きながら、ヴァッセは息をついた。

「他山の石だな、ジャカ」

「…当分は野宿かな…」





五人は、追跡を警戒して街道を外れて歩く。

刺客が乗り込んでいる危険を考えれば、

シュネールから来る乗合馬車を使うのはしばらく避けねばならない。

とにかくどこかの街に入って、人込みに紛れてしまいたいところだ。

行先としては北の海岸沿いにある小さな漁村トネ、

西の海岸沿いにある町マイラル、北西の都市ヤンティンが

シュネールの隣の集落なので、このどれかになるだろう。

「ヤンティンが一番の候補だが、恐らくあちらさんもそう考えている。

 トネは紛れ込むには人口が少ない、というわけでマイラルだ!」

ウォルケンの言葉に従い、彼らは西へと向かっていた。

大陸の南東に位置するシュネールの北と西には海岸が伸びているが、

西側は林などもあり北側よりは身を隠せる場所が多い。

それも、こちらを選んだ理由の一つであった。

着の身着のままでシュネールを出て来てしまった五人は

水も食糧も全く持っていなかったが、

天は彼らを見放さなかったらしくマイラル方面から来る

商人の一団と出会っていくらか購入することができた。

ただ、グレイの秘蔵の金はそれでほぼ尽きてしまった。

「…どこぞの蟒蛇と健啖家が常在戦場の心構えを

 遠い昔に置き忘れてきていなきゃ、

 町に着いてからの宿代も残ったんでしょうけどね」

「…引きずるなあ、お前…

 まあ、そう言うなよ。

 今は誰の金とか言ってる時じゃねえだろ。

 皆の心をひとつにしなきゃ生き延びられねえぜ」

「一言一句違わずそのとおり。

 さすがウォルケンさん、真理しか口にしねェやこの人は!」

「…お前の口はそうじゃないらしいな。

 それに俺とお前じゃ真理という言葉の解釈が違うようだ、ゼップ」

そんな大人三人の会話があってから丸一日。

明日にはマイラルに到着できようかという午後のこと、

ヴァッセは遥か前方に現れた影を発見した。

前方とは言っても、向こうは街道を進んで来ている。

集団のようだった。

「何だろう?」

「あれは…

 街道警備隊じゃねェか?」

身を隠した茂みの中から目を凝らし、ゼップはヴァッセに答えた。

街道警備隊は文字通り国内の街道を回って旅人を守ったり

魔物を撃退する、ウィルスター軍に属する部隊である。

道の状態や各地の様子を確認するという役目も負っている彼らは、

周回している隊の数は多いわけではないが

街の外では魔物のみならず野生の獣、野盗に出くわすこともあるので

旅をする者にとっては頼もしい存在ではあった。

その構成員は正規の兵。

ジャカたちの味方かどうかは不明だ。

ひとまず隠れたままやり過ごそうとしたが、

集団との距離が縮まってくるとウォルケンが

少し身を乗り出した。

「もしかすると…ヒルトか?」

「知っている人ですか?」

尋ねるジャカに、ウォルケンは集団の先頭にいる人物から

目を離さずにうなずいた。

「昔、同じ隊にいたことがある。

 遠目にもわかるしゃくれた顎、間違いねえ。

 お前たちはここにいろ、俺が話してみる」

「いくら知り合いでも、危ないんじゃないか?」

ヴァッセが言う。

シュネールでの襲撃者が軍の者だとしたら、

そうであろう。

「俺たちを捕えろって命令が出ていたとしても、

 あいつはいきなり襲いかかるような男じゃねえさ。

 これは好都合かもしれん、接触すれば

 警備隊にまでお達しがいってるのかどうか探れるだろう」

「オレも行きますよ、先方が事情を知らないとしたら

 一人で出て行ったら少々不自然でしょ。

 グレイ、ガキどもを頼むぜ」

「わかった」

ゼップを連れ、ウォルケンは少し迂回するように歩きながら

集団に近づいていった。

向こうも二人に気づいたが、今のところ身構えるような

動きは見られない。

街道警備隊は基本的に二十人で一つの隊である。

目だけを動かして数えたところ、確かに集団は全部で二十人だった。

「ヒルト!

 久しぶりだな」

先んじて、ウォルケンは手を振りながら声をかけた。

名を呼ばれた男も、しゃくれた顎の上の口を大きく縦に開けて

右手を挙げる。

「おお~、ウォルケンか!?

 シュネールに流されたとは聞いていたが、

 ついに堪えきれなくなって飛び出して来たのか?」

「バカ言うな。

 住めば都ってやつでな、

 行ってみればそんなに悪い町じゃねえ。

 お前もいつか飛ばされてみるといいぜ」

話しながら、ウォルケンの胸中では安堵と警戒心が

拮抗していた。

自分の知るヒルトという男は、

腹に一物を抱えたまま笑って話せる人物ではない。

そういう意味ではこちらに危害を加えてくることは

ないのではないかと思えたが、

彼が軍に身を置く者であるという事実が

一切の警戒を解くことまでは許さなかった。

だが、警戒ばかりしていては意味がない。

ウォルケンは相手の反応を見ようと、言葉を続けた。

「十数年ぶりだってのに悪いが、

 急ぎの用があってな。

 行かせてもらうぜ」

「行くって言うなら止めやしない。

 俺たちが止めるのは害を成す奴らだけだ」

その返答を受けて、偽りなしと見たウォルケンは

ゼップに視線を向けた。

彼も、同じ考えのようだった。

少なくとも、街道警備隊にはウォルケンたちに対する

何らかの命令が出ているということはない。

旅をする上では、何よりの朗報と言えた。

もう少し情報を得られないかとウォルケンが

口を開こうとした時、警備隊の最後方にいる兵たちが

ざわついた。

「どうした?」

振り返ったヒルトが問うのとほぼ同時に、隊が左右に割れていって

その間を一人の少女が音もなく歩いて来た。

それは、何とも不思議な光景であった。

屈強な兵たちが、後ずさるように道を開けていく。

そして静かに現れた少女は、光り輝いているように見えた。

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