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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
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招かれざる者

現在、ミラストラ大陸においては国家間の戦争はない。

古来より存在する魔物を全滅させることは難しく、

軍の主な相手と言えば街や街道近くに出現、接近する

野生の魔物どもである。

他国に侵略されぬための抑止力としての側面ももちろんあるが、

かつての魔族との戦いで人類は互いへの攻撃を封じて結束し、

そうすることで辛くも危機を乗り越えた。

ファンディアという世界はいつまたそういった戦いが

起こるかわからぬ場所であることを考えれば、

人は人と争うことよりも異質な存在による脅威への備えを優先する。

そのために表面上は平和が続いていたが、

太平が長きに渡れば様々な思惑や野望を抱く者は現れる。

ウォルケンは魔物はもちろん、権力を持った不心得者が跳梁する世は

すでに忍び寄っているのではないかと考え、

そのどちらに対処するにも必要であろうという想いから

ジャカとヴァッセに剣を教えていた。

だが、

「それにしてもジャカは上達が遅えな…」

すっかり日が暮れて辺りが暗くなった頃、

今日の訓練を終えて二人と共に家に戻り

一杯の水を飲み干した後にウォルケンが言った。

ただでさえ疲れているところに、

十分自覚していることを改めてしみじみと言葉にされて

ジャカはすねた。

そもそも、自分は望んで剣を振り回しているわけではないのだ。

親代わり、兄代わりの人々がそろいもそろって

今となっては騎士だか戦士だかわからないがそういうものを生業にしていて、

そろいもそろって「やれ」と言ってくれば

向き不向きに拘わらずやらざるをえない。

「だから、何度も言ったじゃないですか。

 僕はああいう荒っぽいことには全く向いてないんですよ。

 剣より箒でも握っている方が性に合ってるんです」

「そうひがむんじゃねえよ。

 上達しねえって言ってんじゃねえんだからな。

 上達が遅えって言ってんだから」

「目には見えないくらいにな!」

汗を拭きながら、ヴァッセは笑う。

ジャカは苦々しい表情で彼に顔を向けたが、

実際に撃ち合っても彼には歯が立たないのだから

何も言い返せない。

ヴァッセはジャカよりいくらか背が高い程度で

長身とまではいかないもののがっしりとしていて、

ウィルスター軍に入ることを考えて訓練に励んでいるようだった。

それには、優れた実力を持ちながらも王都から遠く離れた

このシュネールに流され閑職に回されたウォルケンの復権を願う

気持ちがあるらしい。

一方ジャカは、この町を出る必要はないと思っている。

ルフィカには戻らなければならないのかもしれないが、

実際に戻ろうと考えるところまではなかなか至らない。

「いいんだよ。

 僕はパン屋とかになるから。

 上達がはっきり目に見える仕事をするから」

「おっ、いいな、それ。

 前にこいつが作ったパン、結構いけましたよウォルケンさん」

入って来るなり、グレイが言った。

王都時代からウォルケンに付き従う彼とゼップはもう三十七歳、

ウォルケン自身も四十歳である。

三人が所帯を持つこともなくこういう生活をしている原因の一端は

自分やヴァッセにあるのだろうと、ジャカは理解している。

彼らが現状に不満を抱いているかどうかはわからないが、

ずっとこのままというわけにはいかないだろう。

しかし、自分はここを出て一人で生きていけるのだろうか。

ジャカは、その「一人」に再びなることを強く恐れている。

それが、彼が生来持つ性質によるものでないことは確かであったろう。





「ゼップは?」

目を伏せるジャカではなく、ヴァッセが尋ねた。

グレイは今通って来た方を一度振り返りながら、

ああ、と答えた。

「何か、誰か来たとか言って…」

そのゼップは、扉の向こうにいた来訪者の応対をしているところだった。

夜陰に立ち屋内の照明に照らされている相手の人数は、男が七人。

すでにそれが、ただ事ではなかった。

「どちらさんで?」

客の挙動に注意を払いつつ、ゼップはきいた。

連中は剣を携えているが軍の騎士や正規兵とは身に着けた物が異なり、

かといって傭兵のような雰囲気でもない。

何者なのか、測りかねた。

「フリード・ウォルケン殿はご在宅でしょうか」

先頭にいた男が、感情を押し殺したような声で慇懃に問うた。

だが、目のぎらつきを隠しきれていない。

いつ剣を抜くかわからなかった。

「ええ、おりますよ。

 呼んで来ましょうかねェ、しばしお待ちを」

ウォルケンの在宅を把握して訪ねて来たことは確かだろう。

玄関先に本人が出て来れば楽に仕事ができると考えたのか、

あまり大きな騒ぎにしたくないのか、

ゼップがさっさと扉を閉めるのを止めることはしなかった。

「どうした」

姿を現したゼップがまとう空気の変化を察知して、グレイは短く尋ねる。

「招かれざる客、ってやつかね」

肩をすくめて、ゼップは答えた。

その返事を聞いてジャカは彼らの顔を交互に見て青ざめ、

ヴァッセは何事かすぐに理解し、ウォルケンは

帰宅したばかりで腰に帯びたままの剣の鞘を左手で握った。

「敵意ありは間違いないか?」

「魔物以外を相手にする仕事は初めてなのかもしれませんねェ、

 昂りを抑えきれていないようでしたよ。

 あれでお紅茶をいただきながらお話でもってことなら、

 オレぁもう来客があっても扉を開けませんよ」

「是非もねえな」

名にし負う猛将ギエン・カーンに睨まれ左遷された身である。

そして人目をはばからず己の考えを口にしてきたことで

目障りに思っていた者もいたはずだ。

こういう事態がないとも限らないと覚悟してはいたが、

なぜこの地に来て十三年も過ぎた今なのだろう。

その点は疑問ではあった。

「裏口の方が手薄だろうな」

「だと思います」

うなずくグレイ。

一人うろたえるジャカは、皆を休みなく見回していた。

どのような事態であるかは、すでに感づいてはいる。

だからこそうろたえているのだが。

「あ、あ、あ、あの…」

「ヴァッセ、ジャカ、訓練用の剣はまだ腰にあるな?

 とりあえずそれでいい、それだけ持って出るぞ」

「で、出るって…!」

「俺とグレイの後に続け。

 ゼップ、殿を頼む」

「了解です」

裏口に向かって歩き出すウォルケンとグレイ。

ジャカもヴァッセに背中を叩かれ二人を追い、

最後尾にゼップがついた。

玄関の方に現れた連中は、まだ中に入って来てはいないようである。

足音をたてぬようにして五人が裏口の所にやって来ると、

ウォルケンは扉の向こうに人の気配を感じ取った。

彼と目配せし、グレイが扉の脇に立つ。

そして小さくうなずくと、勢いよく内開きの扉を開いた。

同時に、ウォルケンが抜かないままの剣を繰り出し

反撃を許さず外に立っていた男の横面を払って倒した。

「事情も聞かずに悪いが、敵と判断させてもらうぜ」

裏口にいたのは倒れた男を除けば三人。

すでに鯉口を切っている。

ウォルケンは外に飛び出しながら一人を剣で薙ぎ、

もう一人を強かに蹴り飛ばした。

その後ろからグレイが突進し、残る一人の頭を

やはり納めたままの剣で強打して失神させた。

「走れ、ジャカ、ヴァッセ!」

背後からのゼップの声に押され、ジャカとヴァッセは

駆けるウォルケン、グレイに続いて走り出した。

音を聞きつけ、玄関の連中もすぐにやって来るだろう。

突如訪れた恐怖と変化にルフィカでの記憶を掘り起こされるような

感覚を味わいながら、夜の闇に飛び込まざるをえなかったジャカは

前を行く友を必死に追った。

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