謎の力
―――――「まだ迷っているのか、ジャカ。
菓子を選ぶだけで一体何分かけるつもりなんだよ」
「そんなこと言ったって、すぐには決められないんだよ…
これも食べたいし、あれも食べたいし、
でも遠足の日にはそっちのを食べたい気分に
なってるかもしれないし…
レゼルクは、どうしてそんなすぐに決められるの」
「おれはピンときたやつを選んだら他のもんは一切見ない。
お前は何でそこまで決められないんだ」
「ぼくは、たとえば欲しいお菓子が二つあったら
まず買った後のことをそれぞれ想像するんだ。
そして、食べるまでのことを考える…
それから袋を開けた時のこと、さらに味を思い浮かべて
食べ終わった後の気分がどんなものかって
自分の中で一度答えを出して、そこで初めて二つを
比べることができるんだ!」
「…そりゃ時間がかかるわけだな…
しかもそれ、他のことでもそうなんだろ。
いざという時、どうするんだ。
例えば大岩が転がって来たらだな…」
「大岩が転がって来たら…
正面からつぶされるのと背中からつぶされるの、
どっちの方がマシかをまず考えて…」
「…つぶされるよりマシなことを考えろよ」―――――
―――――「…それって…逃げる途中で底無し穴に落ちるとかか!?」
叫ぶような声をあげベッドの上で飛び起きたジャカは、
話をしていたはずの友の姿がないことに気づいて
辺りをきょろきょろと見回し、見慣れた部屋の中であることを
確認すると大きく息をついた。
「どんな夢を見たらそんな発言をすることになるんだよ…」
少し離れた所にあるベッドで上半身を起こしながら
目をこする少年の名は、レイグス・ヴァッセ。
シュネールの町で、ともにウォルケンの元で暮らしてきた
ジャカの親友である。
どうやらジャカの声で目を覚まし、二度寝ができそうな
時間でもなかったのでもう起きてしまおうと考えたようだった。
彼と出会ったのはシュネールへの旅の途中、
野生の魔物によって両親を失い泣いているヴァッセを
ウォルケンが保護した時。
その頃ジャカはまだ自らの事情を話してはいなかったが、
ウォルケンは家族を失った子供を二人連れて
ミラストラ大陸南東部の端にあるシュネールの町に
到着したのである。
そこでウォルケンはジャカとヴァッセを学校に行かせ、
ある程度大きくなってからは鍛えもしながら
共に暮らしてきた。
そして同い年の二人は十八歳になり、
ヴァッセはそれなりにたくましい少年となっていたが
ジャカの方はたくましさとは無縁で身体もさほど大きくなく、
優柔不断なところも相変わらずであった。
幼少の頃からのくせっ毛と猫っ毛もそのままで、
全体的に頼りない雰囲気であるが
眉尻が下がっているのが頼りなさげな印象を
さらに濃くするのに一役買っている。
共に大きな心の傷を負った彼らだが
時間の流れか己を守ろうとする働きか、
町に来た当初は無口で沈みがちであったが
少しずつ本来の自分を取り戻し、ウォルケンやグレイ、ゼップと
一つの家族のように過ごしてきた。
シュネールは、前述の守備隊に送られて来る軍関係者以外にも
様々な事情を抱えた者が多く集まる土地であり、
互いに詮索することもない。
ジャカがルフィカでの出来事を思い出す数は徐々に減り、
この地を第二の故郷として、生きていく基部を取り戻したのである。
だが、時々思い返すことがあった。
自分がルフィカを出る時に起こったことについてだ。
決断力に欠ける彼は、何かに迷うにつけ
その点についてだけは思い出すのである。
あの時、家族の悲劇を目にした己は本来、
町を守る軍の部隊に通報すべきだったのだろうと今は思う。
しかし、あまりに惨い現場を見て混乱に陥ったジャカに
町を出るきっかけを与えた現象は何だったのか。
優柔不断に過ぎる少年を見かねて神が与えたもうた力とも思えない。
得体の知れないその力を発動させまいとはしていたが、
少し前に不思議なことがあった。
かの現象は、今でも本当に起こるのだろうか。
ふと思いつき、過去を切なく懐かしく回想する中で尋ねてみたのだ。
心の中で念じ、祈るように。
あの日、家族で行くはずだった外食。
幼い自分が、迷いに迷って二品に絞り、そこからの決断までには
さらに時間を要したであろう二つの大好物。
当時、外食が実現して未知なる力を使えたとしたら、
どのような答えがもたされていたのかと。
「皆さん、僕は迷っています。
今日は家族で外食をする予定です。
その時、オムライスとハンバーグ、どちらを選べばいいでしょうか?」
すると、文字が浮かび上がって見えた当時とは異なり
なぜか何者かの声が頭の中に響いてきた。
『知るかァァァ!
こっちはカッチカチのパンとキンキンに冷えたスープしか
出て来ないんだよ!
な~にがオムライスとハンバーグだ、野菜を食え野菜を!』
妙に苛立った乱暴な声に猛抗議を受けたのである。
何だかタチの悪そうな相手らしかった。
内容から想像するに、恵まれない環境にあって
ジャカののんきな質問に腹を立てたというところだろうか。
それにしても、奇妙な心境だった。
大陸の隅の町、自分の部屋の中で、
どこの誰かもわからない他人からの返答を受けたのだ。
どうやらあの現象はまだ起こるようだがこんなこともあるのかと、
大ハズレを引いた気分のジャカは見知らぬ誰かに怒られるのが怖くて
それ以来尋ねていない。
生まれ育った町を旅立った時に謎の力によって示された答えが、
正しかったのかはわからない。
が、少なくとも当時の自分にとっては最良の道だったのではないかと
ジャカは思っている。
家族の亡骸が、自分の家がどうなったのかは
棘となって胸に刺さったままではあるが、
ウォルケンやグレイ、ゼップに見守られ、
ヴァッセという友を得ることができた。
そうでなければ、命はともかく己の心が砕けずに済んだかわからなかった。
だから、今後の人生に役立つかはともかく、
少なくともあの時点で発動してくれたことについては
ジャカは感謝していたのだった。