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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
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ここまでたどり着いていただきありがとうございます!

書いている内に、これを皆さんが楽しんでくださるのかと

不安になる感じになってきてしまいましたが、

とにかく投稿させていただくことにいたしました!

お食事の後に、お風呂上がりに、お休みの前に、

少しでもお楽しみいただければ幸いです。

白か黒かを決められない。

右か左かも決められない。

己が命運のかかる場面でも人に決断を委ねる者は、

いつか自らの道を選び採る時が来るのだろうか。

そしてその結末たる未来を、受け入れることができるのだろうか…

いくつもの眠れぬ夜に闇を映す瞳を開き、

静寂がもたらすそんな索漠とした不安を抱く度に

彼は思惟を硬直させ、また元の位置に戻る。

そういう無為な時間を繰り返していられる庇護の元にいた時間は、

幸福ではあったが彼に多くのものを与えなかった。

だから、己を包む温かな手を失い寒風の下に放り出された時、

彼はやはり決断を他者に委ねた。

際会した現実が、そして提示された選択が、

のちに彼を旅立ちに導くことになる。

それが彼を大きくさせるのか、あるいは消し去ることになるのか。

彼は結末たる未来を、受け入れることができるのだろうか。





寒い日であった。

深まる冬はぐんぐんと気温を下げていき、

昨日よりもずっと冷え込んで

雪が降るのではないかと道行く人に思わせたくらいである。

ファンディアと呼ばれる世界のミラストラ大陸において、

ウィルスター王国は南東に位置する。

その中央付近にある小さな町、ルフィカは

比較的温暖な気候なのではあろうが、

そんなことを忘れさせる身を切るような寒さに

屋外にいた者は一様に背を丸めるようにし、

身体を縮こめさせていた。

のちに、居合わせた人々が『青の夜』と呼ぶ出来事が起こった日、

五歳のランディアク・ジャカは同級生であるアレクフォンシ・レゼルクとの

別れを前に二人で歩き、話し、そうしている間に時を忘れた。

いや、それは正しくないかもしれない。

たとえ話し込んでいても辺りが暗くなっていっていることは明らかで、

近くにいる相手の顔すら見えづらくなっていたのだから。

レゼルクは、明朝この町を離れることになっていた。

だから、今日「さようなら」と告げれば、

もう話をすることは難しくなる。

これまでの別れ際、何気なく口にしていた「また明日」という言葉を、

これほど言いたくなる時が来ようとは、ジャカは想像していなかった。

彼は内向的で、優柔不断な少年である。

目立つ方ではなく、特段嫌われていたわけでもないが

友人は少なく、行動を共にするといえばレゼルクくらいのものだった。

そのレゼルクが父の仕事の都合で引っ越すと聞いた時には、

ジャカはこの世の終わりのような絶望感を抱いた。

彼のような社交性の乏しい子供にとっては、

現在の自分の世界の大部分を占める教室という場所で

数少ない絶対的な味方を失うことは、大袈裟でなく死活問題であった。

とはいえ、親の都合となれば逆らうことも覆すこともできるものではない。

こっぴどく叱られることを覚悟の上で

日が暮れてもしばらく話をやめなかったのは、

離れ離れにさせられてしまう少年たちの

ささやかな抵抗であったのだろう。





アレクフォンシ・レゼルクは妙に大人びた、

どこか孤高を感じさせる少年だった。

だから、友人が少ないのは共通していても

その理由はジャカとは異なる。

そんなレゼルクが社交的でないジャカと仲を深めたのは、

なぜだか馬が合ったとしか言いようがない。

ジャカにとっては無理に話題を探す必要がなく、

レゼルクにとっては邪魔にならない存在。

それが、いつしか常に隣にいる存在になっていた。

飄逸なレゼルクも、ジャカとの別れを寂しく思っていたのは確かである。

「そろそろ帰った方がいいんじゃないか。

 今夜は家族そろって何か食べに行くんだって言っていただろ」

向けられたレゼルクの涼やかな切れ長の瞳から、

ジャカは視線をそらした。

このまま話し続けていたいという気持ちを共有していると信じていたので、

帰宅を促す言葉を口にした友に対する抗議の意もあった。

だが、彼が気を遣ってくれていることもわかる。

それに対する答えをも同時に表現する方法を、ジャカは持たなかった。

「うちは外でごはんなんてめったにないんだ。

 レゼルクの家ほどお金持ちじゃないし、

 父さんがとにかくめんどくさがりだからさ。

 なのに、急にだよ。

 その父さんが言い出したんだ、今夜は好きな物を食べていいぞって」

二人して座っている公園のベンチから、通りを歩く野良犬の姿が見えた。

彼、もしくは彼女は、間もなく訪れる夜を一人で越えるのだろう。

それは、明日からレゼルクのいない日々を過ごす自分に重なるように思え、

ジャカは言葉の途中で野良犬を目で追うことをやめた。

「君を心配しているんだろうな。

 優しいお父さんじゃないか」

微笑むレゼルクの、青と銀の間の色の髪が揺れる。

星が輝き始める頃の空のようなその髪は、

ジャカの憧れでもあった。

彼の髪は焦げ茶色のくせっ毛で、その上猫っ毛でもあったので

ほとんど自分の思い通りになった試しがない。

一生それと付き合っていくのだと思うと、

今から憂鬱になってしまう。

「でも、どうせ怒られるんだよ。

 ぼく、何を食べるか決めるのに何十分もかかるから」

「そうだろうな。

 けど、行くことは決まっているんだろ?

 ミリウなんか待ちきれなくなって

 泣いていると思うよ、お兄ちゃん」

身体を揺するようにして笑ったレゼルクが名を口にした

ミリウはジャカの一つ年下の妹である。

からかうように言われて気分は良くなかったが、

妹のことはそのとおりだった。

それを抜きにしても、これ以上はさすがに粘れないだろう。

ジャカはぽっかりと穴が開いたような心を抱きながらも、

意を決したように立ち上がった。

「じゃあ…ぼく、帰るよ。

 レゼルク、…絶対に、手紙くれよ。

 そうしたら、ぼくからも送るから。

 それに、もう少し大きくなったら会いに行くからさ」

「わかった。

 おれだって、またルフィカに戻って来るよ。

 そして、いつか一緒に行こう…

 王都フェデリエに」

二人は、固く握手を交わした。

次に会えるのは、いつのことになるのだろう。

その想いが、握る力を強くさせる。

互いに、初めての親友と呼べる存在だ。

この絆を、失いたくはなかった。

だからこそ離しがたい手を、やがてどちらからともなく離した。

ジャカが熱く感じたレゼルクの右手が大きな変化を迎えることを、

彼らはまだ知らない。

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