榎本家について
第四章
――まず、白があった。
すぐにそれはただの白一色ではなく、オレンジが少し混ざっていることに気付く。
もう少し時間が経ち、色と色との間に別の色を発見した。
正面の色とは別の場所に、熱と、重さを感じた。
動かせることに気が付いた。
動かすという意思を感じた。
そこからは、早かった。
重さは、指だった。
指を認識すると、
次は腕、
足の指、
力を入れる。
そのやり方を、思い出した。
指が、五本あることを感じ取った。
足も、指は五本あった。
熱が、行き渡っていることを感じた。
肉体の大きさを、感じられるようになった。
まだ、自由には動かせなかった。
だがそのころには、色が、光だということを思い出した。
光が、暖かいと感じた。
目と言う器官があることを思い出した。
呼吸を意識できた。
体の、内側を感じた。
光が満ちてきた。
だが、世界の輪郭を認識できず、ただ様々な色が無造作に混ざり合っていた。
それからもう少し時間をかけて、ゆっくりと、思い出してきた。
自分、を。
体が、自分のものだということ。
自分という意思が、人間が、存在するということを。
自分の名前が、榎本彩音だということを。
●
彩音が目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に入った。
……ここは、どこ……?
起き上がり、部屋の様子を確認しようとした瞬間、
「彩、音……?」
横から、聞き慣れた、緑子の声がした。
だが、声のする方を向く前に、体の右側に衝撃を受けた。
「彩音っ! 彩音っ!」
「――っ!」
……痛いっ!
声が、思うように出なかった。まだ、意識して呼吸をしている感じだ。
「ああ、ごめんっ! 大丈夫?」
ゆっくり右を向くと、目に涙をため、心配そうにこちらを見上げる緑子がいた。なんだか、とても懐かしい気がする。
気付くと、彩音の頬にも、いつの間にか涙が伝っていた。
「あ、彩音っ! 大丈夫!? そんなに痛かった? ごめん、ごめんってばっ!」
緑子が必死に謝りながらこちらを揺さぶってくるが、別に痛かったわけではない。
……私、生きてるんだ……。
そう思うだけで、涙が止まらなくなっていた。
「だ、大丈夫よ、緑子。痛くないから」
声を絞り出して、返事をする。
すると、緑子は安心したように胸をなでおろし、ベットからゆっくりと身を下した。
「よかった……本当に。……あ、ご飯持ってくるから待ってて。あと、先生にも連絡しなきゃ」
……先生?
医者か、と一瞬思ったが、
……けど、ここ、病院じゃないわよね。
視線を動かして部屋を見回した結果、そう思い至った。
少し広めの、一軒家の一室。その程度の広さはある。窓が壁二面にそれぞれあるので角部屋か。外の明るさからするに、お昼頃だろうか。と思った瞬間、壁掛け時計が目に入った。時間は午前十一時すぎを指している。
白い壁紙に白の天井。床はフローリングに赤のカーペット。そして家具は、彩音が寝ているベットには机が隣接しており、緑子が先程まで座っていた椅子が少し離れた場所にある。あとは、本棚が二つと、壁の一面がクローゼットになっているようだ。
家具のカラーリングは木目を基調としたものが多く、全体的に落ち着いた感じだ。
つまるところ、まずここは病院ではない、というわけだ。
そういえば、と思い自分の服装を見てみる。
あの日、パトロールの時に来ていたものとは違う服だ。誰かが着替えさせてくれたのだろう。
「あーあー」
少し深呼吸し、声の調子が戻り始めたところで、部屋の扉が開いた。
「彩音さんっ!」
真理子が、ドタバタと大きな音を立てながら入ってきて、そのまま先程の緑子同様、彩音に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと、真理子さん……」
「倒れたって聞いて、本当に心配したんですよ……」
「……心配かけてごめんなさい」
そっと、真理子の背中に手を回す彩音。すると今度は
「彩音ー、ご飯持ってきたよー」
一人用の土鍋を、盆に載せて持った緑子が入ってきた。
それを見て、真理子は名残惜しそうに、ゆっくりと彩音から離れる。
「そういえば、ここ、どこ?」
改めて、部屋の中をキョロキョロと見渡す。
真理子の家なのだろうか、と、そう思った瞬間、
「ああ、ここはね、横山先生の家だよ」
と、緑子が机にお盆を置きながら言ってきた。
「え、先生のっ!?」
予想外すぎる事実だった。
「第一発見者は寧々タンだったんだけどねえ」
寧々から、緑子経由で横山を呼んだそうだ。
「いや、死んでないからね?」
突っ込むと、真理子が「いえ、本当に危なかったそうですよ」と言って続けた。
「先生が駆けつけた時、外傷はなかったそうですが、霊力が空だったみたいでして。それで、病院よりこちらに、と」
緑子と真理子の説明に、なるほど、と彩音は思った。そして、丁度いい、とも。
横山家自体には、聞きたいことがある。
だが、まだ部屋に入ってこないあたり、今は家にいないのだろうか。
そんなことを考えていたら、緑子が椅子を引き寄せ彩音のすぐ隣に座った。
「さあさあ、ほらほら、シェフ緑子特製のおかゆですよー。ちゃちゃっと食べて、ちゃちゃっと元気になりましょーね」
言いながら、緑子は土鍋の蓋を取っておかゆを器に盛ると、レンゲと一緒に差し出してきた。
「ありがとう、緑子」
と言って、受け取ろうとすると、
「……」
なぜか、緑子は手を引っ込めた。
「え、ええと……なにかしら、緑子」
尋ねる彩音に、緑子はニッコリ笑うと、
「みんなに心配かけたのと、あたしとの約束破ったから、ダッチェ五つね。一人につき」
「せ、せめて三つでお願い……」
高校生の財布には厳しすぎる。
●
食事が終わり、自分が倒れてから一日半経ったことを聞いた彩音は、驚きと、生きていたことに対して安堵すると同時に、新たに疑問が追加された。
「ところで、緑子と真理子さん、学校はどうしたの?」
二人とも私服でいたため、てっきり休日かと思ったが、考えてみれば病院のように設備がない一般人宅で、一週間も意識不明の人間をただ寝かせているだけ、というのは、いくらなんでもありえない話である。
……点滴があれば……いや、そういう問題じゃないか。
尋ねる彩音に、二人はあっけらかんと、
「サボったよ」
「サボりました」
彩音は、思わず「はあっ!?」と声を上げると、二人は彩音を見てクスクス笑った。
「大丈夫よ彩音。本当はサボったんじゃなくて、無断で休んだだけだから」
「世間じゃそれをサボりって言うのよ。というか、緑子は分かるけど、真理子さんまでサボらなくてよかったのに」
言うと、緑子が抗議してきたが、無視することにする。
「いえ、元はと言えば私の依頼から始まった話です。依頼主として、友人として、大人しくしているわけにはいきませんっ!」
……相変わらずというか。
学校は無断だとして、家には何と言ってここに来ているのだろうか。
「それと、横山先生には許可をいただきまして、彩音さんも含め、私達四人は体調不良につきお休み、と言うことにしていただきました」
「ああ、なんだ。ちゃんと言ってるのね」
……横山先生がどういう風に他の先生を説得したのかは気になるけど……って、四人?
彩音が疑問を二人にぶつける前に、正解が、部屋の扉を開けて入ってきた。
「なんや、うるさいでさっきから……」
眠そうに目をこすっているその人物は、
「さ、坂下っ!」
叫ぶ彩音の声がうるさかったのだろうか、寧々はつらそうな表情で片耳を塞ぎ、彩音を見た。
そして、
「榎本……目え覚めたんかっ!」
言いながら、大粒の涙を流し始める寧々。
……は、早いっ。
嬉しいことなのだが、あまりに早いのでさすがに驚いた。
「寧々タンね、公園で、霊力全部持ってかれてぶっ倒れてた彩音に、一日中霊力を与えては休憩、回復し、戻ったらまた移して……ってのを、ずっと繰り返してたんだよ」
「え、そうだったの……ありがとう坂下。おかげでなんとか回復できたわ」
お礼を言うと、
「ああ、ええねん。むしろトレーニングになって、こっちの霊力が底上げされたわ」
と、目の周りと顔を赤くしてそう言われた。
あーもう、と言いながら、緑子がハンカチを寧々に渡す。
だが、その時彩音は疑問が一つ浮かんだ。
「カスミ……カスミはどうしたの? あの時、完全に私を殺す気てたけど……まさか坂下、あんたが送ったとか?」
聞くと、ティッシュで鼻をかんでいた寧々は、いやいや、と手を振った。
「んなアホな。ちゅうか、むしろウチの方が聞きたいわ」
「聞きたいって、なにが?」
寧々は、まだ顔が赤い状態ではあるものの、表情だけ真面目モードにすると、
「ウチが公園着いた時な、霊力空っぽの状態でぶっ倒れた榎本の隣で、カスミが崩れて震えてたんや」
どういうことだ。と、彩音は思った。
「彩音の霊力吸って、お腹壊したとか?」
「人を病原菌みたいに言わないでちょうだい」
彩音は、心の中で、緑子に買うダッチェの数を減らすと決めた。
「いや、そういう感じやないんや」
寧々は、しばらく腕を組んで唸った後、
「カスミな、ウチが榎本に霊力移してるとこをな、じーっと見つめてたんや。そんでな、目が合ったときにはっきり見たんやけど、その表情が、なんや苦しんどるように見えてな……」
……苦しむ?
疑問に思う一同。そして、
「ほんでな、カスミ、ウチにこう言ったんや『ごめんね、彩音』って。そしたら、この前みたいにふっと消えたんや」
寧々が言い終わると、皆、考え込むように黙ってしまった。
だが、少しして真理子が恐る恐る手を上げた。
「あの……もしかして、なんですけど、いいですか?」
「もちろん。どうしたの?」
促された真理子は、一つ頷いて、
「澄香さんの意思なんですが、まだ、カスミさんの中で生きているんじゃないでしょうか。だから、彩音さんにとどめを刺さず姿を消した。……って、やっぱり、都合がよすぎますよね」
後半になるにつれ自信がなくなったのか、尻すぼみになる真理子。
実際、寧々は少し考えているようで、難しい顔をしている。
だが、彩音は思うところがあった。
「それ、ありえないってことはないと思う……」
「え、そ、そうでなんですかっ!」
表情を明るくする真理子に、彩音は、思い出しながら言う。
「私ね、カスミに言われたの。『私は、街にいた門神を吸収した。だから、体の中に私の両親も、姉さんもいる。だから、私に吸われれば私の中で会えるわ』って」
そして、意見を求める意味も含めて、寧々の方を見る。
すると、
「正直なとこ、そもそも霊を吸収して、ってとこから聞いたことない話や。せやから、ウチとしては否定も肯定もできん」
「そう……ですか……」
肩を落とす真理子。
だが彩音は、自分が今こうして生きていることを考えると、やはり真理子の「もしかして」話が頭から離れずに残り続けてしまう。
もし、真理子の話が本当だとしたら、自分はどうするべきなのか。
いや、どうもこうも、カスミが霊である以上、送らないといけないのだろうが。
……門神としては、そうなのよね……でも……。
一度空っぽになったおかげか、前より自分の霊力を意識しやすくなり、今のところ頭もすっきりしている。余計な情報が入らなうちに、カスミのことについてもっとよく考えておきたい。
そう思いながら、力を集中する彩音。
だが、
「……あ、あれ……」
焦り顔の彩音を、不思議そうな顔をして三人が見た。
「どうしたの? 彩音」
聞いてきた緑子に、彩音は、震え声で返事をする。
「……出せないの……門……」
●
その日の夜。
帰宅した横山を含む、五人で夕飯を済ませた後、緑子と真理子は各々家へと帰って行った。
そして彩音と寧々は、横山が話があるというので、リビングに来ていた。
「ふむ……改めて確認したけど、霊力も順調に回復しているようだね。よかったよかった」
リビングのソファーに座る彩音を、横山はじーっと見つめ、軽く笑みを交えながら安堵の表情を向けてきた。
「いえ。先生と、皆のおかげです。本当に、ありがとうございました」
そんな横山に対し、彩音は暗い表情で頭を下げお礼を言った。
「いや、僕より坂下君だよ。僕が公園に着いた時、すでに榎本君に霊力を移し始めてたからね。ここまで運転している最中もやってくれていたし、そうじゃなかったら、本当に危なかったよ」
ただ、と横山は続ける。
「門が出せない、というのは、ちょっと気になるけどね。霊力はきちんと回復しているのに」
言われた彩音は、視線を落とす。
「センセ、なんか原因、思いつかへんか?」
懇願するような声色で言う寧々に、しかし横山は首を振った。
「いや、霊力が戻っているし、出し方を忘れている、というわけでもない。だったら、あとは精神的問題、というのが、僕が今出せる結論かな」
「そう、ですか……」
横山の言葉に、彩音は俯いて答えるしかない。
そんな彩音を見て、横山は口を開いた。
「……話してもらってもいいかな? 一昨日の夜、何があったのか。もしかしたら、門が出せなくなった原因の、ヒントがあるかもしれない」
言われた彩音は、小さく頷くと、静かに、ゆっくりと話し始めた。
カスミに何を言われたのか、カスミの過去、カスミの行動、カスミがしようとしていること。
それらすべてを、覚えている範囲で、できる限り正確に伝えた。
そして、カスミの門掌に掴まれた、というところまで話すと、横山より先に公園に着いたという寧々が引き継いだ。
寧々は、日課であるランニングの最中に、カスミの霊力を感じて公園に駆けつけたらしい。
そこから先は、先程聞いた話と同じだった。
そして、話が終わると、横山は、そうか……と言って大きく息を吐き、彩音の方を向いた。
「カスミに言われて、霊を送る、ということに対して疑問を持ってしまったのかもしれないね」
言われた彩音は、ハッとした。
「……そうかも、しれません」
「榎本……」
声を震わせる彩音に、寧々が心配そうに声をかける。
「私は、カスミを送っていいのか、それがわからないんです……。門神だからって、ただ霊を送るだけでいいのか、って……。もっと相手のことを知って、理解して、相手の気持ちを知って、その上で、お互い納得の上で、送ってあげるべきなんじゃないかって」
「そんなんはウチもわかっとるけど……せやけど、それを一人一人とやっとったら、時間も、人手も足らんて……」
寧々の言葉も、わかる。わかるのだが、
「――確かに、全ての霊に対して、ってわけにはいかないだろうけど」
と、横山が入ってきた。
「けど、少なくとも今回は、彼女、カスミについて理解を深めておかないといけないだろうね。僕は霊を送れないから、坂下君と榎本君に任せるしかない。けどその代り、榎本君が自分の気持ちに整理がつくよう、手助けをすることはできる」
え? と顔を上げる彩音。
「……この前、学校にカスミが現れた時、僕はもう一度調べる、と言ったね」
言いながら、横山は胸ポケットから鍵を取り出した。そして、
「地下室の目立たない場所に金庫があったんだよ。そして、その中に父さんの日誌が何冊もしまってあった。そして日誌には、研究所の創立から、爆発した日までのことが詳細に書いてあった」
横山の言葉に、彩音と寧々は驚愕した。
「なっ! 本当ですかっ!」
「それで、どうだったんや!」
口々に言う二人に、横山は落ち着くよう言ってから、ゆっくりと話し出した。
「じゃあまず、研究所で何をやっていたか、についてだね。二人は、研究所創立の経緯について、知ってる?」
尋ねる横山に、彩音と寧々は首を横に振る。
「そうか、じゃあそこから話そう。まず、僕の父さんと榎本君のお父様は大学で先輩後輩だった、ってことは知ってるよね?」
言われた彩音は頷いた。横山の父が先輩だったらしい。昔は仲が良かったらしいが、少なくとも、彩音が小学生に上がってからは交流がなかった。
「じゃあ、二人が大学時代お世話になった教授が、坂下君のお爺さんだということは?」
さすがにこれは知らなった。
「ええっ! ……って、ああ。だから創立に関わってるのね」
が、すんなり飲み込めたのは、寧々の事前情報のおかげだ。
「……そういや、元教え子の娘がウチと同い年とか言っとったな」
「そこは忘れちゃいけないんじゃないの?」
それは絶対彩音のことだ。
「というか坂下、あんたのお爺さんって……その、あれよ、凄い人なのね」
「なんや、その幼稚園児が鼻で笑うレベルの語彙力は」
「うっさいわね。凄すぎてパッと言葉が出なかったのよ」
具体的にどう凄いのか確認する前に口を開いた結果だ。
「はは……それで大学では、表向きは一般の科学者の卵として活動を行い、裏では太古の門神について研究していたそうだよ。どのような活動をしていて、社会的地位がどうだったか、とか……あとは……昔の門神は霊とコンタクトを取るために様々な道具を用いていた、とか」
当然発掘から分析までやっていたが、どちらかというと彩音の父は発掘、横山の父は分析を得意としていたらしい。
そして、彩音の父が大学を卒業するタイミングで、横山の父が提案し、さらに寧々の祖父から援助を受け、研究所を創立した。
もちろん、こちらも表向きは門神のことには触れず、国営の民俗博物館などに依頼を受け、研究費と社会的地位を得ていた。
「僕の父さんは、榎本君のお父様が持ち帰ったサンプルを分析して、記録していた。それと並行して、残っている霊力の残滓から、霊や、門神の記憶を読み取ろうとしていたんだ」
「記憶って……そんなのが読めるんですか?」
「まあ、それが本当に正しいかどうか、確認のしようがないから何とも言えないんだけどね」
だが、研究が思いのほか順調に進んでいた横山の父は、さらなるステップアップを望んだ。
「それが、人工的に、霊そのものを再現することだった。小説や映画で、遺伝子を元に恐竜を復活させる、という作品があるが、ようはそれだ。その技術を利用して、昔の門神を、疑似的ではあるけど甦らそうとしたんだ」
彩音と寧々は、思わず身を固くした。
……つまり、その研究の結果がカスミ、というわけね。
研究は、しかしこれまでとは違い中々思うようにいかなかったそうだ。
霊の情報は、記憶は読み取れる。だが、それを存在として形作って固定するには、霊としての核が必要不可欠だった。
「最初は、霊力を集めて固めていたんだけどね。核として利用できるくらいに圧縮するのは、ちょと無理があったそうだ。門神は、どちらかというと分解がメインだからね」
核を作る難しさはよくわからないが、分解がメインと言う点に関しては、確かにそうだ。と、彩音は思った。
門も門掌も、霊を分解してから圧縮するが、圧縮はあくまで送るとき、霊に負担がかからないようコンパクトするために行っていることだ。圧縮は、分解した霊が四散しないよう固めればいい程度で、そこまで固くする必要はない。
「実はね、霊力を圧縮する実験には、澄香さんも協力していたみたいだよ」
何気ない横山の一言に、彩音は驚いた。
「え、姉さんがですかっ!?」
完全に初耳だった。
「あの人は、昔から天才と呼ばれていて、霊力の総量も、そのコントロール技術も、他の門神とは比べ物にならないほどだったんだ」
「天才、ですか……」
両親はよく澄香のことを褒めていたが、まさか周囲の人からもそう思われていたとは。
「ほへえー、なんや、榎本の姉ちゃんって……ああ、そんなに凄いんか」
「……私と同レベルじゃないの」
人のことをとやかく言えない程度の語彙力だ。
「や、やかましいわっ。大事なのは気持ちやろ」
どこらへんにどういった気持ちがこもっているというのか。
「ええと……話、戻すよ?」
「「はいっ、すいませんっ」」
被った。
ともあれ、求めていた結果が得られない日々が続いた結果、
「僕の父さんがね、核が作れないなら、って、人間の霊から、核を抜き取ろうとしたんだ」
「え……今、なんて……」
「霊から、核を抜き取る言うたんか……」
彩音は、一つ疑問を口にする。
「……先生、核を抜かれた霊は、どうなるんですか」
問われた横山は、首を横に振る。
「核を失った時点で、霊は霧消する。そして、実験では、核に刻まれているその人自身の情報を、甦らせたい人物の情報で上書きする」
つまり、
「核を抜かれた霊は、あの世に行くことも、この世にとどまることもせず、『消える』んだ」
「そんな……それで、その実験は……」
彩音が尋ねると、横山は表情を暗くして言った。
「……実は、父さんはある程度の時期から、秘密裏に実験を行っていたみたいでね」
「嘘……」
彩音と寧々は、目を見開いて横山を見つめた。
何人もの人間が、犠牲になっていた。それも、気付かぬうちに。だ。
「それを、榎本君のお父様が見つけたそうだ。当然、問題になった」
協議の結果、横山の父は研究所を去ることになった。
しかし、
「どうしても自分の研究を完成させたかった父さんは、研究所を去る日、最後の実験を行うと、そう決めたんだ」
その計画内容が、ノートに書いてあったという。
「父さんは、自分を支持する所員を集め、実験室に入ると内側からロックをした。そして、他の所員達が扉を開けるよう叫ぶ中……父さんは、自分の核にサンプルの核を上書きしたんだ」
「なっ、なんやて……!?」
「自分の核を、自分で上書きした……?」
彩音は、耳を疑った。
「あの日、父さんの遺体は見つからなくてね。これは僕の推測なんだけど、父さんも霊力の総量が多いわけじゃないから、足りない分を、肉体を変換して補っていたんじゃないかと思う」
淡々と話を続ける横山。彩音は、横山がどんな気持ちで自分の父の死について語っているのか、表情からも、声色からも読み取ることができなかった。
「それが……カスミの誕生ってことなんか?」
寧々の確認に、横山は頷いた。
「ってことは、カスミの核、元々は先生のお父さんのもの、ってことですよね……」
そのことを、横山はどう思っているのか。
「ああ……まあそうだけど、カスミの情報を完全に上書きしているからね。あ、当時はまだカスミとは名乗っていなかったか。けど、なんにせよもう父さんとは呼べないよ」
微笑んでそう言う横山。
その表情に、彩音は若干の恐怖すら感じた。
「せ、先生は……先生のお父さんのこと、どう思っているんですか?」
尋ねる彩音に、横山は小さく息を吐いて、
「そうだね……心のどこかでは、ざまーみろ、って思ってるのかもしれない」
「そ、そんな、ざまーみろだなんて……」
確かに、横山の父は一般人の霊を殺して、実験を行ってきた。それは門神としても、人間としても許される行為ではない。それは、横山も理解しているようだ。
だが、それにしても、ざまーみろ、というのは、彩音からしたら思ってもみない答えだったし、寧々も彩音と同じ気持ちなのだろう。驚きと、疑問の色を表情に浮かべている。
すると横山は、そんな二人を見て、
「ああ、いや、実は……もしかしたら、僕がカスミになっていたかもしれなかったんだよ」
そう言う横山に、寧々がはあ? と素っ頓狂な声を上げる。
「どういうことですか?」
「うん。高校に入ってすぐの頃かな、父さんは、僕の核にサンプルの情報を上書きしようとしたことがあるんだ」
そんなっ! と、彩音は声を上げた。だが、驚くのも当然だ。その実験は、自分の息子を殺すことになるのだから。
しかし、横山はこうして生きている。つまり、
「当然、失敗したよ」
ただ、と、横山は自分の両手を見つめる。
「――その時の後遺症で、僕の門神としての道は完全に閉ざされた」
彩音と寧々は、同時に息を飲んだ。
「じゃ、じゃあ……門が出せなくなったのって、きつい修行を繰り返して体を壊したからじゃないんですか」
彩音は、澄香からそう聞いていた。
だが、横山は小さく首を横に振る。
「澄香さんにはそう言っていたけどね」
「そう……ですか……」
自嘲気味に笑う横山を見て、彩音はそれ以上の質問ができなかった。
そして、横山はさて、と前置きして、
「僕が知っていることは以上だ。二人は、他に何かあるかい?」
彩音と寧々は、少し考えた後、首を横に振った。
「そうか」
じゃあ、と言って、横山は続ける。
「榎本君。もし門が出せるようになったり、なにか相談したいことができたら連絡をしてほしい。僕も、新しい発見があったら知らせるよ」
「はい。ありがとうございます」
彩音の返事に、横山はうん、と言った後、手を二、三度叩いた。
「よし。それじゃ、今日はもう遅いし解散としよう。二人とも、家まで送るよ」
「……はい」
「あ、じゃあウチ鞄取ってくるわ」
返事を受けた横山は、車のカギを取りに部屋へと向かった。




