課外授業
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だが、結局、彩音はいつも通りのルートを、いつも通りの時間をかけて回った。
「そして、最後はいつもここ、と」
彩音がいるのは、春乃江町において唯一と言っていい観光スポット、古墳公園だ。
ネーミングに、センスとやる気がかけらも感じられないこの公園は、名前の通り、広大な敷地の中に、大小多数の古墳が点在する公園だ。
外周をくるりと回るだけでそれなりの時間と体力を消費するため、複数箇所ある出入り口付近には数件の屋台や休憩所が配置されている。
彩音は、休憩所のベンチに座っている。
周囲の屋台は閉まっている上に、日曜夜ということもあって周囲に人はいない。
「……カスミ、か……」
何気なしに、その名を口にする。
寧々の話が本当なら、ここにある古墳は、かつての門神のお墓である。そして、これは「可能性がある」程度の話だが、カスミは、その門神の霊である。
あの時は、次々と入ってくる情報を繋げて、たまたま辻褄が合う話にはなったが、よくよく考えてみると、彩音としては納得がいかない点がある。
それは、
……霊を送ることを使命としていた門神が、自分が送られるのを拒むなんて。
死んでも門神は門神。そうカスミは言っていたが、今の行いを見るに、死んでもなお門神としての使命に燃えている。という様子でもない。
それに、彩音には気になることがある。寧々達にはまだ言っていないことだ。それは、体育館で、カスミに言われた言葉。
『大丈夫。アナタは最後だから』
……最後、って、吸うのが、ってことじゃないわよね。
正直なところ、そうとしか考えられないのが現状だが、そうなると、その最後に行きつくまでに、何をどの順番で吸うのかが問題になる。
対象が門神だけなのか、それとも人間も含むのか、だ。
だが、
「結局、本人に聞くのが一番よね」
とはいえ、会いたいときに会える相手でもないだろうし、こちらとしても、何の準備もなく会ってしまったとき、生きて帰れるとは思いにくい。
寧々とは勉強会の最中確認したことだが、あの体育館での接触以降、カスミの霊力を感じないどころか、霊が若者を襲う、襲おうとしている様子がない。
緑子にも尋ねてみたが、以前と同じ症状で病院に運び込まれた若者は、最近はいないそうだ。
……というか、店の常連に病院や警察の関係者がたくさんいたとはね。
店は、駅からそう近くはないのだが、街自体がそこまで広くないため、いつも繁盛しているように見える。それを考えると、緑子が情報通になるのもおかしくはないのかもしれない。
だが、緑子は横山が元門神だということは知らなかった。無論、彩音のように生きている人間から依頼を受けるような人でない限り、あまり門神が素性を話すことはない。
……けど、姉さんから聞いてると思ったんだけどなあ。
家が隣ということもあり、当然澄香も緑子と仲が良かった。にもかかわらず、緑子が知らないということは、
「……姉さん、プライバシーって単語、知ってたんだ」
何気に酷いことを言っているな、と思っていたら、
『随分と酷いことを言うじゃないの彩音ちゃん。澄香ちゃん、傷ついちゃうわよ』
と、冷たい気配が背中を撫でまわした。
「――っ! あんたっ! なんでここにっ!」
勢いよく立ち上がり、振り返る。
見ると、カスミがこちらに視線を向け、微笑んでいた。
まさか会えるとは思っていなかった彩音は、必要以上に驚いていしまった。
『なんでってねえ……』
と言うカスミは、ベンチの背もたれに両腕を乗せ、体重をかけた。
『ここ、ワタシのお墓で、今は家なのよ』
カスミの言葉に、彩音は驚愕した。
「墓って……古墳が……? じゃあ、まさか……」
寧々と話していたことが、本当だったというのか。
『ふふ……その反応。少しはワタシのこと考えてくれてたの?』
カスミは、とても嬉しそうに彩音を見つめる。
「……さあ、どうかしらね」
あえてとぼけてみた。すると、
『あら、つれないわね。……まあいいわ』
と言って、カスミはベンチの、彩音が先程まで座っていた位置に腰かけた。
『大事な大事な彩音ちゃんには、いいことを教えてあげる』
「いいことって?」
カスミは、ふふ、と笑った。そして、
『ワタシの正体について、六年前何があったか、そして今この姿をしているのはなぜか……どれがいい?』
「なっ!」
どれ、と聞かれたら、もちろん全部だ。だが、
『ああ、でもやっぱりだめね。だって、これ個人情報だもの。ワタシ、プライバシーって単語はちゃあんと知ってるのよ?』
足をブラブラさせながら、楽しそうに言うカスミ。
「このっ……」
思わず握り拳を作りそうになったが、カスミが思い出したように、
『あ、でもワタシって、澄香ちゃんでもあるのよね。つまり、彩音ちゃんのお姉さん。だったら、可愛い妹に真実を話すのは、悪いことじゃないわよね』
朗らかに笑うカスミに、彩音は一瞬門掌を出そうかと思ってしまったが、向こうが勝手に納得して、勝手に話してくれるのなら、ここは我慢だとおさめた。それに、正直戦闘になっても勝てる見込みがない。
それでも、
「……それで、話してくれるの? くれないの?」
多少口調が荒めになってしまったが、カスミは意に介さないようで、
『もちろん話してあげるわ。ただし、全部とは言わないけど』
「あら、どうしてよ。もったいぶるのはよくないわ」
『焦らないで彩音ちゃん。一度に全部話してしまうより、毎日こうしてゆっくり語らう方が、お互い楽しめていいじゃない』
……私は楽しくない。
何が楽しくて、カスミと毎晩向き合わなければならないのか。正直、今こうしている間もカスミの霊力が強くて体が強張っている。だが、これだけの霊力なら、寧々も気付いている可能性が高い。
援軍としては心強いが、もしこの場に来たら、部外者が来たと、カスミの機嫌が損なわれるかもしれない。
……仕方ない、今は話を合わせるしかないか。
彩音は、一度深呼吸すると、できるだけ平常心で話しかけた。
「そ、そうね……わかったわ。それで、今日は何を話してくれるの?」
『あら、分かってくれて嬉しいわ。変なのもこっちに向かってるみたいだし、邪魔が入らないうちに話しましょう』
……ああ、やっぱり来てるのね。というか、私の関知能力ひっくいわねー。
『じゃあ今日はワタシの正体、いや、出生、と言った方がいいのかしら。それについてお話ししましょう』
カスミの口調が、まるで教師のようだ。と彩音は思った。
『では彩音ちゃん。単刀直入に聞くけど、ワタシの正体って、何だと思う?』
聞かれた彩音は、
……正体って……でも、さっきあの古墳が自分の墓って言ってたわよね。
少し考えた後、近くの古墳を指さして、
「……何百年も前に存在した、昔の門神?」
答えた。すると、
『わーお。考えているようで、実は言われたことを鵜呑みにしてるだけね』
「悪かったわねっ!」
思わず声を張り上げてしまった。だが、
『まあいいわ。一応、半分正解だから』
半分、という言葉の意味を考えるより先に、カスミが続きを口にした。
『じゃあ、ヒントとして、あの研究所で何をしていたか、当ててみて』
「ヒントを当てに行かないといけないの?」
それでは、普通に第二問と言っているのと同じだ。
『ワタシがただ一方的に教えるだけじゃ、彩音ちゃん身につかないでしょ』
「く……変なところでまっとうなこと言うんだから……」
とにかく、当てるしかない。なら、まずは自分が知っている情報を出すか。
「……昔の門神が、どういう生活を送って、門神としてどう活動していたかを調べる」
だが、カスミは、胸の前で大きくバッテンを作る。
『駄目よ彩音ちゃん。それは目的であって、ワタシが言っているのはその手段が何か、ってことなんだから』
舌打ちしたくなる程度には正しいことを言っている。だが、
「誰かさんが研究所をぶっ壊したから、調べたくても調べられなかったんだけど」
言うと、カスミは、
『……それもそうね。じゃあ仕方ない』
そう言って、ぴょん、とこちらに近付いてきた。
『あの研究所ではね、霊のクローンを作ろうとしていたのよ』
「く、クローン……って……」
突然出てきた単語に、戸惑う彩音。だが、カスミは構わず続ける。
『つまりね。ワタシのお墓を土足で荒らした人間がいて、その人間が勝手にワタシを複製しようとした結果がこれ、ってことなのよ。だから、一問目の答えは半分正解』
淀みなく話すカスミに、彩音は待ったをかける。
「え……ちょっと待って。じゃあ、父さん達は、昔のことを知りたいって、それだけのために、死んだ人を甦らそうとしたってこと?」
……嘘、でしょ……。
そんな自己中心的な話があるのかと。しかも、それを行ったのが自分の両親だった。あの優しかった二人が、そんなことをするとは、とても思えなかった。霊を送るために存在する門神が、送る対象である霊を、墓を暴いてまで自ら造り出すなどと。
そして彩音は、一つ思い出すことがあった。
寧々と話していたこと。もしカスミが昔の門神だったとして、研究所を襲って爆発させ、そこにいた人達を襲った理由。それはつまり、
「食事のために、門神が集まっている研究所に行ったのだと思ってた……けど……」
言うと、カスミは首を横に振った。
『まさか。ワタシはこれでも味にはうるさい方よ?』
そしてカスミは、指を一本立て見せた。
『それじゃ、ヒントをあげるわ。大丈夫、今回は無償サービスよ』
ニコリと、カスミは笑った。
『ワタシが目を覚ましたとき、目の前に何人か人がいたわ。ワタシを見て、興奮した様子でこう言ってたの。『ようやくだ。ついに成功だ』ってね。……でもそれってつまり、失敗して、できそこなったワタシもどきが、ようやく、と言える数、生まれては死んで、そのたびに、霊力の塵となってこの世に溶けたか、中途半端な形のまま、あの世に送られたってことでしょ?』
「――っ!」
言われた意味を想像して、目を見開く彩音。
カスミは、声量を上げ、テンポを上げ、言葉を叩きつけるように、こう続けた。
『考えてみて頂戴。ワタシの、本物のワタシはすでに送られている。もう向こうにいるの! 何百年も前の話よ。それに加えて、その他の、失敗したワタシが何十人も向こうにいるかもしれない。じゃあこのワタシは? ワタシは送られたらどうなるの? 向こうにいる本物に、『偽物は帰れ、消えろ』って、そう言われるかもしれないのよ? 失敗作の、中途半端なワタシ達が、完成品の私を羨んで、妬んで、恨んでくるかもしれないのよ? それを考えたことある? 榎本彩音。あなたは、送られる側の気持ちを、考えたことがある?』
「……」
彩音は、何も言えなかった。
確かに、門神は霊を送ることができる唯一の存在だ。だが、送られた霊が天国に行くのか地獄に行くのか、いや、本当はどこに行くのかなど、彩音は考えていなかった。
もちろん、送ることを作業や、事務的に考えたことはない。
信じていたのだ。両親や、澄香に教わったことを。霊を送ることは、霊を救うことだと。
だが彩音は、自分がどこに送っているのか、送られた霊がどのように存在し、今現在、どのような生活を送っているのか、それを知らず、考えず、ただ「大丈夫。向こうはいいところだから」と、自分の使命を果たすための、おためごかしを言ってたのだ。それが、どういう結果をもたらすかなど、考えもせずに。
下を向き、唇をかみしめる彩音。その様子を見て、カスミは目を細める。
『――だから、ワタシはその人達を、吸い尽くして、殺してやったの』
はじけるように、顔を上げた彩音。
正面のカスミは、当時のことを思い出しているのか、目線は彩音の上、空を見上げている。
『そうしたらね、部屋の中に、他の人間も入ってきたの。もちろん、ほとんどが門神だったわ。その人達をね、ワタシは一人残らず……本当に一人残らず、吸い尽くすことにした。だって、そうしないとワタシが送られるんだもん』
そして、カスミは視線を落とし、彩音を見つめる。
『そこから先は、彩音ちゃんの知っているとおりよ』
「……まだよ。まだあんたが姉さんの姿をしている理由を聞いてないわ」
言うと、
『あら、それはまた後日の約束よ?』
微笑みながら、カスミはゆっくりと彩音に近付いてくる。だが、彩音は動かず、ただカスミを見ている。
カスミは、彩音のほほをを軽く撫でながら、愛おしそうに彩音を見ている。
『ああでも、送られる側のことを考えろ、っていうのを、彩音ちゃんに言うのは酷よね』
「……どうしてよ」
だって、とカスミは言った。
『彩音ちゃんも、どちらかというとワタシの側だものね。本人の預かり知らぬ理由で、周囲の存在に振り回されるの。ワタシは、勝手に産み落とされて、用が済んだら送られる。そして彩音ちゃんは、そんな身勝手な大人達と、ワタシとのゴタゴタに巻き込まれて、大好きな家族を失った』
言われた彩音は、カスミの手を払った。そしてカスミをにらみつける。
「……周りのゴタゴタがどうだろうと、殺したのはあんたよ」
言い放つ彩音に、カスミは一瞬驚いた顔をしたが、『……そうね』と、少し悲しげな表情をして視線を下げた。
「……なによ……」
先程とは打って変わって、萎れた花のように小さく見えるカスミ。まるで、こちらが言い過ぎたかのような、そんな気持ちにさせられた彩音は、思わず一歩下がってしまった。
だが、カスミは目線をこちらに戻し、悲しげに微笑むと、こう言ってきた。
『だから、ワタシが、その代りをしてあげる』
……は?
「何を、言っているの……?」
カスミは、ふふ、と笑うと、
『だから、これからは、ワタシが彩音ちゃんのそばにいてあげる。って言ってるの』
カスミは、両手を広げ、空を仰ぐ。
『ワタシが彩音ちゃんから奪ってしまった時間と関係。残念ながら、それをそっくりそのまま返してあげることはできないわ。だから、その代わりに、ワタシがこれからの時間を、すてきな物に変えてあげる。彩音ちゃんが、この先悲しまずに済むようにしてあげる』
何を言っているのだ。と、彩音は思った。同時に、こちらに向きなおしたカスミの目が、座り始めていることにも気付いた。
『だからね、彩音ちゃん。一緒に授業をしましょう』
「じゅ、授業ですって……?」
そう、とカスミは言った。
『道徳の授業よ。よく言うでしょ? 『相手の気持ちになって考えなさい』って。だから、ワタシ達が先生になって、みんなに教えてあげるのよ。振り回された者の、気持ちってやつをね』
彩音は、全身に力が入るのを感じた。
「それじゃ……また殺すって言うのっ!? 六年前のように、この前の、体育館でのようにっ!」
『『――先に殺しに来たのはそっちじゃないっ!――』』
「――っ!」
声が、二重になって聞こえた。同時に、周囲の霊力が濃く、重くなる。
『勝手に墓を荒らして、勝手に作って、そして勝手に殺しに来る……こんな理不尽が、あってたまるものですか……!』
彩音は、また黙ってしまった。
そうだ。確かに、カスミからすればこんな勝手な話はない。むしろ、正当防衛と言っても通るだろう。
霊として存在している以上、出会った門神は必ず送ろうとする。門を通らなければ説得し、それでもだめなら門掌を使う。だが、
『送られることが霊にとっての最善、送ることが正義、だなんて、送る側の勝手な言い分よ』
そうだ。カスミの言う通りだった。
だが、
「じゃあ、あなたはどうなの? かつては門神として生きていた、あなたは」
彩音の言葉に、カスミは少し間を置いてから、
『……そうね。確かに、ワタシも送る側だった。けどね、今こうして、送られる側になったことで、色々と見えてきたの』
だから、とカスミは続ける。
『さっきの話に戻るわ。ワタシが感じたこと、学んだこと、理解したことを、全ての門神に教えてあげるの』
冷ややかな声が、彩音に降り注ぐ。
「そのために……殺すの?」
カスミは、一つ頷いた。
『大丈夫。死んでも、門神は門神だから。幽霊になってからでも、ちゃんと活動はできるわ』
彩音は、歯を食いしばり、胸を張って言い放った。
「そんなこと、させないっ!」
すると、カスミは目を細め、口角を上げて笑った。
『――そう。じゃあ、あなたの家族と一緒に、ワタシの中で見ていて頂戴』
「……え?」
ワタシの中、とは、一体どういう意味なのか。彩音は疑問に思った。
『知ってるでしょ。ワタシはこの街にいた門神を吸って、体内に吸収した』
だから、と、カスミは自分の胸に手を当て、続ける。
『この中には彩音ちゃんの両親も、お姉ちゃんもいる。だから、ワタシに吸われたらきっと私の中で会えるわ』
「そんなことっ!」
『ありえないって、言い切れる?』
残念ながら言い切れないのが正直なところではある。が、仮に本当だとしても、ハイそうですかと言って吸われるわけにはいかない。
歯を食いしばり、いつでも動けるよう集中する彩音。
そんな様子を見て、彩音をからかうように、とても楽しそうな笑顔を見せるカスミ。彩音に向かって、ゆっくりと近付いてきた。
『そんなに警戒しないでほしいわね』
思わず後退る彩音、しかし、それを追いかけるようにカスミも一歩ずつ前へ進む。
そして、ある距離まで近付いてきたカスミが、突然姿を消した。と思った瞬間、今度は彩音の目と鼻の先のところに現れた。
『……残念ね。前に言った通り、彩音ちゃんを吸うのは最後にしようと思ったのだけれど』
「――――なに、をっ!」
どういうことだ、と聞こうとした瞬間、後ろで霊力が弾けるのを感じた彩音は、首がねじ切れるほどのスピードで振り返った。
「なっ!」
『じゃあね』
門掌が目の前まで迫っている。と、頭が理解するのと同時、彩音の意識はそこで途絶えた。
…………………………
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………………
…………
……
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