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門神見習い榎本彩音  作者: のぐち
第三章
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お泊り勉強会


第三章



 校舎内で霊が大量発生し、体育館でカスミと名乗る霊と出会ってから二週間と少しが経った。

 そして今日、金曜日の夕方。彩音達四人は、学校が終わると各自一旦帰宅し、お泊りセットを持参の上、彩音の家に集合した。

その目的は、

「……なあ榎本。中間試験の中間って、何と何の中間なんや。アレか、地獄と天国か。勉強すれば天国、しなきゃ地獄」

「門神として神経を疑うレベルの単語選びね。学期の中間に決まってるでしょう。それに、勉強したって地獄の人も大勢いるわよ」

「あと、口では『やってへんで』って言っておきながら、裏でごっつ勉強しとるやつな」

「ああ。そういうのは、手を見てペンだこを探せば、裏切り者を判別できるわ」

「自分、中学ん時なんかあったんか」

「……ええと、遠藤さん。ここなんですが、教えていただけますか?」

「ほーい、どれどれー?」

 そう。高校入学後初めて受ける試験。中間試験だ。

 カスミと出会った日から数日間を、体力と精神力の回復に時間を費やし、ようやく全員のコンディションが整ったと思った矢先、

「みんな知っての通り、来週の木、金は中間試験です。もう一週間切ってるから、この土日が踏ん張りどころ。みんな、頑張ってくださいね」

と、各々の担任が中間試験について告知をしたのだ。

 当然、四人ともカスミの件に思考のほとんどを持っていかれていた状態で、言われるまで試験のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。

 そこで、四人の中で一番成績がいい緑子指導の下、彩音の家で勉強会が行われることになったのだ。

「あーこれかー。これからあたしのこと、名前で呼んでくれたら教えてあげる」

 ニヤリと笑う緑子。

 ……なに、その条件は。

「え、な、名前ですか? ええと……お願いします、緑子さん」

「おっけー。色々教えちゃうよー」

 手をワキワキさせる緑子。何を教えるつもりなのだろうか。

「よ、よろしくお願いしますっ」

 訳も分からずお辞儀をする真理子。こちらはこちらで将来が心配な気がする。

「しっかし、真理子ちゃんは普段からちゃんと勉強してるみたいだから全然心配ないけど、あんた達二人は……ちょっとあれねえ……」

 半目でこちらを見てくる緑子。

 言われた彩音と寧々は、一瞬固まった後、

「ほ、ほら。私、毎日街をパトロールしてたじゃない? だから、勉強とか、ほとんど出来なかったのよねえ」

「ああ、ウチはアレや。実はまだ荷解き終わってなくてなあ。家ん中で勉強する空間ないんや」

 見苦しいほど言い訳にならない言い訳を並べる二人。

 真理子は微笑ましく見ているが、緑子は半目で見つめている。

「まあいいけど。あたし達は部活やってるわけじゃないし、赤点取ったところで先生からの視線が痛くなるだけだからねえ」

「あの、補習授業などを受けないといけないので、行動時間はかなり減ると思いますけど」

 緑子と真理子、二人の言葉が彩音と寧々に刺さる。

 ……そう言われてもね……。

正直、苦手な教科というのは、単純に分からないということもあるが、好きになれないというのもある。

最初のころに躓いて、そこからズルズル嫌いになったのか、それとも嫌いになる決定的な何かがあったのか。

「……」

 彩音が思い出そうとしていると、緑子がじーっとこちらを見てきた。

「な、なにかしら、緑子」

 笑顔を向けると、緑子は一度鼻を鳴らして、

「嫌いな理由を探すのも悪くないけどさ、好きな箇所と理由を増やす努力をした方が、時間効率いいんじゃない? 特に、今はそんなに余裕ないんだし」

「はい、ごもっともです……」

 ……なんで分かったのよ……。

 実は心を読めるのではなかろうか。

 ともあれ彩音は、大事な親友のアドバイスに従って、再びペンを走らせることにした。


      ●


 そして、数時間後。

 リビングにいる彩音は、テーブルを拭きながら、寧々の感心した声を聞いた。

「遠藤、自分、随分料理うまいんやな。家で手作りチャーシュー食べたん初めてやわ」

 緑子と寧々がいるキッチンから、食器を洗う音がする。

「得意って言うか、家の手伝いやってるからほぼ本職?」

「え、マジか 絶対行くっ。今度絶対行くっ!」

 すでに実食済みな分、決断は早かったようだ。

「まいどー。店は隣の家よ」

「え、マジでかっ! 近いやないかっ! ウチの家からチャリで十分かからんっ!」

 意外と近くに住んでいるらしい。

 ……あの様子だと、すぐ常連になりそうね。

 寧々は一人暮らしをしているが、今のところ昼食は毎日パンを買っている。恐らく朝も夜も自炊はしていないのだろう。

「お風呂沸きましたよー」

 言いながら、真理子がリビングに入ってきた。

「おおぉ、待ってましたー。ほら、寧々タンこの皿で最後だからちゃちゃっと」

「ちょ、慌てんなや。あとタンやめい」

「割ったら弁償だからねー坂下ー」

「なんでウチだけに言うんやっ」

 そういうキャラだからではなかろうか。

「ありがとう四ノ宮さん。掃除もしてもらっちゃって、悪いわね」

 布巾を畳みながら、お礼を言う彩音。

 というのも、

「いえ。私、小さいころからお風呂掃除が好きだったので、得意なんですよ」

 と、夕食の準備を始める段階で、真理子が掃除と用意を買って出たからである。

「じゃあ、入る順番決めよー。まず私っ!」

 洗い物が終わったのだろう、緑子がキッチンから元気に飛び出してきた。

「ああ……うん、そうね。緑子、今日はありがとうね」

 勉強会の講師と、食事の用意。考えれば考えるほど、緑子には頭が上がらない気がする。

「せ、せやな。ウチも後でええよ」

 彩音と寧々が頷くと、緑子は真理子の手を取って上下に振り始めた。

「そういうことだから、一緒に入ろ、真理子ちゃん」

「え、わ、私も、ですか?」

 戸惑う真理子は、ちらりとこちらを見てくるが、アレは止めてほしいのか、それとも緑子の本気具合を確認しにきているのか。もし後者なら、緑子はもちろん本気である。

「私と一緒じゃ、嫌?」

 上目使いで真理子を見上げる緑子。

「そんなことはありませんよ。ただ、私もお先に頂いてしまっていいのかと……」

 言いながら、再びこちらを見てくる真理子。

 ……ああ、そういうことね。

 ようやく理解した。

 彩音は、寧々に向かって頷く。すると、向こうも同じように返してきた。

 確認が取れたところで、彩音は真理子に向き合う。

「大丈夫よ。四ノ宮さんはお風呂掃除してくれたわけだし、むしろ一番で当然よ」

 彩音の隣、寧々も、真理子に向かって笑顔で頷いた。

「ありがとうございます。では、お先に頂きますね」

「さあさあ行くよ、真理子ちゃん!」

「あ、は、はいっ!」

 真理子は、軽く会釈すると、緑子に引っ張られて廊下へと出て行った。

 そして二人の声が聞こえなくなると、寧々がこちらを見てきた。

「なあ榎本、ちいと話があるんやけど」

「話? いいわよ。お茶でも淹れる?」

 キッチンを指さすと、寧々は少し間を置いて、

「……梅こぶ茶あるか?」

「しいたけ茶なら」

「代替え品として提案するにはかけ離れすぎやろ。大体、あれは出汁やないのか?」

「ふ……飲んでみなさい。そしたらわかるわ」

「おおう……」

 得意げに鼻を鳴らした彩音は、湯を沸かして、手早くしいたけ茶を二人分用意した。

そして、

「はい、どうぞ」

 と、食事の時と同じ席に座っている寧々にマグカップを渡し、彩音も先程と同じ、寧々の正面に座る。

「……いただきます」

 しばらく匂いを嗅いだ後、寧々は一口飲む。すると、

「……あ、旨いやん」

「そうでしょうそうでしょう。この香りがたまらないのよー」

 と、彩音は若干体をクネクネさせながら香りを堪能する。

 そんな彩音の正面、同じく少しテンションが上がった寧々が、マグカップの中身を半分ほどに減らしたころ、話は本題に入った。

「それで、話なんやけどな? この街に、門神がいない理由についてや。あれ、研究所が大爆発したのと関係あるんか?」

 驚いた彩音は、しかしこぼさないよう、ゆっくりとマグカップを置いた。

「……どうして研究所のこと知ってるのよ」

 彩音自身、研究所についての思い出は、両親が働いていたことと、家族が死ぬ原因となった爆発が起こったことしかない。

「あんなあ、ウチがダーツで行先決めたとでも思っとんのか。あの研究所な、ウチの爺ちゃんも、創立に関わっとるんよ。だから、春乃江町行って、誰か当時の状況知っとるもんに話聞いてこい言うてな」

「え、そうだったの?」

 まさか、寧々がこの街に来た理由も絡んでくるとは思わなかった。

「え、でも創立関わってたなら詳しい情報行ってないの? というか、何で今更?」

尋ねると、寧々は、「あーそりゃなあ」と前置きして、

「ちょうど爆発した時期、爺ちゃん体壊して入院しとってなあ、それどころやなかったんや。そんで、今回の入学決める時に、思い出したように爺ちゃんがここにせい、って言ってな。運よく所員の霊に会えれば、生の話が聞けるはずや、って。ま、今更なのは確かやけど、爺ちゃんとしても気にはなっとるようやで」

 寧々の説明で、ああ、と彩音は納得した。

 そんで、と寧々は続ける。

「爺ちゃんから聞いた話やけど、あの研究所は、何百年前の門神が、どういう活動をしとったか、それを研究しとったんやろ? 街にある、えらい古墳だらけの公園、あの古墳は昔の門神の墓で……とか、そんなん」

「……いや、初耳よ」

「なんでや」

 ……なんで、って言われても。

「両親は、家で仕事の話をしないタイプだったのよ」

 話さないだけでなく、家の中に仕事関係のものを持ち込むことすらしない。

体育館でカスミと会った日以降、彩音は家の中をもう一度捜索したのだが、やはり研究所についての資料はなにもなかった。

「あー……あー……まあ、その方がええこともあるわなあ……」

 何を思い出してるのかわからないが、項垂れている寧々に、彩音はグッと身を寄せる。

「で、研究内容って、さっき言ったやつ……過去の門神がどうって」

 彩音の言葉に、寧々は、いや、と言って、

「ウチも詳しいことは聞いてないからわからんて。ただ、言いいたいんは、門神について研究しとった研究所が大爆発起こして、所員のほとんどが死亡したっちゅう事実。そんで、今この街には門神が榎本しかおらんっちゅう事実。この二つは無関係とは言えんやろ、って話や」

 寧々の言葉に、彩音は少し間を置いてから、ゆっくりと頷いた。

「……そうね。あの爆発が原因で、街にいた門神が全員死んだ。とは思ってないわ。でも、あの爆発以降、街のどこに行っても門神の霊力を感じなくなったのは確かよ。毎日パトロールしてるから、これは本当」

 それと、と彩音は続ける。

「もう一つ、気になっていることがあるの」

「なんや」

 彩音は、思い出して、確かめるようにゆっくりと言う。

「研究所が爆発してからもう六年。だけど、今日会ったカスミと……外見だけだけど、姉さんを除いて、門神や、所員の人や他の家族の霊も、とにかく、その人達とまったく会わないのよ」

 人間が死んでから霊として現れるまではタイムラグがある。それは緑子にも言った通りだ。

 しかし、

「六年……それはいくらなんでも長すぎやな。……けど、カスミと榎本の姉ちゃんは今日会った……」

 そこまで言って、寧々は何かに気付いたように、目を見開く。

「なあ榎本、今日カスミは『食事』や言うとったけど……あの集めとった霊は……」

「……本当に食べた、というか、吸収してたわ」

 すると寧々は、声を震わせて、

「じゃあ榎本……その、研究所の所員達は……」

 寧々の言葉に、彩音はコク、っと頷く。

「私は、カスミが吸収したんじゃないか、って、そう思ってるわ。実際、坂下が気絶した時にカスミに聞いたんだけど、あの子、否定しなかった」

「じゃあ、爆発で死んだんやのうて、爆発で怪我したり、瀕死状態になっとったところを、カスミに吸収されて死んだ、ちゅうわけか……」

 怒りからか、歯を食いしばる寧々。

「私も、こうして話しててようやく納得がいった、って感じよ。もちろん、街にいた門神が全員研究所で働いていたわけじゃないと思うけど」

 だが、

「働いてなくても、研究内容がさっき言ってた通りだとしたら、地元の門神、ということで多少なりとも関わっていた可能性が高い。だとしたら、その研究所で爆発が起きて、しかも超強力な霊力を放つ霊が現れたら、その時、人として、門神として、どうするか」

「……ま、現場に行くやろな」

 すると、霊が人の魂を吸収している現場に遭遇する。というわけだ。

 そこから先を想像するのは、難しいことではない。

「――なあ榎本。思い出したんやけど、カスミが言っとったよな、『死んでも門神は門神』て。つまり、カスミは元々門神やった、ってことでええんよな」

「そうね。でないと、研究所にいた人達全員の霊力なんて、吸収したところで耐えられるはずないもの」

「じゃあ、問題はそれが誰か、っちゅう話やな。……案外、その何百年も前の門神だったりしてな」

 場を和ませるためか、少しおどけた口調で言う寧々。それに対し、彩音は小さく息を吐いて、

「そんなわけないでしょ。どっかのタイミングで、その時代の門神に送られてるわよ。それに、もし本当にカスミが何百年も前の門神だったとして、研究所を爆発させて、所員達を殺す理由がわからないわ。それこそ、食事だとでも言うの?」

 だが、言ってて思いのほかしっくりきている自分がいることに、彩音は気付いた。そして、それは寧々も同じようで。

「あー……つまり、何百年前の強力な門神が、死んでもなお、自分を送ろうとする門神を逆に吸収して今も生きながらえ、消耗したらまた霊を吸収する……と、それを繰り返しとるわけか。研究所については、勝手に自分のことを調べようとしたさかい、逆鱗に触れた、とか……」

 もしそうだとしたら、それは完全に悪霊と呼んでいい部類だろう。

 だが、

「なんや、ホンマにしっくりきてもうたな……」

「……そうね。結論付けるのは、まだ早いでしょうけど」

 横山も、一応調べてはいるはずだ。その報告を聞いてからでも、遅くはないだろう。それに、今出た話が本当だろうとそうでなかろうと、カスミが霊で、若者を襲うよう街の霊達に命令している張本人である以上、やるべきことは一つなのだ。

「……先生、何か見つけてるといいけど」

 そう言う彩音に、寧々も同意した。

「せやな」

と、二人同時に背もたれに体重を預け、天井を見始めた瞬間、

「あの、その研究所についてなのですが、少しお話がありまして……」

 と言いながら、寝間着姿の真理子が、緑子とともに入ってきた。

「四ノ宮さん……話って?」

 彩音が尋ねると、真理子は、はい、と返事をし、全員が席についてから続けた。

「実は、私、『榎本』という苗字に聞き覚えがありまして、父にお願いして、家の帳簿を調べてもらったんです」

 ……四ノ宮家の帳簿……。

 現状、一番関わってはいけなさそうな雰囲気がにじみ出ている。

「そしたらですね。研究所に関するページに、土地の権利を持つ方や、施設の責任者などの名前が書いてありまして、恐らく、榎本さんのお父さまだと思われる方の名前が、そこに書いてあったんです」

 その名前を聞いたところ、確かに彩音の父親だった。

「で、その……父さんの名前は、どの欄? に書かれていたの?」

 思わず前のめりになる。

「はい。それがですね、研究所の……副所長の欄なんです」

「嘘……」

「マジか」

「彩音の父ちゃん、すごーい」

 帳簿に名前が書いてある時点で、それなりの立場にいたのだろうとは予想したが、まさか第二位だとは思わなかった。

 ……っていうか、いくら家で仕事の話をしないって言っても、それすら言わないなんて。

 普通、「あなたのお父さんはね、研究所の偉い人なのよー」と母親が言って、「わーお父さんすごーい」と、娘の中で父親の株を上げる。というイベントがあってもいいはずだろう。

「え、じゃあ所長は誰?」

「いや緑子、聞いたってわからないでしょ」

 突っ込む彩音に対し、

「あ、あの、それがですね……」

 と、真理子は恐る恐る続けた。

「その……所長なんですけど、苗字が、横山、だったんです」

 彩音も緑子も寧々も、思わず固まってしまった。

「……横山、って、先生だよね、彩音」

緑子の質問に、彩音は頷く。

「まあ、正確にはそのお父様でしょうね。研究所で働いていたのは知ってたけど……」

 それは、姉である澄香経由の情報だ。思えば、澄香も両親同様、研究所でのことをあまり話してくれなかった。こうなると、何の研究をしていたのか、ますます気になってくる。だが、

「さすがにそこまでは書いてありませんでした」

 と首を横に振る真理子。

「まあ、そりゃそうやろうなあ」

 寧々を含め、彩音も緑子も脱力した。

「とりあえず、横山先生待ちかしらね」

 少しでもいいから、情報が欲しい。

 試験が終わったら先生と話をしよう。彩音は、そう思ったのだった。


      ●


 そして二日後。日曜の夜。

 彩音達四人は、真理子を途中まで送るという名目の元、夜の道をともに歩いていた。

勉強会二日目以降は、初日夜の空気を入れ替えるためと、当初の目的達成のため、緑子がどこからともなく鞭と「勉強一筋」と書かれた鉢巻を取り出し、「熱血緑子塾」が開講されたのだ。

「……なあ榎本、ウチら、勉強頑張ったよな……」

「そうね。頑張ったわ、私達」

 宿泊前より少し痩せているように見える寧々。緑子の授業の結果か。

 ……緑子ったら、後半、本気でスパートかけてたもんね……。

 明らかに、一日でやる勉強の量を超越していた。

これで成績も上がっていれば、ダイエット効果もあって売れるのではなかろうか。

「それにしちゃあ榎本、自分、まだまだ余裕そうやないか」

「まあ、試験前のこれはお馴染みだからね」

 ケロッとした顔で言うと、緑子が割って入ってきた。

「だって彩音ったら、毎日毎日、パトロールだぁ、って言って、あたしが何回注意しても直前にならないと勉強しないんだもん」

「ああ、つまりダメなやつやな」

「そういうこと」

「ちょっと! 何言ってるのよっ! ご町内の平和を守ってるんでしょ!」

 自分で言うのはなんなのだが。それにしてもひどい言われようである。

「ですが、榎本さんは、ご両親を失くされてから、おひとりで毎日門神として活動なさっていたわけですよね? それは、本当に尊敬すべきことだと思いますし、町民の一人として、感謝の気持ちでいっぱいです」

 天使は身近にいたのだ、と彩音は思わず真理子の手を取る。

「ありがとう四ノ宮さん。でも大丈夫。私、お礼が欲しくてやっているわけじゃないから。みんなが幸せなら、それで十分よ」

「榎本さん……いえ、ぜひ彩音さん、と、呼ばせてくださいっ」

「四ノ宮さん……もちろんっ。私も、真理子さん、と呼ぶわっ」

 二人して目を輝かせていると、後ろから緑子と寧々にはたかれた。

「痛っ! なにするのよっ!」

 振り返ると、二人が半目でこちらを見ていた。

「嘘くさいからやめた方がいいよ」

「せや。見苦しいで、榎本」

 失礼な。

「言ってくれるじゃないの、二人とも……!」

 どちらの頬からつねろうか狙いを定めていると、寧々が、ただな、とこちらを制した、

 不思議に思う彩音の正面、寧々は、顔を赤らめながら、

「最初の、『期待はずれ』ってやつ、撤回するわ。ずっと一人でやってきたんは、凄い思うわ。師もおらん状態で、ようやったと思う」

「――っ! な、何よいきなり、気持ち悪い……」

 不覚にも、息を飲んでしまった。

「はあ!? 気持ち悪いってなんや! 人がせっかく誉めてるっちゅうんにっ」

「べ、別に、あんたに誉められても嬉しくないわよっ!」

 顔が少し熱くなった気がするが、きっと気のせいだろう。

「ふふ。真理子ちゃん、あれ、何て言うか分かる?」

「はい、ツンデレ、と言うんですよね」

「「違う!」」

 ハモった彩音と寧々を見て、緑子と真理子は声を出して笑った。

 彩音の隣、顔を真っ赤にした寧々が、ふん、と鼻息を荒くして歩く方向を九十度変更した。

「あら、どこ行くのよ」

 彩音が声をかけると、寧々は首だけ振り返って、

「家、こっちやねん」

 と、進行方向を指さした。寧々の顔が赤い気がするが、アレは言わない方がいいだろう。

「そう。それじゃ、また明日ね」

「じゃーねー」

「おやすみなさい」

 と、三人はそれぞれの挨拶をし、

「おう」

 寧々は、それらに全てに対して一単語で返事をすると、そのまま歩いて行った。

 そして、

「じゃあ、私もここまで来たらすぐですので」

 と、真理子が笑顔で軽く会釈してきた。

「うん。じゃあまた明日ねー」

「また明日、ま、真理子さん」

 呼ぶとは言ったが、ノリのせいもあったため少し恥ずかしい。

 そんな彩音を見て、真理子はとても嬉しそうに笑うと、彩音と緑子を見て、

「はい、また明日ですね。緑子さん、彩音さん。勉強と美味しいお食事と温かいお風呂、ありがとうございました」

 と、お礼を言った。

「またお泊りしようねー」

 横の緑子がそう言って手を振るのに対し、

「はいっ! ぜひっ!」

 と、真理子は目を輝かせて返事をし、では、と言って、駅の方向に歩いて行った。

 すると、

「あーやねっ」

 横の緑子が腕をからめてきた。

「やっと、二人きりになれたね」

 腕に頬を擦り付けてくる緑子の頭を、軽くはたく。

「なんのつもりよ」

 冷たく言うと、緑子は頬を膨らまして、ぶー、と鳴いた。

「何よーノリ悪いー」

 パッと離れる緑子に、

「いや、そう言われてもね……」

 額を押さえる彩音。

 そんな彩音を見て、緑子は静かに、優しい声色で言う。

「今日くらい、パトロール休んだら?」

 読まれいていた、とは思わない。緑子にはお見通しだろうから。

「彩音、お泊りの最中も夜遅くに出てってたでしょ。ちゃんと気付いているんだからね」

 ビシっ、と指を突き付けてくる緑子。気にかけてくれている親友への、若干の申し訳なさで、少し眉が垂れる。

「一応、みんなが寝てる時間を選んだんだけどね……」

「逆に気になるっての」

 とため息をつく緑子。

「昨日だって、夜中、冷蔵庫を物色してたら玄関から音が……」

「――待ちなさい。じゃあ私のアイスが減ってたのって……」

 彩音が言うと、緑子はペロリと舌を出し、

「美味しかったわ」

 とだけ言った。

「右の頬と、左の頬、どっちがいい?」

 詰め寄る彩音から、きゃー、と楽しそうな悲鳴を上げつつ遠ざかる緑子。だが、不意に立ち止まり下を向いた緑子は、

「疲れてるだろうし、今日は早めに帰ってきてよ。お隣なんだから、帰ってるかどうかはすぐわかるんだからね」

 と言った。

「緑子……」

 彩音は、下を向く緑子の肩に、そっと手を乗せる。

「うん。わかったわ。約束する」

 そう言うと、緑子はパッと顔を上げた。見ると、緑子は輝かしい笑顔で、

「じゃあ帰りにアイス買ってきて。授業料! あたしの授業は高いからダッチェね、ダッチェ」

 まだ食べるのか。

「それじゃ量が足りないだろうから、ブロックアイスの方がいいんじゃないかしら?」

 パントマイムで顔ほどある直方体を作ったら、緑子が笑顔で二歩下がった。

「か、かき氷にはまだ早いかなあー」

 まったく……。と彩音は思った、そして小さくため息をつくと、

「大丈夫よ。確かに今日はちょっと疲れてるから、早く帰るわよ」

 と言って微笑んだ。

「うん。スプーン持って待ってる」

 ……そこは本気なのね。

 はあ、と、もう一度ため息。

「了解了解。ダッチェダッチェ」

 彩音は前を向き、後ろ手に手を振って歩き出した。

 ……緑子、自分で言ったからには私が帰るまで起きてるわよね……。

 そういえば、何味がいいか聞くのを忘れた。


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