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門神見習い榎本彩音  作者: のぐち
第二章
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再会と出会い ―その1―


第二章



 寧々がどうやって彩音達と会うつもりだったのか。

 その答えは、翌日早朝知ることになった。

「なっ……!」

 口をあんぐりと開け広げる彩音。

「おおう、そう来たか」

 いつも通り、とても楽しそうな緑子。

「ええと……中途半端な時期ではあるけど、転校生を紹介するぞー」

 そして彩音の視線の先、担任である若い男の教師、横山陽介と、

「坂下寧々。よろしゅう頼んますっ」

 さすがに「門神見習い」とは名乗らなかったが、クラスメイトに対して、笑顔を振りまくその少女は、どう見ても昨日出会った寧々だった。


      ●


 昼休み。

彩音は、教室の中心でクラスメイトに囲まれていた陽気な関西人、寧々を、人込みをかきわけ摘み出すと、緑子、真理子が待っている屋上まで連行した。

何人か先客はいたが、遠くの方に陣取っているので、こちらの会話は聞こえないだろう。

「ちょっとあんた、一体なんなのよっ!」

 声を上げる彩音の視線は、屋上について早々、既にシートを敷いて昼食を取り始めていた緑子と真理子の隣にしれっと座り、呑気に紙パックのジュースを飲んでいる寧々に注がれている。

 すると、寧々は「やあ」、と言うように右手を上げると、ストローから口を離して、

「お初にお目にかかりますう。ウチは、転校生の坂下寧々。よろしゅう頼んますう」

「三回目っ!」

 妙に長い語尾も含めて、思わず寧々の頭を叩きそうになったが、叩いたら色々な意味で負けそうだったので、なんとか右手を鎮める。

「はあ……」

 大声を出したら、空腹であることを自覚させられたので、彩音は仕方なく座って弁当を広げ始める。寧々は事前に買っていたようで、サンドイッチの袋を開け始めた。

「昨晩はどうも、ありがとうございました」

 横で、真理子が寧々に対してお辞儀をした。

「ああ、これはどうもご丁寧に」

 寧々も、恭しく返礼する。

「んで、本当に中途半端に転校してきたじゃない。しかも昨日の今日って……なに、演出?」

 つい喧嘩腰て言ってしまうが、寧々は意に介さないようで、右手をヒラヒラさせながら、

「ああ、それはホントに想定外。一応四月から入る予定だったんやで? ちゃーんとこっち来て受験もしたし」

「え、そうだったの?」

 そや、と寧々は続ける。

「爺ちゃんがな、『外の世界も見てきい』言うて手続き進めとったんやけど、父ちゃんと母ちゃんが『まだ早い』言うてなあ」

 一般的に祖父というのは、孫が女の子の場合は特に、孫にはずっとそばにいてほしい、と言うものだと思っていた。

が、よくよく考えてみると、

……いや、まずうちが全然なわけだから、何も言えないわね。

両親を亡くした彩音は現在、世間体的には祖父に引き取られている状態だ。だが、実際に祖父と対面したことはほとんどなく、小学生の頃は、一年のうちほとんどをお隣さんである緑子の家にお邪魔して、中学生になってからは自分の家に戻って一人暮らし、という状況である。

……一応、毎月仕送りはあるから、生きているんだろうけどね……

と、そう言ってしまえる程度だ。だから、寧々の祖父についてとやかく言うつもりはないが、

「ま、それで転校がちょいと遅れたってだけや」

「それ、つまり親子喧嘩で入学が一か月遅れたってことだよね? 凄いんだね、寧々タンの両親も、お爺ちゃんも」

 緑子の言葉に彩音も真理子も頷く。一体、どういう人達なのだろうか。そこだけは気になる。

「あはは。三人とも元気やからなあ。あと、タンやめい」

「……ねえ坂下、元気、って、そういう問題なの?」

「ん。そういう問題や」

 色々と気になるが、そう言われてしまうと、納得するしかあるまい。

 そして、皆の昼食が終わると、寧々は思い出したようにポンと、手を叩いた。

「そういや、担任の……エラい若い男のセンセ……名前なんやったっけ」

「横山先生だけど……先生がどうしたの」

 尋ねると、寧々は真面目な声で、

「あのセンセ、門神とちゃうんか。霊力としては、あるか無いかっちゅうたらある。くらいのレベルやけど」

 寧々の言葉に、彩音は「ああ……」と言ってから、

「元、門神よ」

 と答えた。

「聞いてないよ彩音っ!」

「え、そうなんですかっ!」

「元、ってどういうことや」

 驚く緑子と真理子、そして首をかしげる寧々。その三人に、彩音は頷いて、

「ええとね、まず、先生は元々霊力を体に溜めにくい体質だった」

実際、よほど近くに行かないと、彩音は横山の霊力を感じられない。

「で、その上、修行中に無理しすぎたせいで、自分の霊力で自分自身を傷つけてしまったらしいの。それで、門掌どころか、門すら満足に開けない体になってしまった。って聞いたわ」

「本人からか?」

「姉さんからよ。二人ともこの高校に通ってたの」

 彩音の説明に、寧々はほう、と相槌を打つ。

「なるほどなあ。今朝、職員室で話してる時も、遠くの方チラっチラと見とったけど、やっぱあれは見えとったんか」

 腕組みをして何度も頷く寧々。

「けど、あれくらいの霊力しか持っとらん人は、霊からしたらいいオモチャやで。門も開けんのやったら、自衛の手段がないさかい、霊が飽きるまでただ逃げることしかできへんし」

「うわ、横山先生かわいそー」

「それは大変ですね……」

 ……横山、先生ね……。

 横山は六年ぶりの再会だった。

 最後に会ったのは、あの研究所が爆発した後、現場にいた所員達の葬式会場で、だ。

 ……まさか、教師になってるとはね……。

 それも、彩音の担任になるとは。

「でも横山先生、私と話してる時、たまに目を逸らすのよね……」

 顔なじみな分、何か思うところがあるのだろうか。普通は逆な気もするが。

「そりゃしゃあないやろ」

 いつの間に食べ終わったのか、昼食のごみをまとめながら、寧々はこちらを見て言った。

「え、どうしてよ」

「どうしてもなにも、榎本の霊力が強すぎるからや」

「は?」

 言われた意味が、一瞬理解できなかった。

「榎本。自分な、自分で思ってるより、霊力強いんやで? 門神としても、純粋なパワーだけで言ったらそこらのペーペーなんか話にならん程にな」

「え、そうなの!? ねーねー彩音っ!」

 横で緑子が興奮しているが、彩音自身、初耳だ。

「いや、知らないわよそんな話」

 少なくとも、両親も姉も、そんなことは一度も言わなかった。

昔と今でどれくらい差があるかもわからないが。

「まあ、どれくらいかってーとなあ……」

 と、寧々は考えるように少し空を見てから、

「自分の霊力が強すぎて、周囲にいる霊や人間の気配を読む邪魔をしとるってことや。よほど集中せんと、自分の霊感アンテナを、自分の霊力で常に覆い隠しとる状態になってまう。って言えばわかるか?」

 わかるような、わからないような、だった。いや、理屈はわかるのだが、

「じゃあ、彩音は常に力を出しっぱなしってこと?」

「そうやな。一応枯渇せえへんところをみると、体が勝手にセーブしてるみたいやけど……それでも、センセからしたら、近くにいるだけでビンビンに圧かけてきてるようなもんや」

「ビンビン、ですか……すごいですね……」

 非常時には一家総出で圧をかけてきそうな真理子が、驚いた表情でこちらを見てきた。

「プレス彩音?」

「……やめなさい緑子」

 不本意すぎるあだ名だ。

「じゃあ、私には霊の探知能力が低い上に、いるだけで霊にプレッシャーを与えてるってこと?」

 なんというか、言ってて自分で悲しくなる。

「ああ、まあそこまで悲観的になる必要はないで。集中しとるときはある程度……うん、ある程度コントロールできてるみたいやし――」

「待ちなさい、なんで二回言ったの」

 不安になるからやめてほしい。

「ちょっと記憶を確認しただけや。それに、霊に対してにプレッシャーしか与えてないっちゅうわけやないで? 気付いてへんかもしれんがな」

「え……ど、どういうこと?」

 彩音の質問に、寧々は二、三度手を叩くと、

「ちょっと来てやー」

 と、空に向かって声を上げた。

 ……誰か、呼んでる?

 話の流れ的に、霊か、霊力を持った人間を呼んでいるのだろう。ならばと、彩音は、意識を集中させ、周囲に霊力を持つ者がいないか探ってみた。すると、

 ……この、霊力っ! まさかっ!

 その言葉と同時に、気配のした方、後ろを振り向きながら、その名を呼んだ。

「泰造さんっ」

 彩音の言葉通り、そこには泰造の霊が浮いていた。察知した時にも感じたが、こうして直接見ると、昨日よりも少し存在感が増しているように思える。

 本来は夜の方が霊も元気になる。だが、今の方が活力が増して見えるのは、昨日は相当消耗していたのか、それとも、

「言った通りやろ。泰造ジイさん、授業中榎本の霊力当てられて、少し存在感が増しとるんや」

 言われて寧々に視線をやると、ニヤリと笑ってこちらを見ていた。

「まあ、本当ですかっ!」

 彩音よりも先に反応したのは、やはり真理子だ。

 真理子は、彩音が視た方向から、大よそではあるが泰造がいる位置を読み取ったのだろう、座る向きを直し、泰造に手を振って挨拶をしている。

「……真理子って、オジサマ趣味?」

 緑子がストレートに聞くと、

「ああ……いえ、恋愛対象とか、そういうわけではないんですが、なにぶん、昔から父の影響で友人が少なくてですね……」

 少しモジモジしているところを見ると、まんざらではないという気はするが、あまり深くつつかない方がいいのだろう。

「あ、ああ……そうよね。うん、大丈夫。大丈夫よ」

 緑子も、さすがに追及はしなかった。

 ……撤退早いわねぇ。

 最初から触らなければいいものを。

「しかし凄いね彩音。まるで太陽みたい」

「急に矛先変えるわね。しかも、その場合霊は植物かソーラーパネルになるけど」

 すると、横で寧々が「こほん」と一つ咳をした。

「……ああ、話し戻すで。とりあえず、自分のことについて、少しはわかったか? 榎本」

「あ、う、うん。少しずつ、ね」

 と、どこか自分に言い聞かせるようにも言う彩音。だが、寧々はそんな彩音の両肩に手を置くと、そのままぐっと顔を寄せてきた。

「な、なによっ……」

「ほんなら、これからはもっと意識して霊力コントロールするようにせいや。でないと、何が起こるかわからん」

「なにって……なによ」

 何の事だかわからずそう言うと、寧々はこちらから離れ、小さくため息をついた。

「当たり前やろ。泰造じいさんは仲ようなっとるから、たまたまええ影響を与えたんかもしれん。けどな、他の霊達に対してはどうや。少なくとも、センセは顔合わせてくれへんのやろ?」

 言われて、彩音はハッとした。

 ……確かに、そうよね……。

 自分の霊力をコントロールできていない。おまけに、その力が霊や霊力を持った人間に対して与える影響、それがどういうものなのか、自分でまったく把握していない。

 まるで爆弾みたいな存在だ、と、彩音は自分のことを心の中でそう比喩した。

「そんな状態で街ん中ウロウロしとったら、霊にどんな影響与えるか、わからんのや」

 ジロリ、と寧々はこちらを見て、

「もしかしたら、今この街で起こってる霊の異常化。榎本も絡んでる可能性だってあるんやで?」

 瞬間、緑子が勢いよく立ち上がって声を上げる。

「そんなっ! 昨日は親玉がいるって言ってたじゃない!」

 周りの生徒がこちらを見てきたが、緑子は構わず寧々を睨みつける。

「そこに関しちゃ否定しとらんよ。霊に命令して、記憶を弄ったやつはおる。それは確定や」

 その犯人を、街唯一の門神である彩音だと言わないのは、寧々なりの気遣いなのだろうか。

 けどな、と寧々は続ける。

「その、街ん中徘徊しとる霊に対し、榎本が近くにいることで、何の影響もないちゅう可能性は今否定されたんや」

 その証拠が、泰造である。そういうことなのだろう。

 もしかしたら、若者を襲っている霊を、知らずに活性化させている可能性もあるのだ。そうなった場合、事件の発端は別人だが、深刻化させているのは彩音、ということになる。

「……常に、自分が出している霊力を、意識してコントロールする、ってことね」

「せや。霊力の総量がどれくらいかを正しく認識して、その上で出力をコントロールできるようになるんが理想や。それには、一回霊力使い切って空にするのが手っ取り早いんやけど……」

「それだけ派手なことしたら、それこそ周囲の霊に与える影響が計り知れない?」

 寧々が、難しい顔をして頷く。

「じゃあさ、一回泰ちゃんに注げるだけ霊力注いでみたら? そしたら真理子ちゃんも泰ちゃんのこと見えるようになるんじゃない?」

 横で、緑子が物凄く危ない発言をする。

「まあ。そうなんですか?」

 ……乗っかってきたー。

 寧々を見るが、即決で否定せず顎に手を当てて考え込んでいるあたり、少し怖くはある。

 だが、寧々は小さくため息をつくと、

「無理や。見習いとはいえ、門神が持つ霊力全部を、ただの霊が受け止めきれるわけない。そんなんしたらエネルギーの過剰摂取でどうなるかわからん」

「じゃあ逆は? 真理子ちゃんに霊力あげるの」

「そっちの方が無理や。霊力を与えたところで、それを管理する方法を体が分かっとらん。そのまま流し込んでも、体からしたら異物混入と同じや」

「そうか……」

 緑子と一緒に、真理子も項垂れる。だが、

「……いや、そうか……お手柄やで遠藤。今、一石二鳥な案を思いついたわ」

 ニヤリと笑う寧々。

「一石二鳥って、こういう場合あんまり嬉しくないわね。一体何するつもりよ」

 すると、寧々は「まーまー」とこちらに手を振ってから、

「それは放課後のお楽しみや。またここに集合なあ」

 と言って、先に校舎内に戻っていった。

「いや、四ノ宮さん以外クラス一緒なんだけど」

 どんな顔して教室に戻るべきか。


      ●


 そして放課後。

泰造を含む彩音達五人は、再び屋上に集まっていた。

「さて、始めるでー」

と、寧々は両手を広げると、不思議そうな顔をする緑子と真理子を見て、

「そっちの二人、と、ジイさん。ちょいと手え貸し」

 右手を泰造に、左手を真理子と緑子に向かって差し出した。

「は、はいっ」

「りょーかい」

「こ、これでいいか」

 泰造が右手を、真理子と緑子が寧々の左手を上下に包むようそれぞれの手を被せると、寧々の体が柔らかく光り、その光が手を伝って泰造、そして緑子と真理子にそれぞれ渡っていった。

 その様子を見て、彩音は思わず驚いて声を上げそうになった。

 ……霊力が、移動している!

 寧々の霊力が、手を介して三人に分け与えられているのを、彩音は感じ取ったのだ。

吸われる体験なら昨日自分の体でやらされたが、与えるところを見るのは初めてだ。

 ……泰造さんは存在が強まるとして、緑子と四ノ宮さんは……?

そのまま霊力を与えても意味がない、と、寧々自身が言ったのだ。となると、ただ流し込んでいるわけではなく、他にも何かやっていることになる。

寧々を見ると、こちらをチラッと見て言ってきた。

「とりあえず、霊力を移してるってことはわかるやろ」

 頷くと、ちょうど寧々を包んでいた光が三人に移動し終わり、寧々は両手をフリーにさせる。

「細かい説明は見た後、今は気にせんでええ。とりあえず、『そういうやり方がある』ってことだけ覚えりゃ充分や」

 寧々が言い終わると同時に、三人の光も消えた。そして、

「榎本、ちょいと三人に意識を集中させてみい」

 言われるがままに、三人を見る。すると、

 ……なにこれ。三人から、同じ霊力を感じる。

 霊力にも波長があり、先程近付いてくる霊が泰造であるとわかったように、人によって異なる。それに、ただの霊力を持たない緑子と真理子からは、本来霊力を感じること自体おかしい。

だが、今現在、緑子と真理子からも霊力を感じ取ることができ、さらに泰造が放つ霊力の波長と、それらが一致しているのだ。そして、

「た……泰造さん……」

「ま、まさか……見えておるのか……ワシが」

 真理子と泰造の、震える声がそう言った。真理子を見ると、彼女の視線はしっかりと泰造を捉えているように見える。

「まさか……今のって……」

 彩音は、ふんぞり返っている寧々に呼びかけると、

「今な、ウチ自身をバッテリーとして利用した上で、三人の魂を結んでる状態や。うちは、『シンクロ』って教わった」

「シンクロ……」

「ちょっと複雑なんやけどな、まず、繋げたい存在同士、この場合はあの三人やな。に、術者が霊力を与える。んで、霊の波長を読み取って、それに一番近い周期になるよう、人間側に与えた霊力の波長を、術者がチューニングし続ける。すると、対象はお互いが近い存在同士になり、直接見たり会話したりできるようになる、っちゅうわけや」

 説明が終わると、緑子が手を上げる。

「はいはーい。あたし聞こえるけど見えなーい」

 と、元気に手を挙げる緑子に、

「これは本来、霊の存在感が薄くて家族でも見えないって時に、救済措置としてやるもんや。四ノ宮っちゅう子はジイさんとかなり親しいから、輪郭がぼやけてはいるやろうけど一応見える。けど遠藤、自分はほぼ初対面やろ。一応、無理くりチャンネル合わせて見えるようにすることはできるけどな、お互い負担がデカいし、なによりウチの霊力が保たん」

「ああ、そゆこと」

 言いながら緑子は、真理子を見る。

 おそらく、真理子は相変わらず何もない空間に向かって話しかけていて、しかしその何もないはずの空間から、なぜか返事をする声が聞こえてくる。そう見えるのだろう。

 緑子は、しばらくしてからこちらを見て、

「なんか、彩音が増えたみたい」

「……まあ、言わんとしてることはわかるわ」

 言い方に不満はあるが。

「これなら、霊力を与えすぎて霊がパンクするーとか、人間側に影響が出ることもないで。そうならんようにウチが調整しとるんやけどな」

 つまり、それだけ負担があるのだろう。

「どのくらい保つの?」

「距離で言うと学校の敷地程度。時間は……まあ半日って程度やな」

「……そうなの。大変参考になるわ」

 ひじ打ちをくらった。

「痛っ! なにするのよっ!」

「ドアホッ! これがどんだけ難しいことか、自分分かってへんやろっ!」

「いや、冗談だって。分かってる、分かってるわよ」

 少なくとも、霊力を他者に移す、ということすら彩音からしたら未知の領域だ。

「ホンマか?」

「ほ、本当よ……」

 じーっと見てくる寧々に対し、視線を逸らさずにいると、

「んなら、よし」

と、一応納得はしてくれたようだった。だが、

「そこで、こっからが一石二鳥の二羽目や」

 寧々はニヤリと笑うと、彩音を指さした。

「え、私?」

嫌な予感がする。

「ここに、アホみたいにデカいエネルギータンクがおる」

「ちょ、せめて人間扱いなさい」

 今日は色々なものに例えられる日だ。

「あ、わかった!」

 と、緑子が勢いよく手を上げる。だが、何を言うかは、彩音にもなんとなく分かっている。

「彩音が、寧々タンに霊力を注ぎ込めばいいんだ」

 言われた寧々は、満足げに頷く。

「正解や。あと、タンやめい」

「えー正解したからいーじゃん」

 どういう理屈なのだろうか。とはいえ、

「大丈夫なの? 容量とか、コントロールとか。せめて、そのシンクロ状態は解除してからでもいいんじゃないの?」

 人に霊力を移すのは、初めてのことだ。失敗したらどうなるか。寧々は同じ門神であるため、受け手としては問題ないだろう。だが、緑子、真理子、そして泰造はどうなるか。

「さすがに、いきなり全開でドーンとはせえへんやろ。ある程度調節してくれたら、後はこっちでやるわ。変な心配はせんでええ」

 そう言って、まっすぐと、右手を差し出してくる寧々。

「ええか、考え方はこうや。お互い、手のひらに門を開いた状態で手を繋ぐ。んで、相手の門に、自分の門掌を流し込む。分かるか?」

 彩音は、頷いて、恐る恐るその手を握る。すると、

 ……あら。汗、かしら。

少し、手が湿っている。それに、わずかだが、震えてもいるようだ。シンクロ、という状態の上に、さらに他者から霊力を移してもらうというのは、初めてのことなのだろう。おまけに、寧々の言う通りなら、彩音はかなり霊力が強いらしい。受け切れるか、不安にもなるはずだ。

 ……なによ、強がっちゃって。

 そうだ。技術が上でも、知識があっても、同じ女子高校生、十五歳の少女だ。

 彩音は、改めて寧々の顔を見る。すると、口元が少し、強張っているのが見えた。思わず、クスリと笑ってしまった。

「な、なんやいきなり……人の顔見て」

 唇を尖らせる寧々が、少し可愛いと思ってしまう。

「いいえ、何でもないわ。それじゃ、お願いするわね」

「お、おおう……ちゃんと調整せいよ」

 彩音は、意識を集中させ、自分の中にある霊力を感じる。

 ……難しいことじゃない。いつも門を開いたり、門掌を出したりするのと同じ。

 体の中心にある、湖のような霊力溜まりから、少しずつ霊力を吸い取るように、吸い取り、胸を、肩を、腕を、手を通り、そして寧々の門をくぐらせる。

 ……うん、イメージできた。

 よし、と覚悟を決めた瞬間、彩音と寧々の体が強張った。

 ……なに、これ……っ!

 寧々の手を取っていられないほど激しく空気が大きく震え、彩音の全身を下から寒気が撫でて行く。そして、濁流のようにどこからか流れてきた超高濃度の霊力があたりを満たし、そのまま身を潜めるように大地に向かって降りていった。

同時に、足元から何かうごめく気配を多数感じたが、

「ねえ、私の間違いじゃなければ、なんだけどさ」

寧々は、彩音に合わせるように、下を向く。

「ああ、こりゃ、愉快とは言えんな」

「ちょいと見てきたぞ」

 後ろ、泰造が校舎内から上がってきた。

「どうやった、ジイさん」

 寧々が泰造に尋ねると、

「どうもこうも、仰山おったわい。四十や五十どころじゃないぞ。今は、どいつもこいつもふらーふらしとるが、いつまであの状態かわからん。とりあえず、もう一度見回ってくる」

 再び校舎内に潜っていく泰造を確認して、寧々が、こちらを見て一度頷いた。

「緑子、四ノ宮さん、動ける?」

 確認すると、二人は尻餅をついていたが、すぐに立ち上がってこちらに頷いてきた。

 ……思ったより元気ね。

少し、回復が早いような気がするが、慣れというやつなのか。

「こっちはいいよ。んで、何がたくさんいるの?」

「そうか、シンクロ状態は保っているのね」

 寧々を見ると、まだ呼吸を整えている最中だが、別段苦しいというわけではなさそうだ。

 彩音は、床、つまり校舎内の方向を指さして、

「突然、大量の霊が現れて、学校全体がリアルお化け屋敷」

「ええと……マジ大量?」

「うん。マジ」

 緑子の質問に、大真面目な顔で答える。しかし、緑子と真理子が繋がっているのはあくまで泰造のみ。他の霊は見ることも聞くこともできないはずだ。

下の状況について、何か証明できるものがあればいいのだが、と、辺りを見渡した瞬間、

「う、うおっ! なんだこれっ!」

 校舎内へ降りる階段の方から、男子生徒の声が聞こえた。放課後とはいえ、まだまだ生徒は残っているのだろう。

「……っ」

 寧々と視線を合わせてから走り出すと、後から緑子と真理子もついてきた。

 そして、階段入り口までたどり着いた彩音は、声を上げながら中を覗き込む。

「大丈夫ですかっ!」

 しかし、彩音の目に飛び込んできた光景は、とても「大丈夫」とは言い難いものだった。

「げっ」

「わーお」

 追いついてきた寧々と緑子の声がした。そして次に真理子の、

「う、浮いてますっ!」

 その言葉通り、階段の踊り場で、男子生徒が宙に浮いていた。


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