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門神見習い榎本彩音  作者: のぐち
第一章
4/11

真理子の依頼 ―その3―

 期待外れ。確かにそう言われたと、彩音は再度自己確認した。

 だが意味が分からなかった。いや、馬鹿にされているのは分かっているが。

「どういうことよ」

「言葉通りや。門神の気配がしたさかい、どんなもんやろ思うて様子見に来たんやけど……どうにも、レベルが低いのう思うてな」

「なっ!」

 言い返そうと、彩音が口を開くと、

「彩音、あの子知り合い?」

 緑子の声が、そう尋ねてきた。

「え、見えるの? あ、見えるか」

 自分で言ってて納得した。

「いいえ、知らないわ。四ノ宮さんは?」

 思ったより元気そうだった真理子は、少女の顔を見てから、

「いえ。私も初対面です」

 とだけ言った。

 すると、彩音の横にいた少女が、「まあ、しゃーない」と言って胸を張る。

「ウチは坂下寧々。門神見習いや」

「あんたも見習いじゃないの」

 言い返すと、

「ウチはもうすぐ卒業や。自分と一緒にすんなや」

「なっ!」

 何を持って見習い卒業なのかは家によって違うが、彩音も感じているとおり、彩音との実力差は大きい。とはいえ、ここで黙ったら負けな気がするので、彩音はさらに言い返そうとした。

が、

「寧々たん?」

「たんヤメロ」

 久々に会話ができる相手が見つかって嬉しいのか、緑子が入ってきた。

 ……というか、たん、って。

 ちょっとかわいいと思ってしまったのは負けなのだろうか。

「ああーうん、わかった。寧々たん」

 ブレない緑子。場合によっては頼もしいのだが、

「おい……えと、名前なんやったっけ」

「……榎本彩音」

「そか。榎本、友達は選んだ方がええよ」

「……そうね。そこだけは同意してあげる」

 後ろから、「ちょっとー」と聞こえてくるが、あえて無視することにする。それよりも、

「でもね、初対面の人間に、『期待外れ』だなんて言われたくないわね。そもそも、あんたが勝手に期待しただけでしょ」

掴みかかって顔を寄せ、少々怒気をはらんだ声で、寧々に詰め寄る。当然、笑顔で。怒り顔は額にいけない皺がよる。と、そう姉から教わった。

 自分でも、沸点があまり高いとは言えないことはわかっているが、言うべきことは言わないといけない。気がする。

「――っ、お、おうおう、まあ待てや」

「……なによ」

 驚いた顔をしている寧々を半目で見つめる彩音。

 寧々は、頭をかきながら、彩音の後ろを指さした。

「あー……いきなりどぎつい霊気放つもんやからな? ビクぅなって門掌消えてもうたわ」

 言われて振り向くと、自由の身になった金髪の霊が、真理子に掴みかかろうとしていた。

「……ちょっ!」

 彩音は、地面を蹴って飛び出した。

 体が勝手に動いていた。というのがそれなのだろう。だが、門掌を出せるまで回復しているにもかかわらず、足が先に出てしまったのは門神としていかがなものか。

 ……そうよ、門掌出せるじゃない!

 走りながら狙いを定めていると、金髪の霊に近付いている霊の存在を感じた。

 距離は彩音よりも近いところにいる。そして、

「やめろぉー!」

「どわっ!」

 彩音が門掌を出すよりも先、脇道から現れた老人の霊が、金髪の霊を突き飛ばした。

「えっ……」

 思わず足が止まる彩音。

 飛び出してきた老人の霊は、そのまま金髪に馬乗りになると、キッと彩音を睨み、叫んだ。

「今じゃっ! 早くっ!」

「え……は?」

 呆然とする彩音に、老人は重ねて叫んだ。下敷きになっている金髪の霊は、両手足をバタバタさせている。

「早くこいつを地獄に落とせっ!」

 ……ああ、もしかして、門のこと言ってる?

 疑問顔で振り向いてみると、寧々は半目でこちらを見つめ、顎をくいっとしてきた。

 お前が行け、ということなのだろう。

 彩音は、ゆっくりと振り返ると、笑顔で老人の霊に言った。

「ええと……私、その金髪に少し用があるんですが」

「知るかっ!」

 即答だった。

 思わずもう一度振り返ると、寧々はため息をつきながら近付いてきた。

「な、なによ」

 つい後退ると、寧々は一気に距離を詰めてくる。

「アホ、耳貸せっちゅうねん」

「……じゃあそう言いなさいよ」

 耳を引っ張られた。

「痛っ! なにす――」

「用ってなんや。知り合いか、あれ」

「違うわよ」

「じゃあなんや」

 彩音は、少し迷った後、依頼のことは言わず、先程友人が霊に襲われたから、その理由を聞き出したい。という内容の話をした。

 すると、

「――なるほどな。そりゃあ、確かに色々と聞かなあかんなあ、コイツの記憶に」

 そう言う寧々に対し、彩音は首をかしげた。

「記憶?」

「そや。話聞いてると、このパツキンどうせ口割らへんやろうからな。それやったら送る時、ついでにちょいと記憶読んだらええやん。それくらいできるやろ」

 はあ!? と、声を上げそうになった。その代わりに、彩音は一歩下がって、

「サラっと何言ってるのよできないわよっ!」

「はあ!? 倫理がどうとか言ってる場合ちゃうやろっ!」

 寧々は、ビシっと老人の霊を指さして、

「あのジジィの顔見てみぃ! ウチらが送らへんかったら、『ほなら自分でやったるわ』、って言いそうな顔しとるやないかっ!」

 ……本人目の前にしてよく言えるわね。

 ともあれ、彩音が無理と言っているのはそういうことではない。

「ちょっと待ってよ。私は倫理とか以前に、技術的にそんなことできないって言ってるの。なによ、記憶を読むって」

 そんなことは、聞いたことがなかった。だが、

「はあ? じゃあ自分、さっき霊にチカラ吸われたんはなんやったん」

 言われて、彩音は思い出した。

 確かに、さっき女の霊に力を吸われた。では、

「え、力が吸われるのと、記憶を読むのって同じ原理? じゃあ私、記憶読まれたってこと?」

「パニくんなや。さっきの霊はそこまでのことはできひんやろ」

 ほっとする彩音。その横を、寧々は通り過ぎて行く。

「あ、ちょっと、何するの」

 振り向いて尋ねる彩音に、少女は歩きながら答える。

「何って、送るついでに記憶読むって言うてるやろ」

 え? と少し考えた後、寧々を追いかけるように、彩音は慌ててかけだす。

「私、それまだ信じてないんだけどっ!」

「せやから見とけ言うてるんや。いっっぺん見たらわかるやろ」

 それとも、と、寧々はこちらを向いて、

「アンタの記憶、読んだろか?」

「――っ! そ、それは……」

 思わず目を逸らす彩音。

 すると、寧々は右手をヒラヒラさせながら、

「目え逸らすっちゅうことは、心のどっかで信じてるっちゅうわけや」

 痛いところを突かれ、何も言い返せない彩音。

 寧々は、そんな彩音に一瞥を投げてから、

「……まあ、緊急事態でもない限り、勝手に記憶は読まへんよ」

 そう言って寧々は、老人の霊に目線を合わせるようにしゃがむ。そして、

「大丈夫やジイさん。こいつは責任もってウチが送ったる。だからちょいとどいてくれへんか。このままやったらウチ、ジイさん巻き込んでまう」

「……む、そうか」

 寧々の言葉に、老人の霊は納得したのか、ゆっくりと金髪の霊から手を離して立ち上がった。

 彩音も、一応、というように、寧々の隣にしゃがむ。

だが、

「……ん?」

 老人の霊が退いたというのに、金髪の霊は起き上がる気配がない。試しに寧々が頭をポンポンと叩いてみるが、やはり反応がない。

「……おい、ジイさん」

 ジロリと視線を向ける寧々に、老人の霊はしれっと、

「まあ、きつく絞めてたからな。気を失っとるだけじゃろう」

 ……だけ、って……!

 どうしたもんかと横を見ると、寧々は、顎に手を当て、深く考え込んでいるかのような表情をしている。

「……なあ、榎本。霊って…………死ぬんか?」

「哲学的なことを言わないでちょうだい」

 正直、自分も言いたかった。などとは口には出さない。

「ねえねえ、今どういう状況?」

 緑子が、真理子を連れてこちらに歩いてきた。霊が見えない二人からすれば、彩音と寧々は何もないところでしゃがみ、ひそひそ話をしているようにしか見えないわけだ。

「あ、そこで止まって」

歩いてくる二人が、金髪の霊がいる位置まで来そうになったので、その手前でストップをかける。重なるとあまりよくない。ビジュアル的に。

「あ、状況だけど、最初に現れた金髪の霊を、途中で現れた老人の霊が羽交い締めにしたら、金髪の霊がガクッと落ちた、ってところね」

 自分で言っててどういう状況なのか分からなくなる。霊、という単語が強烈すぎるのだろうか。ないならないで危ない状況に変わりはないが。

「おじいちゃんはどうしてパッちゃん羽交い締めにしたの?」

「初対面……いや、正確には顔合わせすらしていないのに、変なあだ名を付けないの」

 ともあれ、確かに気になることではある。ちらりと金髪の霊を見たが、まだ目が覚める様子はない。なら、しばらくは放っておいでも大丈夫だろう。

「あの、おじいさん。どうしてしの……彼女のことを助けたんですか?」

 一応、本名は伏せることにした。

が、その老人はさも当然のように、

「四ノ宮、真理子さん……じゃな。よく知っておるよ」

「え、四ノ宮さんのこと知ってるんですか!?」

 まさか、フルネームで返されるとは思わなかった。

「ストーカー?」

 また横から緑子が入ってきた。

「違うわいっ!」

 緑子に向かって怒鳴る老人の霊。だが、緑子は何の反応も示さない。

 ……あ、そうか。おじいさんの声は、緑子と四ノ宮さんには聞こえないんだった。

「ええと……ストーカーじゃないそうよ」

「なーんだ……」

 つまらない、という顔をしている緑子。だが、真理子の方は気になるようで、

「あの、榎本さん。そのおじいさんですが、もしかして……泰造さん、ですか?」

 真理子が、名前を口にした瞬間、彩音が確認するまでもなく、老人の霊が反応した。

「まさか……覚えてくれていたなんて……っ!」

 真理子の前まで移動し、膝を震わせ跪く老人の霊。

「ええと……どうやらその人みたいよ」

 伝えると、真理子はハッとした後、彩音を見て、

「あ、あのっ! 泰造さんは……どちらに」

 彩音は、どうしたらわかりやすいかを少し考えた後、泰造のすぐ横に移動し、

「ええとね……ここで跪いているわ。頭の位置はここで、視線は四ノ宮さんに合ってる」

 と、ざっくりとだが説明すると、真理子は勢いよく飛び出し、泰造の前まで移動すると同じように膝をついた。

「泰造さん、お久しぶりですっ!」

 感激しているのか、目にうっすらと涙を浮かべている真理子。それほど、馴染みがある間柄なのだろう。

「本当に……久しぶりじゃ。元気そうで何よりじゃわい」

 泰造も、声を震わせながら真理子に向かって話す。だが、当然真理子の反応はない。

「……あ、そうだ。四ノ宮さん、おじいさんは、『本当に久しぶりじゃ。元気そうでよかった』と言っているわ」

 伝えると、真理子は喜んでさらに話し始めた。

「――」

 嬉しそうに話す真理子と、それに頷き続ける泰造。そして、泰造が話したことを真理子に伝えていた彩音は、二人の関係について、大まかに把握できた。

 どうやら、泰造という老人は、元々ホームレスで、河川敷に住んでいたとのことだった。

 そして、真理子が徒歩で帰る許可を父親からもらってすぐのこと。

クラスメイトが泰造に石を投げて遊んでいたところを、真理子が止めに入った。それが二人の出会いとのことだった。

 習い事が多く、学校の友人が少なかった真理子は、帰り道で川沿いを通ることもあり、その日以降河川敷に行っては泰造と話をしたり、家から食べ物を持っていったりしていた。

しかし、真理子は私立の中学に入学したため高校入学まで街を離れていて、泰造が死んだことは知らなかったらしい。

彩音は、そんな感じで二人の会話の手助けをしながら、隙を見て寧々に尋ねた。

「……正直、あんたと気軽に会話するにはまだ気持ちの整理が全然ついてないし整理しようとも思えないタイミングではあるけど、状況が状況だし霊がらみで質問できるのがあんたしかいないから仕方なく聞くわ。あの二人、なんとか直接会話させることってできない?」

「何でも素直になりゃええってワケじゃあないで?」

「わ、分かってるわよ」

 彩音の言葉に、寧々は空に向かって、あー、と、言ってから、

「ま、一番楽な方法は、ジイさんがパンクせえへん程度に霊力を注ぎ込んで存在濃くする、って方法やな。それでも、その四ノ宮っちゅうコとの繋がりが強ければって感じやけど……」

 彩音と寧々は、真理子と泰造を見る。

 真理子の視線は、泰造の顔を大きく外れることはなく、話の間も、まるで泰造の相槌が聞こえているかのようなタイミングで、本当に孫と祖父が話すような、とても自然なものだった。

「少なくとも、繋がりに関しては大丈夫なんじゃない?」

 大丈夫どころか、見えているんではなかろうか。

「まー、そのようやな」

「ねーねー彩音。真理子ちゃんって、泰ちゃん見えてる感じ?」

 いつの間にか横に緑子が移動してきた。

「緑子、暇だからってあだ名つけるのやめなさい」

「失礼なことを言わないでよ。ただのフレンドシップだって」

「私、同じツッコミは一日一回までと決めてるの」

 とはいえ、こちらとしても確認はしておきたい。彩音は、話している真理子の近くに行き、

「あの、四ノ宮さん? 四ノ宮さんって、泰造さんのこと見えてるの?」

 質問に対し、真理子は微笑んで首を横に振る。

「いいえ、見えてませんよ。……ただ、いつも泰造さんと話しているとき、確かこういう感じだったなあって、そう思い出しながら話してるんです」

 その言葉に、泰造は今度こそ、幸せを噛みしめるように、静かに泣き出した。

「そうなの……」

 泰造が泣いているのを伝えようか迷っていると、真理子はそのまま、話を続けた。

「実は、高校に入学してすぐ、泰造さんに会いに行ったんです。でも、川に行ったら泰造さんがいなくて……他の方に聞いたら、仕事が見つかったから出て行ったよって言われました」

 けど、と、真理子は続ける。

「私、何となくわかっていたんです。皆さんの反応を見て」

 わかった、というのは、泰造の死についてだろう。

「……はっ。あいつら、演技とか下手だからなあ」

 泰造が思い出すように空を見上げる。そして、涙を袖で拭ききると、振り返って彩音を見た。

「さて、少し時間をもらい過ぎたかの」

 と言って泰造は、そのまま視線を落として金髪の霊を見た。

こちらを解消しない限り、泰造としても落ち着きが悪いのだろう。彩音は、真理子に少し待つように伝えると、次に寧々を見た。

「金髪の方、記憶だけど――」

 最後まで言う前に、寧々は手のひらをこちらに向けてきた。

「安心せい」

 そして寧々は、金髪の霊に近付き、見下ろした。

「しっかし、なんや、こいつずっと寝とるやないか。そんなに床が気持ちええんか」

「完全に悪役のセリフよね、それ」

 それも、大体が噛ませ犬役だ。

「ああ、気を付けた方がいいぞ。最近、といってもワシが死んだのは二年ほど前じゃが、それでも、本当に最近はおかしなやつが増えておる。きっとそいつも同じじゃろうて」

 泰造の言葉に、彩音は妙な引っ掛かりを覚えた。

「あの、おかしなやつ、というのは、どういうことでしょうか」

 ああ。と、泰造は言うと、

「なんだか、他の霊や人間を襲ってるんじゃよ。襲われた方は、霊なら……なんというか、気配が薄くなる気がするんじゃ。そんで人間の方は……倒れてしまうことが多い」

「それって……」

 彩音は、先程自分がやられたことを思い出す。そして、緑子が今朝言っていた、若者が次々と倒れている、という話も。

「実はの、三日前ほどなんじゃが、目が座っとる霊が、真理子ちゃんに近付いとったんでな、ワシは思わず、『こっちに来いっ!』と叫んだんじゃよ。……まあ、真理子ちゃんがワシに気付くよりも早く、霊が腕を掴んだもんじゃから、そやつに殴りかかってしもうたがな」

「なっ! ほ、本当ですかっ!?」

 彩音が急に叫んだからだろう、真理子と緑子が「何事か」という表情でこちらを見てきたので、先程までと同じように泰造の言葉を伝える。

「そん時襲っとったんは、このパツキンなんか?」

 寧々が尋ねると、泰造はゆっくりと首を左右に振る。

「いや、違った」

「じゃあ……」

 彩音の言葉を引き継ぐように、横の寧々が口を開いた。

「そん時の霊も、このパツキンも、襲うよう命令されたっちゅうことやな。街の若い連中も襲われとるんやったら、ターゲットも『若いもん』ってザックリとした括りかもしれん」

 彩音は、頷いて返した。

「ま、詳しいことは、こいつに聞くんが一番やな」

 金髪の霊を見て、右腕をゆっくりと回す寧々。

「いいかあ、よーく見ててみい」

 そう言って寧々は自分の隣に門を出す。そして、続けて門掌も出すと、金髪の頭を掴んだ。

 ここまでは、霊を送るときと同じ手順だ。

「んで、門掌で霊を分解、圧縮するんを、少しゆっくりめにやる……」

「ぶ、分解……圧縮……」

 後ろから泰造の震える声が聞こえてくるが、そういえば送る原理について聞かれてもよかったのだろうか。

 言いながら、金髪の霊が光り輝く。いつもならすぐ小さな球体になるが、今回はそうならず、輪郭がもやもやとしはじめ、まるでアメーバのような、人間サイズはある、スライム状の何かに変化している。

「うわ……」

 思わず口に出してしまった。

「あー……一応人の魂やからな? んまあ、次。門掌を通して霊と自分の頭をつなぐイメージを持つ。そうすりゃ、霊から記憶が流れ込んでくる。あとは、いつの記憶が視たいか強う念じれば、それが再生される、っと……」

 見ていて、彩音にはその繊細さがわかる。少しでも集中が途切れれば、門掌はすぐにでも門の中に取り入れてしまうだろう。

 だが、寧々は冷や汗ひとつかくことなく、やり遂げている。

 ……これが、師がいるいないの差、ってわけね。

 特に、彩音の両親は力押しとフィーリングで教えることが多く、原理や、細かいテクニックは「習うより慣れろ」だった。それゆえ、姉である澄香は、両親を反面教師とし、自力で研鑽を重ね、早々に見習いを卒業していたが、

 ……姉さんは、特別凄かったからなあ。

 澄香は十八歳で死んだ。あと二年で同じ年齢になる。だが、今のままでは追いつくどころか、自分が見習いを卒業できた、と、そう思えるレベルにすら達することはできないだろう。

 そういう意味では、自分を焦らせてくれる存在として、寧々が現れたのは悪いことではないのかもしれない。

「……おかしい。記憶が弄られとる」

 寧々の、少し焦りが混ざった声が聞こえた。

「弄られてる、ってどういうこと?」

 寧々はこちらを見ずに、

「言葉通りや。今、脳を直接読んどるのと同じ状態やから、頭打って記憶に蓋がされてたとしても、こじ開けることはできる」

 物騒なことをさらっと言う。

「けどな、今こいつの頭ん中は、記憶の一部が欠落してる。切り取って、繋ぎあわせたような、そんな状態や。『若もんを襲え』って命令はされとるが、それが誰に、いつ命令されたんかは一切わからん」

 ただまあ、と寧々は続ける。

「なんにせよ、記憶を弄るなんて芸当、門神にしかできんはずや」

 寧々は言いながら、金髪の霊を送った。本当に、これ以上は何の情報も得られないのだろう。

「それって……」

 彩音が言い淀んでいると、寧々はこちらを見てはっきりと言い放った。

「モチロン、犯人は門神ってわけや」

「そんなっ」

 彩音だけでなく、緑子も、声には出さないものの驚いていた。

「信じられんか?」

「ええ、そうね」

 なぜなら、

「ここ、春乃江町にいる門神は、私一人きりだもの」

「は? どういうことや?」

 驚く寧々に、彩音は、一度唇を噛んでから言う。

「昔、色々あったのよ。とにかく、この街にはもう私しか門神はいないわ」

 意味が分からない。という表情をする寧々。

だが、彩音がそれ以上話す気がないと理解したのだろう。ため息をつきながら頭をかくと、

「そうかい。んじゃ、今日のところは帰るわ」

 と、そのままこちらに背中を向けた。

「え、帰る?」

 思わず声が裏返りそうになった彩音に、寧々は振り返って言う。

「今んとこ、これ以上の収穫はなさそうやし、帰って明日以降の動き方について考えるんや。この街のことも、少し調べんといかんからな」

 寧々は、視線を泰造に移して、

「ジイさん、すまんがしばらくその子についてやってくれへんか」

 言われた泰造は、

「もちろん。そのつもりじゃ」

 と、背筋を伸ばした。それを見て寧々が頷いたのを確認した真理子は、一つお辞儀をした。

「みなさん、宜しくお願いします」

「え、ええ……何かあったら、すぐ連絡してね。……あ、連絡先交換しましょう」

 そういえば、まだしていなかった。

「寧々ターン、あたし達も交換しよー」

 緑子が、寧々に向かって駆けていく。

「タンやめろて」

 頬を膨らませながらも、携帯を取り出す寧々。

 ……なんだかんだで定着しそうね、あのあだ名。

「後で彩音と真理子にも送るよー。寧々タンにも、二人の分送るからねー」

「はい、ありがとうございます」

「……まあ、いいけど」

 言った瞬間、緑子からメールが届いた。操作早すぎだろう。

「じゃ、今度こそウチは帰るわ。ほな、また明日な」

 そう言って歩き出す寧々。

「また明日ねー」

 と、手を振る緑子と、寧々の背中に向かってお辞儀をする真理子。だが、彩音は一つ気になることがある。

「……あれ、また明日?」

 すると、緑子がこちらを向いて、

「まあ、明日っていうなら明日なんでしょ。多分、彩音の位置をビビっと検索するんじゃない?」

「人を失くした携帯電話みたいに言わないでちょうだい」

 まあ、方法としてはきっとそうなのだろう。確かに、寧々の姿はもう見えないが、霊力を感知することはできる。

「四ノ宮さん、送っていくわ」

 まずは、できる範囲でやれることをやるだけだ。真理子を直接狙っているわけではないようだが、襲われる心配がゼロになったわけではない。

「ありがとうございます。ですが、ここからなら家はすぐですので、大丈夫ですよ」

 ここ、と言われて彩音はあたりを見渡す。

「四ノ宮さん、ここら辺に住んでるの?」

 ここなら、彩音の家から自転車で十五分といったところ。すぐに、というわけにはいかないが、電車を使わずに来れる分、まだマシというところだろう。

「は、はい……近くは近くなのですが……」

 言葉を濁す寧々。不思議に思い首をかしげると、

「彩音、あっちあっち」

 と、緑子が街の北側、屋根が少し顔を出している駅の、その向こう側を指さした。

「ほら、向こうにさ、大きいお屋敷あるじゃん」

「……ああ、あるわね」

 この街に住む小学生なら、誰もが一度は見に来るであろう、絵に描いたような純和風のお屋敷。あまりの広さと立派さに、圧倒されたのを覚えている。

 だが、緑子は何ともないという口調で、こう言い放った。

「それ」

「それ?」

 それ。というのはどういうことか。いや、唐突のことで理解が一瞬遅れただけで、どういうことかというと、

「……え、あのお屋敷っ!?」

 彩音が叫ぶと、緑子はさも当たり前のことを説明するかのような表情で頷き、隣の真理子は少し恥ずかしそうに俯いた。

「四ノ宮って言ったら、元々はここら一帯の地主で、色々仕切ってたみたいよ」

 ……仕切ってた、って……。

「え、遠藤さんっ、それはもう大昔のことですって何度も……」

 慌てて補足に入る真理子。だが、真理子の言うとおり元、だとしても、

「あの家に住んでるってことは……そういうことなのよね」

 思わず語彙が貧弱になってしまったが、彩音の言いたいことは伝わったらしい、

「ま、『お嬢っ!』、とは呼ばれてないみたいだけどね」

「それは恥ずかしいからやめるよう頼んだから……え、何で知ってるんですか遠藤さんっ!」

「さーねー」

 楽しそうだ。

「知らんかったのか、嬢ちゃん」

 泰造も入ってきた。

「はい、知りませんでした」

 というより、緑子はいつ、どうやってそんな情報を仕入れているのか、そこだけが気になって仕方がなかった。



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