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門神見習い榎本彩音  作者: のぐち
第一章
3/11

真理子の依頼 ―その2―

          ●


 その日の夜。

彩音は、真理子が腕を掴まれたという現場に向かって歩いていた。

 現在地は、街を左右に分けるように流れている太く長い川、その中流に位置する河川敷だ。

 近くに大きな橋があり、ブルーシート生活をしている人がちらほら視界に入ってくる。

 腕時計を確認すると、時間はそろそろ八時半を過ぎる頃。

「ちょうどいい感じね」

 リラックスするために、少し遠回りではあるが川沿いを歩いていたのだ。

 また、川の近くには霊が集まることが多い。もしかしたら、真理子に関係する何かを見つけることもできるかもしれない。と、そんなことも考えていた。

「あんまりヒントが少ないと、しらみつぶし、ってことにもなるからなあ」

 昼間、保健室で真理子に説明したことでもあるが、霊は、門神に送ってもらわない限り、この世からいなくなることはない。

そして彩音の知る限り、見習いも含め、門神はこの街に彩音一人しかいない。

 だから、それっぽい霊を見つけては、彩音が特徴を真理子に伝え、違ったら送る。合ってたら真理子を襲った理由を吐いてもらい、その後に送る。という、完全力押し作戦もある。

 ……父さん達なら、もっとうまくやるんだろうなあ。

 霊力の総量は、父よりも母が多かった。コントロールやテクニックは父の方が。そして、二人の才能を余すことなく受け継いでいた姉、澄香。

 昔から、彩音はことあるごとに「お姉ちゃん凄い」と澄香を絶賛していた。だが、そのたびに言われたのだ。

「私は、自分ができることを正しく認識しているだけ……か」

 思い出すように、復唱する彩音。

 ……そうね。私は、私だものね。

 自分にできることを、精一杯やるだけだ。それに、彩音の想像通りなら、そう時間がかかる話でもなさそうなのだ。

 というのも、霊が存在していられる場所は、各個人ごとにある程度範囲が決まっている。

中心地点は、霊にとって思いが強く残る場所。ほとんどは自宅で、次に多いのは死亡した場所だ。そしてその範囲は、霊自体が抱いている、この世に対する想いの強さに比例して広くなる。

とはいっても、未練がいくつもある場合を除き、大体の霊は同じ場所をうろうろしている。

 今回聞いた話だと、霊は真理子の腕を握り、さらに跡まで残した。

 一般の霊に比べ、強く未練が残っているようだが、姿が目に映らない程度なら、殺してまで、と言うほどの執着心はないのだろう。

「……ま、軽く話して事情を聞いて、早々に送ってやりますかね、っと」

 準備運動がてらに腕を回した後、彩音は正面を向いたまま携帯電話を取り出し、緑子の番号を呼び出した。

「……」

 二回コールした後、通話開始の音がする。間髪入れずに、彩音は言った。

「で、どこまでついてくるつもりなの?」

 数秒の沈黙の後、

『えーと、ななな、なんのことかなあ?』

 わざとらしい、というか、完全に遊んでいる声で言われた。

 仕方なく、彩音は声のトーンを少し落とす。

「……緑子」

『じょ、冗談だよ。大丈夫、すぐ行くから』

 そう言われ、電話が切れた次の瞬間、

「おーい彩音。来たよー」

 本当にすぐだった。

「緑子、私はピクニックに来たつもりはないんだけど」

 額を押さえつつ、ゆっくりと振り返ると、そこには緑子だけでなく真理子の姿もあった。

「ってちょっと、なんで四ノ宮さんまで来てるのっ! 狙われているのはあなたなのよっ!」

 少し声を張り上げたせいで、河川敷に住む人達が何人か振り返ったが、そんなのは構わない。

「危ないてこと、わかってる? 今度は腕の痣だけじゃ済まないかもしれないわよっ!」

 そこまで強くない霊だとしても、未練の一端であろう真理子を前にしたとき、感情が高ぶって力が増す可能性がないとは言えない。腕を掴んだという前例もある。それに、今日の昼、緑子にも言ったことだが。

 ……ここ最近の霊達は、少しおかしい。

 彩音ができるのは、霊を向こうの世界に送ることのみだ。

 しかし、真理子は怯むことも、臆することなく彩音を見つめている。

 その隣、緑子に視線を移すと、「お手上げ」という表情とポーズを見せてきた。

 再び真理子を見ると、彼女は一歩前に出て、

「危険なのはわかっています。ですが、私は見届けたい……いえ、見届けなければなりません」

「……なにを?」

 彩音の質問に、真理子は袖をまくって腕を見せてきた。もちろん、手の跡がある方だ。

「この跡を残すほど、私のことを思っている人。それが誰なのか、私は知る必要があります。でなければ、その人に申し訳が立ちません」

「……それは、私からの報告だけじゃ、だめ、ってこと?」

 真理子は、静かに頷いた。

 ……ああ、そういうことか。

 彩音は、初めて真理子と会ったときに感じた違和感について、ようやく理解ができた。

 ……四ノ宮さんは、霊に対して恐怖を感じていないんだ。

普通、霊に腕を触れて、跡が残った。となった場合、その相手が例え肉親や、知っている人であろうと、恐怖するのが通常だ。

だが彼女はそうではなく、それだけの想いを向けられているのだから、相手のことを気味悪がったり、怖がったりすることは恥だと考えている。相手の気持ちに、真正面から向き合おうとしているのだ。

そして、その相手が誰なのかわからない状態で、人伝に詳細を聞いて事を終わらせることをよくないと思っている。

だから、ついて行くと言っているのだ。

 なら、彩音がだめだと言っても、必ず真理子はついてくるはずだ。

緑子も、それがわかっているから、こうしてここにいるのだろう。彩音について来る、ではなく、もしもの時は彩音が集中できるよう、真理子について行っているのだ。

 ……遠くにいたり、こっそりつけられるよりはいい、か……。

 仕方ない。と、彩音はため息をひとつついた。

「わかったわよ。ついて来ていいわ」

 そう言うと、真理子は表情を明るくさせる。

「ありがとうございますっ!」

 その代り、と、彩音は付け加える。

「離れて、とか、逃げて、とかは、ちゃんと従ってよね」

「はいっ!」

「あいさー」

 緑子の声もしたが、独特な間延びした声は、いい具合に気分を和ませてくれた。


          ●


 河川敷でのやり取りから数分後。彩音達は、住宅街を歩いていた。

 先頭を行くのは彩音。その後ろに、真理子、緑子と続いている。

 彩音は、前と横方向に意識を集中させながら、時折後ろの真理子に道を確認するため、立ち止まったり、振り向いたりしている。

 時計を見るともうすぐ九時になるかという頃。月明かりはあるが雲も多く、街灯がありがたく感じる程度には、足下が薄暗くなっている。

やがて十字路にさしかかったところで、彩音は霊の気配を感じて立ち止まった。

「お、霊見つかった?」

 後続の緑子が声をかけてくる。

 視線を後ろに向けると、真理子が慌ててこちらに駆け寄ってこないようにするためか、緑子が彼女の一歩前に立っている。

 ……さすが、わかってるわね。

 内心で感謝しつつ、彩音はひとつ頷く。そして、声をかけてきた緑子より、どちらかというとその後ろにいる真理子に向けて言葉を投げる。

「まあ、近くにいるってだけよ。それが四ノ宮さんが言っていた霊かも分からない状態。でも、万が一ってことがあるから、あまり不用意に動かないでね」

 察してくれたようで、真理子はコク、っと頷いてくれた。

 少し安心した彩音は、再び前を向く。

 先程霊の存在を感じた方向に集中すると、一人分の霊が近付いてくるのがわかった。

 霊としての存在感は薄くない。むしろ一般の霊に比べると濃い方でもある。確かに、これくらいなら人の腕を掴むほどのことはできるだろう。

 そして、霊との距離がさらに縮まり、三メートルほどになった頃、街灯の光が当たる真下、家の壁をすり抜けて、男の霊が姿を現した。

 外見は大学生くらいだろうか、金髪で、あまり気持ちのいい笑い方とはいえない表情を浮かべて、彩音をジロリと見ている。

「……出たわ。金髪の男よ。大学生くらいかしら」

 後ろの二人に言う。

 きっと、彩音の見ている方向に視線を向けていることだろう。だが、これといって反応がないということは、どちらも視えてはいないということだ。

 ……まあ、姿が見えるのはレアケースだし、見えなくてもいいんだけど。

問題は、この金髪の霊が真理子の腕を掴んだ本認か、ということだ。

 すると、

「……お、いいねえいいねえ。いいのが揃ってるじゃねーか」

 金髪の霊が、口角を上げてそう言った。

 彩音は、右手を後ろにして、緑子に下がるようサインを送る。

「いいの、というのは、どういうことかしら?」

 後ろから、ゆっくり離れようとする緑子と真理子の足音が聞こえる。

正面の霊は、視線を彩音と後ろにいる二人の間を行ったり来たりさせながら、ゆっくりと腰を低くし始めた。

「なに、ちょっと頼まれただけさ」

「頼まれた? 誰に、何を?」

「……さて、言う必要はねーな!」

 言い終わるかどうかというタイミングで、金髪の霊が、スタートダッシュを決めた。

「くっ!」

 瞬間、正面に力を集中させる。

 ……間に合えっ!

 男の顔が、目の前に迫っている。だが、それが彩音とぶつかる直前、目の前が光で包まれた。

 ……よしっ。

 門は出た。が、これでは彩音の視界も遮る形になる。金髪の霊がそのまま門に飛び込んだのか確認する必要がある。

 彩音は左に跳ね、門の横に回る。すると、

「……いない」

 気配を探ってみるが、何も感じない。この近くに霊は存在しないようだ。

つまり、さっきの男は門に入っていったのか。男のスピードはかなりのものだった。急に方向を転換させることや、停止することはできなかっただろう。ならばこれで解決か。

 ……あれ、ちょっと待って。

 彩音は、まず一つ、重大なことに気付いた。

「……あ、色々と聞く前に送っちゃった……」

 門を出さずに、組み伏せればよかったのだろうが、あいにくそういった技に覚えがない。

 だが、もう一つ、彩音は気になることがあった。

 ……そういえば、私が視える人だってわかっても、なんのリアクションもなかった。

 今まで出会った霊だと、驚くか、喜ぶか、たまに恐れられるか。だが、さっきの男は違った。

まるで、そういう人がいることをすでに知っていたのかのようだった。

仮に、門神について知っていたとしたら、正面から飛んでくるのだろうか。門を出され、送られることを知っていたとしたら。

 ……やっぱり、何かがおかしい。胸騒ぎがする。

 とにかく、急いでこの場所から離れよう。

金髪の霊は、頼まれた、と言っていた。

もし金髪の霊が失敗したと分かれば、また他の霊が頼まれて真理子を襲う可能性がある。ならば、しばらく真理子と行動を共にして、現れたところで捕えればいい。

と、彩音がそう思った瞬間、

「きゃあ!」

 後ろから、真理子の悲鳴が聞こえた。

「真理子っ!」

「四ノ宮さんっ!」

 弾けるように後ろを向くと、約三十メートル後方、街灯の下で、真理子の腕を、さっきとは違う、男女二人の霊が掴んでいた。

隣の緑子は、片手で真理子の制服を掴みつつ、必死の表情で、空いている手を振り回して辺りのものを払おうとしている。

霊は真理子のすぐ近くにいるため、緑子の腕は確かに霊の位置で振り回されているのだが、当然、緑子の手が霊に当たることはない。

 二人の霊は、真理子の腕を掴んでそのまま引き摺ろうとしていた。若干、真理子の体が浮きかけているが、

「真理子っ! 真理子っ!」

緑子が引っ張ることで、まだ地に足がついている。完全に飛んで移動できるほど、二人の力は強くないのだろう。

 とはいえ、

 ……どういうことなのっ!

 気配は感じなかった。油断していたから、というレベルではない。本当に感じなかったのだ。

 だが、驚いている暇も、考えている余裕もない。まずは真理子を救出しなければ。

「四ノ宮さっ――」

「――おっと」

 左腕が、何かに掴まれた。

 寒気が全身を襲う。勢いよく振り返ると、さっきの金髪の霊が、左腕を掴んでいた。

「どーこ行くんだよー」

 楽しんでいるのか、語尾をだらしなく伸ばす金髪の霊。

「嘘……なんで……」

 思わず、そう口にしていた。

 送れていなかった。そのことだけなら、なんとか飲み込むことはできなくない。それだけ、男の反応と移動速度が速かったのかもしれないからだ。だが、問題はそこではない。

「気配は、確かに消えていたはず……」

 目の前の男だけではない、後ろの二人もだ。

「はあ? 何かなしいこと言っちゃってくれちゃってんの? 俺はずっといたじゃねーか」

「なん……ですって……」

 不思議そうな顔でこちらを見下ろす男。彩音自身、腑に落ちないことはたくさんあるが、まず彩音は、自分の隣に門を出した。

「……お、どうした、俺を振り回してその門に入れようってか」

 言いながら、男は彩音の腕を掴む力を強くしてきた。同時に、存在自体が濃くなり、重さが生じてくる。

 ……門のことを知ってるっ!? それに、なに、この力はっ!

 痛く、そして重い。

 彩音は、左腕の痛みに耐えながら、門に対して、さらに力を集中させた。

「おいおいどうしたー。そんなんじゃ俺は投げられねーぞ……って、んだこりゃ。門の入り口がこっち向いてねーぞ」

 男の言葉に対して、彩音は一呼吸置いてから答える。

「……そうよ。あんたに向けてるのは門の裏側。まずは、向こうの二人よ」

 言われた男は、キョトンとした。

「は? どうやってアイツらをここまで引っ張ってくるんだよ」

 彩音は、今度は言葉で答えを返さない。

 振り返り、真理子の腕を掴んでいる霊を見据え、頭の中で、〝あるイメージ〟を作り始める。

 ……集中……集中……。

 ちょうど、真理子を挟んで緑子の反対側にいる女の霊が、標的を緑子に変更したようで、真理子から手を放した。その瞬間を逃さず、彩音は叫ぶ。

「掴めっ!」

 彩音の言葉に反応して、門が強く光った。その光は、そのまま門の中心に集まり球体を作ると、中から横幅が六十センチはある、のっぺりとした手が飛び出し、緑子を掴もうとしている霊に向かって、高速で伸びて行った。

 まるで、門の奥から手が生えてきたかのようだった。

「なん、だ……こりゃ」

 後ろから金髪の霊の声がするのと同時に、彩音の腕を掴んでいた力が弱まった。振り向くことはしないが、驚いているのは理解できる。

そして、手の伸びる先、今まさに緑子を掴むところまで差し掛かっている女の霊が、ようやく自分の身に起ころうとしていることに気付いた時には、

「浄めろっ!」

 彩音の言葉でさらに輝きを増した手に、頭を掴まれた。そして、

「ぎゃあああ!」

 女の霊が上げる悲鳴が、彩音の耳を突き刺した。

 当然、緑子と真理子には聞こえても見えてもいないようだった。

 光の手に掴まれた女の霊は、段々と体全体が手と同じ光に包まれていき、やがて、ピンポン玉と同じサイズ、形状へと変わっていく。その球を、光の手は握りしめ、出てきたときと同じ速度で門の中に戻ると、門ごと光は消え去った。

「どう、なってんだよ……」

 後ろから男の声がする。

正面、視線の先、真理子を掴んでいたもう一人の霊は、突然仲間が謎の手に掴まれたので、思わず後退ったのだろう。すでに真理子から手を放していて、驚愕の表情を浮かべている。

 おかげで真理子は解放されているが、気を失っているのか、倒れていた。

その横、緑子が駆け寄って、真理子を揺さぶっている。

「ま、真理子っ! しっかりしてっ!」

 彩音は、真理子のことを一旦緑子に任せることにした。そして、

 彩音がちらりと後ろを向くと、先程まで自分の左腕を掴んでいた金髪の霊は、膝を震わせながら尻餅をついていた。

「……門をくぐろうとしない、強情な霊を無理やり送るための手。通称、門掌よ」

 彩音は、男に向かって、静かに言った。説明文に対して思うところはあるが、これは姉の受け売りなので仕方がない。

「モン……ショウ……?」

 彩音は、無言で再度同じ場所に門を開く。そして、視線を真理子の隣にいる霊に合わせ、

 ……もう一回っ。

 集中すると、先程と同じように光の手が現れた。

「や、やめっ――」

そして狙い通りに霊を掴むと、先程と同じように、光の球を握りしめ、再び門の中へ戻った。

「モンショウだなんて、そんなの聞いてねーぞ!」

 足元から、男の怒鳴り声がする。

 彩音は、しゃがんで男と視線の高さを合わせると、笑顔で尋ねた。

「門掌は、ということは、それ以外については聞いていたってことよね」

 男はハッとして自分の口を塞ぐが、彩音は構わず続ける。

「そろそろ教えてくれないかしら。誰に頼まれてて、どんな話を聞いたのか。全てを、ね」

 でないと、と彩音は言ってから、右手を顔の高さまで上げ、五指を開く。

「私、思わず手が滑っちゃうから」

「ひっ!」

 送られる。と思ったのだろう。男が這うように下がった。

「あ、真理子っ! 大丈夫!?」

 後ろで緑子の声が響いた。見ると、どうやら真理子が目を覚ましたようだった。

「四ノ宮さん、大丈夫?」

 声をかけると、真理子はゆっくりと起き上がり、若干弱弱しくはあるが、こちらに向かって手を振ってきた。

 ……よかった……。

 とりあえず、二人は無事だ。

安心したところで、再び男を見ると、男は先程までとは打って変わって、勝ち誇ったような、余裕に満ち溢れた表情をしていた。

「はは……はははは!」

「ちょ、何笑ってるのよ、気持ち悪い……」

 素で二歩程引いた彩音だが、今度ははっきりと感じ取ることができた。

「嘘……霊が、集まってきてる……!」

 四方から近付いてきている。といっても、すでに気配は近過ぎるほどに近く感じていて、彩音が知覚することを待っていたように、霊たちが周囲を囲うよう、同時に現れた。人数は、

 ……五人、ね。

 どの霊も、真理子のことを見ているが、足元にいる男の霊と違い、いきなり突撃をかける霊はいない。もしかしたら、門掌のことを見ていたのか。

 それなら話が早い。と、彩音は慌てて振り返る。

「緑子っ! 動けるっ!?」

 見ると、多少不安定そうではあるが、緑子に掴まる形で、真理子は立ってはいた。

「ちょっと腰ぬけてただけみたい! ダッシュしなきゃ大丈夫よっ!」

 それは駄目なのではなかろうか。

とはいえ、真理子の表情は、大丈夫と言っていた。

 彩音は一度頷き、二人の元に駆け寄る。

 どこまで意味があるかわからないが、霊達に聞こえないよう、小声で話す。

「ごめん、囲まれてるけど、道を作るから合図したらできる範囲の最大速度で駅まで移動して」

 駅なら、まだ人も多く明るいはずだ。

 霊にとって、明るい場所というのはあまり好ましくない。ドラキュラのように日光が苦手、という分かりやすいものではないが、それでも、明るい場所と暗い場所、どちらが存在感が増すか。と聞かれたら、当然暗い場所になる。

「わかりました。駅ですね」

 真理子が緑子の肩を離し、ゆっくりと体制を整える。

「……ふう」

 真理子が、呼吸を落ち着かせようとしている。

 視線を上げると、最初に現れた金髪の霊が、新たに集まってきた霊に何かを話している。おそらく、こちらの手の内をバラしているのだろう。

 彩音は、門を一度に一つしか開けない。スタミナに自信はあるため、持久戦になるのは平気だが、緑子と真理子を連れて、逃げ回りながら、というのは厳しいものがある。

 ……いや、考えても仕方ないわね。

 まずは二人を安全な場所に連れて行かなければ。そう思って、彩音は力を集中させる。

 すると、こちらが動かないと思ったのか、新たに現れた霊のうち、一人がこちらに向かって突っ込んできた。

「……あら、ありがたいわね」

 これなら、門掌は使わずに済みそうだ。

「今よ走って!」

 彩音の合図で、緑子と真理子が十字路を右に曲がる。その道が、駅までの最短距離だ。

 彩音も時間差で走り始める。すると、後ろから一人の霊が追いかけてきたので、タイミングを計って門を開く。すると、

「う、うおっ! やべっ――」

 男の声が途切れた。今度こそ、きちんと送れたのだろう。まずは一人。

「く……まとめてかかれっ! さっきも言ったが、あいつは一度に一人しか相手できねえっ!」

 金髪の霊が叫んだのと同時、残りの霊達全員が左右と後方から飛んできた。

 ……言ってくれるじゃないの。

 霊達は、物体をすり抜ける霊ゆえの特性を生かし、途中塀や家を経由しつつ、ジグザグに動いて追いかけてくる。これでは、門を出したところで引っかからないだろうし、門掌を使おうにも、狙いがうまく定まらない。

 当然、門掌も物体を通り抜けることはできるが、結局動かしているのは彩音だ。

霊の動きを感知するにも、人数が多く、自身も標的も激しく動きながらとなると、捕えるのは至難の業だ。

 それに、門掌を複雑に動かそうとすると、やはり力の消耗が激しくなる。他にも霊がいないとは言い切れない今、力の枯渇はあってはならない。

 後方を確認すると、霊達がもうすぐ追いつこうとしている。ジグザグに飛んでいるとはいえ、やはり霊の方がスピードが速い。

 ……狙いは、まず私よね。

 霊の視線もしっかりこちらにセットされている。これなら、まだ対処しやすい。彩音は、意識を集中させて門を開く準備をする。

そして、

「緑子っ!」

 呼びかけると、振り向いてくれた。彩音は、霊から見えないよう、指先だけで曲がる方向を指示する。

「……」

 緑子から、了解、と視線で合図が来た。

 準備はできた。

 曲がり角が視界に入ると、彩音は心の中でカウントを開始する。

 ……六、五、四……。

 視界の正面、緑子と真理子が角を右に曲がる。そして彩音も素早く角を曲がり、しかしすぐ立ち止まり、右手の塀に背を付けてしゃがむ。

 すると、彩音の想像通り、インコース側にいた霊のうち一人が、塀と家を抜け、彩音のすぐ右側を通過する。

「――っ! 二人しかいないっ!?」

 一瞬動きが止まる霊。そこを、

「後ろよ」

 言うが早いか、彩音は門を作り、

「掴めっ!」

 門掌を伸ばして霊を掴んだ。

「――っ!」

 掴まれた霊は何かを言おうと口を開けていたようだが、声が発せられる前に光の玉となった。

 ……あと四人!

 彩音は、門を閉じつつ再度走り出した。

 上空から残っている霊の舌打ちが聞こえてきた。音からするに、そう遠くではない。ならば、と、彩音は走りながら集中して、今度は霊の位置を探ろうとする。

 距離、高さ、方向、それらを頭の中で正確に把握し、振り向きざまに門を開く。

「そこっ!」

「なっ、なにっ!」

 仲間が一人送られて精神が揺らいでいたのだろう。追いかけることにばかり集中して、軌道をずらしながら飛ぶことを忘れていた霊は、彩音が出した門に頭から突っ込んで行った。

 仲間が追加で合流していないとしたら、これで残りは三人。少し安心した、その瞬間、

「いたっ!」

 先頭を行っている緑子が、声を上げた。

「緑子っ!」

 視線を向けると、緑子が転んで、後ろの真理子が心配そうに駆け寄っていた。

「大丈夫ですかっ! 遠藤さんっ!」

「だ、大丈夫―。ちょっとけ躓いただけだから。多分石とかだよ」

 笑ってそう言う緑子、しかし、彩音の目にはしっかりと映っていた。緑子の足を引っ掛けて転ばせた、張本人。笑っている、霊の姿が。

 ……しまった! 先回りされたっ!

「緑子っ! 危ないっ!」

 彩音が、門を開こうと力を集中させた瞬間、

「ちょっと大人しくしててねー」

 塀から腕が生えてきて、彩音の右腕をガシっと掴んだ。

 おまけに、

「じゃあ、貰うよ」

 女の霊が、腕と同じように塀から顔を生やし、こちらの顔面を舐めるように見てきた。

「なにをっ――かっ!」

 言い終わる前に、急激な、とても重たい疲労感が、彩音を襲った。

 ……力が……吸われていくっ!

 彩音は、体全体をひねるようにして腕を振り、霊を払う。振り回された霊は、しかし楽しそうにケタケタ笑い、目の前を漂っている。彩音は、急いで体勢を立て直して女の霊を送ろうとするが、全身に気怠さが回り、膝をついてしまう。

「あはっ! ほんとだ吸える吸えるっ!」

 見ると、女の霊が自分の両手を眺めながら高笑いしている。言葉通り、先程よりあきらかに濃い存在感を放っている。どうやら、本当に彩音の力を吸い取ったようだ。

 ……力はまだ十分ある、けどっ!

 彩音は、力を集中するが、精神が安定していないせいでうまく門の形が定まらない。

「きゃあ!」

 悲鳴がする方を見ると、緑子と真理子が大男の霊に腕を掴まれ身動きが取れなくなっていた。

 後ろから、金髪の霊も追いついてきた。

「お、これでゲームセット?」

 金髪の霊は、跪いている彩音を見て、ニヤリと笑っている。

 ……くっ! どうすれば……!

 まだ門は開けない。だが、彩音は霊に触れることができる。となると、肉弾戦に持ち込むか。

 彩音は、深呼吸しながら、ゆっくりと立ち上がった。

「格闘技でも、やっておけば良かったわね……」

 立ち上がる彩音を見て、女の霊が再び楽しそうに笑う。

「お、なになにまだ立てるの?」

 急激な力の低下で、貧血に近い状態ではある。だが、座って休んでいられる状況ではない。

 ……両腕に力を集中して、殴って気絶させるっ!

 彩音が、身構えたその瞬間、後ろから新たな霊力を感じたと同時に、

「――掴みぃ」

 知らない声が、そう言った。

 振り向いて声の主を確認するよりも速く、見覚えがある光の手が二本、彩音の後ろから伸びてきた。

「なっ!」

 二本の手、もとい門掌は、それぞれ彩音の目の前にいる女の霊と、緑子、真理子を掴んでいる大男の霊を同時に捕えると、すぐに光の球体となった霊二人を握りしめ、彩音の後方へ戻って行った。

「痛っ!」

 解放された緑子と真理子が、ドサッと地面に崩れ落ちた。

「二人とも、大丈夫っ!?」

「は、はいっ。大丈夫ですっ!」

「大丈夫だよー。それより、霊はまだいるの?」

 聞かれた彩音は周囲を見渡すと、尻餅をつきながら、彩音のずっと後ろを見ている金髪の霊が視界に入った。

「霊はあと一人……だけど……」

 彩音は、金髪の霊が見ている先を凝視する。すると、真後ろの屋根上から、一人分の、強い霊力を感じ取ることができた。

 月の明かりが逆光となり、シルエットしか確認できないが、確かに一人、少女が屋根の上に立っていた。そして、彩音が先程から感じている霊力。それも、

 ……門掌、よね……今の。

 その答えを示すように、少女の隣に力の渦が発生する。そして、彩音とはデザインが異なる、長方形の門が姿を現した。

「やっぱり……あの子も、門神っ」

 少女の表情は確認できない。だが、状況から察するに、残る金髪の霊を、門掌で送ろうとしているのだろう。彩音は、焦りを感じた。

 ……あの霊には、聞かないといけないことがある。

 彩音は、少女が出した門に意識を集中させ、門掌が飛び出したタイミングで自らの体を金髪の霊と門掌の間に滑り込ませる。

すると、彩音の体に当たるギリギリのところで、門掌の動きが止まった。

と同時に、

「はあっ!?」

 少女の、素っ頓狂な声が彩音の耳を突き刺した。

 それはそうだろう。霊を送るはずの門神が、それを止めたのだから。

「……自分、何してるかわかっとるんか」

 飛んできた声に、彩音は頷く。

「この霊には、聞かなきゃならないことがあるの」

 瞬間、空気が揺らいだ。

 いや、正確には、少女周辺の気配が、強く歪んだ。

「ちっ!」

 少女の、舌打ちが聞こえると、少女が屋根から飛び降りてきた。

「え、危なっ――」

 彩音が駆けだしたその先、地面と平行に門が現れ、門掌が飛び出した。

「なっ!」

 そして少女は、門掌の手のひらに着地すると、そのまま門掌はゆっくりと高度を下げ、少女は無事大地へと降り立った。

「え、あの子、今空中で止まった?」

 後ろから緑子の声がしたが、霊力を持たない人には門も門掌も見えない。だが、彩音はその説明すら抜けてしまうほど、驚いていた。

 ……門掌を、そんな風に使うなんて……!

 彩音は、考えたこともなかった。

 確かに門掌は霊を掴むためのもの。だが、門神の意思次第で、物体に対して物理的に干渉することもできる。知識としては知っていた。だが、彩音は「必要ない」と考えていた。

 呆然とする彩音の視線の先、少女が近付いてくる。

 少女は、歩きながら門を開くと、今度は彩音の反応よりも先に門掌を出した。

「あ、ちょっ!」

 彩音は慌てて後ろを向くと、門掌に押さえつけられ、地面に伏せている金髪の霊が見えた。

「え……どういうこと……」

 なぜ、門掌が触っているのに、あの霊は送られないのだろう。そう疑問に思ったのだ。

「どうもこうも、ちょっと拘束してるだけや」

「拘束、って……」

 そんなこともできるのか。と、彩音は驚くと同時に、ショックを受けた。

 自分は、本当に未熟なのだ、と。

 そして、彩音の目の前までやってきた少女。街灯の明かりもあり、その姿をはっきりと視認することができるようになった。

「……」

 肩下まである茶髪を揺らしている、自分より少し背が低い少女。私服のため、正確な判断は難しいが、恐らく年齢は同じくらいだろう。表情はきつめで、彩音のことを品定めするように見ている。

そして、一つ鼻を鳴らすと、

「……期待はずれやな」

 そう、言い放ったのだった。

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