約束
●
彩音達三人が上までたどり着くと、以前彩音が座っていたベンチに、カスミの姿があった。
『……あら、てっきり彩音ちゃんだけが来るものかと思ってたのだけど』
こちらを見て、ニッコリと笑うカスミ。
「ウチらは見届け人や。そっちが手え出さへん限り、こっちもしゃしゃるつもりはないで」
『あら、心外だわ。ワタシは彩音ちゃんが話があるって言うからここに来たのよ? まあ、来るも何もここに住んでるんだけど』
ふふ、と笑うカスミに、彩音は一歩前に出る。
「そうね。確かに私は話があってここに来たわ」
『椅子はいる?』
「お気遣いなく」
首を横に振る彩音に、カスミはじゃあ私も、と言ってベンチから立ち上がった。
『それで、まず一つ確認なんだけど、彩音ちゃんはワタシを送るつもりがあるの?』
カスミの質問に、彩音は少し空けてから、ゆっくりと首を振った。
「いいえ。送るつもりはないわ」
瞬間、後ろの二人が息を飲んだ。
当然だろう。門神が、霊を送らないと宣言したのだから。
だが、何も言ってこないということは、自らを見届け人と言った通り、最後まで聞いてくれる、ということなのだろう。
……ありがとう。
すると正面から、ふふ、と漏らすような笑い声が聞こえてきた。
『……そう、それはおもしろい答えね。それで、昼間の……いや、先週の件かしら、ワタシと一緒に授業をやるって話だけど、どうするつもりなの?』
「ええ。それね」
彩音は、ここで一度区切り、深呼吸してから、
「私、カスミと一緒に授業をやるわ」
ただし、
「授業内容は、私が決めたものに従ってもらうわ。まずは、ね」
カスミは、眉を上げた。
『彩音ちゃんが決めた授業? なにかしら、興味があるわね』
彩音は、頷いた。
「それはね、誰もが、理不尽に悲しみを得なくて済むために……寂しくならないようにするための、そんな授業よ」
怪訝そうな顔をするカスミ。
『寂しくならないように? 具体的にはどうするつもりなのよ。まさか、霊を一切送らないで、ずっと仲介役でもやるつもり?』
「まさか、そんなことしたら門神がいくらいても足りないわ」
だから、
「システムを作るのよ」
言いながら、彩音は人差し指を立てて見せる。
「まず一つ目、門神がいなくても、一般人が霊とコンタクトを取れるシステム。昔は、門神も霊とコンタクトを取るために様々な道具を使っていたそうじゃない。それを、霊力を持たない人間でも使えるようにするの」
そして、今度は中指を立てる。
「二つ目、門を利用して、霊があの世とこの世を行き来できるようにする」
言うと、カスミがお腹を抑えながら大きな声で笑った。
『――ははっ!』
「……なによ」
『だって彩音ちゃん、門神は送るために存在しているのよ? それを、行き来できるようにするだなんて……』
正面のカスミは笑い、後ろからも視線が刺さってきているのを感じる彩音。
だが、
「それは違うわ」
彩音は、言い切った。
『……違うって、なにが?』
「あら、自分で言ってたじゃない。門神は、門を管理する神だって。でも、一方通行の門しか作れないのは、万能といわれる神を名乗るにしては不出来なんじゃない?」
だから、
「私は、私の一生をかけてでも、二つの世界を行き来できる門を作るわ。そしてねカスミ、あなたにも協力して欲しい」
言うと、カスミは額をピクリと動かした。
『……協力って、やっと名前で呼んでくれたのは嬉しいけどね彩音ちゃん。つまり、あなたも、あの研究者達と同じように、ワタシの記憶を利用するつもりなの? そのために、ワタシを送らないって言ったの?』
周囲の霊力が重くなっていくのを感じる。
だが、彩音はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。私が、一緒にいたいからよ。見届け人として一緒にいて、私がやることを見ていて欲しいの。カスミの授業を始めるのは、私が死んでからでも遅くはないんじゃない?」
『……笑わせないでちょうだい』
歯ぎしりするカスミに、
「あら、言ったわよね、これからずっと一緒にいるって。カスミが言い出したのよ? 私、それを信じたくなったの」
『ワタシは、あなたの家族を殺したのよ? 街の人間を襲って、力を奪って……それなのに、一緒にいようって言うの?』
確かにそうだ。
だが、
「それについては、ゆっくりと償ってもらうわ。でもね、カスミ。あなたを送れば、それで復讐になるわけでも、解決するわけでもないの」
彩音は、一歩前に出る。
「私は、カスミと一緒に考えて、歩んでいきたい。これ以上、あなたのような存在を生み出さないようにするために。――きっと、送ることだけが全てじゃない。門神も霊も人間も全員が、ともに生きる道。それが、きっとあるはずよ」
いいえ、と彩音は続ける。
「私が、その道を作ってみせる」
彩音は、カスミに手を伸ばす。
「だからさ、カスミ。私と一緒に行こうよ」
ニコ、っと笑う彩音。
それに対し、カスミはしばらく彩音の手を睨みつけていたが、大きくため息をついた。
『……まったく……あなた達姉妹は、どうして同じことを言うわけ?』
後ろから、寧々の、は? という声が聞こえたが、彩音は思わず吹き出してしまった。
「ああ……やっぱり、そうなのね」
「なんや榎本、知っとったんか!?」
彩音は、前を向いたまま返事をした。
「ううん。なんとなく、そうなんだろうなあって思っただけ。小さい頃からね、私が必死に考えて答えを出しても、姉さんは同じ答えを最初から思いついていることが多いのよ」
あと二年で同い年になるはずなのだが、まだまだ追いつきそうにない。
「……だから、きっとすでに言ってるんじゃないか、ってね」
寂しそうに微笑む彩音に、カスミは少しイラついた様子で髪をかきあげた。
『……ふん。そうよ。あの日研究所で、澄香ちゃんも彩音ちゃんと同じことを言ってきたの』
だが、カスミは鼻で笑い、断ったそうだ。
すると、
『あの子、『口で言って聞かないなら、体に直接教え込んであげる』、って言って、自分からワタシの中に入ってきたの』
「…………はい?」
言われた意味が、よく分からなかった。
「自分から、って、どういうこと?」
尋ねると、カスミは大きくため息をついた。
『体を捨てたのよ。澄香ちゃん』
「……は?」
今度は、彩音と横山も含め三人が同時に言った。
「体を……捨てたって、そう言ったの?」
彩音が確認をすると、
『そうよ。いきなり門掌を自分の体に突き刺して、抜き出した核をワタシの核に一部上書きしたの。この外見はそのせいよ』
……ワイルドが過ぎるわよ、姉さんっ!
平たく言ってしまえば、ただの自殺だ。
『……まったく。さすがに、同じ内容を二度も言われたら、少しは考えちゃうじゃない』
カスミは、彩音に向けて手を伸ばした。
「……?」
彩音は、その手を見つめる。
すると、しびれを切らしたのか、カスミがぶっきらぼうに言ってきた。
『……なにしてるの。ほら、ワタシの負けよ。あなた達の未来、見せてもらおうじゃないの』
頬を赤らめるカスミに、彩音は微笑みながらカスミの手を取った。
「うん。よろしくね、カスミ」
そのまま、彩音は後ろを向いて、
「ほら、坂下も先生も、一緒に」
「はあ? なんでウチが……」
「見届け人でしょ?」
顔を真っ赤にする寧々に、彩音hあニッコリと笑顔を見せた。
「……と、とりあえず……高校卒業するまでやで……」
寧々は、しぶしぶ、といった様子で手を伸ばしてきた。
「え、僕もかい?」
そして、横山はキョトンとしながらも、手を重ねてくれた。
『ちょ、ちょっとっ! ワタシはあくまで彩音ちゃんと――』
「――いいからいいから。この二人にも協力してもらうわけだし」
彩音は、笑顔で二人を引っ張り、四人の手を重ねあわせる。
「さ、これからよろしくねっ!」
「強引やなあ」
「……確かに。澄香さんに似てきたよ、榎本君」
「え、そ、そうですか……」
微笑む横山に、彩音は少し照れくさくなる。
すると、横のカスミがジロリと見てきた。
「褒めてないと思うわよ」
「いやいや、そんなことないよ。僕も、澄香さんに憧れていたからね」
思わぬ告白に、彩音は驚いた。
「え、そうだったんですか?」
うん。と、横山は頷いた。
「ずっとね、澄香さんに追いついて……追い越したいと思っていたんだ」
横山の声色が、段々と低くなっていく。
それと同時、彩音は、自分の体が少し重くなっていくのを感じた。
……少し、疲れたのかしら。
無理もない。カスミに一度霊力を吸われた上に、小休憩を挟んで中間試験まで受けたのだ。
門神としても、学生としても、スケジュールが詰まりすぎていた。
だが、表情に変化があるのは彩音だけでなく、寧々とカスミも、同様の違和感を持っているようだった。
そんな中、一人平然と立っている人間がいる。
「……やっと、そのチャンスがやってきた」
『――これっ! 彩音ちゃん! 手を離し――』
カスミの声が最後まで発せられる前に、
「――っ!」
彩音の体全体が内側から熱に突き刺され、立っていられなくなった。
……なにこれっ! 霊力を、抑えられない!?
体の中に満たされている霊力が突然波立ち、まるで体の内側を掻き毟りながら、血管の中を逆流しているような、そんな激痛が彩音を襲った。
目だけ動かして周りを見ると、寧々とカスミも同様に倒れており、断続的に小さな悲鳴を上げている。
しかし、横山だけは、今もなお立ったまま、カスミを見下ろしていた。
「せ……先、生……」
呼ぶと、横山は彩音に視線を合わせ、優しく微笑んだ。
「な、なにを……」
……何をしたっていうの……!?
言葉が、最後まで出ない。
だが、横山は察したようで、落ち着いた口調で説明を始めた。
「今ね、三人に毒を送ったんだ」
「毒……やて……?」
寧々の、かすれた声が聞こえた。
「そうだ。これは、霊力を内側から暴走させて不安定にする毒でね、対象の霊力量によってダメージ量が変わる。当然、反比例ではなく、比例でね」
言われてハッとなった彩音と寧々は、カスミを見た。
「……くはっ!」
しかしカスミは、苦しそうに呼吸を荒げてはいるが、暴走する、という様子はない。むしろ、しびれて動けなくなっているかのように、小刻みに震えている。
そのことを疑問に思っていると、
「ああ。彼女には君たちとは別の、鎮静効果がある毒を送っておいた」
「鎮静……って、どうして……」
尋ねた彩音に、横山は馬鹿にするような表情で彩音を見下す。
「そんなの、決まっているじゃないか」
言って、横山はカスミの腹に自分の手を突き刺した。
「――っ!」
……カスミっ!
目を見開く彩音と寧々。すると、横山は腹の中をかき混ぜるように腕を動かし始めた。
……なにを、しているのっ!
叫ぼうにも、のどの痛みに加え、口も痺れてきた。
「それにしても、カスミが気付いた時はどうしようかと思った。やはり、一度毒を食らっているから敏感になってしまったのかな」
……一度、って、一体いつよっ!
横山を睨みつけると、察したのか、それとも元々話す予定だったのか、横山は微笑みながら続けた。
「学校中に霊が現れた日だよ。現れた霊数人に、これらの毒を注入してみたんだ。そしたら予想以上でね。さすがに驚いたよ。で、カスミはそいつらも含めて、全員食べたんだろ?」
……じゃあ、泰造さんが言ってた、急に暴れ出したのって……。
てっきり、自分の霊力に反応したからだと思っていたが、そういうわけではなかったようだ。
そして横山は何かを見つけたのか、突然動きを止めると、ニヤリと笑った。
「……そうだ、榎本君。確か君は授業を行う、と言っていたね」
「……?」
横山の口調は、とても楽しそうだった。
「なら、まずはその第一回だ」
言いながら、横山は腕をゆっくりと引き抜いた。
そして出てきた横山の拳には、ソフトボールほどの大きさはある、紫色の球が握られていた。
「――っ!」
その球が完全に姿を現した瞬間、周囲の空気が一気に重くなった。
……まさか、あれはっ!
再度、目を見開く彩音。
その球からは、尋常ではないレベルの、圧縮された霊力が感じられ、まるでドロッとした霊力の湖にでも飛び込んだかのような、そんな息苦しさを感じた。
「さすがにわかるだろう。これはカスミの核だ。……今からこれを、吸収する」
彩音は、何とか言葉を振り絞る。
「で、でも……先生は霊力を溜めにくい体だって」
あんなものを吸収してしまったら、体が保つ筈がない。
だが、横山は笑った。
「そんなもの、核の情報を書き換えればいくらでも治すことはできる! なんてったってこの核は、そんじょそこらの核じゃあない。何百年も前に存在した強力な門神と、天才である澄香さんが混ざってできた核に、何十人分もの門神や人間、霊を吸収してさらに強固なものになっている」
横山は、核を撫でながら、
「そこから、必要な情報を抜き出して僕の核に上書きし、この霊力全てを僕のものにする。この際、肉体が耐えられなくて無くなろうと問題じゃあない。むしろ、これだけの力があれば、逆に肉体を強化することも可能かもしれない……ははは、試してみたいことは沢山あるぞ。それに、体質のことを散々バカにしてきたやつらを、僕が吸収してやるんだ。これ以上の優越感はないっ!」
高笑いする横山。
それを見て、歯を食いしばる彩音。
……何とか、しないと……!
カスミを見ると、核を抜かれたせいで存在感が希薄になってきている。このままでは長く保ちそうにない。
どうしようか。どうしたらいいのか、と、彩音が考えていると、
――まったく、昔から裏でコソコソやってるタイプだったけど、全然変わってないわねえ。
頭の中で、カスミの声がした。
「――っ!」
何事かと、辺りを見渡す彩音、だが、そんな彩音をたしなめるように、再び声が聞こえた。
――ああ、あまり動かないでね。陽介にバレるから。あ、陽介って横山の名前ね。
そう言うカスミの声に、彩音は少しだけ違和感を覚えた。
……もしかして、姉さん?
伝わるかはわからなかったが、そう心の中で思った。すると、
――そうよ。さすが私の彩音ちゃんね。
彩音ちゃん。文字としてはカスミが彩音を呼ぶ時と同じだが、澄香が彩音のことを呼ぶ時とは、単語は一緒でも違う言葉に聞こえる。それが家族との違いなのかもしれないが、今の彩音にとって、そんなことはどうでもよかった。
……久しぶりに聞いた……。本当、懐かしい……。
感動を痛みで打ち消されて、涙が思うように出なかったが、むしろ横山に気付かれずに済むのでよかったのかもしれない。
だが、彩音は一つ疑問を持った。
……ところで、どうして姉さんの意識がこっちに? 先生に吸われたはずじゃ……。
横山を見ると、すでに核から情報を抜いているのか、核と、横山の体が光り輝いていた。
――カスミの門掌とか、さっき手を繋いでいた時に、少しずつ魂の一部を移しておいたの。
……そんな、アメーバみたいなことしないでちょうだい。
だが、澄香ならたとえ分割しても問題なさそうだ、と思ってしまう自分もいるわけで。
……ええと……うん。それで、どうするの? 姉さん。
こうしている間にも、カスミの存在はさらに薄くなっている上に、寧々もまだ苦しんでいるようで、状況は最悪と言える。
――ふふ。私を誰だと思っているの。あと十五秒で毒を消せるから、そしたら陽介から核を奪って、カスミの中に戻してやりなさい。
……え、そんないきなり言われてもっ!
――ほらカウント、八、七、飛ばして三、二……。
……飛ばすな!
――一、ほら、行きなさい。彩音。
澄香の言葉通り、カウントと同時に、彩音の体は先程までの痛みが嘘だったかのように軽くなった。
そして、
「なっ!」
驚く横山の手から、核を掴みとり、
「カスミっ!」
そのまま、カスミの腹の中に戻した。
――霊力を込めてあげてっ!
頭の中に響く澄香の声。
……イメージ、イメージよ。
彩音は、寧々に言われたことを思い出す。
「手のひらに門を開いた状態で手を繋いで……相手の門に、自分の門掌を流し込むっ!」
霊力が、腕を、手のひらを通り、カスミの体に注ぎ込まれていくのを感じた。
……やった!
――その調子よ、彩音ちゃん!
彩音は、そのままありったけの霊力を流し込もうと、意識を集中させる。
「くそっ! 邪魔をするなっ!」
すると、後ろから横山の叫び声がした。肩を掴まれるのだろうか、殴られるのだろうか、それとも蹴られるのだろうか。後ろを振り向くべきだったのだろうが、カスミのことに集中しすぎて、振り返るのが数テンポ遅れてしまった。
だが、
「――邪魔はそっちやで」
寧々の声がすると同時、
「ぐっ!」
横山の、低いうめき声が聞こえた。
そして体をひねりきり、後ろが見えるようになると、そこには膝をついている横山と、
「さ、坂下っ!」
横山の足を見ると、寧々の門掌が絡みついていた。
「安心せい榎本。横山から吸って、戻したるさかい」
言いながら、寧々はカスミの額に手を当て、霊力を注ぎ始めた。
ようやく存在感が戻りつつあるカスミを見て、彩音は安堵の吐息を漏らした。
「……ところで坂下、どうやって毒を?」
尋ねると、寧々は空いている手で自分の頭を指さした。
「榎本のねーちゃんや。ホンマ凄いな」
……ああ、そっちにも行っていたのね。
手が早いというか、幅が広いというか。
――失礼ね。せっかく情報仕入れてきたっていうのに。
「情報?」
思わず口に出してしまったが、横山は急激に霊力を出し入れしたことによるショックからか、うつ伏せのまま倒れている。こちらの話など耳に入っていないだろうし、問題ないだろう。
「榎本、情報ってなんや」
「え、いや、姉さんが言ってるんだけど……姉さん、情報って何?」
尋ねると、
『陽介の話よ』
と、カスミが口を開いた。
「え、カスミ……? いや、姉さん?」
変な顔をしていたのだろうか、カスミはクス、っと笑った。
『今は澄香よ。まだカスミの意識が戻りきってないの。あ、霊力はそのまま注ぎ続けてね』
言われて、集中が途切れないように意識する。
『寧々ちゃん経由で、陽介の記憶をチョロっと読んできたんだけどね』
「やっぱりプライバシーって単語知らないんじゃない」
突っ込まずにはいられなかった。
『そんなもの、時と場合によるでしょ』
しれっと言う澄香。
「榎本、この際細いこと気にすんなや。緊急事態やで」
楽しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。
『話が分かるじゃない寧々ちゃん。……それでね、陽介がいつ、どうやって毒を作ったのか、それが分かったわ』
「なんやて!」
澄香は、真面目な表情で、続けた。
『どうやらね、研究所が爆発した日から、父親の研究ノートをずっと読んでいたらしいの。それで、ノートを元に、独自に研究を続けていたそうよ。核の引っこ抜き方とか、霊力を不安定にさせる、いわゆる、毒についてもね』
「じゃあ……全部計画通り、ってことなの?」
彩音の言葉に、澄香はゆっくりと首を横に振る。
『ここまでのことは計画していなかったみたいね。今の状況は、陽介にとって偶然が重なっただけみたい』
だが、そうだとしても横山がやったことが消えるわけではない。もちろん、それはカスミにも言えることだし、その話は先程した。
だから、次は横山だ。
『――彩音ちゃん。やめなさい』
動こうと思った瞬間、澄香にそう言われた。
「……あら姉さん。私、別に何も言ってないわよ」
そうね。と澄香が言った。
『確かに言ってないわね。でも、やめなさい、と、私はそう言ったのよ』
そう言われると、不思議と体が動かなくなってしまった。
『陽介の記憶を読んだときにね、核を弄って、霊力を体内で生み出さないようにしておいたわ』
彩音が口を挟む前に、澄香は続けた。
『次に目が覚めた瞬間から、霊を見ることも、霊の声を聞くこともできない。本当に、ただの人間になる。……それで収めなさい。少なくとも、彩音の手を汚す必要はないし、そんなこと、姉として絶対に許さないわ』
絶対に許さない。そう言い切る澄香に、彩音は大きくため息をついた。
「……さすが、姉さんね」
『当然でしょ』
綺麗な、ウィンクを決める澄香。
彩音は別に、横山の生命にかかわることをしようなどとは思っていなかった。
ただ、カスミから奪った分の霊力より、少しだけ多く奪って、カスミに移そうと思っていただけだ。だというのに、澄香はその上を行ってしまった。
本当に、まだまだ追いつけそうにない。
「ところで姉さん」
彩音は、一つ聞かなければならないことを思い出した。
『なにかしら』
「どうして、自分からカスミに飛び込んで行ったの? 完全に自殺行為じゃない」
言うと、
『あら、でも私生きてるわよ?』
いや、死んでいるだろう。という言葉はなんとか飲み込んだ。
すると、澄香は笑いながら、『冗談よ』と言ったが、
……その冗談はどこにかかってるんだろう。
澄香は笑い終えると、真面目な声で言った。
『だって、まともにやりあっても勝てる相手じゃないじゃない』
「だから、自分から飛び込んだの?」
『虎穴に入らずんば虎児を得ず。よ。実際、今こうして話ができてるのも、そのおかげだし』
ニッコリと笑う澄香。
「そ、そりゃそうだけど……」
唇を尖らせる彩音に対し、でもね、と澄香が言った。
『二重人格みたいなものとはいえ、表向きの主導権はほとんどカスミ持ちだったから、私は内側から叫ぶばかり。色々と大変だったのよ? 結局、町の人を襲うの、止められなかったし』
悔しそうに話す澄香。
「カスミは、なんで霊力を集めようとしたんや? 普通にしてりゃ、そない霊力が減ることもあらへんやろ」
寧々の質問に、澄香は、
『授業のために、力を蓄えておこうとしたのよ。殺すと騒ぎが大きくなるから、気を失う程度にとどめておけ、って、そう説得するので精一杯だった』
だからね、と澄香は続ける。
『これは、私にとっても賭だったのよ』
「賭け?」
不思議そうな顔をする彩音に、
『そう。彩音が、私と同じように、カスミを説得してくれるって、そういう賭け。だからあの日、ここで彩音を吸い尽くさないよう、私はカスミを止めたのよ。『彩音は、必ずあなたを満足させる答えを出してくれる』ってね』
ウィンクする澄香を、彩音は思わずはたきそうになった。
「なんて分の悪い賭けをしてるのよっ!」
「せやで、もし榎本が――」
『――あら、彩音は私の妹よ? だから、全然分の悪い賭けじゃないわ。むしろ、私が勝つって決まってるようなものよ』
目に迷いがない澄香。彩音は、思わず額を抑えた。
「まったく……」
隣で寧々も呆れた顔をしている。
だが、それが自分の姉、榎本澄香なのだと、彩音は心のどこかで思ってしまった。
『……さて、そろそろ大丈夫ね。カスミの意識が戻るわ』
「お、ホンマかいな」
「……あれ、そしたら姉さん、また二重人格状態になるわけ?」
だとしたら、色々と厄介そうだが。
『ううん。カスミの気持ちは整理がついたみたいだし、私はしばらく引っ込んでるわ。内側で、ちょっとやることがあるのよ』
彩音は、首をかしげた。
「やることって?」
『カスミが今まで吸収して分解した魂をね、再構築するの』
また、とんでもない話が沸いて出てきた。
「はあ? そんなことできるの?」
聞くと、澄香はキッパリと言い切った。
『私が好きな言葉は、『断じて行えば鬼神も之を避く』、よ』
「ああ……うん、わかったわ」
澄香のことだ、言うからには何かしら策はあるのだろう。それに、
……もしかして、カスミと混ざった本当の理由、これなのかもね。
だが、口に出さないのなら、こちらから言う必要もないだろう。彩音は、様々な感情を込めて、小さくため息をついた。
『……それじゃ、もう行くわね』
少し、スッキリとした顔をする澄香は、まず寧々を見て、
『寧々ちゃん、うちの妹をお願いね』
「お……おおうっ!」
そして、彩音を見た。
『彩音……』
「う、うん」
思わず、唾を飲み込んだ。最後、と言うわけではないが、しばらく会えないのは確かだ。
何を言われるのかと構えてから数秒後、澄香は心の底から嬉しそうに言った。
『……よく頑張ったわね。立派に成長してて、お姉ちゃん嬉しいわ』
今度は、紛れもなく涙が流れ出した。それも、大粒が、とめどなく、だ。
『あら、不意打ち過ぎたかしら?』
「う、うるざい……っ!」
たまらなく、視線を逸らす彩音。
すると澄香が、しょうがないわね、と言いたげに息を吐いた。
『大丈夫よ。必ずまた会えるわ。父さんとも、母さんとも。だから、彩音は彩音で、自分で決めた目標に向かって頑張ってね』
彩音の頭を撫でる澄香。
「……うん。待ってるわ、姉さん。――だから、待ってて」
彩音の言葉に、澄香は満足そうに頷くと、そのまま目を閉じた。
そして十数秒後、再び目を開けると、
『――彩音ちゃん、と……ええと、寧々ちゃん、でいいんだっけ?』
……あ、カスミだ。
本当に、澄香は潜ってしまったのだろう。
「せや。ウチは坂下寧々。よろしゅうな」
ニコ、と笑顔を見せる寧々に、カスミは安心した表情をする。
だが、彩音はふと思った。
「――あれ、でも姉さんは、坂下とは本当に初対面だったはずよね?」
普通に名前を呼んでいたが。
「……もしかして……ウチも記憶読まれたんか?」
あー……と言い淀んでから、頷きで返事とする彩音。
さすが、と言うか、何年経とうと、姉は姉のままであるということを再確認した。
●
それから、カスミの霊力を安定させるために、彩音達はもうしばらく休んでいた。
彩音と寧々はベンチに座り、カスミは、落ち着くから、という理由で、一旦古墳の中に戻っていた。
そして、
「……お、段々白んできたねー」
「ええ。この時間帯の空も綺麗で素敵です」
彩音達の横、隣のベンチに座っているのは、緑子と真理子だ。
一応と思い二人にメールをしたところ、すでに遅い時間であったにもかかわらず、二人は公園までやってきた。
その上、
「いやあ、このスープ絶品やな。染みるわあ」
「ふふふ……これ、店でも時々しか出してないレアだからねー。しっかり味わってよー」
「真理子さん、横山先生のこと、ありがとうね」
「いえ、さすがに倒れた状態で放置、とはいきませんし」
緑子は店から特性スープを、真理子は、家の人に連絡して、横山を一旦四ノ宮家の屋敷に連れて行ってくれた。
「まあ、霊云々はあくまでこっちの話で、表向きは教師やからな」
寧々の言葉に、三人は頷く。
「記憶は残ってるだろうし、目が覚めたら色々聞こうじゃないの。ね、彩音」
……目が覚めたら四ノ宮さんのお屋敷、って、それはそれで中々なインパクトだろうなあ。
もし自分だったら、とりあえず二度寝という名の現実逃避に走りそうだ。
「あ、そういえば彩音さん」
と、真理子は彩音に右腕の袖をまくって見せた。そこには、先日まであった腕の跡が、綺麗さっぱりなくなっている。
それを見て彩音は、ああ、と思った。
先程の、カスミや横山とのやり取りはすべて報告済みだ。
だから、
「依頼完了ですね。本当に、本当に、ありがとうございました。そして、お疲れ様です」
お辞儀をする真理子に、彩音もお辞儀を返した。
「こちらこそ、本当に貴重な体験ができたわ。ありがとうね、真理子さん」
「あの、依頼料ですが……」
真理子は言いながら、持っていた小さいバッグから厚さが三センチはある封筒を取り出したので、
「えっ! いや、いいのいいのっ! さっきも言ったけど、本当に自分にとっても勉強になったし、やるべきことが見つかったからっ! ねっ! なしっ! お礼とか、改めて用意しなくていいからっ!」
「で、ですが……」
困り顔で封筒を持っている真理子。
彩音は慌てて大手を振り、話を逸らすために横を向く、
「坂……ううん。寧々。あんたもありがとう。……本当、助かったわ。自分の、足りないところ、たくさん気付けた」
言うと、寧々は頬を赤くして、
「な、なんや、今更名前呼びやなんて。別に、ちょいと世話焼いただけや。ウチは大したことしてへんからな…………彩音」
と、何だかんだ言った後、小声で名前を口にした。
「ねーねーあたしは?」
ぶーぶーと鳴く緑子に、彩音は、
「もちろん、感謝してるわよ。あと、ダッチェ二個。約束は守るわ」
「……いや、減ってるんだけど」
色々計算した結果だ。
『……も、戻ったわよ』
緑子の視線が鋭さを得たのと同時、控えめな声とともに、カスミが姿を現した。
「あ、おかえり、カスミ」
「なんや、えらい態度ちっこくなったのう」
笑っている寧々に、カスミは少しだけ頬を膨らます。
『助けてくれたことについては感謝してるわよ。……でもね彩音ちゃん、約束、忘れてないわよね?』
言われた彩音は、頷いた。
「ええ。もちろんよ」
送ることだけが全てじゃない。門神も霊も人間も全員が、ともに生きる道。それを作ると、作って、カスミに見せると、彩音はそう宣言した。
「だから、まずは改めて挨拶から」
と、彩音は再びカスミに手を差し出した。
『……アナタ、よくこのタイミングで握手をしようと思うわよね。手フェチなの?』
半目で見つめてくるカスミ。
「失礼ね。あくまで友好のあかしよ」
それに、と彩音は付け加える。
「大丈夫。今度は誰も変なことしないから」
『……信じるわよ』
「うん。ありがとう」
手は握るも、やはりまだ表情が変わらないカスミに、
「大丈夫やて」
と、寧々も握手に参加してきた。
「え、なになに? 何やってるの?」
すると、横から緑子が不思議そうに見つめてきた。
「ああ、今ね――」
彩音が説明しようとした瞬間、
『ほら』
と言って、カスミは細い門掌を二本出し、緑子と真理子にそれぞれ伸ばした。
「ん? んん? なんかあったかい……って、げっ! す、すみ姉っ!?」
「まあ! このお方が……」
カスミのいる位置を見つめ、目を見開く緑子と真理子。
「お、おい……まさか……」
冷や汗をかく寧々に、カスミはしれっと。
『今は、シンクロ、って言うみたいね』
……昔の門神は、これくらい普通だったのかしら……。
またしても実力の壁を目の当たりにした気分だ。
というか、緑子がカスミの姿を見て、げっ、と言ったことについて、妹としてはどう受け止めればいいのだろうか。
『とにかく、これで見えるし聞こえるし、触れるはずよ』
「え、触れるんかっ!?」
『修行次第、ね。なんなら教えてあげるわよ』
「お、お願いしますっ!」
手を握ったまま、綺麗にお辞儀をする寧々。
そして、その様子を見て、緑子と真理子はゆっくりとカスミに近付き、彩音達と握手している手を包み込むようにした。
「……ホントだ、触れる……」
「お、思ったより柔らかいですね……」
各々感想を言ったところで、彩音は頷いた。
「――ねえみんな。私は、私の都合と我儘で、これからたくさんの人間と霊に迷惑かけると思う。けど、迷惑かけた分、その二倍……うんん。十倍のお返しをするから、できるよう、努力するから……だからお願い、みんな、力を貸してちょうだい」
言うと、しばらく間を置いた後、彩音以外の全員が、同時に声を張り上げた。
『「「「――――っ!」」」』
四人は、それぞれ少しずつ違う単語を発したが、それらはどれも肯定の意を示すものだった。
その内容と声量に、表情を引き締めつつも、目に涙が溜まる彩音。
すると、彩音の後ろで太陽が昇りはじめ、四人を明るく照らしてくれた。




