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門神見習い榎本彩音  作者: のぐち
第六章
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彩音の決意


第五章



 彩音が目を覚ましてから三日後の金曜日。

 平日最後の日と試験最終日が重なっているおかげで、放課後の校舎はちょっとした祭りに近い興奮と熱気で満たされていた。

 彩音達四人も、「熱血緑子塾」があったおかげで、高校生活最初の試験としては、かなりいいスタートを切れたのではないかと、そう思えるほどの手ごたえはあった。

 だが、

「ごめん……先に帰るわね」

 昇降口でそう言う彩音の表情は、決して明るいものではなかった。

 事前に横山と話した内容を共有していたためか、緑子も真理子も察してくれたようで、

「うん……わかった……」

「な、何かあったら、すぐおっしゃってくださいねっ」

「……気いつけるんやで」

三人からそれぞれ挨拶をされた彩音は、家に向かってゆっくりと、少しだけ遠回りして歩き出した。

「……門、まだ出ないなあ……」

 歩きながら、彩音は空を見上げる。

 横山は、カスミと話したことで、霊を送るということに迷いが発生したからだと、そう言っていた。

 確かに、門神である以上、霊を送るのは当然の行いだ。たとえ、それが誰であろうと。

 カスミに対して情がわいたわけではない。中に澄香が混ざっているからいやだ、というわけでもない。

 第一、それが家族であろうと、送らなければならないことに代わりはない。彩音自身、いつか両親や澄香が霊として現れた時は、自分が門神として成長した姿を見せられるようにと、その上で、家族を送ろうと、そう思っていた。

 だが、

「……相手の気持ちになって考えなさい、か」

 カスミが言った言葉だ。

 確かに、今まで出会った霊の中でも、送られることを良しとしなかった霊はたくさんいた。

 それに、カスミの現状について、姉である澄香が望んだことでもある、と、そうも言っていた。つまり、澄香もそうだったのだろうか。送られることを拒み、カスミと混ざることで存在し続けようとした結果なのだろうか。

「カスミは……何が見えたんだろう」

 カスミは、本人の意思とは関係なく甦ることになった。そのことに対して、自分なりに理由を見つけていて、それが、現状なのだろうか。

 彩音の両親は、カスミを生み出そうとはしていなかった。むしろ、人の魂を冒涜するような行為を許さず、反対していた側の人間だった。

だからといって、それをカスミに言っても仕方のないことだ。

 それは、甦らせた側、送る側の理由だ。

 カスミは、存在する門神達全員を、殺すか、吸収しようとしている。それを止めるにはどうしたらいいか。カスミを止められるだけの、カスミが納得できるだけの理由を、提示しなければならない。

 そう思うのは、やはり彩音にとって変化なのだろう。

 極端な話をしてしまえば、提示する必要はないのだ。カスミは、街の若者を霊に襲わせている黒幕。話し合いの時間を設けることなく早急に送る方が、被害を抑えることができるだろう。

 しかし彩音の心には、砂を噛みしめた時のような、ザラつきと、気分の悪さが広がっていた。

 ……私は、どうしたいのかしら。

 そもそも、送るとしても今の彩音は門が出せない。それに、仮に出せたとして、寧々と二人がかりでどうこうできるほど、カスミは甘い存在ではない。少なくとも、力尽くでは絶対に敵わない相手だ。

 彩音は、一つため息をついた。

 そして顔を上げた瞬間、横断歩道の前、信号待ちをしている人の中に、女の子の霊がいることに気付いた。

「あら……」

 小学生高学年だろうか。凛とした顔立ちの、少し背が高い女の子は、電柱の横に立って、ただじーっと横断歩道を見ている。

 やがて信号が変わり、人が歩き出したのだが、少女は動く気配がない。

 ……何かを、待っているのかしら。

 彩音はゆっくりと女の子に近付くと、中腰になって目線の高さを同じくらいにし、驚かさないよう、できるだけ普通の調子で声をかけた。

「あの、ちょっといいかしら」

「うぇっ! た、食べないでくださいっ!」

 物凄く不名誉な怖がられ方をした。

 電柱の陰に隠れた少女は、ちらりと顔だけ出して彩音を見ると、

「……あれ、犬じゃない、人間のお姉さんだ……」

 と、不思議そうな顔をして、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

 ……ああ、犬、ね。

 動物系は人間よりも霊を感知しやすい。恐らく、この少女は何度か犬にほえられているのだろう。

だがまあ、これで少しは警戒が緩くなったと考えていいのだろうか。

「……お姉さん、誰? 美穂のこと見えるのっ!?」

「私は榎本彩音。美穂ちゃんのこと、見えてるし、話すことも、触ることもできるわ」

 彩音は、微笑みながら手を差し出す。

 美穂、と名乗った少女は、その手をぺたぺたと触ると、瞳を輝かせ、彩音を見た。

だが、すぐに表情を曇らせると、

「……彩音お姉さんも、死んじゃったの?」

 と聞いてきた。

「ああ……ううん。お姉さんは生きてるわ」

「え? じゃあどうして美穂のこと見えるの?」

 それはね、と彩音は微笑んで、

「お姉さんはね、門神って言ってね、あなた達幽霊を、天国に送るために存在しているの。幽霊は、自分の力で成仏……あの世に行くことはできないから」

 と言った。

「もんしん?」

 美穂が首をかしげる。

「そうよ」

「……? 宗教?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね……」

 ……ああ、やっぱりそう思うわよね。

 まあ、いきなり言われて、はいそうですか、という人など、そうそういないが。

 だがその時、彩音は美穂の顔を見て思うことがあった、

 ……この子、誰かに似てるわね……。

 誰か、パッと思い出せないが、つい最近に見た気がしないでもない。

「……ところで美穂ちゃん、ここで何してるの?」

 何かヒントを得られるかもしれないと、彩音は話題を変えてみた。

 すると、

「美穂ね、弟を探してるの。一緒に死んじゃってね、待ってるんだけど会えなくて……」

 言われて、彩音はハッとした。

 ……そうよっ! 思い出したっ!

「弟、って……まさか、深山武君のこと?」

 尋ねると、美穂は驚いた表情で、

「彩音お姉さん、武のこと知ってるのっ!?」

「ええ知ってるわ。この前会ったの」

 言うと、美穂は興奮した様子で彩音の手を取り、何度も跳ねた。

「え、どこ? どこで会ったの!?」

 手を上下に振られ、少し痛みを感じてきた彩音は、

 ……とりあえず、歩きながら話せばいいか。

 と、美穂の手を引いて、ゆっくり歩き出した。


      ●


 彩音は、記憶を頼りに、約二週間前、武を送った場所へと歩きながら、美穂と話をしていた。

「え……じゃあ、武はもう天国に行っちゃったの?」

 美穂は、驚きと、寂しさが混ざった表情で、彩音を見てくる。

「そうね。きっともう天国についているはずよ」

 言うと、

「……そうなんだ……。じゃあ、歩いてても、武とは会えないんだね」

 彩音の手を握る、美穂の力が少し弱くなった。現世にいても、もう武とは会えないと理解したのだろう。

 彩音は思った。自分は、武を送らずに、姉と会えるよう手を貸すべきだったのだろうか、と。

 ……でも、出会う霊全員にそうしてたら、時間も手も足りない……。

 寧々も言っていたことだ。

 では、どうするべきだったのだろうか。そう思ったとき、

「――美穂ね、武と一緒にお使い行ってたの」

「え?」

 美穂が、ぽつりと話しだした。

「武にね、お会計してる間、待ってて、って言ったの。でも、武待てなくて」

 探しに行った美穂が、武を見つけた先、それが先程の横断歩道だった。

「武はね、次に行くお店に、先に行こうと思ってたみたいなの。それで、信号を渡ってて」

 信号は青だった。

 だから、美穂はまっすぐ弟である武を見て、走ったそうだ。

 だが、

「なんでかな。横からね、何かがぶつかってきたの。それで、気付いたら武も美穂も倒れてて」

 美穂は、叫んだという。いや、本当に叫んだかはわからない。恐らく、即死だったはずだ。

 だが、美穂は確かに武に向かって叫んだという。

「待ってて、って。必ず迎えに行くから、今度は一緒に行こう、って」

 けど、と美穂は続ける。

「また、武は先に行っちゃったんだね」

「……ごめんなさい。私が、送ったから……」

 彩音は、立ち止まって美穂に向かって頭を下げる。

 だが、美穂は寂しそうな表情をしながらも、明るい声でいいの、と言った。

「だって、美穂のこと、彩音お姉さんが送ってくれるんでしょ? そしたら、また武と一緒にいられるんでしょ?」

 そして、美穂は続けて言った。

「美穂はね、ただ武と一緒にいられたら、それでいいの。だって、そしたら寂しくないもんっ」

 言われた彩音は、ハッとした。

 ……そうよ。当たり前のことじゃない。

 彩音は、心の中がスーッと晴れていく感覚を覚えた。

 そして、

「そうよね。寂しいのは、嫌よね」

 彩音の言葉に、美穂はうんっ、と笑顔で返事をした。

「だから、お願いします。美穂を、武のいる場所へ、連れて行ってください」

 お辞儀をする美穂。

 ……大丈夫。きっと今なら、門は出せる。

 彩音が力を集中しようとした瞬間、

「――おい、今の話本当かよ」

 と、男の霊が、彩音達の前方に現れた。

 ……なによ、こんな時にっ!

 彩音が睨みつけると、男の霊はケタケタ笑いながらこちらを見てくる。

「俺さあ、てっきり天国にいけない人間だから、まあだこんなところでウロウロしてるもんだと思ってたんだよねえ……でもさ、ちげーんだなあ、おい」

 男の霊は、嬉しそうに笑うと一歩近づいてきた。

「向こうに行くために、送ってくれる人を見つけ出せってことなんだろ?」

「な、ちがっ――」

「見つけたらラッキー。あの世に行けまーす。けど、見つからなかったらアンラッキー。ずっとこのクソつまんねー世界にい続けろ、って、そういうことだろー?」

「そんなことないわっ!」

 彩音は、声を張り上げた。

「あの世に行く権利もチャンスも、誰にだって平等にあるわ」

 振り絞るように、声を出す彩音に、男の霊は急に声を荒げた。

「じゃあなんで俺はここにいるんだ? 俺が死んだのはもうずいぶんも前の話だ。なんで死んで自動的にあの世にいけねえ! それともなにか、平等とか言ってるがよ。おめーみてーのが、エラそうな顔して、天国に行くべきやつかどうか、選んでるんじゃねーのか?」

 違う、と彩音が言おうと思った瞬間、

『――その通りよ』

「――っ!」

 彩音の後ろから、門掌が伸び、男の霊を掴んだ。

「まさかっ!」

 弾けるように彩音が振り返ると、そこには、カスミがいた。

「カスミっ!」

 叫ぶ彩音に、カスミはニッコリと笑いかける。

『こんにちは彩音ちゃん。色々お話はあるけど、とりあえず少し待っててね』

 カスミはそう言うと、門掌を引き戻し、門掌から小さな光の球を受け取った。

「それ……さっきの……」

 そうよ、とカスミは言うと、

「ちょ、待ちなさ――」

 彩音の制止も聞かず、その球を吸収した。

 一瞬だけ光ったカスミは、彩音、そして美穂の順に視線を移した。 

『……さて、そちらの御嬢さんは向こうに行きたいんだっけ? 送ってあげましょうか』

 カスミの言葉に、美穂は震えて彩音の後ろに隠れた。

「お心遣い感謝するわ。でも、私が送るって約束してるから」

 彩音が言うと、カスミは嬉しそうに、目を細めた。

『そう』

 カスミの表情に、一瞬ひるみかけた彩音だが、何とか体勢を保ったまま尋ねる。

「ところで、さっき言ってたこと、門神が送る人を選ぶ、ってどういうことかしら」

 するとカスミは、なんてことない、という表情で、

『言葉の通りよ。かつての門神はね、送る人を選んでいたのよ』

「……どうして、何のために」

 質問する彩音に、決まってるじゃない、と、カスミは言った。

『世の中を回すためよ。昔は早死にする人が多かったからね。本当勿体ないくらいに。でも、必要な人材は残すべきだわ』

 そう思わない? とカスミはニッコリと笑う。

「そんな勝手な理由で……何の権利があって、選んでいるのよっ」

 言うと、カスミは楽しそうに言った。

『あら、彩音ちゃん今まで名乗ってて何も思わないの? 門神よ? 門を管理する神なのよ、ワタシ達は』

「神って……私は人間よっ」

 声を上げる彩音に、カスミは、そうね、と言った。

『確かに、今の門神にそういう意識はないかもしれないわね。でもね、彩音ちゃん。そういう時代があった、ということは、覚えておいて損はないはずよ』

 そう言って微笑むカスミ。

 そして、

『ああそうだ。この間はごめんなさいね。でも、ワタシの本気度を知ってもらいたかったのよ?』

 公園でのことを言っているのだろう。恭しく礼をするカスミに対し、

「構わないわ。おかげで私も色々と考えるきっかけになったもの」

 そう言うと、カスミはあら、と言って楽しそうに、

『ということは、やっぱり一緒に授業をする気になったの? 彩音ちゃんがその気なら、ワタシはいつでも迎え入れる準備ができてるんだけど』

 言われた彩音は、少し間を置いてから、はっきりと言う。

「そのことについては、私としても話がしたいわ。ゆっくりとね」

 だから、

「今晩、公園で待ってて頂戴。行くから」

 彩音の言葉に、カスミは意外なものを見る目で、彩音をまじまじと見つめた。そしてしばらくしてから、ふふ、と笑い出した。

「な、なによ……」

 若干の気味悪さを感じた彩音は、思わず美穂を後ろに隠すようにした。

 カスミは、少しお腹を押さえて笑いながら、

『ああ……ごめんなさい。まさか彩音ちゃんの方からお誘いがあるとは思わなかったものだから……』

 でも、とカスミは続ける。

『そういうことなら、ワタシは一旦帰ることにするわ。それじゃね、彩音ちゃん』

 言い終わると同時に、カスミは姿を消した。

 その瞬間彩音は、肺に溜まっていた空気をすべて押し出すように、大きく息を吐いた。

「……はあ……」

 すると、後ろに隠れていた美穂が、心配そうに見上げてきた。

「大丈夫? 彩音お姉ちゃん」

 彩音は、しゃがんで美穂と視線の高さを合わせると、微笑んで美穂の頭を撫でる。

「ええ。大丈夫よ。ありがとう」

 撫でられるのが嬉しいのか、美穂の表情がやわらいだ。

 それを確認した彩音は、美穂にやさしく声をかける。

「じゃあ、行きましょうか、武君のところに」

 彩音の言葉に、しかし美穂は少し申し訳なさそうな表情で、

「……いいの? 私が行っても」

 一瞬、何のことを言っているのだろう、と思ったが、

 ……ああ、カスミが言ってた、送る人を選ぶ、ってやつね。

 彩音は、美穂を抱き寄せると、背中をゆっくりと撫でた。

「もちろんいいのよ。……大丈夫、美穂ちゃんも、武君も、絶対一人ぼっちにはさせないから」

 すると、耳元で、美穂の元気な返事がして、美穂が彩音の背中に手をまわしてきた。

「うんっ! ありがとうっ」

 そして、彩音は美穂を離すと、正面に立つよう言った。

 ……大丈夫。

 自分に言い聞かせるように心の中で念じ、力を集中する。

 すると、

「わあ!」

 美穂の隣に、門が現れた。

「きれーい!」

 はしゃぐ美穂。

 だが、彩音は一つ驚いていた。

 ……門の輪郭が、いつもよりくっきりしてる。

 今までは、光が集まって門の形を作っていて、その表面はマントルのように光が常に流動していた。

 だが、今の門は、ガラスでできているかのように表面がしっかりとした面で構成されていて、それが内側から光り輝いている。

 ……前よりは、霊力をコントロールできるようになった、のかしら。

 これを成長した、と言うか、吹っ切れた、と言うのかは決めかねる。

が、なんにせよ、そのきっかけをくれたカスミと美穂には感謝だ。

「……ありがとね、美穂ちゃん」

「え、どうして?」

 不思議そうな顔をする美穂に、彩音は微笑みかける。

「大事なことに、気付いたから。……だから、ありがとう」

 美穂は、まだよく分からない、という顔をしていたが、彩音の笑顔を見て、それでもいいと思ったのだろう。

「うんっ。美穂もね、彩音お姉ちゃんと会えて嬉しかった!」

 そう言う美穂は、とても見事な、明るい笑顔で、

 ……これが、見たかったのかもしれないわね。

 そうだ。この笑顔のために、自分は門神をやっているのだ。と、彩音はそう思った。

 そして、美穂は門に向かって歩きだし、しかし門に入る直前で止まった。

「そうだ……彩音お姉ちゃん」

「ん? どうしたの?」

 少しまじめな声で呼びかけてきた美穂に対し、不思議に思った彩音は首をかしげる。

 すると、

「彩音お姉ちゃんって、神様なの?」

「……は? 神様?」

 ……ああ、カスミのアレか。

「違うけど、どうして?」

 尋ねると、

「だって、神様なら、また天国で会えるかな、って」

 言われた彩音は、言われたことの意味を少し考えてから、ふふ、と笑って、

「ううん。私は神様なんかじゃないわ。ただの人間よ」

 けどね、と彩音は続ける。

「大丈夫。きっとまた会えるわ」

 笑顔で言うと、

「……うんっ! それじゃ、先に行って、待ってるからねっ!」

 美穂も、ニッコリと笑って、門の中に入っていった。

 そして、美穂が完全に門の向こう側に消ると、後ろから声をかけられた。

「……門、出せるようになったんやな」

 振り返ると、寧々が、少しほっとしたような表情で、こちらを見ていた。

 その顔が、なぜだか少しだけおもしろく感じた彩音は、吹き出す代わりに小さく息を吐き。

「ありがとう。もう大丈夫よ」

 と言った。

 そして、

「ねえ……坂下はさ、どうして門神をやってるの?」

 問うた先、寧々は不思議そうな顔をする。

「急で、しかも変な質問やな。……そりゃ、家系云々は抜きで、ってことやな?」

 頷く彩音に、寧々は即答した。

「そんなん、迷っとる霊を送るためや。別に、あの世への道に、ってだけやないで? 精神的にも、物理的にも、困っとるなら助けたい。霊と話して、触れ合って、送ることができるんは、門神だけや」

 胸を張る寧々。

 そのまま十数秒時間が過ぎた頃、

「……お、おい」

 と、寧々が半目で見てきた。

「え、どうしたの?」

 あえてとぼけたような声を出す彩音。

「まさか、人に言わせといて、自分は言わんっちゅうことはないやろな?」

 ジロリ、と彩音を見つめる寧々。

「まさかーそんなことないわよー」

 棒読みの彩音に対し、寧々がほう、と言って近付いてくる。

「あはは、いやいや、冗談だってば。本当に」

 少し慌てたそぶりで言うと、寧々はようやく止まった。

「……そんで、自分はなんで門神やっとるんや」

 聞かれた彩音は、一度空を仰ぎ、それから寧々を見る。

「――それを、今晩示しに行くの」

 だから、

「寧々。あなたにも、立ち会って欲しい」

 告げた先、寧々は、少し驚いた表情をした後、表情を堅くすると重く頷いた。


      ●


 その日の夜。

 彩音は緑子の店で夕食を済ませ、夜風に当たりながらややゆっくりめに街を歩いた。

 途中、緑子と真理子からそれぞれメールが入り、彩音はそれを確認して微笑み、表情を硬くした。

 公園の入り口に到着する頃になると、月は完全に昇りきっていて、不思議と心地よさを感じた彩音は、大きく伸びをする。

「遅いで、榎本」

 声のする方、上へ続く階段の前に、二人分の姿があった。

 一人は、声と口調で寧々と分かる。そしてもう一人は、

「ええと……あれ、横山先生。私、そういえば連絡してませんでしたけど、どうしてここに? ……あ、そういえば、カスミのことを皆で話し合うって、すっかり忘れてました。すみません」

 彩音の正直すぎる物言いに、横山は少し肩を落とし、力なく微笑むと、

「ああ……実は遠藤君に連絡をもらってね。榎本君がついに心を決めたから、印鑑を持って公園に集合って」

「すみません。あの子にはあとでキツく言っておきますので」

「オカンか」

 ツッコミが入ったが、付き合いの長さのせいだと思っておく。

「はは。まあ、僕は力がないから、結論がどうあれ戦闘になったら参加できない。……けど、榎本君が決めたこと、最後まで見届けるよ」

 微笑む横山に、彩音はお辞儀をした。

「はい。ありがとうございます」

 そして、三人で頷き合い、階段を上り始めた。

「あ、あと、今までの話を整理した上で、なんだけど」

 歩きながら、横山は追加で情報を出してきた。

「澄香さんは、カスミの核に自分の情報を一部上書きしてるんじゃないかって、そう思うんだ」

 彩音は、言われたことの意味がよく分からなかった。寧々も、首をかしげている。

「あの、どういうことですか?」

 尋ねると、横山は一つ頷いた。

「この前も言ったけど、門神のメインは分解だ。だから、カスミは吸収した霊や門神の核も分解して、自分のエネルギーとしているはず。けれど、今カスミは澄香さんの外見をしている。つまり、分解されずに、澄香さんの情報が残っているということだ」

 言われた彩音は、ハッとした。ということは、

「混ざっている、っていうのは、そういうことだったのね……」

 では、どうしてその状態になったのか。彩音はふと、とある言葉を思い出した。

「……これは、榎本澄香が望んだこと……」

「おい榎本、それ、どういう意味や」

 彩音がつぶやくと、隣の寧々が反応した。

「え、あ……これはね、体育館で、カスミが私に言ったのよ。この外見については、自分じゃなくて榎本澄香が望んだことだ、って」

 何となくではあるが、その言葉の意味が、今ならわかるような気がする。

だから、

「やっぱり、姉さんは凄い。私は、そう思うわ」

 不思議そうな顔をする寧々と横山の前、彩音は、階段の先を見つめ、ゆっくりと、歩を進めて行った。


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