こうくんは類友
初めてあった日以降、しばしば来るようになった兄の友人の名前は惶というらしい。
陽菜はあれからも何度か会い、彼を惶くんと呼ぶようになった。
よほど気が合うのか、今まで頻繁に遊びに来ていたもうひとりの友人と共に来たり代わりばんこだったりとよく遊びに来るようになった彼は、達也と委員会で知り合って意気投合したらしい。
「おっじゃまー」
悩み事が少しずつ増えてきている陽菜がリビングで文庫を読んでいる時に鍵を開けて入ってきたのは、達也ではなく惶が来る前からしょっちゅう家に遊びに来ている友人、秀平だった。
鍵の置き場所すら把握するほどこの家に慣れ親しんでいる彼は人懐っこく好奇心旺盛な、おっきいワンコみたいな人で、陽菜は彼を秀ちゃんと呼んでいた。
「ひいちゃんこんにちは。達也達が委員会で遅くなるから、俺とポテチだけ先に来ちゃった」
勝手知ったる様子でリビングに乗り込んできた秀平はへへと笑いながら差し入れののりしおとコンソメのポテトチップスをテーブルの上に置いた。
あんまり来るものだからとたまに手土産を持ってきてくれる兄の友人達はやっぱり年上で。そんな気遣いを私もしたいと思い、ありがとうと感謝を口に陽菜は早く大人になりたいなと望む。
「他に誰が来るの?」
「いつもの三人だよー」
"達"の言葉に陽菜が訪ねれば、秀平が間延びした調子で答えた。
いつもの三人とは達也、秀平、惶の三人である。初めて会ったあの日からそんなに日が経っているわけではないのだが、もう定番メンツだ。
「お、ありがとう」
コップに水を入れて飲み干す秀平に、オレンジジュースの補充ついでに彼のコップに入れてあげると、陽菜は「えらいねー」と頭を撫でられた。
子供扱いのようだけど、秀ちゃんなら嫌ではない。陽菜はえへんと胸を張る。
「ねえねえ、ひいちゃん。先に一緒にゲームしてない?」
「スマブラだね!」
「そうだね。負けないよー!」
秀平はスマブラが強い。陽菜と秀平ならいい勝負を繰り広げられるのだ。
惶が来てからツーペアバトルが盛り上がったのは、陽菜の最近良かったことのベストスリーに入る出来事である。
最初と最後と、気分で中盤も、以外は二通りの組み合わせしかしてはいないけれど、結局は秀ひいペアでの圧勝も楽しかった。
まあ、相手方はたまったものではないのだが。
「おーい、秀ー、開けろー」
接戦バトルのいいところ。少し負けていた陽菜が巻き返せるか、秀平相手に苦戦していた所に達也の声が入ってきた。
「あーっ!」
「やったあ!」
それに気を取られたらしい秀平を吹っ飛ばして、さらに調子を崩した所を連続で飛ばした陽菜。
「おいこら!秀!ひい!開けろ!」
歓声が聞こえたらしい達也が一向に開かないドアをどんどん叩き始める。
「達也、叩くのはダメだろ」
「人が大仕事終えて帰ってきてんのに、アイツら楽しくゲームしてやがる!」
「なんという逆恨み!」
なにやら言い合いが聞こえる。
自分の負け確定の場面を一時停止した秀平が玄関に歩いていく。
「達也のせいだぞ!」
「負けたのか、ざまあみろ!」
「んなろお……」
「……これはマリカーだな」
秀平についてきていた陽菜はその様子をみて、惶の呟いたように、ソフトの入れ替えをしに戻った。
達也と惶が互角勝負をするならスマブラだが、秀平と達也ならマリカーなのだ。
秀平VS達也のマリカーはポテチを貪る陽菜と惶の前で行われ、達也が勝利した。
「あああ……っ」
「ふははははー!」
負けたら即座に食らいつくのに、勝ったらこれでもかと勝ち誇る達兄さすが、大人気ない。陽菜は心の中で感心する。
「もう一回!」
「そういやひい。お前ら今日は変なことしてないよな?」
追い縋る秀平を無視して、達也が唐突に陽菜に声をかける。
「し、してない!」
その言葉に、陽菜がムキになって言い返す。
陽菜と秀平が以前、ホットケーキを焼こうとして台所を粉まみれにしたのは結構最近の出来事だった。
それは今日のように陽菜がいる時に秀平だけ早く来て、二人仲良くテンションで動いた結果の大惨事だ。
「ならいい」
「蒸し返すなよー……」
「……」
それを持ち出された秀平が項垂れた。陽菜も、何回も言わなくなっていいのにと、達也に腹を立てる。
「秀、お前俺と同じ年なんだからしっかりしろよな」
「ごめんてー……」
「達兄うるっさい……」
「お前ら……」
「俺謝ったじゃん!」
罰システムデコピンを構えた達也。
秀平が「理不尽だ!」と叫ぶ。
「まあまあ。火あったらなかなかリアルに危なかったんだから、二人共ほんと気をつけなよ?」
「それは、ほんと、分かってるってー……」
「……ごめんなさい」
惶に諭されて、陽菜は素直に謝った。
陽菜は達也に言われて反発したけれど、四人で片付けをする際にしていた話から舞った粉も燃えることが分かって、一歩間違えたら本当に危なかったと知ったのだ。
素直に非を認めるのは悔しくて、でも、惶相手には陽菜はいつも素直になった。
「ったく……」
大人しく項垂れる陽菜と秀平たちに、スキありとばかりに達也が距離を詰めた。デコピンが炸裂する。
「いた……っ」
「って……!」
おでこの地味な痛み。
二人しておでこを抑える。
「なーんで、惶相手だと素直に謝るんだお前は」
「お前が素直じゃないからだよ」
「そうだよ、素直にし……ったい!」
達也的に余計なことを言おうとした秀平がデコピンをくらう。
なかなか本気のデコピンが秀平のおでこを襲い、強めの痛みにさっきより素早くおでこが抑えられた。
あんなに欲望に忠実なのに、達兄は素直じゃないのだろうか。目の前の会話に陽菜は戦慄していた。
「ひでえ……。ほんと素直じゃないなあ、もう」
「……」
「マ、マリカー、やろ!」
なおボヤく秀平に罰システム拳の構えをした達也に、秀平がマリカーを勧めた。
とりあえず、みんなでマリカーした。
(ほんと、心配なら言えばいいのに。素直じゃないけど、やっぱりあいつもお兄ちゃんだよなあ)