こうくんはお友だち
「ただいま」
「おじゃましまーす」
それは女の子と男の子の違うところがわかり始めてきた小学校三年生のある日の平日のこと。陽菜がリビングで漫画を読んでいると年の離れた兄、達也が新しい友だちを連れてきた。どたどたと歩きながらリビングに入ってきた達也はいつものようにこの部屋でゲームをする気なのだろう。初めて見る兄の友人は少しきょろきょろしながら達也の後を追っていた。
リビングに入ってきた、兄と同じ学ランの少年と陽菜の目が合う。
「あれ、妹さんってこの子?」
「ああ、ひいとは五つ離れてる」
「そうなのか。うちの弟くらいかと勝手に思ってた」
「まあ、それが普通だな」
達也を含め、家族からひいという愛称で呼ばれる陽菜の目の前で繰り広げられる会話は、兄が友だちと良くする会話だった。
小学校三年生と中学校二年生の二人は達也の言うとおりに五つ年が離れている。
陽菜は最近、その珍しさが嫌だったりする。達也は特に気にせずに友人を連れてきているが、陽菜自身は家に友人を連れてくることは避けており、学校でも兄弟の話を意図的に避けていた。
お年頃というやつで、いろいろ気になるのだ。
「陽菜ちゃん、だっけ。こんにちは」
そんな最近複雑な陽菜に、その人はほっとする笑顔で挨拶した。
「こんにちは」
「ひい、ポテチあるよな?」
ぺこりと会釈と共に挨拶を返した陽菜に達也は学ランを脱ぎながら訪ねた。友人も達也の「適当にほっぽとけよ」という言葉で楽な格好になる。慌ただしい二人を見ながら、陽菜が答える。
「おかえり達兄。あるけど、残ってるの私の好きなやつだけだよ」
「のりしおか……」
「のりしおだよ……」
陽菜の言葉に、断然コンソメ派な達也が呻き、好きなのりしお味のポテトチップスが兄に食べられるのかと陽菜が落ち込む。そんな良くある日常の一場面。
「これからゲームするんだけど、一緒で良ければ見ながら食べる?」
けれど、この日は少し違った。
気落ちしている陽菜を気遣ったらしい兄の友人が陽菜を誘ってくれたのだ。
「えっと……」
「お、ついでにお前の確保してるやつ持ってこい」
気遣いに嫌な気はしなかったが兄と兄のお友だちとなんて気まずいし、と逃げようとした陽菜を全く気にすることなく達也が言う。
「お前、横暴さ割増な」
陽菜はちらりと、達也を見ながら笑っている兄の友人を見た。達也に「仕方ないやつだな」と苦笑いする達也と同じ年のはずの彼は、兄よりもっとお兄さんだった。
兄が弟みたいだと陽菜は二人を見ながらこっそりと笑う。
「ほら、早くしろ、ひい」
「ん」
「なんだかごめんねー」
笑われていることに気付いたのかただの気分か、催促した達也に応えてお菓子を取りに行く陽菜は背中にかけられたやさしい言葉にあんなお兄ちゃんも欲しいな、なんて思った。
「まずはマリカーだって」
「だから、マリカーは俺下手くそだから最初は嫌なんだって」
「知ってる」
「てっめえ」
お兄さんな彼のために、奮発してチョコレートの棒菓子と一緒にしっとりしたクッキーのファミリーパックを持って戻ってきた陽菜はなにやら言い争っている二人を見た。一番初めに何をやるかを揉めているようだ。
楽しそうに言い合う二人を横目に机の上にお菓子を置いた陽菜は、飲み干していたお茶の補充のついでに二人の飲み物を持ちに行く。
「あー、ありがとう」
「サンキューなー、ひい」
たまに聞こえた声と戻った時の結果から、結局はマリカーが苦手らしい友人の方が折れたようだった。その様子でさらに陽菜の中の彼のお兄さんメーターが上がる。
「はっはっはー」
「ああ、もう、なんで道に線以外のものがあるんだよ!」
「いっちばーん!」
「くっそ……」
「甘いもんはいいなー。勝ったからよりおいしい気がするなー」
「……次。ほら、次行くぞ!達也!」
ほぼ全てのCPUにも越された彼は得意そうにお菓子を頬張って笑う達也を睨みながら、終わった瞬間にソフトをスマブラに変えた。
達兄ってば大人気ないなあ。さすが達兄。
陽菜ももぐもぐとクッキーを頬張りながら二人の対戦を見る。ゲームを見ていても楽しいが、何より二人の様子が面白かった。
「こっちでも負けねえよ?」
「こっちじゃ負けねえよ?」
お互い煽り合って始まったスマブラは結局、僅差で友人が勝った。
「よっし!」
「何!?」
「あーあ、お菓子が……」
「何食ってんだ、やるぞ!」
「食べさせてよ!」
本当、おもしろい。
陽菜はけたけたと声をあげて笑った。
その後、気まずさなどもなくすんなりと加わった陽菜も混ざり三人でやって、陽菜が勝った。圧勝だった。
「私、これじゃ負けないよ?」
得意げな陽菜を倒そうと躍起になる二人の少年達は奮闘むなしく最後まで勝つことはできなかったが、とりあえず、三人ともとても楽しい一日だった。
(あー、楽しかった)