セーラーと恋
「うわわわ……。 結構揺れるね; コレェ;」
「ちょ、そない動きなさんな; 手漕ぎボートなんてオレも初めてなんやからさぁ;」
とある大きな池――湖というには小さいモノ――に二人の学ランとセーラー服に身を包んだ男女が一艘の手漕ぎボートの上でテンパっていた。
時期は秋。 その日はとても晴れていて爽やかな秋晴れ。 時間は昼間。 太陽はほぼ真上に位置しもう少しで西に傾来そうである時間。
普通ならば学生は学校に通っている時間帯に学生であるその二人は船着き場――というべきか桟橋というべきか分からないが――から離れてしまって少し困った様子でわたわたと浅くはないその池の上にいた。
男子は拓翔といい、女子は杏奈といい、二人は高校二年生で絶賛学校をさぼって二人して[一度は乗ってみたいモノ]に入っている手漕ぎボートに乗っているのであるのだった。
何故、学校を休んでまでこんな所でわたわたとしている理由は昨日の夕方での会話である。
***回想***
「ねぇ、拓翔くん、拓翔くんって杏奈と付き合ってるの……?」
女子高生――というかぶりっ子――特有の耳にへばりつく様な甘えた猫撫で声で問いかける女子は、目の前の眼鏡をかけて少し垂れたで日本人では珍しい緑色の虹彩の目は眠そうに半分閉じかけていながらボォーッと、グロスを塗ってあるのか艶やかな唇にその頬はチークで赤く血色良く見せている女子高生を見ていた。
「杏奈ぁ? 杏奈は関係あらへんけどボクは君と付き合う気はないよぉ?」
面倒そうに空き教室に響く甘くそして低い声が響きながら関東では聞きなれない関西弁、京都弁と大阪弁の境のようにおっとりしながらでも何処かちょっと早めに言葉を紡ぎだす男子、拓翔はへらっと笑った。
そんな拓翔にショックを受けた様に心外だと言いたげに顔を歪ませて、何かを言いたげだが何も声が出せずにパクパクと口を開いたり閉じたりし、へらへらと笑っている拓翔の頬を叩こうと思った右手を挙げるがその手が、拓翔の平均より少しだけ端正な顔を叩くことはなく、そのまま教室を飛び出した。
「ふわぁ……。 面倒やなぁ」
夕暮れの為にオレンジ色に染まる空き教室の窓枠に寄り掛かりながら拓翔は欠伸をかき、少しずれた眼鏡のブリッジを左手の中指と人差し指で押し上げ、東側の少し紺色に染まり始め美しくグラデーションを作り出している空を見ていた。 目はそのままで器用に右の尻ポケットから取り出した水色のスマホを指先で操作し誰かに何かを送信して少し笑いながらまたポケットにスマホを戻す。
拓翔がスマホで何かを送信してからしばらくすると一人の黒髪黒目で、ぶっちゃけ地味で少し強気そうな顔をした女子、杏奈が開き教室に来た。
「拓翔ぉ! 毎回毎回呼ぶなって言いませんでしたっけ!?」
癒しの乙女ゲーム全然出来ないじゃん! と開口一番文句を言う杏奈に面白そうに笑う拓翔は悪びれるそぶりも見せずにただ口を開いた。
「また疑似恋愛かいな、杏奈チャン?」
ふふと笑いながら杏奈に言う拓翔。 そんな二人のやりとりは見方によれば付き合っているようにも見える。 それくらい二人は仲が良かった。
「疑似恋愛上等! つうかモテるくせに毎度毎度断る青春も出来な様な奴に言われたくないわ!」
「オレは好きな子がおるだけやでぇ? それなんに他の娘と付き合うなんて不誠実だと思わへん? ちゅうか疑似恋愛にしか興味ない杏奈も青春でけてへんやろ」
女子にしては低めの声とそれに静かに答える男子にしては甘く高い声が空き教室に響き、カツカツと音を鳴らして拓翔の隣、窓枠の丁度柱の所に寄り掛かる杏奈に拓翔はため息をこぼし続けた。
「三次元の男に相手にされへんからプログラミングされたシナリオ通りの恋愛を求める女子……悲しいとは思わへんのぉ~?」
窓ガラスに高等部を押し付けて天井を仰ぎながら言う拓翔に杏奈は露骨に不機嫌になったように眉間に皺を寄せる。
「アタシだって何回かは三次元の恋愛したわよ! でもやっぱり疑似恋愛――いや、二次元は素晴らしい……」
失礼ね! と言ってうっとりとしながら言う杏奈に冷たい視線を送るのは隣に居ながらも、少し距離を取る拓翔。
「ちょ、引くなよ。 別にいいじゃん! 二次元最高じゃん! 声カッコいいし可愛いしなんかもう色々と三次元はもうどうでもよくなるよね」
徐々に離れて行く拓翔の学ランの裾を逃げないようにとでも言いたげ、または寂しいとでも言いたげに掴んで力説する。
「本当にどうでもよぅなってるん?」
「さぁ?」
少し呆れたように問いかける拓翔に小首を傾げながら答える杏奈に一つの提案をしてきた。
その内容こそ、次の日――つまり今日――晴れたらデートをしようという拓翔からの提案だった。
ノープランの二人は手漕ぎボートを見て乗ろうという結果になりそして今慌てる状況が作り出されたのであった。
「ていうか、何この不安定! 拓翔、戻ろう!?」
「わぁってるがな! でもな、杏奈チャン、残念なお知らせや。 これ初めて乗って分かった事なんやけどな? これ、方向転換するのにスッゲーテクニック必要なんや」
「……あのさ、拓翔クン? オールを漕ぐ手を止めて真剣な表情して何が言いたいのかな? ん??」
「戻り方わからへんのや」
ボートの縁に捕まりながら水面に浮かぶボートの揺れ方に杏奈は若干ビビりながら拓翔に言うと拓翔は困ったように笑って言った。
笑う拓翔に怒る杏奈に拓翔は手伝ってやぁ、と小言を言って拓翔は懸命にボートの方向を変えようと左のオールを動かすが水の抵抗や、不慣れもあり、消耗しきったとも言える拓翔を見て杏奈も少し手伝うかのように左のオールに手を乗せて二人で漕ぎ、ボートはゆっくりとだが船着き場へと向かった。
「つ、疲れた……」
「せやなぁ……。 オレもへとへとや;」
何とかボートを船着き場に戻り二人は少し広いその公園にある小さな丘に寝っ転がりながら力を抜きため息を吐く。
「もう、ボートは二度と乗りたくない……」
「ほうか? オレは杏奈の珍しい姿見れたから楽しかったで?」
呟く杏奈にニタリと意地悪そうに笑う拓翔。 そんな拓翔を見て杏奈は盛大に舌打ちをした。
「ホントアンタ意味わからない」
「ほんなら何で去年突然転校してきたオレとダチとして仲良くしてくれるんや?」
拓翔にため息をつきながらゴロンと寝返りを打ち横向きに寝っ転がる杏奈に拓翔は顔だけを杏奈の方に向けて問いかける。
拓翔は去年、二人が高校一年の時に転校してきた関西人である。 少し端麗なその容姿と関西人特有の柔らかな物腰に一年経った今でも告白する女子は絶えず、去年なんか学校を少し歩くだけで女子の黄色い声が上がる程だった。 そんな拓翔を男子は嫌い嫉妬の対象にし、女子は勿論恋愛対象としてか見ない。
そんな中、嫉妬でも恋愛感情でもなんでもない、ただ単に関わってきたのは杏奈一人だけだった。
杏奈は三次元の男は恋愛対象ではなく何とも思わない、むしろ友人としか見れないそんな女であり新鮮なそんな杏奈と仲良くなるのは早く今では拓翔と杏奈が付き合っていると噂が絶えないほどの仲の良さだった。
「アンタ、恋愛なんてどうでもいいって思ってそうだったから? あとはあれかな、セーラー服を見てニヤニヤしてるのを見てなんかこう……アタシと同類かも!? って思ったからかな」
拓翔の問いかけに笑いながら答える杏奈の答えに拓翔はうわぁと嫌そうに顔を顰めた。
「ちゅーことは? 最初、オレはお前と同類って思われとって? ほんでここまで仲良くなってしもたと……?;」
問いかける拓翔にそうなるね、と軽く頷く杏奈に拓翔はホント最悪と落胆を見せた。
「でも、セーラーに萌えてたでしょ?」
「得意げに言わんで貰えへん?; 確かに萌えておったわ! オレの近くの高校にセーラーの高校あらんかったし? あったと思たらスッゲー治安悪ぅてなぁ; おとんの転勤でこっち来てホンマよかったわぁ~……。 セーラーかわええけどもっとええことあったでぇ」
文句を言う拓翔。 途中で切った言葉に疑問を持って上半身だけ起き上がって良い事って? と問いかける杏奈に悪戯っ子の様な笑みを浮かべる拓翔は同じように起き上ってそして杏奈の耳元に近づき囁いた。
「どんな子ぉよりも杏奈のセーラーが一番萌えるんやでぇ」
=セーラーと恋 完 =