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      悪夢

 レアが破裂すると……無数のトゲが発射される。

 刺さると、正座しすぎた足みたいに、全身が痺れてしまう。

 身体中にピンクのトゲを生やして、身動きできないまま、症状が治まるまでじっと耐えるしか道はないのだ。

 それが、これまでの悪夢。

 ところが、どうした訳か、今回に限っては、ただピンクの霧がたち込めるているだけだった。


「あれ? 視界がぼやけるな」


 霧のせいだろうか? それに少し、肌寒いような……。

 既にミヨの気配はない。逃げ出したのかな?

 胸を撫で下ろしたのも束の間。次第に戻る視力の先に、人影が……?


「?!……あれって……俺?」


 奇妙なことに、俺は、俺を見ていた。

 混乱する俺にさらに衝撃的な光景が!

 のおおおおおおお! 俺が、俺が崩れ去っていく!

 ボトボトこぼれ落ちる俺に、俺は猛ダッシュ!

 辿り着いた場所には、俺だった塊が無残に散乱していた。それは、生身の残骸とは言えず、無機質なマネキンのようだった。

 しばし呆然と立ち尽くす。

 ……頼む。誰か、俺の精神を休ませてくれ。


「何か、大変そうだね、アスラ」


「どわあ! びっくりした! カ、カルラ!?」


「ミヨが迷惑かけたみたいで、ごめん。一応謝っとく」


「謝って済むか! お前には、聞きたいことが山程……!」


 突然、カルラは俺の真横に現れた。

 微塵も悪びれる素振りがないのが、余計に腹立たしい。


「まあまあ、落ち着いて。まずは、服を着なよ。ご近所の目が痛いよ」


「服?……って、うわ! な、何で俺、裸なんだ?!」

 

 俺が一目散に家へ飛び込んだのは、言うまでもない。

 背中にカルラの笑い声が突き刺さる。……俺、もう立ち直れないかも……。


「あれは、今までのアスラとは全くの別人? その上、この異常なまでに膨らんだ‘気’の量は……」

 

 カルラは全神経を研ぎ澄ませ、周囲をうかがう。

 たち込めていた霧が、徐々に渦を巻きながら収縮をはじめ、次第に形を成そうとしていた。


「僕の知る限りで最大級の獣だな。キモサボテンのくせに、僕に恐怖を抱かせるなんて、驚きだ。せいぜい期待外れに終わらないでくれよ」


 臨戦態勢に入るカルラの傍らに、光の柱が立ち昇る。



       ◇       ◇            ◇       ◇

 


 恥を忍んで、俺は再びカルラのいる庭へ戻った。

 そこには、ピンク色に輝く巨大な玉に光剣を振りかざすカルラの姿が!


「くぉらあ! 俺んちでこれ以上暴れるな!」


 もう限界だ! と怒鳴る俺のもとへ、何と、光の玉が瞬時に移動して現れた。

 しまった! 矛先が俺に!? とっさに腕で顔面を防御する。

 ん? どうした。何の痛みもこないな。


「アスラ」


 真綿のような声音が、俺の鼓膜を震わす。

 俺は恐る恐る顔を上げた。

  

 女の、子?


 なんと! 神々しいまでの輝きを放つ絶世の美少女が、俺の目に映っている。

 透き通る象牙色の肌。月色に揺れる銀の髪と銀の瞳。ふわりとした淡いピンクの衣から、しなやかにのびた肢体。

 天女の如き麗しさに、完璧、魂を抜かれた俺。


「アスラ、ほんに無事で良かったのぉ。心配したぞ」


「え、あの、君は…?」


「わからぬのか? 助けてやったというのに、この恩知らずめが!」

 

 楽しげな口調。子猫のような愛らしさで含み笑いをする。

 助けて、もらったのか? 俺。


 まさか……?


「レア?」


「そうじゃ。驚いたか?」


「「!……なんだとぉぉぉ!?」」

 

 はからずも、ハモってしまった俺たち。

 しかし、二の句が続かずに、絶句。

 

 冷静さを取り戻し、事態を把握するには、まだまだ時間が必要だった。


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