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      4時間目は・・・保健室?

 ユイカの顔の汚れを拭ったハンカチを洗い、固く絞る。これを制服のポケットへ戻したものかと考え、広げた茶色い染みをじっと見た。


「もう帰りたい……」


 小さな選択をこなすことさえ、苦痛に感じる。


「ん? 帰るのか、アスラ? まあ、それもよかろう。わらわがおっては、マアサらの念獣制作が進まぬからのお」

 

 並ぶ蛇口を全てひねり、水を無駄に出して遊ぶユイカの全身は、脱水機にかけるしか救いようがない有様だ。


「そうじゃない! 俺は自分の家へ帰りたいんだ!」


 もう、勘弁してくれ!


「うむ。では、しっかり勉学に励むのじゃぞ」


 ああ! 会話が、かみ合わない!


「そうじゃない! 俺は今すぐ帰りたいんだ! 叶わないんなら、いっそのこと俺を取り込んでしまってくれよ、レア! どうせ俺の本体は、このまま俺が戻らなくてもやってけるんだし、わざわざ苦労する意味ないだろ?!」


 そうなんだ。最悪、こっちの本物の魂が戻れないことになっても、残してきた体は、そのままニセモノの擬似魂が一生を終えるまで動かしてくれるらしい。


「己の人生を放棄して……悔いは無いと申すか?」


「……ここで俺がいなくなったとして、悲しむ人間はいないさ」


 誰に迷惑もなく消え去ってくなら、それもいい。ていうか、何もかもが、どうでもいい気分。いわゆる自暴自棄だな、俺。


「自ら喰ろうて欲しいとは、良い心がけじゃ……」


 ん? レ、レア?! あれ? 目つきがや……その、完全に獲物を狙ってる?

 白い腕が指先を伸ばして……「ス、ストップ!」なんて、格好悪くて言えない俺の口元を塞ぐ。

 刹那。ふわっと、全身が波打つ。この感覚……昨日も………? 

 これで、俺は、終わり? ん?! 


「ピンク?!」


 視界に突如乱入してきたピンク!


「レア!?」


「うむ。アスラには、お似合いじゃな」


 等身大のピンクサボテンが、レアの隣でもじもじ揺れている。


「アスラ、そなたの念獣じゃぞ」


「ええ!? ね、念獣?! って、何で?」


 どうして、この展開に?!


「そなたが、念獣が欲しいと子供のように駄々をこねるからじゃ」


 いつ?! 


「俺は……家に……」


 家に帰りたいって言ったよな?


「ほれ、ありがたく受け取るがよい」


 ポンッと、レアに背を押されたサボテンが、倒れこんでくる!

 え? ありがたいか、これ?!


「うわあああ!」


 ドスンッ! うう、重い。お約束どおり、下敷きになって苦しむ俺。


「重いと思う故、苦しまねばならぬのじゃ。念獣ごときに振り回されおって……情けないのお」


 くすくす。レアの嬉しそうな笑み! こうなるって承知でやったのは明白だ。


「だ、だったら、中スカスカのはりぼてだって思えばいいのかよ!?」


「いかにもじゃ。ほれ、やってみよ」


 くすくす。……………うっ! この期待値の高そうな笑みは?! 罠か? 罠なんだな!

 しかし、迷っている時間はない。このままでは、抜け出せないまま、押し潰されて終わりだ。

 思い込め! こいつは、はりぼてサボテン。うっすい紙で覆われてるだけで、中は空洞!


 お! 圧迫が消えた! さすが、自己暗示が特技なだけはあるな、俺。


「ふむ。上出来じゃ。しかし、弱ったのお。やはり体がもたぬか……」


 まだ倒れたままの俺の上に乗っているサボテンをユラユラさせながら、レアが覗き込んできた。

 体って? 誰の? 俺のか? サボテンは軽くなっても、身動きできない俺の体に異変ありか?!


「アスラ!」


 ん? この声は……。


「おお。よいところへ参ったの、カルラ」


「レ、レア殿。これは、いったい……」


「ちと壊れてしまったようじゃ。あとはそちに任せる」


 !? 消えた?! レアめ、丸投げして逃げたな!


「…………」


 き、気まずい。

 でも、今回は、俺のせいじゃないよな? どっちかと言えば、被害者? 


「それじゃあ、医務室へ行こうか、アスラ」 


 う、真顔怖い。見下ろされ効果で、迫力増大。

 

「……うん。その……ごめん」


 ああ、被害者の俺がなぜ謝罪を……! レアめ!


「ほとんど土に戻りかけている……これでは、新しい器を作り直すしかないな」


 え? 土? 俺、今どんな有様?! ドロドロ?!


「徹夜作業になるから、もう寝てていいよ、アスラ」


 柔らかな風が俺の頬を撫で、眠りへといざなう。

 深く深く……意識の奥底へ落ちていくかのように、俺はまぶたを閉じた。

 ああ、今日はもう早退かあ……おやすみ。

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