ミルフィーユ再び
よく信じられない光景を目の当たりにすると、目の周りをゴシゴシする動作が定番だが、実際やったという数はかなり低いだろう。
そんな貴重な体験をしている俺。
非現実な場面には非現実な、芝居がかった身振りこそ相応しいのかもしれない。
「カルラ、それ……」
ミヨの開け放った扉から、バターをふんだんに使った甘い焼き菓子の香りが流れ込み、部屋中に広がる。
「おお! 待っておったぞ!」
固まっている俺をよそに、レアは待望のおやつに向かって飛びついた。
「これは、レア殿。また一段と麗しいお姿になられましたね」
手掴みでダイレクトに食らいつこうとする無作法者をかわし、カルラは銀のトレーを無事、テラスにあるタイルで模様の描かれた円形のテーブルまで移動させた。
「どうぞ、こちらでお召し上がりを…」
そこへ、レアはいとも容易く誘導され、テ-ブルと対になった、背もたれのない円柱の椅子に腰掛けた。前には、5等分され皿に乗せられたミルフィーユ。添えられた薔薇の形をしたティーカップに、カルラによってチョコの香りがする珍しい紅茶が注がれる。
「では、僕はアスラに話がありますので、ご一緒できませぬが、奥に居ります故、御用の際は声をお掛けください」
菓子に夢中のレアの耳には届いていないが、俺には矢のようにズバッと届く。
テラスを隔てる薄い2枚のガラス戸を閉めると、カルラは戻って以来、初めて俺を見た。
「さて……」
刑の執行を黙って甘受すべきか、弁解をしてみるべきか?
「ごめん! それと、ありがとう。食べこぼしの後始末はちゃんとするから……その、勝手してほんと、ごめん」
全面降伏。平謝りにしてみた。
「……レア殿を菓子で釣る程の大事があったのなら、別に謝る必要はありませんよ」
先ほど迄レアが居たソファへ落ち着くと、カルラは予想外の言葉を口にした。
え、お咎め無し?! いや待て。あれは、そんなに一大事な出来事だったか? よく思い返してみよう。
「それに、礼ならミヨに言うといい。レア殿が、おやつはミルフィーユかと尋ねられたのを、否定しないばかりか、きちんと変更までしておいてくれたのだからね」
「え! そうだったのか!」
ああ、何て気の利く子だろう! 心から礼を言わねば! それなのに、マアサ連れて戻ったりして、恩を仇で返しちゃってるな、俺。正しくは、レアが引き連れて来たんだが……。
しかし、レアはいつの間に聞き込みしてたんだ? 俺が倒れたマアサにあたふたしてた時、だな。きっと。
「ミルフィーユに関しては、これ以上の詮索はしない。ただ、どうしてもアスラが罰して欲しいと言うなら、後日、適当な場を設けるけど…?」
「いや、もう勘弁。このまま終わりにしてくれ」
焦る俺を面白そうに眺めていたカルラ。その表情がスッと冷める。
「では、本題に移ろうか。今日の課題について……」
「課題?」
半分記憶ないって言ったら、怒るだろうか?




