【その5】 課題終了
初夏の日差しを受け、熱を帯びた縁側の廊下。
裸足で歩く……熱が肌を伝い、少しくすぐったい。
『ユイちゃん! ユイちゃん!』
幼子の呼び声に庭木が緑を揺らす。
『よう来たのう。あれが菓子を用意する故……そなたの訪問は大歓迎じゃぞ』
老梅の影に、銀の髪を揺らして、輝くほどの美しい乙女が佇んでいる。
『……さ』
幼子が発しようとした言葉を聞き終わることなく……。
「……!! レア!?」
……俺は目覚めた。
喉が痛い。気を失っていたせいで乾燥していた喉を、震わした為だろうか。
「あれ? アスラ、気がついた?」
見知らぬ天井と俺の間に、割って入ってきたのは……え、と……。
「マア、サ? 俺、いったい……」
記憶を辿ろうにも、浮かぶのは、脳裏にやきついた絶世の美女……レア? ……にしては、大人びていたような?
「どうしたの? 何か、顔、赤いよ。大丈夫?」
「ん?! な、何が?」
我に返った俺は、不思議そうに覗き込む瞳を避けて、慌ててベッドから起き上がろうとした。が、その肩を押し戻す、マアサの両腕に阻まれる。
「まだ、休んでなよ。Sクラスの魔具の放出をまともに受けたんだからね。最悪、精神ぶっとんでたかもしれないんだし」
「???……何の話?」
「憶えてないの? あの爆発。無自覚のもと、あの木彫りの熊を粉砕したの? そういえば、雰囲気別人っぽくて、凛々しかったもんね。うん、あれには驚いた」
記憶にない俺の活躍。別人うんぬんは、気になるが置いといて、肝心な課題の結果を聞いておかなくてはいけない。
「結局、どうやって俺達は竜の腹から離脱したんだ?」
「ん? ああ、それはね。あの教室自体が‘まやかし’だったのよ。その幻術の核になっていた魔具を破壊することで‘まやかし’は爆発と共に消失。露になった隠されていたワープの入り口から、あたし達3人は無事、本物の教室に到着しました、って感じ」
「なるほど。あのリアルな空間が幻術とは、すごいな。……それほどのものを破壊って……俺、鉄の剣でよくできたな」
「違う違う……。これこれ」
マアサが少し顎を上げ、正面を指差す。俺は指差す先を確かめようと、視線を真逆に向けた。そこには、深紅の剣が妖艶な輝きを湛えて、床に垂直に浮かんでいる。
「うわ! 何だ、この、両刃のヤバめな剣……」
剣の外見以上に、自力で浮いていることが不気味に思えて……俺は上体を起こし、ベットの後方へと移動した。
「やっぱり記憶とんでるんだね。でも、それ、正真正銘、あんたの得物よ」
「……は?! 俺の?! 何かの間違いだろ!」
俺の持っていた鉄の剣……誰が勝手に、こんな恐ろしげに鍛え直したんだ!?
敵にダメージ与える際、自らも負傷するという‘諸刃の剣’ってやつ?
明らかに、危険な匂いがするアイテムだろ! これは!
「信じらんないのも無理ないけど……あたしの目の前で、アスラの構えてた鉄の剣が、それに変化したんだから、完璧、間違えようがないわ」
自信たっぷりに言ってのけるマアサが、嘘をついているとも思えない。
とんでいった俺の記憶……どうにかして帰って来てはくれないものだろうか?




