お気の毒様
「頼むから‘竜殺し’だけは止めてくれ」
何とか穏便に事を収めたい俺は、手を合わせて懇願してみる。
一撃死させられそうな筋肉隆々担任に睨まれるのは、是が非でも回避したい。
「何気に必死ね、アスラ。ちょっと落ち着いたら? ユイカが相当の実力あったって、使役獣殺めれるわけないでしょ」
マアサが呆れたと言わんばかりだ。
「アスラは単純じゃから、冗談を真に受けて簡単に騙される故、困ったものよ」
お~い。俺に非があると?
「あ~、お人好しっぽいもんね。女に二股されてポイされるタイプか……お気の毒」
おお~い。何を根拠にお気の毒確定?
「心配無用じゃ。アスラにはわらわが憑いておるでな」
いやいやいや。だから大変なんだろ、俺は!
「あ~、ユイカみたいな天然女に振り回されて、寿命すり減らすタイプか……やっぱお気の毒様」
それは、確かに。ああ、俺ってお気の毒様なんだね……。
「何をいうか。アスラはわらわに構われるが、至上の喜びぞ」
は?!
「あ~、基本Mなのね。納得」
はああ?! 納得?!
「では、そろそろ、帰るとするかの?」
あんまりな展開に、唖然と絶句する俺をほっといて、レアが話を進めた。
見ると、何故か木彫りの熊を手にしている。確か、アナウンスを流していた熊だ。
「よいか、アスラ。これを、そちの剣で斬ってみるのじゃ」
え……教室の備品を破壊しろって?
「ほれ、早よう、剣を構えぬか。‘竜殺し’に比べれば荷が軽かろう?」
そう言われては、選択の余地はない。
「わ、分かった。分かりました!」
慌てて鞘から鉄の剣を抜く俺。木彫り程度なら、初期装備でもいけるだろう、か?
「本当に鉄の剣なのねぇ?」
不信感がマアサの顔いっぱいに広がっている。俺は情けなさいっぱい……。
「そなたは、これを持っておれ。頭上に掲げておくのじゃぞ」
木彫りの熊がマアサへ向かって半円を描いて飛ぶ。
「ちょっと!物投げてよこしちゃ、危ないでしょ!……ん? これって?」
怪訝そうに木彫りの熊を手にするマアサ。何か問題でも?
「この熊、魔具じゃない?うわっ、かなり‘気’詰まってるし……壊すの、やばくない?」
やばい?
マアサの神妙な面持ちが不安の影を落とす。
「魔具って、いったい、な……」
俺の開いた口を、ついと訪れたレアの人差指が塞ぐ。
刹那、全身の水分が沸騰したかのように波打つ錯覚に見舞われる俺。
「壊れるでないぞ、アスラ」
耳元に囁くレアのやわらかな声音を最後に、俺の記憶は真っ白に途絶えた。




