カルラの事情
カルラの元へミヨとリノが戻って来た時、彼の機嫌はすこぶる悪かった。
誰もいない教室。窓際の席で肘をついて、眉間に力がこもっている。
「あれ、始末して帰ろうかな」
二人は「やれやれ」といったお互いの困り顔を見合わせた。
「確かに、こちらへ来て早ひと月あまり……何の糸口も無い現状では、投げ出したくなられるのも無理からぬこと……ですが、あれは特例にあたるだろうと、最初に申し上げました。学園へ報告し、高等部への引継ぎを申し出るようにと……」
「はいは~い。その通り~。ミヨのが~正しいね」
リノが合いの手をうつ。
「……この僕が! リタイヤなんてできるか!」
反論はとても論理的とはいえず、感情的で子供。だから、居心地が悪そうに視線を逸らす。
「……」
「ですが……このまま打つ手なしでは、向こうでの私達の人生こそ、リタイヤになりかねませんよ?」
暫し、誰も言葉が続かない。
◇ ◇ ◇ ◇
沈んだ空気を浮かび上がらせたのは、複数の声と足音。
教室に学生たちが入って来る。まだ幼い顔立ちの少女が4人。
「日直つき合わして、ごめんね」
一人が黒板の日付を変えながら言った。
「あたしらの時はよろしく」
それに友人達が答える。そして、笑い声と他愛のない会話。
「……じゃあ、僕、学校行ってくるから。何かあったら、呼んで」
カルラがそう言うと、再び二人は「やれやれ」とお互いの困り顔を見合わせた。
「あれ!? 一之瀬君!」
少女達がカルラを見て、驚きの声をあげる。
「おはよう」
爽やかに挨拶をする。
「お、おはよ。って、えっ、いつから居たの?」
「川原さん達が来る前から居たよ」
「うそ~。全然気付かなかったし」
え~!? と少女たちがカルラの周りに集まって来る。
「……では、後程」
刹那。白光の粒子が舞い、ミヨ達の姿を搔き消していった。
◇ ◇ ◇ ◇
「いくら暇だからって、本当に学生やるなんて…!」
「あれ~? 今度はミヨが不機嫌?」
「別に、不機嫌なんかじゃ……」
太陽光発電用パネルの乗った屋根の上に腰かけて、ミヨとリノは春の陽気にあたっていた。
「カルラ様はぁ、女の子に囲まれて嬉しいんじゃない?」
「!!!」
「睨まないでよ~。そっか~ミヨは嬉しくないもんね~そうだよね~」
「あ、あたしはねえ、こっちの人間に暗示かけるのが面倒なだけよ! 大体、ターゲット以外に姿さらす必要ない筈でしょ! 無駄なことが嫌なのよ!」
「まあ、まあ。カルラ様が女の子と仲良くなったって~連れて帰ったりはできないんだし~。そんなに怒らないであげなよ~」
「お、女の子のことで怒ってなんかいないって言ってるでしょ!」
いささか興奮して、頬が赤らむ。
「はいはい。でもね~ 実際、暇だよ~。打つ手なしだもん」
「連れて帰れるわけでもないのに……」
「カルラ様は頑固だから~下手したら、本当に向こうの生活リタイヤになったりしてね~」
言葉とは反対に、緊迫感は全くない。けらけらと軽やかに笑う。
「……ターゲットがいなくなれば強制的に終了なのに…」
ぼそりと呟く。
「いなくなればって~。ミヨ~、それ死ねばってことだよ~」
「……でないと帰れないような気がしてきた…」
ネガティブ思考が加速する。
「階段降りる時に冷凍化させたら? そのまま転がり落ちてお陀仏?……ぶつぶつ……」
徐々に殺気を帯びてきたところへ……ガチャッ 玄関の扉が開く。
「あら、アスラ様。お出かけですか?」
……元凶が地雷踏みに来ちゃったかな?
リノの心配は、杞憂に終わりそうもなかった。