頬が痛いんですが
「へん、げ?」
意味を解せず、音を繰り返す俺の両脇で、何か睨み合ってるんですが……。
「レア、ちょっと……」
張り詰めた沈黙に耐え切れず、俺はレアの腕を掴んで体を反転させた。
やはり、驚くほど軽い手応えだ。こいつ……綿の詰まったヌイグルミじゃなかろうか?
「む、何をする?! 猫の睨み合いは外した方の負けなのじゃぞ!」
このたわけが! とレアは本気で悔しそうに、俺の左右の頬を力一杯つねりあげた。
神獣の実力がいかほどのものか、知る由もない俺だが、傍若無人天然系に於いて、レアの右に出る者はいないだろう、と出したくもない結論を出すに至ったところに、再び、例の鈴の音が鳴り響いた。
俺は部屋の端にレアを引っ張って移動する。
正確には頬から指を放しそうにないレアを引きずっていったわけだが……。
「Aクラスへようこそ。大本命がやっと到着だな」
レアと同じ制服姿の女の子が、しなやかな両の足を揃えて、ストンと降り立つ。
柔らかそうなネコッ毛を輪郭に沿ってまとわせ、大きな水玉模様のリボンの付いたカチューシャで、空気を含んでふんわり浮いた髪を押さえていた。
「何で、こいつがいるの?!」
彼女の第一声である。
初対面の人を指差して、こいつ呼ばわりはないだろうに……。
眉根を寄せて睨む彼女は、いまにも跳びかかってきそうな、威嚇する猫そのものの様で、怖い。
「鼻息の荒い娘じゃのぉ。そんなでは、ミヨがおろうとおるまいと、カルラに相手にされぬわな」
制止するいとまもなく、俺の頬を解放したレアが、意味深な物言いで見知らぬ少女に対峙していた。
「……! 何ですって!? あんた誰よ?!」
「答える義理はないわ、小娘」
また、火花散らしてるよ……血を見る前に止めないと……。
しかし、どうしてそんなに喧嘩っ早いわけさ?!
「アスラ君、ちょっと……」
妹共の喧嘩の仲裁に入って、逆に双方から攻撃されるというヒドイ目に合ってきたため、女の喧嘩に割って入るのに二の足を踏んでいると、担任に肩を引き寄せられた。
「君がトップだからな、ほら、クラス委員のバッジだ」
そう言うと、担任は俺の制服の右胸をトンッと弾いた。
見れば翼竜の彫られた金のバッジが付いている。なかなか凝ったデザインで鱗一片まで見事に表現されていた。
「これこれ、お嬢さん方。じゃれ合うのはそれくらいにして、そろそろ担任のワシにも構ってはくれぬかな?」
収まりを見ない彼女達の間へ、担任は勇敢にも立ち塞がっていく。
でかい体で両者の視界を妨げ、クールダウン狙いだろうか?……って静観してないで、俺も加勢しないと!
もうこれは、奥の手でいくしかないか……。
俺は素早くレアの耳元へ囁いた。途端、目を輝かせて詰め寄ってくるレア。
「それは真か?! あれはもう作れる者が死んでしもうたとか、カルラが言うておったぞ」
「え?……なんかレシピを見付けたらしいよ。ミヨから今朝そう聞いた」
「そうか。それは楽しみじゃ」
何とか気を逸らすのには成功したようだった。
‘今日のおやつはミルフィーユ’予想以上の効果だ。
しかし、嘘を真実にするために、カルラに頭を下げないといけないのか?
……苦行だな。
上機嫌なレアに反して憂鬱まっしぐらな俺に、もう片方を鎮圧した担任の声が届いた。
「では、君達3人には、これから最初の課題にあたってもらう」